ポカぐだ♀ / ほのぼの / ちゅーちゅーはじめてのキス?
そうね……たぶん、お母さんと……。え?家族とではないキスのこと?
そうなるとわたしのファーストキスは女の子とのキスだよ。
倒れ込んできた静謐のハサンを受け止めようとして受け止めきれなくて倒れ込んで、そのときにくちびるとくちびるが触れ合ったの。
必死だったからその時は何も考えてなかったんだけど。後になって、ふにってしたなぁ……って思い出して、ちょっとどきどきしちゃったよね。
そう。あれは事故、だけど。……?
事故はカウントしない?事故以外でのファーストキス?
えぇ……いったいなんなの?
そうだなぁ……あぁそうそう。ケツァルコアトルとのキスかな?
決戦を前に、むちゅっと奪われました、ハイ。
キレイなお姉さんのキレイな顔が迫って、ぷっくりとしたくちびるがむちゅっと。顔が押されて後ろに仰反るくらいの勢いで。すごくいいにおいがして、大変な状況なのにどきどきしちゃった。
あのときのケツァルコアトル、カッコよかったなぁ。
思い起こしてみると、結構みんな勝手にちゅってしていくね。わたしのくちびる。
だいたい女のひとだけど。
みんなキレイなひとなんだよねぇ。同性が好きってワケじゃないけど、やっぱりキレイなひとに迫られるとどきどきしちゃう。
……って、えぇー?なんでそんなムッとしてるの?聞いてきたの自分じゃん!
。……自分から、した、キス……?
それは……そのぅ……。
ぁなた、との…………うぅっ!あなたにしたのがはじめてですよう!
いやでもさっ!あれはホラ、戦闘で、あとすこし魔力が足りないって状況だったから。
あれはもう、事故というか!
……んん??なんでジト目で見てくるの?
事故じゃない、わたしからのキス?は……それは……そういえば、まだ、かな……………………?
……そっか。まだ、したことないんだ。
あのう。その、顔突き出してるの、なんなんですかね?
え?この流れで?
いや、その、たしかにいつもしてるけどさ。してるっていうか、されてるっていうか、だけど……。
あーー……いや、イヤじゃないよ?イヤじゃないんだけど。
その、ちょっと。ちょっと待っちぇね。ンンッ!
あーっと。その、心の準備が……。えぇっと。
うぅっそんな、きらきらした目で見ないでよう!サングラスまで取ってるし。
うー、…………よしっ!じゃあ、いきます!
あれ?
待って。もう一回。
あれぇ?なんで?
なにがおかしいんだろ?角度かなぁ?
今度こそ!
え?
突然どうしたって……だって、何度してもあなたみたいにちゅって音しないんだもん。
わたしもちゃんと、キスしたいのに。
……って、あぁっ!
顔伏せないで!キスできないじゃん。
もういいって、よくないよーっ!
そんな重々しいため息吐かないでよぉ。
顔真っ赤じゃん〜〜下手でごめんね?怒んないでよ……。
え?怒ってない?
教えてくれるの?
……やった!
えへへ……だって、ちゅってキスしてもらうと、ぽわーっと、だいすきー!って気持ちでいっぱいになるから。
あなたにもちゅってキスして、だいすきーって思ってもらいたいなぁーなんて。
たはは。不敬ですかね?
……あー。こんどこそ怒っ……え?怒ってない?
ほんと?
うん?夜また来るの?
キスのしかたは、そのときに?
……あ!ごめんっ!もしかしてこのあと用事あった?長居させちゃってごめんね?
じゃあ、また夜にね?
ふふっ……ちょっと照れるけど。
キス。教えてもらうの、たのしみにしてるね?
***
--ドカドカとブーツの重い足音が廊下に響く。テスカトリポカは自室へと戻る道すがら、項垂れて深く息を吐いた。
マスターを揶揄って狼狽える様を愉しもうとくちづけを強請ってみたものの、純粋さに当てられて結局は振り回されることになってしまった。
このままでは押し負けると判断し仕切り直しを試みたのだが……今夜再び対峙しなければならないのである。
このままピュアなマスターに合わせ甘いだけのひとときを過ごすか、キスを皮切りに初心なマスターを目眩く夜へといざなうか。
さて、どうしたものか。
思考を巡らせ、すぐさまかぶりを振った。
ニタリと口の端を吊り上げる。
「……いや。
ダイスは振る。が、この結末を決めるのはマスターだ」
堕とすのは簡単だ。みずから手中へと堕ちてくるのを待ち構えているほうが心が躍る。
なにせ彼は蜘蛛に変じたこともある神だ。
夜までまだ時間がある。
どう賽を振るか、それがどう転ぶか。巡り合わせを思う時間は、彼にとって殊の外愉快なものだ。
くつくつと喉の奥で笑い、軽やかにブーツの踵を響かせる。
先ほどまでの、マスターを前にたじたじになっている男の姿は既になかった。
彼はマスターを我が手に堕とすことしか考えていなかったが、結局のところマスターの純粋な眼差しに打ち勝てず、ただキスの仕方を教える夜となった。
「はぁーーーー、無垢なのも、それはそれでいっかあ〜〜〜〜〜」
誘惑の逸話に事欠かない百戦錬磨の神はマスターの部屋の天井を振り仰ぎ、ヤケクソに独りごちたのだった。