Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    Miruru_sweet

    @Miruru_sweet

    主に固定夢主ちゃんのお話載せます🧵
    アイコンはすろお姉様から🦥✨

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🐹 🍰 🌼 💙
    POIPOI 20

    Miruru_sweet

    ☆quiet follow

    Episode 05

    独歩と入社試験の話『もう大丈夫だよ~。お家に帰ろうね』



    警察車両のサイレンの音が響く。伊織は警察官に、毛布にくるまった幼子達を引き渡す。泣き疲れて寝てしまっているようで、起こさないようにそっと頭を撫でていた。野次馬も散っていき、その場が閑散とする頃、警察との話が済んだ俺は伊織と合流する。



    「近頃は子供を狙う悪人が多くて敵わんな」
    『登下校の際の見回りを強化するよう、警察にも協力をお願いしよう』



    社に帰ろうか、と伸びをする伊織の背中を見て、俺は伊織の子供慣れした様子に改めて感心する。



    「にしても、お前は子供に好かれやすいな」
    『そう?まぁ妹がいたからね、接するのは慣れてるかも』



    妹か、と伊織の言葉を反芻する。伊織のことは入社時から知っているが、出生や家族のことについて訊いたことは無い。太宰もそうだが、伊織も大概自分のことは話さない。誰とでもすぐに仲良くなり、人当たりの良い雰囲気を持ってはいるが、立ち入っていい領域と、そうでは無い領域の区別と線引きが上手い。



    『独歩と一緒に子供の相手してると、何だか入社試験の時を思い出すなぁ』



    伊織の言葉に眉をひそめた。伊織の言う通り、あの時も子供が巻き込まれていた。幼子を巻き込むなど許されぬ行為。そしてあの時の伊織は……俺が見た中で一番、冷酷な瞳をしていた。



    ✻ ✻ ✻



    「伊織の初仕事は一週間後からでお願いしたい」



    新入社員が入った直後。社長に命じられたのは、新入社員の一人である、太宰治の入社試験の試験官だ。とは云え、本人に入社試験であることは知らせず、実際に社に入ってきた依頼をこなしてもらい、相応しいかどうかを判断するというもの。
    その判断対象である太宰治が、出社するなりそんなことを云い出した。彼と一緒に入社した、柳生伊織という女について。



    「…何故だ」
    「その方が伊織が動きやすいから」
    「意味がわからん。まず仕事で成果を上げてから…」
    「国木田くんってば、そう怒らないで呉れ給え」



    笑顔で宥められ、俺は不快感を覚えた。理由も告げず、初任務の時期を遅らせろだと?意味が判らない。どう見ても社会人になりたての、なおかつ経歴不明な異端者に、そう易々と勝手な行動を取らせる訳が無い。「まぁ見てなよ」なんて簡単に云う太宰に、一つ喝を入れてやろうと口を開いた丁度その時、話の中心であった柳生伊織が出社した。



    『おっと、これから二人は仕事?』
    「話をすれば、だね。そうだよ。私は社会の為にこの身を…」
    『そっかぁ。気をつけてね』
    「一寸、偶には最後まで云わせて呉れ給えよ」



    太宰の絡みをあしらい乍ら、自席に着く伊織。机上に置かれた書類に目を向けたが、読むことは後回しにして、書類の下敷きになっていたヨコハマの地図を取り出して衣嚢にしまう。太宰が伊織への絡みを諦めたところで、柳生は俺の方を向いて片手を上げた。



    『国木田も!行ってらっしゃい』
    「……嗚呼」



    俺の返事を訊くと、そそくさと事務員達の部屋に行き、何かを尋ねている。入社して間もないが、既に事務員達とも打ち解けているらしい。



    「柳生伊織……読めない奴だ」







    『お帰り~』
    「ただいま。無事に事件は解決したよ」
    『そっか!お疲れ様!』



    太宰の入社試験を終えて社に戻ると、伊織が居た。此奴も帰ってきたばかりなのだろうか、朝より髪が乱れている気がするし、何やらバタバタと忙しない。机上に視線を向けると、書類が朝と同じように積み重ねてあった。心做しか増えているような気さえする。此奴……丸一日外を出歩いていたのか?



    『あっ、これ食べる?お饅頭貰ったんだ』



    紙袋を此方に差し出す伊織と、わーいと呑気な声で返事をして受け取ろうとする太宰。そして今日一日の精神的疲労感。様々なものが爆発した。太宰の首根っこを掴んで後ろに放り投げ、伊織に詰め寄る。



    「貴様はふらふらふらふらと何をしていた!その山積みの書類は何だ!!」
    『おっと、見つかってしまったか』
    「見つかってしまっただと…貴様は入社してから未だ何も」
    『あ、待って電話』
    「んぐっ」



    着信音が鳴り、無理やり口に饅頭を詰め込まれた。電話相手と話をしながら、伊織は鞄を手に取り出入口へと駆けていく。



    『疲れてるなら早く寝なよ!お先に失礼しまーす』
    「っ、おい!待て!!」



    俺の言葉を気に留めることも無く、俺の横をすり抜けて外へと出た。残りのお饅頭貰ってもいいかい?と服を引っ張ってくる太宰に、紙袋を押し付ける。手帳を開き、俺は予定表に書き記した。明日こそ、絶対に、柳生伊織に仕事をさせる___と。







    伊織に仕事をさせると決意したあの日から、一週間経った。あの翌日、社長と乱歩さんに相談した処、太宰の云う通りにするべきとのお達しだった。誠に不本意ながらも、あの方達がそう仰るのであれば仕方がない。簡単な書類整理くらいは出来るだろうと仕事を任せたが、毎日同じ量の書類が彼奴の机上には積まれている。少しずつ片付けているし、期日前には提出しているらしいが…毎日何処かへ出歩いているようだ。今度こそ、一週間分働いてもらわねば。



    「おい。今日は確りと仕事をしてもらうからな」
    『はーい』



    珍しく社でパソコンと向き合っていた伊織に声をかけると、間延びした返事が返ってきた。



    『真逆、国木田が同行してくれるなんてね。私の事嫌いだと思ってた』
    「社長の命だ」
    『成程』



    伊織には告げられていないが、今回の仕事は伊織の入社試験だ。此奴の精神と、能力と、適性。それらを見た上で、相応しいかを判断する。



    「お前が担当する仕事だが…子供の行方不明事件だ」
    『最近多発してるやつか』
    「そうだ。まずは情報収集とその裏を…」
    『や、その必要は無い。…此方だよ』



    探偵社を出て、警察へと詳細な情報を訊きに行く心算だったが…伊織に話を遮られ、大通りから外れた道を示された。



    『情報なら粗方集まってるし裏も取ってある。後は突入して子供達を救出、それから操ってる組織の本拠地聞き出すだけだよ』
    「……何?」



    伊織はけろりとした顔で、とんでもないことを云った。ペンを持つ手に力が入る。訊き返すと、伊織は順を追って話し始めた。…否、話し始めようとした。



    「おっ、伊織ちゃん!昨日は畑仕事の手伝い有難うなぁ」
    『いえいえ!何時でも行くから、また呼んでね!』



    あれは…ヨコハマ中心街から!少し外れた処に住むご老人達か。伊織とは既知の仲のようで、片手を上げてフランクに声をかけた。



    『続きだけど、子供が狙われるのは夕方の下校時刻。最近だとあの店の』
    「あ、あの!伊織さんっ」
    『おや、紗季さん!この間はどうも。あの後どうですか?』
    「お陰様で。本当に有難うございます!良かったら、お暇な時に一緒にご飯でも…お礼をさせてください」
    『いいんですか?ではお言葉に甘えて。週末は休めると思うで、決まり次第連絡しますね』
    「はい!お仕事頑張ってください!」



    少し歩けば女性、子供、ご老人。どの年代の誰からも声を掛けられる。話も進まないし歩みも進まない。……が、伊織の集めてきた情報と、築き上げてきた信頼は本物のようで、この街に来て一週間しか経ってない筈だが、既に街に溶け込んでいた。寧ろ、俺よりも深く住民達と付き合っている。



    『何処まで話したっけ…嗚呼、あの店付近での被害が多いみたい。張ってみる価値はあるよ。たぶん捕まえた後は裏取引してるんだと思う。そっちの筋の人にも話聞いたけど、今子供の値段跳ね上がってるんだって。取引先まで締めてこそ事件は解決だろうから、そこまで聞き出すよ』
    「……お前、この一週間何をしていた?」
    『何って……』



    何をすればここまでの信頼を築き、ここまで正確で詳細な情報を得ることが出来るのか。裏路地に入った処で、伊織は普段と変わらぬあどけない笑みを浮かべた儘、云った。



    『街の人の手伝いをしてただけさ』







    『子供が怪我をしていた時の為に、与謝野先生にも応援を要請しておいた。行方不明届けを出されていた子供の保護者にも、事務員の方から連絡が行ってる。探偵社で待つようにして貰ってる』



    伊織が調べ上げた店の裏口。時刻は正午。警察にも連絡済みで、数分後には到着する。誘拐犯を連行する為に。



    『さぁ行こうか。子供は任せたよ』



    俺達は視線を交えて一度頷き合うと、扉を勢いよく開けて中に飛び込んだ。



    『こんにちは誘拐犯さん。…おっと、取引先の方もご一緒で?』



    中には子供達と誘拐犯であろう店主、そして取引先の男達も揃っていた。子供達は……行方不明届けの人数と一致する。全員外傷はないように見える。縄を解いて、危険が少ないであろう店舗スペースへと移動させる。
    視線を伊織の方に向けると、目を見張るほど真っ直ぐで力強い回し蹴りが、彼女から放たれていた。取引先の男達は拳銃を持っているようだが、体術に関しては素人か。



    『私に撃ち合いを挑むなんて、命知らずにも程がある』



    伊織はベストを少し緩めると、中から小型の血液パックのようなものを取り出し、発砲する犯人達の銃弾を防いでいた。あれが、噂に訊く……血液を操る異能力。



    『命は大切にするものだよ』



    俺は伊織にその場を任せ、近づいてくるサイレンの音の方へと子供達を誘導した。







    『そろそろ、大人しく捕まってくれないかなぁ』
    「伊織!子供の保護は完了した!」
    『お、早いね。ありがとう』



    部屋へと入ると、足元には犯人達が気絶して転がっていた。赤黒い色をしたワイヤーで縛られている。
    目の前には、誘拐した張本人である、この店の店主。拳銃は扱った事が無いのだろう、軸がぶれて震え乍らも拳銃を此方に突きつけてくる。素人の発砲ほど恐ろしいものはない。疾いうちに何とかしなければ…。



    「く、そ……!!畜生っ!!」
    「なっ…止せ!!」



    犯人は拳銃を自分の額へと突きつけた。不味い、此処からでは間に合わっ……!!



    『異能力___朱殷に染まれ』



    犯人が引き金を引く直前、伊織が異能力を発動し、蔓のようなものがその場に張り巡らされ、犯人を止めた。勿論、引き金に掛けられていた犯人の指の動きさえも。



    『悪人だろうと命の重さは皆同じさ。それがお前にとって楽な道なら、私は絶対に許さない。お前の人生を以て罪を償うことだ』



    犯人を異能力で捕らえた伊織は、氷よりもずっと冷たい瞳を覗かせていた。犯人の自害覚悟の行動、そして伊織の鋭い眼光と、影に潜む何らかの因果……肝を冷やしたが、此奴の行動は紛れもなく、ヨコハマの人々を助ける為のもの。そして此奴の存在自体が、もう既にヨコハマの一部となっている。



    『痛いのは厭だろう?君を苦しませたくないんだ。
    ……私が優しくしている内に、手錠をかけさせて貰えるかな』



    柳生伊織。その判断力、適応能力、戦闘能力…全ての能力値が高い。此奴が入れば、探偵社はより大きく強くなっていくだろう。そして何より、此奴は誰も死なせなかった。犯人すらも。
    ……俺は、お前を見誤っていた。



    『お疲れ様、国木田』
    「…鳴呼」



    ___入社試験、完遂。死傷者無し。子供は全員保護完了。与謝野先生へと引渡し済。警察署から社へ報告書が送られる。確認されたし。
    この度、柳生伊織は一週間という期間で街の者達と交流を深め、街の一員としての立場を築き、事件依頼到着直後から解決の為に尽力した。犯人の自害も阻止し、被害を最小限に留めた。


    そこまで打ち込んで、俺は一度指を止めた。ぐぐ、と伸びをして前を歩く伊織の背中を見る。……暫く考えて、俺は再度メールを打ち込む。


    ___探偵社員として、申し分無い人材である事を報告致します。柳生伊織の正式な入社について、前向きなご判断をお願い申し上げます。


    送信先、福沢諭吉殿。
    送信者、国木田独歩。
    件名、柳生伊織の入社試験についての報告。


    ……送信。



    『そうだ、帰る前に菓子屋に寄って行ってもいい?子供達の分と、君の分と、あと与謝野先生と…』
    「俺の分は要らん。年下に集るような真似はしない」
    『そう言わずに……ん?年下?』



    足を止めた伊織を振り返る。きょとんとした顔をして、それから吹き出して笑い始めた。何が可笑しい、と訊き返せば、伊織はばしばしと俺の背中を叩いた。何なんだ此奴は。



    『国木田って治と同い年だよね?』
    「鳴呼…確か太宰の奴がそう言っていたな」
    『私、治より歳上なんだけど』
    「……は?」



    年上?伊織が?のんびり自由人で、日頃俺よりもずっと怠けていて、年上の矜恃など無かった伊織が?幼く見られがちなんだよね~、と愉快そうに笑う伊織に、俺はぽかんとする他なかった。



    『二つ上だよ。つまり君は年下に集る訳ではないから、大人しく受け取りなさい!よし行こう』
    「は!?ちょ、おい!」
    『独歩遅いよ~。ほら疾く!荷物持ち手伝って!』



    急に走り出す伊織に釣られて、俺も地面を蹴った。俺はこれからこんな風に振り回され続けるのだろうか。少々目眩がしてきたので、将来の設計を少し見直そうと思う。



    ✻ ✻ ✻



    今日も今日とて、外を歩けば伊織は声を掛けられる。以前にも増して交流の輪が広がっているようだ。
    最近では賢治が一緒に外回りをすることが多くなった。谷崎や敦など、新人教育は主に伊織の仕事となっている。太宰共々、人を振り回すことが多い奴だが、その底抜けな明るさが人に好かれる所以なのかもしれない。



    「……俺は別に、お前のことを嫌っている訳じゃない」
    『ん?急にどうしたの』



    両手いっぱいに差し入れを抱える伊織を見かねて、半分持ってやる。……何だこの重さは。箱を覗くと、中には野菜がぎっしり詰まっていた。また畑の手伝いに行ったのか…通りで最近帰社が遅いと思っていた。



    『私は好きだよ~。みんな大好きさ』



    伊織は子供達に手を振り乍ら答える。その表情は何時も通り明るくて、嘘偽りの無い素直なものであると、すんなり受け取る事が出来た。



    「…菓子でも買っていくか」
    『お、いいね!行きたい店があるんだけど』
    「俺が出す。好きな物を選べ」
    『え!ほんと?嬉しいなぁ。ありがとね』



    偶然、ただ何となく、気が向いただけ。だが、後輩であり年長者である伊織を労わるくらいの出費なら、既に手帳に記されている。過去の俺が見通した今に、そして今の俺が見通す理想の未来に、伊織は変わらず居続けるのだろう。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works