はっぴーはろうぃん!「トリックオアトリート!」
子供達が今日限定の合言葉を云い乍ら街を練り歩く。今夜は街中がオレンジや黒の装飾に彩られ、ランタンや風船が吊るされている。私はそんな子供達の様子を横目に見て路地裏へと入った。
子供達の声も聞こえなくなってきた辺りで、前方にぼんやりとした灯を見つけた。
「もしかして…否、もしかしなくてもあの店だね」
やつがれに待ち合わせ場所として指定されたバー。此処はポートマフィアの息がかかった場所で、よく取り引きに使われるらしい。私に云っていいの?とも思ったけど、もうすぐ取り引き拠点を別に移すらしく、ほぼ用済み状態だそう。まぁそうか、ずっと同じ場所で取り引きしていたら直ぐに足がついちゃうし。
「こんばんは。久しぶりだね、二人共」
「お待ちしていました。中へどうぞ」
店の前には樋口と銀が待機していた。銀はぺこりと会釈し、樋口に促されるまま中へ入る。
扉を開けると同時に、椅子にちょこんと座っていた幼女と目が合った。幼女は両手で持っていたコップを黒い外套を着た男に押し付け、とたとたとした足取りで此方へ走ってきた。
「あーっ!いおりしゃんだぁ!!」
「おっと、八千代ちゃん。ハッピーハロウィン」
私の足にぎゅーっとしがみつく八千代ちゃん。一挙手一投足が可愛くて、思わず抱き上げて高い高いをしてしまった。本人も愉しそうにしているからいいか。
「あれ、この衣装って……」
「樋口と銀の手作りです」
黒と赤を基調としたリボンやフリルや外套。やつがれの仮装ってことかな?あの二人器用だなぁ。私は先刻まで子供達のハロウィンパーティーのお手伝いをしていたから警察官の仮装をしていたけれど、此処に来るにあたって着替えてきた。警官と間違われて殺されるとか嫌だもん。子供から貰った黒猫のヘアピンでもつけておこうかな。
「かわいい芥川がいるねぇ」
両手で頬を包むようにして触れれば、いぇへへ…と判りやすく照れたような笑みを零していた。
「いおりしゃん、とりっくおあとりとん!!」
そして唐突に、あの合言葉を云い放った。微妙に違っているのがまた愛嬌があって笑ってしまった、貰えると信じて疑わないような、自信満々の笑みを浮かべている。
「………お菓子忘れてきちゃったかも」
雷が落ちたかのようにショックを受ける八千代ちゃん。一寸した悪戯心が招いた一言だけど、思っていたより面白い反応が見られるかもしれない。
「おかし…ない……?」
「無いなぁ、何処にいっちゃったのかなぁ」
呆然とする八千代ちゃんは手をわなわなと震わせている。何だろう…可愛い。迚も可愛い。よたよたふらついた足取りで私の元へ寄り、きゅっと服の袖を掴んできた。
「おっ…おかしくれるまで、やちよかえんないもん!」
そしてその場にぺたんと座り込む八千代ちゃん。可愛い悪戯だなぁ、なんて思っていた。……そう、思っていた。
「いおりしゃんにもおかしあげない!!」
「え」
その瞬間、私の頭の中に「伊織さんにあげるのだと、数日前から用意していました」というやつがれに伝えられた言葉が反芻された。
(八千代ちゃんが私の為に選んだお菓子…貰えない…?!)
私は絶句した。八千代ちゃんに視線を合わせる為に屈んでいたが、思わず膝をついてしまうくらいには動揺した。
私は八千代ちゃんと会うのを迚も楽しみにしていた。故に“八千代ちゃんが”、“私の為に”選んでくれたお菓子が貰えないとなると……今日一日の努力が報われない。独歩に怒号を浴びせられ乍ら書類仕事だって全部終わらせたし、治の仕事の後始末だって手伝ったし、こんな寒い日に川に飛び込んで子供を救助したんだ…!!!
「………あ、あー!こんな所にしまってたんだ、忘れてたよ」
焦って手からお菓子が滑り落ちそうになったが、持ち前の瞬発力で落ちる前にキャッチした。八千代ちゃんの方を見れば、本当に嬉しそうな顔をして、私とやつがれの顔を交互に見ていた。
「ハッピーハロウィン、八千代ちゃん」
その小さな手にお菓子を乗せると、いおりしゃんからおかしもらったー!!と早速やつがれに自慢していた。やつがれは片手に八千代ちゃんの飲みかけジュースを持った儘、少しだけ表情を柔らかくして頭を撫でていた。
「いおりしゃんはっぴーはろうぃん!」
机の上に置いてあったかぼちゃの形の箱から大きめの飴と、折り紙のお化けを取り出して渡してくれた。嗚呼、私の今日の仕事は報われた。嬉しい。八千代ちゃんは誇らしげな表情をしていた。
「食べたら歯磨きしてね。…あ、はいこれやつがれに。飴あげる」
「否、やつがれは………有難うございます」
では此方を、と個包装のクッキーを手渡される。ハート型だ、八千代ちゃん用なのかな。
とまぁ、お菓子交換会みたいになってしまったが、その後も八千代ちゃんが眠りにつくまで小さなパーティーを執り行った。
「八千代ちゃん、そろそろ帰ろ〜」
「んん〜……」
「これ、起きた時にまたこの間みたいになるんじゃない?」
「……その時はまた電話します」
またか〜、なんて笑い乍ら外へ出ると、樋口と銀はまだそこに居た。ずっと居たのか。夜になってかなり冷えているのに真面目だなぁ。
「二人共お疲れ様。これあげる」
ぽいっと二人共の手元にお菓子を投げて、八千代ちゃんの頭を撫でた。
「ばいばい八千代ちゃん」
子供達の活気ある声は無くなって、もう彼らポートマフィアの時間だ。私も早く帰って寝ようかな。路地裏の奥の方から、マフィア構成員十数人が此方へ向かってくる。私はそれとは反対方向に足を進めた。「呉々もお化けにさらわれないようにね〜」なんて冗談を交えて。
帰宅して、八千代ちゃんから貰ったお化けの折り紙が、開くとお手紙になっていたことを知り、歓喜で目が覚めたのは云うまでもない。
_____いおりしゃんえ
このあいだはいっしょにあしょんでくれてありがとおございました
またあしょんでくれるとうれしいです
やちよのあめちょっとあげゆます!へへっ!
やちよより_____