敦と出会いの話ぼんやりと考え事をし乍ら、仕事仲間との合流の為に街を歩く。日が傾き、空は茜色に染まりつつあった。角を曲がると、仕事仲間を遠くに発見した。
「__遅い!そして其の菓子の山は何だ!!」
『山田のお婆ちゃんがくれた』
「どの山田さんだ!?」
とてつもない速さで駆け寄って来たかと思えば、怒号を浴びせられる。理由は簡単、私が書類仕事を彼に押し付けて社を出てきたから。後、治が仕事を放棄して何処かへ行ったから…かな。
両手いっぱいに抱えた、駄菓子の入った紙袋の山。くれたのは毎朝此の辺りを散歩している山田さんだと説明すれば、其の説明で通じるのは私か賢治くんくらいだと溜め息をついていた。
『御免御免、その件については悪いと思ってるよ。でも書類仕事は独歩の方が疾いでしょ?』
「そういう問題では無い!全く、お前と云い太宰と云い…尽く俺の予定を狂わせ」
『あ、独歩担当の依頼二つ終わらせておいたよ』
「……………」
其の一言でぱたりと説教が止む。仕事仲間___国木田独歩は理想主義者で、予定を狂わされることをとりわけ嫌っている。私を叱るべきか、今回は大目に見るべきかで悩んでるな。眉を寄せて手帳とにらめっこする独歩を見ていたら、思わず吹き出してしまった。
『報告書は私が出すから安心して。其れより今は《人喰い虎》の件が優先』
「何か判ったのか?」
『その逆。目撃情報も少ないし、実際の被害は大根だったの。もっと調べる必要が………あ、治』
川沿いを歩いていると、対岸にそれらしき姿を見つけた。此の川に居ると踏んでいたが、予想よりも上流に流れ着いている。治を捜し出すことに関しては、乱歩さんにも引けを取らないと自負していたけれど…珍しいこともあるものだね。
怒鳴る独歩の後ろから顔を覗かせると、治以外の誰かの存在に気がついた。
「苦労は凡てお前の所為だこの自殺嗜好!!伊織も何か……伊織?何処へ行った!?」
「伊織なら此方に居るけど」
独歩の話を他所に、私は全速力で橋を渡り対岸へと来ていた。
素朴で、体が細く頼りない風貌の少年。治が此処に居るのは彼が助けてくれたからかな。見るからに彼の方が苦しい状況に陥っているというのに、人助けをするなんて余程のお人好しか…それこそ自殺願望者だ。疲労と、困惑と、少しの救いを見出したその瞳に、私は笑顔で問いかけた。
『やあ少年!元気?』
「えっ!?えと、元気……ではないですね…」
人と話すことに抵抗があるのか、視線を泳がせながら答える少年。紙袋から駄菓子を一つ取り出して渡すと、きちんとお礼を云って受け取ってくれた。
『うちのが迷惑かけたね。何かお礼を…希望はある?』
「その件なんだけど、彼お腹が空いているみたいだから国木田くんに奢って貰おうよ」
『あんたはもっと迷惑かけた自覚を持ちなさいね』
薄汚れた服。白色の髪は適当に切られていて、粗雑な扱いを受けていたのだと感じる。けれど瞳は夕日を浴びてきらきらと輝き、眩い未来を閉じ込めていた。
「君、名前は?」
「中島…敦ですけど」
餓死寸前の少年___中島敦は茶漬けを所望のようだ。治が一頻り笑った後、茶漬けを腹いっぱい食べるために国木田の元へと急いだ。
怒鳴り乍らも近くの料理亭を探す独歩、濡れた服が重いと愚痴を零す治、糖分を取れとお菓子を押し付ける私、肩を縮こませて後ろを着いてくる敦。
私たちの間を吹き抜ける強い風は、これから起こる何かを暗示しているように感じた。