不思議なハロウィン俺の夢には、決まって出てくる人物が居る。その人は、俺が片想いしてる人にそっくりだ。でも頭の上には耳が生えていて、尻尾もある。同一人物と言えるのかは微妙なところだ。その人物は、自分でカツキと名乗った。名前まで同じなのかと聞いたら、曖昧にごまかされた。
そして今日も、彼は屋敷の前に立ち俺を見ている。その屋敷が何処なのかも分からないけど、広すぎる庭には薔薇が美しく咲いている。カツキはただ、俺を見つめているだけだ。
ぶわりと風で花びらが舞う。あまりにも強い風に目を閉じる。こんなことは、初めてだった。暫くして目を開けると、カツキは俺の直ぐ側まで来ていた。
『なぁ、なんで告白しねェの?』
耳元でそんなことを囁かれ、顔から火が出るかと思った。爆豪の声で囁かれると、どうしても反応してしまう。
『好きなンだろ?』
「…それは……」
そう、俺は同じクラスの爆豪勝己のことが好きだ。自覚してから一ヶ月ほどしか経っていないけれど、一瞬一瞬の彼の言動に目がいってしまうほどには好きで。たしか、それからだった。俺が爆豪への想いを自覚した時から、この夢を見るようになった。
『…なンかあんの?』
「…迷惑だろ……俺に告白されたら…」
本心を言ってしまった。夢の中の彼に、こんな事を言っても仕方がないのに。
彼はふと、庭に咲いている薔薇を一本摘み取った。それを見つめる瞳がとても優しくて、見惚れてしまう。
『ちょっとこっち来い』
「…?」
首を傾げながら彼に近づくと、ふわりと包み込まれた。え、と思う間もなく離れてしまったが、薔薇の香りが染み付いた気がした。
『似合うな』
近くに立つ彼の瞳に、一本の薔薇が映っている。なるほど、俺の髪に刺したのか。男に花なんて似合うのかは分からないが、彼に言われて嫌だとは思わなかった。
『んじゃ、またな』
そう言って彼は屋敷に入っていく。追いかけようとしたけれど、次の瞬間に見たものはいつもの天井だった。
「夢……にしてはリアルだったな…」
まだ部屋には、あの薔薇の香りが残っている気がした。
私服に着替えて部屋を出る。エレベーターで降りると、ふわっといい匂いがした。共有スペースでは、皆がいつも以上に楽しそうに何かをしていた。その中で俺に気がついたらしい緑谷が側に来て、いつも通りの笑顔を向けてきた。
「轟くん、おはよう!」
「あぁ…おはよう、何してるんだ?」
「今日はハロウィンだからね。皆で仮装パーティーしようってことになったんだ」
「へぇ…」
よく見てみれば、麗日が八百万から服などを受け取っている。緑谷も、白いものを抱えていた。
「緑谷は何の仮装なんだ?」
「僕?僕はオバケだよ」
「オバケ……」
シーツを被った緑谷の想像をしてみるが、絶対シーツを踏んで転ぶだろうな、なんて思った。
「因みに、轟くんは吸血鬼ね」
「きゅーけつき…」
緑谷に渡された衣装は、何故か見覚えがあった。どうしてだろう。
「ンな面倒なことやってられっかよ」
ぼやーっとしていると、急に爆豪の声が聞こえて慌てて振り返る。そこには、爆豪に言い寄っている切島の姿があった。仲が良いなぁと思いながら見つめていると、バチリと視線が絡み合う。
「?!」
一瞬だけ、爆豪に耳が生えたように見えた気がして思わず息を呑んだ。しかしそれは、ほんの一瞬で消えてしまう。
「轟くん…?」
名前を呼ばれてビクリと振り返れば、いつの間にか落としてしまった俺の服を拾った緑谷が、心配そうに見つめていた。
「大丈夫…?」
「……あぁ…ありがとう…」
服を受け取ってなんとなくそれを見る。これを着たら何かが変わる気がした。
「…これ、着てくる」
「うん」
緑谷に一声かけてから、その場を後にする。背中から注がれる視線には、気付けなかった。
部屋に入り服を広げて着てみる。似合っているのかも分からないけれど、不思議と違和感はなかった。すると、頭に誰かの声が聞こえた。
『ちょっと身体を貸してもらえないか?』
それが自分の声だと気が付いたのは、少し経ってからだった。普通はこんな状況になると、身体を受け渡したりしないだろう。けれど、聞こえてきた声に必死さが伝わってきてどうしても断れなかった。
「……わかった」
目を閉じると、身体の自由が効かなくなる。ふわふわと浮いているような感覚だった。
次に目を開けると、身体は動かせないけど目だけはあるみたいな。不思議な感じだった。
俺の身体を操っている人物は、部屋を出て階段を降りていく。心臓が高鳴っているのを感じた。
ふと、彼が窓の外を見た。そこには、満月が輝いている。先ほどまで朝だった筈だ。俺の気のせいだったのだろうか。
『身体を借りるのに時間かかっちまったんだ。わりぃ』
急に喋るものだから、びっくりした。応えようとしたけれど、口がないみたいに喋れなかった。そしてその先に居た人物に、俺は本当に何も言えなくなる。
『カツキ……』
彼から零れた言葉は、とてもか細かった。けれど目の前の人物にはきちんと届いたようで、彼は顔を上げた。その人物は、いつもの爆豪ではなかった。姿は同じなのに、目が違う。
『ショート…』
呼ばれた名前は、彼だった。彼の喜びが、伝わってくる。ショートと呼ばれた人物は、目の前の人物に抱き締められる。
良いなぁと思った。俺には決して触れられないそれに、彼は簡単に触れている。
『ありがとう…』
瞬きをして、目を開けた。
するとそこには、白い空間が広がっていた。ただ何もないそこは、上と下も分からない。ただ浮いて存在しているだけ。
『おい』
声をかけられて振り返ると、カツキとその隣にもう一人。自分とそっくりな人物が立っていた。多分だけど、さっき身体を貸してくれと言ってきたショートなんだろうな…となんとなく思った。
『ありがとう…お陰でカツキに会うことができた』
そう言って笑うショートは、俺とは全く違って魅力溢れる人物だった。まつ毛は長く、落ち着いた印象が強い。
「いえ……」
二人は、きっと想いが通じ合っているんだろうなと思った。
『…とどろき、お前告白しねェの?』
「……」
カツキに言われて何も言えなくなる。だって、俺の世界に居る彼は俺のことをなんとも思っていないだろうから。
『たまには、素直になれや』
そう言って頭を撫でられる。こうやって誰かに撫でられるのは、いつぶりだろう。考えて、やめた。撫でられる気持ちよさに目を閉じると、意識が落ちた。
「……ろき……轟!」
身体を揺さぶられて、目を開ける。そこには、先ほどまで一緒だった彼ら…ではなく、爆豪の顔があった。
「ばく、ごう…?」
「ったく、びっくりさせんなや」
はぁ…とため息をつく彼は、熱かったのだろうか…汗をかいている。
「気がついたら此処にいて、テメェが倒れてるから…」
考えてることを読まれてしまった…気がする。俺、気を失ってたのか…ということは、あれは…。
「…爆豪、行きたいところがある」
「はぁ?……たく、しょうがねェな」
爆豪は意味わからない、という顔をしたけど俺の必死さに頷いてくれた。
それから一旦部屋に戻って私服に着替える。スマホだけを持ち急いで下に降りて、誰にも見られないように外に出た。もうすぐ十一月だからだろうか。外はとても肌寒い。
「…テメェ、寒くないンか」
「うん」
長袖にカーディガンという流石に薄着すぎた恰好の俺とは違い、爆豪はコートにマフラーと防寒対策がしっかりしている。
満月の明かりとスマホの明かりを頼りに、森の中をゆっくりと歩く。
「…これ、道に迷ってないか?」
「大丈夫………たぶん……」
自分の勘を頼りに進んでいるが、この道が合っているのかの確証はない。けど、行って確かめたかった。
爆豪は何も言わず着いてきてくれる。草むらを進んでいたはずだったが、急に開けた場所に出た。あぁ…ここだと、直感でそう思った。
近くに植えられていた薔薇を一本だけ摘み取り、先へと進む。
そして辿り着いた先は──
「……ほんとに…あった…」
「……ここか?」
「うん、」
綺麗な薔薇の庭園に囲まれた大きな屋敷は、夢で見たものと一緒だった。門をくぐり敷地に入る。すると途端に、薔薇の花びらが一斉に舞い上がる。
「?!」
「轟っ」
爆豪に手を掴まれてぽすんと抱き締められる。触れ合ったところから心音が伝わってしまいそうで怖かった。温かい。
「轟、あれ」
爆豪が見ていた方を見れば、道を開けるように薔薇の道ができていた。それは、赤いランウェイのようだった。
爆豪に手を引かれて、ゆっくりと進んでいく。すると石の上に置かれた花瓶が目に入る。
「……」
そこに持ってきた薔薇を入れると、薔薇はヒラヒラと花びらを散らして枯れてしまった。それを見ていた爆豪も、同じように薔薇を花瓶へと入れる。その薔薇もまた、花びらを散らして枯れた。
『ありがとう』
声が聞こえて、顔を上げる。立っていたのは吸血鬼のショートと、人狼?のカツキだった。爆豪にも見えているようで、彼らを見たまま固まっている。
『お陰で自由になれた。本当にありがとう』
ショートはとても嬉しそうな顔で微笑んだ。もしかしたら、彼らはここでずっと待っていたのかもしれない。来るかも分からない人間を、ひたすらに。永遠に近い時間を。
「…こちらこそ」
その答えを聞いた彼らは、手を繋いで歩いていく。どこに向かうのかは分からないが、それが幸せな場所ならいいなと思う。
「……轟、」
「…?、」
爆豪が差し出してくれた手を握って立ち上がる。少しだけ触れた手は、やっぱり温かかった。
「……好き…」
無意識の内に零した気持ちは、先ほどの薔薇の花びらのように、枯れていくと思っていた。
「…俺も好きだ」
耳を疑った。ありもしない幻聴を聞いたのかと思って爆豪の顔を見たら、その顔は以外にも真っ赤に染まっていた。
「ほ、ほんと…?」
「ん…」
嬉しくなり抱きつけば、難なく受け止められた。薔薇の匂いに混じって、甘いニトロの匂いがする。
「好きだな…」
そう零せば、今度は口を塞がれる。
爆豪の背中越しに、手を繋いで笑っている彼らが見えた気がした。
fin