仗露道場2024/11/13「猫」(2023/2/2お題) 梅がほころぶ民家の門塀に猫がいた。ふてぶてしい面がまえの三毛猫で、たぶん自分ちじゃあないんだろうに、表札がかかった柱の上で我がもの顔に丸くなっている。
ガンつけてくる金色の目玉に、イヤな記憶が思い起こされる。顔をそむけてフンと鼻を鳴らすと、隣を歩く男がすかさず「どしたっスか?」と気づかってきた。
「たいしたことじゃあない。そこに猫がいたからさ」
ああ、と仗助は塀をちらりと見やり、次いでぼくの顔を覗き込んで、なだめるように甘ったるくほほえんだ。
「猫嫌いっスもんね、露伴」
「ああ嫌いだねッ。かわいげのかけらもないってだけじゃあない。ぼくはこいつらに、とんでもない目に遭わされたんだぜ!」
せっかく駆けつけてくれた親友に、あやうく背中を剝がされかけた。それというのも猫どもが、あのしゃべる以外何もしない敵スタンドの口先に踊らされたせいだ。おかげであれ以来、ぼくは猫を見ただけで、ないはずの背中の古傷が疼く気がするんだ。
「あ」
そこに至って、遅まきながら失言に気づいた。おそるおそる横目で窺った仗助は——案の定、完全無欠のツラにヤバいぐらい完璧な笑みを浮かべてやがる。
「とんでもねェ目、ってどんなスか?」
「……」
「いつも言ってるでショ。仗助くんは、露伴のことが大好きだって。好きで好きでしょうがなくって、あんたのことなら何でも知りてェぐれーなんだって」
あの後、痛みのあまりオーソン前でうずくまってしまったぼくへ、康一くんが「仗助くんを呼びましょう!」と声を張り上げた。反則能力に治されるなんて冗談じゃあなかったが、もはや抵抗する体力も気力もなかった。康一くんがオーソン前の公衆電話に飛びつき、ものの十五分ほどで仗助がやって来て、その一瞬後には傷はきれいにかき消えていた。
「なあ、何があったんだよ、あの時?」
「うるせーなあ」
チープ・トリックの一件は義務として空条承太郎とジョースターさんには報告したが、他の者には明かしていない。好奇心から図に乗って人ひとり犠牲にしたなんてことは、進んで知られたいことではなかった。承太郎は「別に先生だけじゃあねェ。仗助のヤツも、あれでいろいろやらかしてるぜ」とか言ってたが。
ていうか、なぜことさら「仗助のヤツ」を引き合いに出したんだろう。
「ナア、君もしかして、承太郎さんにバラしてるのか……?」
「何を?」
「何をって、その」
ぼくたちのこと、なんて言うとまるでつき合ってるみたいだ……と考えるぼくは自意識過剰な男か? かといって「ぼくに対する君の気持ち」だと、それこそ自意識過剰だし。だいたいあの頃は、仗助の感情もまだそこまでではなかったはずだ。
だが高校時代には、たまに近況を求める電話があると話していた。こいつの暴走機関車並みの破壊力を考えると、歳上の甥相手に「露伴が好き!」ぐらいのことは言い放っててもおかしくない。
口ごもるぼくへ、仗助はニンマリ笑ってみせた。イヤな予感しかしない。
「いつも言ってるでショ。仗助くんは、露伴のことが大好きだって」
案の定だ。ぼくはヘアバンドの上から額を押さえた。
「何考えてんだよ……」
うめいたって、このスカタンには蛙のツラに小便だ。それどころかよりにもよって、「露伴のこと♡」なんてほざきやがる。
「君さァ、承太郎さんにあこがれてるとか言ってなかったか」
「そうっスね。あの人と一緒にいると、誇り高い気持ちになれるんで」
「そーいう相手にフラレまくってるなんて情けない話、聞かせちまっていいのかよ」
「フラレてねーし」
仗助はすかさず切り返してきた。
「おれはまだスタートラインにすら立ててねェ。おれがちゃんとした男ンなって、『クソッタレのクソガキ』じゃあなくなって、そっからが勝負なんだ」
アメジストみたいな瞳を力強くきらめかせて、決然とそんなことを言う。
社会人一年めの貴重な休みをほぼぼくに費やしてるこいつは、今日は近郊の美術展に誘ってきた。「露伴が好きそうだと思って」と差し出してきたチラシの内容は正しくそのとおりで、ついでに言えばこの種のことは初めてじゃあない。しかも最初は「充分楽しいっスよ。おれは露伴を見てるんで」とかほざいてたのが、このごろでは稚拙ながらになかなか興味深い感想を洩らしたりするようになった。
もうすぐ、春が来る。梅が咲き、桜が咲いてそれも散って、杜王町に緑が輝く頃。
「……」
きっと、つき合っちまうんだろうなァ。他人事のような諦観に、ぼくはそっとため息をついた。