仗露道場2025/1/10「ウソ」 (2023/4/1お題) 信じてくれと、最初の頃はよく言われた。おれのことが嫌いなのはいい、だけどせめて、おれがあんたを好きだってことは信じてほしいと。
君のご希望を叶えてやる義理はないね、それがぼくの返答だった。だいたい君が言ってることは、「自分を信じないおまえが悪い」ってのと同じだぜ。そいつを図々しいと思わないんなら、やっぱりぼくとは気が合わないってことだな!
別にわざと啖呵を切ったとかじゃあなく、当時のぼくの率直な感情だった。かつがれてるとはさすがに考えなかったが(ぼくの漫画家の目は、そんなことも見抜けない節穴じゃあない)、どこまで本気なんだかとか、自分が何を口走ってるかわかってんのかね、とは思っていた。
思春期にちょっと歳上の同性になつくとか、映画や小説でもありがちだよな。父親を知らずに育ったのが、ある日突然強さ体格容姿頭脳、すべてにおいて絵に描いたような兄貴分が現れて。初めて味わった「頼る」って気持ちの持っていきどころがなくなって、手近なぼくに目をつけたってところだろ。こいつにとっての頼り甲斐なんかゼロに等しい(なんと言ってもぼくのほうに、頼らせてやる気がさらさらない)ぼくんとこに、なんでわざわざ来るんだか。
なんて……ま、要するに、ぼくはこいつをなめてたってことだ。
初めて好きだと言われてから十年経った。十年! 改めて口に出してみれば、なかなかどうしてバカにできる数字じゃあない。しかも十代後半から二十代を経て、三十へとさしかかる十年間。これほど極上の男が、オスとして最も充実した時期をまるごとぼくに差し出して、この先もそうする気満々だってんだから、ウソだとはもう思わなくてもウソみたいな現実だよなァ。
漫画から抜け出てきた王子様みたいなヤツに、下にも置かぬ扱いをされている。そんなぼくのほうはと言えば、男だってことを除いても、とうてい漫画のプリンセスなんてキャラじゃあない。ひとりで過ごすのが苦ではなく、人間関係の気苦労は避けたいタイプというのが自己評価だが、他人からは「めんどくさい」性格だとよく言われる。そのたび「めんどくさいって何だよッ⁉︎」と問いつめたくなるんだが、「そーいうとこがめんどくさい」と——これを言ったのがアホの億泰で、しかもあいつにしてはうまい言い方だと満場一致で賞賛されていた(なんと康一くんにまで! 「友達だろーッ」とぼくは叫んだ)ことを思い返すだにムカッ腹が立つのだった。
もう一度言おう。ひとりで過ごすのは、ぼくにとって苦ではない。むしろ誰かとともに過ごすほうがつらいのだ。
本来そういう性格なのに、今のぼくは自分から好きこのんで他人、しかもよりによって仗助と生活している。一緒に住んで、対外的にパートナーとして扱われて、個人的な心理でも……なんと言うか、こいつを憎からず思っている。
この岸辺露伴が恋心を、それも東方仗助に対して抱くなんて。それこそウソみたいな現実だ。十年前のぼくに教えてやったら、間違いなく卒倒するだろう。もちろん屈辱と憤怒のあまり。そのぐらい、ぼくは仗助のことが嫌いだった。なにしろクソッタレのスカタンで、イカサマするウソつきで、必ずぼくの考えてることと逆のことをする。
とまあ、こいつはこいつで大概ひどいヤツなのだが、考えてみればこのぼくがそこまで嫌った相手も他にいなかった。くどいようだがぼくは人間関係をわずらわしく思うほうであり、不快にさせられる以前にそもそも関わり合いを避ける。「嫌いだ」なんてわざわざ告げて挑発するような真似したら、どんな温厚なヤツでもカチンと来てやり返してくるもので、現に仗助ともそうなった。
どうも誤解されてる気がするんだが、ぼくは別にケンカっ早いわけじゃあない。あんなふうに角突き合わせた相手は仗助が初めてで、てことは一転恋愛関係になったのも、仗助だったからこそなのかもしれない。ひと目見て惹かれた気持ちの裏返しのように反発し合い、さらにそれが一周回って恋に落ちた……なんて言っちまうと、さすがにできすぎててウソっぽくなるか? そもそも「ひと目見た」って、あの時のぼくはいかにして仗助の足を止めさせ目を開かせるかしか考えてなかったし、仗助のほうはその策にまんまとハマって、ぼくをボコボコにすることしか考えてなかった(そして実際ぼくは病院送りにされた)。
そんな相手と、こんなふうになるなんてなァ。
分厚い胸板に身体をすり寄せると、仗助はむにゃむにゃつぶやいて身じろぎした。目覚めたわけじゃあない。ほんとの緊急事態には一ペンで飛び起きてみせるが、そうでない時のこいつは案外無防備だ。ひっくり返って腹を見せる大型犬のようにぼくの前でくつろぐこいつを、ぼくは紛れもなく気に入っている。
つくづく、ウソみたいな話だけれど。