学生ひふど付き合い始め「……独歩、今日もいい?」
心臓の鼓動がうるさすぎて、自分の声がやけに遠く聞こえる。静まりかえった部屋で、俺っちの感情を反映したこの音が目の前の人物に聞こえてしまわないか心配になった。だって、好きな子の前で格好悪いじゃん? 俺っちのお誘いは何度目かになるけれど、一向に慣れる気配はない。
「……あぁ」
素気なく返事する独歩の声は掠れていた。独歩も緊張しているのだろう。俺っちがリードしてやんねーと!
「おいで」
俺っちが両手を広げると、独歩は一瞬ためらったけれど素直に手の中へ収まってくれた。お揃いで買った制汗剤の匂いがふわりと鼻腔に届く。蓋を交換して特別感を出したいからそのメーカーにしたのに、独歩は「俺も同じ匂いにする」と全く同じ色のものを購入した。結局蓋は交換させて貰ったけれど、傍目には何も変わらないように見えてしまう。それを残念に思っている自分がいた。
けれど、体から同じ匂いがする現状は、かなり、とても、凄く、イイ。こういうのを見越して同じ物を買ってくれたのだとしたら────。あの日落ち込んだ以上の喜びが腹の奥底へと湧き上がる。
「……うれし」
耳元で囁いてから、ボタンが2つ開けられ惜しげもなく晒された首筋へと唇を伝わせた。独歩の肌はしっとりと湿っている。味を知りたくて時々吸い付けば、ビクリビクリと愛おしい体が跳ねた。
「お、俺汗かいてるから、そういうのは……」
胸元を両腕で押されたが、無視して独歩を味わい続ける。俺っちに離すつもりがないのだと分かると、込めめられた力が弱まっていった。手の力が抜け切り、添えるだけになった頃合いで少しだけ距離を取る。
「なに……すんだよ」
小さく非難の声が浴びせられた。恥ずかしがり屋の独歩にとって、こういう触れ合いは刺激が強過ぎたらしい。
「今からヤラシー事しますよ〜って、雰囲気作りすんのも大事じゃん?」
「やっ……やらしいとか言うな」
独歩は日に焼けた顔を真っ赤に染めてこちらを向いた。少しだけ恨めしそうに細まる瞳には、涙の膜が薄く張っている。その感情は俺っちにだけ向けられている物で。加虐心を煽られてしまう。しかし、拗ねた独歩に「もうしない」と言われてはかかわない。心の内に生まれた感情を押し殺す。
「そんじゃ、初めよっか」
返事を聞く前に少しかさついた唇へ、事前にリップクリームを塗りたくったそれを合わせた。湧き上がってくるのは幸福と興奮だ。ちょっとずつ進まないと逃げてしまう獲物を安心させるように、軽く触れてからすぐに離した。保湿されたそこがもったりと剥がれる感覚を拾い取って気持ちいい。
「はぁ」と、どちらともなく息を吐いた。
独歩は「無事に終わった」って安堵してるのかもしんねーな。この前はここで終わりだったし。
でも今日はもう少しくっついてたいし、先に進みたい。
再び唇をくっつけると、近すぎてぼやけた目の前で大きく目が見開かれたのが見えた。
「……ん⁉︎」
逃げようとした頭を押さえつける。ここに入りたいってお誘いを込めて、真一文字に結ばれた唇を舐めた。すると、本気の力でバシバシと体を叩かれた。────あ。これは本気の拒否だ。
慌てて離れると、独歩は赤い顔のままぜいぜいと大袈裟な呼吸を繰り返していた。段階を踏んでいこうとは思っていたが、まだ早かったのかもしれない。
「おまっ、お前な! ただでさえ顔が良過ぎてドキドキするのに……そういうのされると、呼吸困難になる、だろ」
可愛すぎる言い分に、この場で押し倒したくなった。必死で理性を総動員する。
付き合った途端に意識しまくっちまったらしい独歩は、小学校から見慣れている俺っちの顔にすら緊張してしまうらしい。
「めんごり〜ぬ! 独歩ちんが好きすぎて勢い余っちった〜!」
「……次は気をつけてくれ」
えっ、次もダメなん⁉︎ なし崩し的に進みたいんですけど!
俺っちの心の声は、露骨に顔へと出ていたようだ。独歩ちんの眉がへにょりと下がる。
「……ちょっとずつ、頑張るから」
小さな声で呟かれて、愛おしさで堪らなくなってしまった。