ワンライ:人肌 独歩ちんは面白い。
出会ってこの方、退屈したことがないくらいに面白い人物なのだが、そのユニークさが料理中にも発揮されるだなんて思ってもみなかった。
「何だこの曖昧な表記は……?」
俺っちが選んだ可愛らしいエプロンを装着した独歩は、何やら真剣な表情でブツブツ呟いている。もうこの絵面が面白い。顔がニヤけてしまいそうになるのをぐっと堪える。
独歩に任せたのは、比較的簡単な作業だ。
手本となるレシピの紙はあらかじめ渡した。念のため口頭でも伝えている。それなのに、独歩の手元には「温めといて」と頼んだはずの牛乳が手付かずで置かれていた。謎だ。
「どしたん?」
声をかけると、独歩は真剣な表情のままこちらを向いた。難しい問題に直面してますって言いたげな困り顔。八の字になった眉毛や、内面の葛藤を表現するかのようにむにゅむにゅしている口が面白い。
「なぁ、『人肌に温める』の人肌って正確には何度なんだ? 人によって体温って異なるだろ」
ああ、もう駄目だ。
体の内側に溜め込んでいた面白さが決壊して、俺っちの全身に波及していく。腹を抱えて思い切り顔を笑いの形に歪ませた俺っちに、独歩は困り果てた顔をした。
本当に、この面白い生き物はどこまで俺っちを夢中にさせるのだろう。
「俺っちの体温って覚えといて? こんくらい」
いまだに笑いの余韻が残る指で独歩の手首を掴み、そのまま自分の首へと誘導した。ひんやりとした指先がどくどくと脈打つ首筋に触れているのが分かる。
「こんくらい。……オケ?」
「理解した! 体温計で何度なのか測るから、そのままの状態で待っててくれ!」
俺っちは笑いながら床に崩れ落ちてしまい、体温計を手に戻って来た独歩に怒られてしまった。ああ、独歩という存在はなんて面白いんだろう!