眼差し 三井を見つめる水戸の目は驚くほど優しく、それでいてあどけなかった。まるで宝物を一心に眺める子供のようだ。
水戸と初めて会った頃、なんて冷めた目つきをしている新人なんだろうと思った。警察学校を卒業してからの配属なんて一番やる気に満ちているときのはずなのに。
笠田はペア長として過干渉にならないように指導をしていって、水戸との信頼関係を築いた。ときどき水戸の目に熱が宿るのを確認できたときは嬉しかった。
だから今の水戸の、あたたかい眼差しを見るとやはり笠田は嬉しくなってしまうのだ。
「ちょっといい雰囲気のところ悪いけど聴取に協力してくれる?」
ずっと二人を眺めていたいけど、そうもいかない。笠田はペアの芝谷に目配せをして水戸たちに話しかける。笠田が水戸、芝谷が三井を担当することになった。
「余計なことすんなって言ったよな? 水戸、なんでこうなった?」
本来なら水戸は笠田ら盗犯係と生活安全課を待つべきだった。本人だって警察官なのだからそれくらいわかっているのだろう。水戸は真っ直ぐに笠田に目を向けて話し出した。
「三井さんを寮に送ろうと思って一緒に歩いてたらオレの靴紐がほどけて、しゃがんで結んでるうちに先に歩いていた三井さんとストーカーが邂逅しました。そして興奮しだした相手が下半身を露出させて性器を扱き始めました。靴紐を結び終わって、立ち上がり、歩き始めたところでストーカーがオレにびっくりしてコケたところを確保しました」
詰まるところなく一息で言う。事前に考えられた文章のようだ。
「淀みなく言うな。嘘くさく聞こえる」
「嘘じゃないですよ」
水戸はけろっとした顔で言った。つじつまは合うし、犯人は捕まったし、まあ仕方ない。笠田はそう考えて頭を搔く。
「まあ、いいわ。水戸がこんなに必死で、楽しそうにしてんの初めて見た」
「そうですか?」
水戸は目を丸くしている。どうやら自覚していないらしい。
「そうだろ。おまえいっつもスカしてたのになぁ」
水戸は不思議そうに首を傾げている。
「笠田さんの前では割と素直だったと思いますけど」
他の人間より信用されていた覚えはある。水戸のことを素直だと思ったことはないけれど。
「なんかさ、目のあたたかさが違うよ」
どこか冷めていて、初めて手錠をかけたときだって大して心が動いていなかったような男が、こんなに柔らかな雰囲気をまとっている。
恋が人をこんなにも変えるなんて知らなかった。
「なんかあったら署に来てもらうから、今日はもういいよ。たぶん三井さんはこれからもちょくちょく署に来てもらうことになるけど。なあ、大事なもん見つかって良かったな」
メモを書き付けながら、連絡事項のついでのように言ってみた。笠田はメモから目をあげ、水戸の顔を見る。どんな表情をしているのか気になった。
「うん、良かったです」
そう言って笑った水戸は、すぐに三井のほうへ視線を向ける。
水戸の目からあふれる三井を好きという気持ちが温度を持って伝わってきた。
なんの根拠もないけれど、水戸はきっと長生きするだろうと笠田は思った。