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    旧端谷

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    旧端谷

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    占+庭 /2019.07.10/
    ふたりで話しているだけ

    ⚠️ 現代にそぐわない、倫理・価値観・表現が含まれます

    習作短文「お庭が荒れていると、おうちのなかも同じようになっていくの」
     新緑あざやかな庭木を剪定しながら、庭師であるエマ=ウッズは、ぽつりとつぶやく。おだやかな陽光にまどろんでいたフクロウが、止まり木からはばたいていくのを見送っていたイライは、青空へむけていた目線をおもむろかのじょへ戻した。
     二人きりの庭でなにかしらの相槌をイライがひとこと声にするよりはやく、慎重な仕事ぶりに反して存外とせっかちな庭師は言葉を次ぐ。
    「お庭がからっぽになったら、おうちのなかもからっぽになるわ」
     出会ったころより、ふるまいさやかに笑顔を絶やさないかのじょの胸の裡から次々と表出する独り言は、噴水を循環する水の音にいまにものみこまれてしまいそうだった。
     この荘園に滞在する者たちは、おのれの過去を積極的に話したがらない。恐怖か羞恥か、あるいは……――――なにかしらの事訳がそれぞれの舌をいびつに強張らせ、これさいわいと沈黙を選び取る者が多い。それは庭師であるかのじょも――そしてイライも――同じであった。
     日頃の人懐こい言動とはうらはらに、エマがみずから胸襟を開こうとする相手は数少ない。
     荘園の招待客のうちであれば、イライはエマと親しい間柄ともいえ、平穏な友人関係を着々と築いてこそいたが、互いの真実を不用意に語るにはいささか歩み寄りが足りない点は否めなかった。
     だからこそ、順良な少女然と日々の安閑を装いながらも、始終とりとめのない会話で場をあたためるきらいのあるかのじょが、いっときの話材に主観を選ぶことはひどく珍しく思えた。
     捲くられた袖口からのびる華奢な腕がわずか動き、剪定鋏で枝葉を落としていく。
     年若い庭師の手によって奔放な若さが戸惑いなく切り落とされていき、庭木の秩序は、一見、整然と配されていた。
    「お庭はきれいでないといけないの」
     だから、と。
     徐々に土を覆うすわえの残骸に色褪せた独白がこぼれる。
     まじないを漉かせた織布越し、麦わら帽子の影に覆われた横顔をじっと眺めていたイライは、ようやくかのじょのせりふをのみこんだ。やわらかな葉擦れをすべっていく脈絡のない言葉たちが、つい数時間ほどまえの会話に続いていたのだと、遅れ馳せながら気づいたのだ。
     だれが言い出したのであったか。朝食後の食休みに各々の生業についてと題目がたったのだ。当時はさほど盛り上がることもなく、早々に次の話題へと移ったものだったが、エマのくちびるは話題遅れにも臆することなく動きだしたようだった。
     この国で暮らす多くの人々にとって、職や立場は生まれる前から決まっている。ゆえに、両親あるいは祖父母たちとまったく違った道へ進もうとする者は異端であり、女だてら庭師となったエマもまた農家の出である占い師と同様に不幸を楽しむ事情があるのかもしれない。――憶測だ。イライの目は、ひととは違う情景を視る術にひどく長けているものの、かれがのぞむ事柄をすべて見通す力は宿していない。
     エマは一仕事を丁寧に終えると、足元に散らばるかつての樹冠を麻袋に片しはじめる。
     庭に来てから二度ほど手伝いを断られているイライは、噴水の淵に浅く腰掛けながら、庭師の理想がかたちつくられていく様をぼんやり静観する。
     やがて、仕事を終えたかのじょが、腰をあげた。土に汚れたグローブで顎の汗を拭い、ふりかえる。
    「イライくん、どうかしら」
    「うん、とてもきれいだ」
     本音を言えば、草木の微々たる違いに胸をうたれはしない。詠嘆すべき情景があるとするなら、たったひとことの肯定で安心しきったおさないこどものように、微笑んだかのじょの瞳の輝きにつきる。
    「とてもきれいだ」
     感に堪えず、思わずとくりかえしたイライに、庭師はいっそう瞳をとろけさせた。
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