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    旧端谷

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    旧端谷

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    占→庭 /2019.07.23/

    習作短文 エマがふと動作をとめる。
     唐突なタイミングで言葉少なになった相手の様子を訝り、イライはかのじょの目線の先をたどった。
     さきほどまでひどく熱心に庭へ向けられていた瞳が、いまは隣り合うイライの手元をとらえている。麦わら帽子の影に隠れていたグリーンがちらりと上目に動く。互いの視線が合ったかとおもえば、エマの表情がぱっと明るくなった。
    「素敵な指輪なの!」
     陽光を反射した指輪の存在に気づいたらしい。雀斑のちる頬を興奮でほてらせ、キラキラと輝くまなざしは憧れに対する純粋な熱を透かしていた。
    「イライくんは指輪をしていたのね。いつもはグローブをしているから、知らなかったの」
     イライは日頃、手にはめたゆがけを積極的にはずさない。ゲーム外でもつねに行動を共にする友であり王であるミミズクの趾が汚れた血肉に触れぬよう、心がけているからだ。
     きょうは珍しくも、イライは一人で邸内を出歩いている。なぜといって、自室の止まり木から一歩も動こうとしない相手を無理に説き伏せる理由がなかったからだった。
     イライの身なりはふだんと比べて軽装であるものの、他人の目からしてみれば、ゆがけをはずしたくらいではきのうときょうの違いなど微々たる変化だろう。庭で顔を合わせ、三つの話題を経て、ようやく違いに気づいたエマは「素敵だわ」くりかえし、にこりとほほえむ。
     イライが人前で両手を直にさらす機会など食事の席ぐらいだ。イライの座席と離れた位置に座るエマにとって、イライの指にはまった指輪の存在はいまのいままで関知せぬ事実であったに違いない。
     その指輪がどういったものか一部のサバイバーたちが囁く噂を知らないような口ぶりだ――いくどかの会食で意味深な沈黙を提供したことで、かれらはこの鬱屈とした邸での退屈な時間をずいぶん愉しくしのいだようであった――あるいは、知ったところで、その真実が庭の手入れに戻っていくかのじょにとって取るに足らない些細な事柄であったのか、イライには判断のつけようがない。
     群生するクローバーをエマの指が間引いていく――いまでこそ土汚れのグローブにおおわれている十の指さきを、イライの心は簡単に描くことができた――そのうちの一茎をプツリと手折った庭師は、日傘がわりに日陰を提供していた隣人を仰いだ。
    「イライくん、手を貸してほしいですの」
    「ん? もちろん。何をすればいいのかな」
    「? イライくんの手を貸してほしいの」
     かみあわない会話にひと瞬き。思考をまわしたイライはその場にしゃがみこむと、素肌をさらした片手をエマにさしだした。
    「ありがとう! でも、できれば右手がいいの」
     あらためて、右手をさしだす。
     中指にひやりとした感触が伝わった。かと思えば、次いで痛みのない圧迫感。ざらついたグローブが何度も肌を掠めていった。
     麦わら帽子の影が落ちる自身の指をみおろしていたイライは、満足そうに顔をあげたエマの無邪気な目をみかえす。
    「四葉の指輪だ……わたしにくれるのかい」
    「ええ。イライくんの幸運を祈って」
     手渡されたあたたかな言葉と、中指から伝わる残酷なしめつけに、イライは面紗に隠れて苦笑するしかなかった。
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