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    転生現パロ ラミちゃんが海賊時代のローに出会う話

    着地点を見失って完結が怪しいので尻叩き
    転生ローくんが可哀想。ほぼ出てきません。

    愛の鎖ミーンミンミンミン……

     あの夏の日、幼い私は父と母、そして大好きな兄と一緒に旅行に訪れていた。
     海水浴場もある旅行先で、旅行前に母と選んだ花柄のワンピースの水着に着替えて海辺へ辿り着くと、一足早く着替えていた父と兄が待っていた。シロクマが描かれた浮輪を持った兄がこちらに手を差し出してくる。
     海を背に立つ兄を見て私はどういうわけか、これ以上海に近づきたくなくて、兄を海に近づけたくなくて、ここへ来て帰ろうと駄々を捏ねた。父も母も、勿論兄もそんな私に困惑し、きっと海怖がっているとで思ったのだろう。三人揃って、私が怖がらないようにいろいろ声を掛けてくれた。それでも、私はどうしてもここから離れたくて、一刻も早く兄ここから遠ざけたくて、思わず小さな足で駆け出した。私を説得する為にしゃがんでいた両親は咄嗟に手を伸ばすが届かなくて、私は簡単に海の反対側の山へと足を踏み入れた。後ろからは必死に私の名前を呼ぶ両親と兄の声が聞こえていたが、私は決して足を止めなかった。
     それからどう進んだのかは覚えていない。気が付けば、開けた崖の上にいた。買ったばかりの水着が擦り切れ、膝や腕にも血が滲んでいたのを覚えているからきっと体の道無き道を進んだのだろう。当然、帰り道なんて分からなかった。崖の先から恐る恐る下を覗き込んでみると、少し下は海で穏やかな波が崖を打ちつけていた。
     それを目にすると急に怖くなってきて、血が滲んだ膝を抱え込んだ。果たして自分は帰れるのか、大好きな家族にまた会えるのかとても心配で心細くて、ついに涙が止まらなくなった頃、目の前の木々が騒めいた。思わず後ずさったが、間も無く木々の間から顔を出したのは見慣れた大好きな兄だった。
     後から聞いた話では山に入り込んだ幼い私を見つけ出す為に捜索隊が組まれていたらしい。それでも、私を見つけたのは兄だった。母と一緒に待機を命じられていたはずなのに、少し母が目を離した隙に兄は勝手に山へ入り込み、私を見つけたらしかった。兄も私を見つける為に随分と無茶をしたのだろう。海パンしか身に付けていないその体は私よりもはるかにボロボロだった。
     そん事にも気が付かない私は大好きな兄との再会に兄の腕の中でわんわんと大泣きした。兄はそんな私が落ち着くまで優しく抱きしめてくれた。
     しばらくそうして、私が落ち着いた頃に「帰ろう」と言って私をおぶろうと私に背を向けてしゃがみ込む。そんな兄に私はここまで逃げた理由を思い出して、兄に「また海へ行くの?」と聞いた。すると兄は首を傾げながら、「海の家で母様が待ってる」と告げた。それ聞いて、私は思わずムッとしてしまったのだ。私がこうやってまで兄から海を遠ざけようとしているのにそれが兄には全然伝わらなくて、それがとても悲しくて悔しくてあろう事か兄から離れ、崖の方へ後退してしまった。気が付けば、片足が崖を踏み外してしまっていて、思わず兄に手を伸ばす。驚く事に兄は、私が手を伸ばすより早く私に手を伸ばしており、あっさり私の手を掴むと木々の生い茂る山の方へ私を放り出した。そして―――
     その反動で兄の体は崖の下へと放り出される。慌てて私が崖の下を覗き込むとうっすら笑いながら海へ落ちていく兄の姿。

     嗚呼、だから嫌だったのだ。この穏やかな海が、どういうわけか兄を攫って行ってしまう気がして。大好きな兄を遠くに連れて行かれるような気がして。

     幼い私の予感は見事に的中し、兄はただ落ちていく。暗い水底へ。必死に手を伸ばしても、それが届く事はなく。その間、ずっと私を見つめていた兄のうっすらと微笑んだ顔が私はずっと忘れられない。

    ***

    ピピピピ………

     アラームに起こされ、私は目を覚ます。カーテンを開くと心地良い朝の日差しが部屋へ注ぎ込んでくる。
     まだまだ眠い目をこすりながら、二階の自室から階下へ降りて身支度を済ますと私はいつものようにある一室の前に立つ。

    ―――コンコンコン

     ノックを三回。いつも通り室内からの反応はない。私は息を整えて、扉を開く。
    「お兄様、おはよう!!」
     努めて顔を綻ばせながら、部屋へ入ると既に部屋の主―――兄は目を覚ましていた。……いや、目が覚めているのかは分からない。兄はただじっと目を開いたまま、ベッドに横たわっている。
    「お兄様、起きよっか」
     私が兄の顔覗き込むと、兄は僅かに微笑む。そして、私の手を借りながらゆっくりと体を起こす。そして、そのまま立ち上がると私と手を繋いだまま部屋を出る。その間も兄が声を発する事はない。……声だけではない。兄が自発的に何かをする事はない。何をするにも私の言葉に従って、私に誘導されるがままに体を動かす。
    「今日の朝ごはんはお母様のホットサンドだよ!楽しみだね!」
     私が楽しそうに兄を覗き込むと、兄はまた微笑む。……兄が唯一見せる感情だ。私は顔を顰めそうになるのを必死に堪えて、ただ笑みを貼り付けてぼんやりと歩く兄を連れて両親の待つリビングへ歩を進める。

     あの夏の日、兄は、兄の心は何処かへ行ってしまった。
     海に落ちた後、しばらくして近くを通りかかった漁師に救われ、奇跡的に命は助かった兄だったが、海に沈んでいた時間が長くその脳には深刻なダメージを受けたらしい。目を覚ました兄に喜ぶ両親と私に、兄は微笑む以外の反応を示さなかった。一転して、悲しみに暮れた私たちだったが、いつか兄の心が戻ってくる事を信じて生きてきた。
     しかし、十三年経った今でも兄が帰ってくる兆しは見えない。

    「ロー、口を開けて」
     先に朝食を終えていた母が私に代わり兄の食事の世話を焼く。母の言葉に従って、兄は母が差し出した小さく切り分けられたホットサンドを口に含む。そして、母がそれを噛む仕草をすれば、それを真似て兄はホットサンドを咀嚼する。
     素直に指示に従う……否、言われた事しか出来ない兄の介護は驚くほど楽なものだ。ただソファに座らせておけば、いつまでもただじっとそこに座っている。食事と排泄、入浴の世話は必要とは言え、自ら体を動かし言われた事には従ってくれるので、世間一般に言う介護より遥かに楽なものだろう。
    「ラミ、あなた時間見てるの?」
    「あ」
     兄の食事の様子を見ていると、もう家を出る時間だと気が付く。そろそろ家を出ないと遅刻してしまう。私は残りのホットサンドをかき込むを鞄を手に取って、玄関へ駆け出した。
    「ラミ」
     玄関でしゃがみ込んで靴を履いていると頭上から母の声がする。見上げると、母に支えられながら不安に揺れる目で私を見下ろす兄がいた。
     どういうわけか、兄は私が兄から離れようとすると酷く苦しそうな顔をする。私と両親を見て、微笑むのとこの苦しそうな顔が兄の見せるたった二つの感情だ。
    「お兄様、いってきます。授業が終わったらすぐに帰ってくるからね」
     私はいつものように兄を一度抱き締めると、兄の視線から逃げるように家を出る。心苦しいが、学校に行かないわけにもいかない。帰るまでは母が兄の面倒を見てくれる。授業が終わると、真っ直ぐに家に帰りそこから兄を支えるのは私だ。十三年、出来る限り献身的に兄に寄り添うラミに両親は自分のやりたい事をやりなさいと言ってくれた事もあったけれど、兄に寄り添うのは私の役目だ。だって、兄がこうなってしまったのは私のせいなのだから。大好きな兄の未来を奪ったのは私なのだから。母も父と同じように立派なお医者様だったのに、兄の為に仕事を辞めてしまった。父はただでさえ医者として忙しいのに、無理に兄の為の時間を捻出し、疲れを見せる事が増えた。どうやら、兄の治療の研究もしているようだ。私が家族の人生をめちゃくちゃにした。誰に何を言われようと、私は兄に人生を捧げなければならない。
     あの日から十三年、ラミはただそう思って生きている。

    ***

    「ラミ、進路調査早く出せって先生が」
     ホームルームを終え、ラミが帰り支度をしていると友人が話し掛けてきた。
    「ごめん、ちょっとまだ……」
    「そんなに悩まなくていいって。早く出しなよ」
     ラミが困ったように苦笑を返すと友人はそれ以上強制してくる事はなかった。
     ラミは提出しなければならない進路希望調査の紙をじっと見つめて鞄に押し込んだ。まだラミは高校二年生になったばかりだ。周りのクラスメイト達はまだそんなに真剣に考える事は無くこの紙を提出している。教師もまだこのタイミングでは、これが軽く書かれたものだと理解している。そんな程度のものなので、ラミも適当に書いてさっさと提出すればいいとは分かっているのだが、どうしてもラミはそれが出来ないでいた。

     部活もしていないラミは真っ直ぐに家に帰る。正直、家に帰るのに毎日気が重い。それでも急いで自宅へ足を進めるのは、一刻も早く帰って兄を安心させなければならないからだ。
    「ただいまー」
    「おかえり、ラミ」
     ラミが玄関を開けながら、声を上げると目の前に二つの人影が座り込んでたいた。兄と兄に付き従っている母だ。
    「お兄様、中で待っててっていつも言ってるでしょ」
     呆れながら、ラミを認めて安心したように微笑む兄を母と一緒に支えて立たせると、そのまま兄を連れてリビングへと向かう。
    「お母様もわざわざ玄関まで連れて来なくても」
    「さっきまで中にいたわよ。そろそろ帰って来るねって言ったらローが落ち着かなくなっちゃって」
     ラミの方をじっと見て、嬉しそうにする兄をソファに座らせる。
    「着替えてくるから、ちょっと待っててね」
     しゃがみ込んで兄の手を両手で握りながらそう告げると、兄は朝と同じように顔を顰めた。たった数分離れるだけで、十三年間ずっとこんな感じだ。きっと兄には区別が付かないのだろう。学校へ行っている時間も、このたった数分も兄にとっては私と離れるのは途轍もない苦痛のようだ。
     兄の肩を優しく抱き寄せる母にまた兄を任せて自室へ上がる。兄には申し訳ないが、もうすっかりこうやって兄を置いていくのにも慣れてしまった。私も、母も父も。兄だけが十三年、ずっと時が止まっている。

     急いで制服から私服に着替えて兄の待つリビングへと戻ると、兄はやはり先程と同じようにそこに居た。そして、いつも通り私を見て微笑む兄を立つように促す。
    「お母様、行って来るね」
    「気をつけるのよ」
     兄が転ばないようにゆっくりと兄の手を取って歩き出すと兄も私に従う。そのまま玄関で兄に靴を履かせて、二人で外に出た。もうずっと毎日続けている二人での散歩だ。
     一人では決して家を出られない兄だが、ずっと家に閉じ込められているのも可哀想だし健康にも悪いので、私が学校から帰った後はこうやっていつも近所を二人で散歩する。兄が従順に私たちの言葉を聞いてくれるから成せる事だ。
     春になったばかりの心地良い風が吹いている。もう夕方だが、そう寒さを感じる事も無い。兄が間違っても車とぶつからないように、兄の背に腕を回して私が車道側を歩く。
    「ラミちゃん!今日もお兄さんとお散歩?いつも偉いわね」
    「おばさま、こんにちは」
    「ローくんもラミちゃんと一緒、いいわね〜」
     頭上から呼びかけられ、顔を上げると布団たたきを持ったおばさまがこちらを笑顔で見下ろしていた。
     兄の事はもう近所には知れ渡っていて、こうやって兄の方にも幼子相手のように話し掛けてくれる。しかし、兄はそちらには一切反応を返さない。ただ真っ直ぐに前を見据えるだけだ。それでも、幼い頃から見守ってくれている彼女はそれを気にするわけでもなく、ベランダからこちらに手を振っている。それに申し訳なさそうに手を振り返すと、ラミはまた兄と共に歩き出す。兄の背に回した手の力を強めると兄の機嫌が良くなったのが伝わってくる。ラミはそれに苦笑する。ラミが兄の未来を奪ってしまったというのに、兄の幸せは全てラミに直結している。ラミが側にいるかどうか。それが兄の全てなのだ。

     しばらく近所を歩いた後、一度休憩する為に公園を訪れる。すると珍しく兄が自ら何かをじっと見ていた。その視線を追うと、アイスクリーム屋が目に入った。
    「お兄様?アイスクリーム食べたいの?」
     兄がラミと両親以外に興味を向けるのは珍しいので、ラミは兄を連れて迷う事なくアイスクリーム屋へ向かう。
    「お兄様、食べたい味はある?」
     なんて問うてみるが、返事が帰ってこない事は分かっていた。それでも、また兄がじっとストロベリーのアイスクリームを見ていたので、あったのでそれを購入する。それはまだ兄がこうなってしまう前、ラミが好んで食べていた味だったと気が付く。母に連れられ、この公園に来たあの幼い日にどうしても食べたくて強請って買って貰ったのだ。母は我儘ばかりのラミに厳しい言葉を掛けたけれど、優しい兄が自分のお小遣いからでいいからと母を説得してくれたのだ。そして零しそうになるラミを心配して、一緒にベンチに座ってアイスクリームを持つラミの手を支えてくれたのだ。兄が買ってくれたアイスクリームがあまりにも美味しくて、兄にも食べて欲しくて差し出せば「おれのお小遣いで買ったんだぞ」と苦笑していた。
    (あの時とは逆だなぁ)
     あの時と同じように兄と二人、ベンチに腰掛ける。そして、隣に座る兄の口元へアイスクリームを持って行ってやる。
    「お兄様、お口開けて。ほら、あーん」
     しかし、なかなか兄は口を開けなかった。それにラミは困惑する。いつもならこれで兄は食事をしてくれる。このアイスクリームも食べたがっていたはずだ。それなのに兄は口を真一文字に結んだままでどれだけ待ってもそれが解かれる事はない。
    「お兄様?どうしたの……?」
     心配になって力無い声を漏らすと、普段は自発的に動くことのない兄の腕が上がる。それに驚いて、兄の口元へ差し出すアイスクリームを持つ手が震える。しかし、その手に兄の手が添えられてアイスクリームを落とす事はなかった。そして兄は私の手に自分の手を添えたまま、それを私の口元へと持って来る。
    「……」
     兄は無言で私を見下ろして微笑んでいる。幼きあの日と同じように。
    「……っ、おに、お兄様……っ」
     私は溢れる涙を堪えきれなかった。アイスクリームを持つ手と反対の手で顔を押さえる。兄は、……っ、兄も覚えてくれていたのだ。幼い日の思い出を。兄の心は何処かに行ってしまったと思っていたけれど、確かにまだ兄の心はここにある。
     泣きじゃくってしまって、アイスクリームに口をしない私を今度は兄が心配した様子で覗き込む。私は顔を押さえていた手を兄の手に重ねる。そして、震える口を開いて少し溶けかけたアイスクリームを口に含んだ。
    「……おいしい、おいしいよ、お兄様……っ」
     滲む視界で、兄を見上げる。アイスクリームを食べる私に満足したのか、兄は穏やかな笑みを浮かべる。いつも見ている笑みのはずなのに、私はそれがたまらなく嬉しくて、泣きながらアイスクリームを食べ続けた。時折、兄にもまたそれを差し出すと今度は私の口の動きに合わせて兄もそれを口に含む。
     まるで、あの時に戻ったような時間を過ごす。私は涙で顔をぐちゃぐちゃにしていたけれど、どうしようもなく幸せな時間だった。

    「お姉さん、そんなに泣いちゃってどうしたの?彼氏に酷いこと言われた?」
     ふとそんな声を掛けられたのは、アイスクリームを食べ終えてしばらくした時だった。アイスクリームを食べ終えても慈しむように私を見つめる兄の視線に、緩み切った私の涙腺からはまた涙が溢れてきて、変わらずベンチに腰掛けたままだったのだ。
     視線を上げると目の前にはガラの悪い男性が三人、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
    「な、なんでも、……っ、ありませんっ」
     必死にそれだけを絞り出したが、泣いていた事に加えて恐怖で声が震える。兄を危険な目に合わせるわけにはいかないのに、声だけでなく体も震えてきた。
    「なんでも無いこと無いでしょ。どうしたの?話聞くよ」
    「け、結構です。……私たち、もう帰りますので、失礼します。……お兄様、立てる?」
    「おっと、そんなこと言わないでさ」
     兄を促して一緒に立ち上がり、ここを離れようとすると男達に行く手を阻まれる。
    「こ、困ります。私たちもう帰るので」
    「『私たちもう帰るので』だってさ」
     何が可笑しいのか、男達が私の言葉を繰り返して笑い合っている。それが、怖くて恥ずかしくて私が固まってしまうと男達の興味はあろう事が兄の方へと向かってしまう。
    「お兄様だって。兄妹なの?」
    「お兄様〜、おれ達、妹ちゃんと遊びたいんだよ。ちょっと貸してくれない?」
    「お兄様?聞こえてる?お兄様〜〜」
     何も反応を返さない兄に、どうやら男達も兄の異常に気が付いてしまったらしい。今度は兄を取り囲んで、兄をおもちゃにし始めた。
    「こいつ、どっかおかしいんじゃない?」
    「ガイジ?」
    「お兄様〜?聞こえてる?」
    「……っ」
     兄を取り囲んで、好き勝手言っている彼らに私は悔しく仕方がない。兄は優しくて賢くて、自慢の兄なのにこの男達には兄は侮蔑の目を向ける対象でしか無いのだ。兄自身も何を言われても、軽く小突かれても表情一つ変える事はない。自分の為に怒る事すら出来ないのだ。
    「やめてください!お兄様から離れて!!」
     思わず、震える拳を握ると私は声を上げていた。男達の視線が私に戻る。そのまま彼らはまた私を取り囲み始めた。
    「えらいねェ〜。頭のおかしいお兄ちゃんの面倒見てあげて」
    「こんなお兄様の面倒見るのも大変でしょ。泣いてたもんね」
    「おれ達と遊ぼうよ。お兄様といるより楽しいよ」
     そんな事を言いながら、男の一人が強引に私の手を取った。私はそれから逃れようと腕を振るが男の力には到底敵わない。
    「やめ……っ、離して……っ」
    「いい加減、大人しくしろよ!」
    「……っ」
     抵抗を続ける私についに男が手を上げた。頬に痛みが走る。ついに恐怖で声を上げる事も出来なくなり、ただ目から大粒の涙を零す。駄目だ。しっかりしないと。ここで私が彼らに連れていかれると兄が一人になってしまう。なんとか、しないと……っ。
     私があまり機能しない頭を必死に巡らせていると、不思議な事が起こった。私を取り囲んでいた男の一人が急に地に伏したのだ。
    「なんだ、てめェ……!!」
    「ゆうちんに何しやがった!」
     急に仲間が倒れた事に、慌てて残った男達が振り返る。しかし、彼らが何かするよりも早く“彼”が素早く私と男達の間に割って入って、男達と私を引き離した。
    「何しやがる!」
    「覚悟しろよ!!」
     男達が声を上げるが、私にはもう彼らを気にしている事なんて出来なかった。
     私を背に庇った“彼”は掠れた声を絞り出す。

    「てめェら……!ラミに何してやがる!!」

     聞いた事の無い声だった。しかし、ここにいるのは男達の他には私ともう一人だけで。そして、私を庇う背はあまりにも見慣れたもので。毎日支え続けた大きな背中。
    「お、お兄様……」
     消え入りそうな私の声に兄は振り返る。そして、一度微笑むと男達に向かって行った。十三年ぶりに見る私を安心させる為の頼もしい微笑みだった。

    ***

    「警察を呼ばれていると面倒だ。さっさと帰るぞ」
     あっという間に男達を倒してしまうと、兄は私にそう告げた。そして、そのまま私の手を取って歩き出す。
    「お、お兄様、待って」
    「……」
     私がどれだけ困惑の声を上げても兄は止まってくれない。ただ私の手を強く掴んで、どんどん帰路を進んでいく。
     何が起こっているのか全く理解出来なかった。私は兄のこんなに力強い手を知らない。自分の意思で大股で歩いていく兄を知らない。大の大人三人をあっさり伸してしまうような兄なんて知らない。
     私の腕を掴んで、一度も振り返らない兄の表情は窺い知れない。

     目が覚めたの
     もう大丈夫なの
     これからはずっと一緒にいられるの
     ……ラミのこと、恨んでる?

     彼に投げかけたい疑問が頭を過っては言葉になる前に消えていく。
     後ろから見る大きな彼の背中は幾度となく支えたはずなのに、見慣れたもののはずなのにどういうわけか全く知らない人間のようにも思える。

     ねぇ、貴方は本当にお兄様なの?

    ***

     兄に腕を引かれたまま家に着いて、やっと彼は私の腕から手を離した。ずっと握られていた腕はじんわりと温かい。
    「お、お兄様……?」
     恐る恐る声を絞り出すと、兄がやっと私を振り返った。
    「……っ」
     十三年ぶりに見る意思の籠った金色の瞳に、私の目にはみるみる内に膜が張っていく。僅かに細められた彼の目は優しく私を見据えていて、父とよく似た口元は緩やかな笑みを浮かべている。
    「お兄様……っ!!」
     たまらず、声を漏らせば彼の大きな手が私の頭に伸びて来る。
    「ラミ」
     先程見せた激情とはまた違った穏やかな大人の男性の低い声が落ちてくる。嗚呼、これが兄の声なのか。気づかぬ間にすっかり大人になってしまった現在の兄の声。初めて聞くその声は、私を見つめる穏やかな表情ととても合っていて、これが兄の声なのだと自然と受け入れられた。
     兄が優しく私の頭を撫でる。幼い頃と何も変わらない。泣いてしまった私を撫でる温かい手。
    「お兄様」
     嗚呼、彼は兄だ。帰って来てくれたのだ。
     やっと、それを受け入れる。そして私は兄の胸に飛び込もうとした。しかし、それは他でも無い兄の言葉に止められる。
    「ラミ、今の事は忘れるんだ」
    「え……」
     今の事とは何だろう。言葉の意味が理解出来なくて首を傾げる私に、兄は困ったように苦笑した。そして、私の視線を遮るように私の額に手を置いた。

    「すまないな。……苦労をかける」

     兄の手が下ろされる。
     慌てて兄を見上げた私が見たのは、ただ私を見てどこか虚ろな瞳で微笑む“いつも通り”の兄だった。
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     あの夏の日、幼い私は父と母、そして大好きな兄と一緒に旅行に訪れていた。
     海水浴場もある旅行先で、旅行前に母と選んだ花柄のワンピースの水着に着替えて海辺へ辿り着くと、一足早く着替えていた父と兄が待っていた。シロクマが描かれた浮輪を持った兄がこちらに手を差し出してくる。
     海を背に立つ兄を見て私はどういうわけか、これ以上海に近づきたくなくて、兄を海に近づけたくなくて、ここへ来て帰ろうと駄々を捏ねた。父も母も、勿論兄もそんな私に困惑し、きっと海怖がっているとで思ったのだろう。三人揃って、私が怖がらないようにいろいろ声を掛けてくれた。それでも、私はどうしてもここから離れたくて、一刻も早く兄ここから遠ざけたくて、思わず小さな足で駆け出した。私を説得する為にしゃがんでいた両親は咄嗟に手を伸ばすが届かなくて、私は簡単に海の反対側の山へと足を踏み入れた。後ろからは必死に私の名前を呼ぶ両親と兄の声が聞こえていたが、私は決して足を止めなかった。
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