約束 俺がアメリカに渡って、沢北と付き合い始めて約五ヶ月。俺たちは拠点が違うため、同棲はしていない。お互いに忙しいが、特に沢北は多忙を極め、すれ違いの日々が続いていた。
「いつになったら沢北と会えるピョン……」
深津は柄にもなく、弱気になってしまう。会う約束をしては、スケジュールが深夜まで延びて会えなかったり、休日に呼び出されて会えなかったりと、かれこれ三ヶ月は会えていなかった。
約束を飛ばされてしまう度、沢北は「ごめんなさい深津さん!」と謝ってきた。いつも潔く謝るものだから、深津は腹が立ちつつも、受け流していた。
久々に今度こそ会えると思った、ホワイトデー当日。何時に仕事終わるか分からないッス、という沢北の曖昧な約束に、嫌な予感が漂う。深津の予感は的中してしまった。電話のコール音が、深津の部屋に鳴り響く。
「あっ、深津さん……! 本当にごめんなさい、そっち行けなさそうです……まだ取材とか終わってなくて、すんません! うう……」
受話器から、鼻を啜る音が聞こえてくる。
「分かったピョン」
「ほんとごめんなさい……怒ってますよね」
声のトーンがしょぼんと下がる。子犬が怒られて、耳が垂れ、しょんぼりしたような表情になる様な、そんな沢北の姿が容易に想像できた。
「ちょっと疑ってしまったピョン」
「え? 疑うって?」
「……ピョン」
思わず深津の本音が零れていた。沢北が忙しい男なのは、よく分かっている。大袈裟でなく、アメリカで今最も忙しい日本人と言えるだろう。でも、こうもあまりにも会えないと、モヤモヤしてしまう。
実際、会えない間に、週刊誌に女優とのパパラッチがすっぱ抜かれたところである。その女優との関係は何も無く、電話で散々誤解だと沢北に謝られた。勿論誤報なのは頭では分かっている。分かってはいるが、男同士で付き合っている以上、やはり女の方がいいと思っているのでは、と考えてしまうことも無くはない。
「ごめん、深津さん……」
しょぼしょぼした沢北の声に、怒りは段々と消えていく。もはや諦めというか、なんとも言えない気持ちになっていた。
「次の休み、いつピョン」
「二十五日とかッスね……次の休み、必ず行きます……絶対!」
「俺も休みピョン。どこか泊まるか?」
深津の提案に、パアッと沢北の声色が明るくなる。
「! は、はい!」
「ピョン」
俺はまた、沢北と約束を交わした。今度こそ、沢北と再会出来るのだろうか。
「人生これから……ピョン」
通話を終了した深津は、ソファーに腰掛けてボソリと呟いた。