節分「あかいー」
「ん?おっと……」
豆が飛んできた。俺の肩に一粒、腕にもう一粒。
「へへっ」
「ああ……節分か」
「うん」
次の豆を手にして笑う零くんは、いたずら好きの小鬼のようだ。俺はちょうど読み終えたホームズをテーブルに置き、恋人に向き直った。
「俺が鬼か?」
「っていうか……」
つかんだ豆が飛んでくるのを待っていると、彼はぷいっと横を向き、ポリポリと食べ始めてしまった。それから、照れ隠しなのか、そっぽを向いたまま左隣に腰かけてきた。肩を抱いてもいいものだろうか。時には測りかねる距離感も、また楽しい。
「ん」
「うん?ああ、ありがとう」
顔を合わせてくれないまま豆の袋だけ差し出されたので、手を入れる。適当に取ろうとすると、「数えろよ」と言われた。
「年の数だったか」
「うん」
零くんはソファーに足を乗せ、背中を俺に預けて、静かに豆を食べた。「五……六……」と数えながら。俺は、一粒ごとに思い出に浸った。四つ、秀吉が生まれた。十五、父がいなくなった。意外と食べられるものだと感心しているうち、温もりをくれるこのかわいい男と出会った年まできた。
君と出会ってから、いろいろなことがあったな。君には驚かされてばかりだ……愛しているよ、零くん。
ふと見ると、彼の手と口が止まっている。年の数を食べ終えたのだろうか。豆の袋を置いて膝を抱え、俺にぐーっと体重をかけてくる。
「零くん?」
何ともかわいい。次にどう出るのか黙って見ていたいが、反応を待っているのがわかるから、頭をなでて優しく名を呼んだ。すると、ようやくこっちを向いてくれたが、今度は横から両腕で俺に抱きついて、肩に顔を埋めてしまった。……今日はここで、朝までコースか?
「赤井……今、何個め?」
くぐもった声に、正直に答える。
「わからなくなった」
「おい」
「君が目の前にいるんだ。時間も年も忘れるよ」
「……そういうこと言えるんだ。さらっと」
うー、と唸ってから、やっと見せてくれた青い瞳は、初めて会った時と変わらずまっすぐで、俺の前では少し幼くなる。乱れた前髪を直してやると、夜の色が滲み出てきた。まだ、午前中だというのに。
どちらからともなく唇を塞ぎ、互いの舌を味わい、当たり前のように押し倒されていく。恋人の瞳は濡れている。彼もこの数年間を思い出していたのだろうか。
首筋に二つ、三つと痕が増え、そのまま食われるのをゾクゾクしながら待っていると、彼は俺の胸に耳を当て、動きを止めた。うん、と頷き、満足そうに微笑んでいる。その仕草がいとおしく、妙に気恥ずかしくもあり、何かを言いたくなった。
「豆まきの続きをするか……?」
彼はクスッと笑った。場違いな俺の言葉を丸く愛撫するような笑みだ。
「ううん……少し、このまま」
「そうか……」
胸の上の頭をゆっくりなでる。
「豆をぶつけたのは……あなたに鬼が近付かないように、って思って」
「わかっているよ。ありがとう」
「あなたに、いいことだけありますように、って」
「君がついていてくれれば、鬼も逃げるさ」
「『バーボンとライを見たら、とにかく逃げろ』でしたね……ふふ」
零くんはまた俺にキスをして、ここからが本番だと目で伝えてきた。その瞬間の、瞳の奥の閃きが好きだ。
「赤井、白状します」
「……君も豆の数がわからなくなった?」
「当たり」
「いいさ。数えるチャンスはこの先いくらでもある」
「ちゃんと爺さんになろうな」
「ああ。二人で世界記録を目指そう」
新たな約束に笑いながら、尽きることのない執着と愛情に身を任せた。