良かったら、どうぞ「ああ、ありがとう。……ん?」
てっきりジョディか誰かかと思ったら、相手はグレーのスーツ姿。屋内でも柔らかく煌めく金糸、深く蒼い瞳。
そもそも同僚相手なら、自分が礼など言うだろうか。
「降谷くん」
そうだ、これは潜入時の感覚。いつの間にかそばに置かれ、気付いて顔を上げるともういない。キョロキョロしても、目に入るのはスコッチの苦笑のみ……懐かしい光景、懐かしい香りだ。
やっと礼を言うことができた。
「今日はコーヒーの日だそうで……余ったんで、良かったら……どうぞ」
「いただくよ。……うん、最高だな」
うまい。それに、彼は生きている。スコッチを大切に思っている人間が、二人とも生き残ることができた。組織壊滅以来、改まってその話をしたわけではないが、何かが変わってきている。
「しかし……弱ったな」
「何が」
「こんな極上のコーヒーを味わってしまうと、ほかのは飲めそうにない」
「缶コーヒーが好きなくせに」
「君がいなかったからな」
「僕はお前専用のウエーターじゃない。飲みたければ……ポアロに来ればいいだろ」
危うく吹き出すところだった。
「君、コホン、まだ、ゴホッ、バイトしてるのか」
「僕の勝手だろ。あー、もう。何か喋ろうとしながら飲むから」
背中を撫でてくれる。夢を見ているのだろうか。眠っている彼の頭を撫でたことは、幾度となくあるが。また、コードネームで呼び合ったあの頃のようになれるのだろうか。
「ああ……そうか」
なぜ、頭を撫でてやりたかったのか。
なぜ、彼に対しては「別人」と周囲に気味悪がられるほど、穏やかに話したくなるのか。
「何、一人で納得してるんだ。いつものことだけど」
「考えていたんだ。ポアロもいい、ここでも是非また飲みたい。だが、ほかの場所でも……一緒にコーヒーを飲めたらと思ってね」
ガタガタッと部屋中が騒がしくなった。資料を持ってきた風見がうろたえている。ほかの降谷の部下たちも、口を押さえていたり拳を握っていたり、様々だ。きょとんとしているのは、目の前の美しい男だけ。
「……ピクニックとか? 紅葉にはまだ早いかな」
ククッと笑い出さずにはいられない。これは時間がかかりそうだ。
「そうだな……。まずは、今夜食事でもどうだ」
周りがますますうるさくなり、矢のような視線がビシバシ飛んでくるが、一向に気にならない。机に置かれた手を握り、「どうかな」と重ねて聞く。
「君と話したいことがたくさんある」
「それは……僕もです。え……と、食事は、あなたのそれがちゃんと終わったら行けます」
「ならば、急いで片付けるとしようか」
にっこり笑いかけると、降谷もパアッと花が咲くように笑った。手は握ったまま。
大丈夫だ、スコッチ。
俺たちは、ここから始められる。