ホログラムなぁ、どこにもいかないでくれ。
俺を忘れないで、独りにしないで。
怖いんだ、いつかお前が消えてしまいそうで。
ホログラムのように。
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起きたら頬に水滴が付いていた。
いい歳して悪夢見て泣くとか…乱れた髪をぐしゃりとかきあげる。
冷や汗までかいていて、とにかくさっぱりしようとシャワーを浴びることにする。
目を閉じて温い湯を頭からかぶる。
脳裏に浮かぶあいつの背中。
憎たらしくて仕方がない癖に、あいつのことが好きになってしまったんだ。
あいつが居なくなってしまったら俺は…
そこまで考えて消してしまおうと、シャワーの勢いを強くする。
お湯と共に流れていけ、俺の涙と弱さ。
そしたらきっといつもの"ミラージュ"に戻れるから。
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「おい、小僧」
無遠慮に俺をそう呼ぶ奴なんて1人しかいなくて、俺は返事をする気力もなく声の主を見上げる。
俺の雰囲気がいつもと違っていることに気がついたのだろう、その表情はどこか心配そうに見える。
俺はぐっと息が詰まるのに素知らぬ振りをして、いつも通りの"ミラージュ"を演じる。
「よぉ、クリプちゃん。なんか用か?もしかして俺の声が聞きたかったとか?」
すると元々眉間に寄った皺が更に深くなる。
「はぐらかすな。体調が悪いのなら今日の試合は棄権しろ。そんなんじゃ部隊の足を引っ張るだけだ」
優しいのか嫌味なのか分からない…今のは嘘、優しさだってもう知っている。
いつもの俺ならば一言二言言い返しただろう。
だが、なんだろう、そんな気力もなかった。
「あぁ、分かってる。部隊に迷惑かけるつもりはねぇ。だから今は…」
ほっといてくれ。そう言おうと思った瞬間、座っていたソファに押さえつけられる。
「クリプ、ト?」
「何を隠してるウィット」
例え此奴が心配そうな顔をしていたとしても、あぁそうですかとはいかない。
だって考えてもみろよ。恋人でもないむしろ喧嘩仲間の野郎に、お前が俺を忘れて消えていく悪夢を見て怖くなって調子が悪いだなんて。
「俺には、言えないことか?」
「…お前にだってあるだろう」
我ながらずるい言い方をした。
案の定クリプトは唇を噛み締め黙ることしか出来なくなった。
俺はそっと目の前の胸を押しのけソファから立ち上がる。
視線が刺さるように見つめられていることに気がついてはいた。
でも、やはり言えない。
「悪いな、迷惑はかけねぇから」
そのまま立ち去ることしかできない俺はここ最近で一番格好悪いと自覚している。
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結果その日の試合は可もなく不可もなく終わりを告げた。
シャワーを浴び血塗れた体を清める。
「はぁー、しゃんとしろ俺。いつもの笑顔、そう、笑顔だ。それに、彼奴はそんな簡単に消えるたまじゃないだろ」
文字通り言い聞かせる。
「っ…はぁ」
痛む目頭をごしごしと擦ることで堪え、シャワーブースを後にした。
どうやら俺は相当参っているらしい。
これでは朝から何も変わっていない。
むしろデジャヴを感じる。
今日は家で酒でも呑んで忘れよう、そうしよう。
ほんの少しだけスッキリした身体でシャワーブースを出ると、そこには壁を背に腕を組んで立つクリプトがいた。
「遅い」
「…なんで」
此処にという質問は掻き消された。
「いいから行くぞ」
強引に引かれる腕に反発しようかと思ったがこのままじゃどうにもならないことは分かっていたのでされるがまま後をついて行く。
掴まれた箇所が熱い。
心臓が痛い。
掴まれていない方の手で自分の心臓をおさえて鎮まれと言い聞かせた。
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「って俺の家じゃねーか」
どこに連れていかれるかと思いきや、目的地は俺の家。
「いいから、中に入れ」
「いやいや家主俺だからな」
「は、い、れ」
「わーったよ」
何でそんなに偉そうなんだお前は。
そして少し気分が明るくなってる俺、単純すぎるだろ。
色んな意味を込めてため息をひとつ。
「おじゃまします」
挨拶はちゃんとするんだな。
「おじゃまされます」
痛い、ほっぺた抓るのやめろ。
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「はい、乾杯」
当初の目的とは異なるがクリプトと2人でグラスをぶつける。
クリプトは酒より俺の手料理に夢中だ。
それに嬉しくなって見つめていれば、ばっちり目が合った。
「…美味いか?」
こくこくと頬を膨らませたまま頷くクリプトがかわいく見えて思わず吹き出す。
久しぶりに笑えた。
「やっと笑ったな」
驚いてクリプトの顔を見ればしたり顔。
「で?何をそんなに怖がっていたんだ?」
「怖い?この俺に?俺に怖いものはねぇ、お前も知ってるだろ」
「じゃあその赤くなった瞼はなんだ」
「な、別に泣いてねぇよ!」
「誰も泣いたのか?とは聞いてない」
「おまっ!ずるいぞ!」
「ずるくないし、ずるいと言うのならやはり泣いたんだな。何故だ?」
俺のうっかりさんがここで発動されるなんて。頭を抱えるがクリプトは何故だ?という問いかけを止めない。
「なんでお前に話さなきゃならない」
「気になるからだ」
「へぇー、クリプちゃんが俺の事を?もしかして惚れたか?まぁ俺は最強に最高なミラージュ様だからな」
「そうだと言ったら?」
嘘だ。
カッとなって睨めつければ、そこには真剣な表情のクリプトがいて心臓が早音を打つ。
「俺は好きだぞウィット」
お前は?とその瞳に問われる、捕らわれる。
「俺は…」
ここまで好きな奴に言わせといて俺が何も言わない訳にはいかない。
男を魅せろエリオット。
「俺は、お前が俺を忘れて居なくなる夢を見て泣いた。笑えるだろ?それとも引いたか?引いただろ?俺も笑えたし引いた。それくらい重い俺でも良いってんなら」
緊張して早口になる俺をせき止めたのはクリプトの抱擁だった。
「引かない。けど、そうだな、ばか可愛い」
「ばかは余計だ…ばか」
とうとう我慢できず俺はクリプトの肩を濡らす。
「好きなんだよお前のことが。だから怖い。いつかお前が消えちまいそうで…俺が愛した人はみんな俺を忘れちまう。んで、いつか消えちまうんだ。だから俺を忘れないで、独りにしないでくれ」
こどもみたいに泣いて縋る俺の背や頭を撫でる掌がとてつもなく優しくて、益々涙が溢れた。
「安心しろ。俺がいる」
たった二言、この二言にどれだけ救われたかきっとこいつは知らない。
「嘘ついたら許さねぇからな」
「あぁ、約束する。お前みたいに派手な奴、忘れられるか。俺の心まで奪いやがって。そっちこそ覚悟しろよ、俺の愛に」
耳元で囁かれる声と言葉に安心と心地良さが堪らなくて、ずっと聞いていたいのに瞼が落ちてくる。
「寝ていいぞ。俺がそばに居る」
「起きても?」
「あぁ、もちろんだ」
「クリプト」
「なんだ?」
「ありがとう。大好きだ」
「愛してるエリオット。いい夢を」
目元にキスをされて、魔法のように俺はそのまま眠りにつく。
もう悪夢はみなかった。