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    はまち

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    はまち

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    怪異パロ三話目。とりあえず、できたので載せます。載せちゃいます。

    第三夜なんとか遅刻を免れ、光夢と夜宵は教室の中に入ると、友美が自分の席に座っている三咲に向かって、なにか話をしている様子が見えた。
    三咲は背中しか見えないため、どんな表情をしているのかわからないが、友美は至って真剣な表情をしていた。

    「本当なんだって!!」
    「そうやってまた私を怖がらせようとしてるだけでしょ」
    「違うって!」

    ふと、光夢たちの姿に気づいた友美が「光夢はわかるよね!?」と自信ありげにこちらを向いて聞いてきた。ほぼあの夢の事だろうと思いつつ、念の為に光夢は「なんのこと?」と聞いてみた。

    「ほら、昨日の夢!!」

    何となく察しだけはついてはいたが、友美の発言でそれが確信に変わった。

    「あぁ、あの電車の……酷い夢だったよね……」
    「やっぱりそうだった!!同じ夢見てた!!」

    何二人揃って怖い……と、ごもっともな意見を貰う。光夢は自分の席に荷物を置き、後からついてきた夜宵も隣の席に荷物を置いて、三咲の席に向かう。

    「オカルトすぎるじゃないのよそんな話……」
    「あるから言ってるんだってば!!ねぇ光夢ちゃん!!」
    「う、うん、そう……!」

    ふと、夜宵が光夢の肩を叩き、手招きを小さくし、光夢が耳を近づけたところに耳打ちをする。

    「言ってもいいんじゃないの?怪異」
    「だ、ダメだよ!友美ちゃんは兎も角、三咲ちゃんをこれ以上、変に怖がらせても悪いじゃん……!」
    「そんなものなの?」
    「こう見えて結構怖がりなんだよ!お化け屋敷とかずっと私たちの手を握ってるんだから……」
    「あんなの作り物じゃない。何が怖いのよ」

    水掛け論になりつつあり、埒が明かなくなりそうな話の中、ふと三咲から光夢に向かって話題を振った。

    「ねえ、光夢。そのでっかいケースって……」

    光夢の席にある大きいケースに、三咲が目を向けた。ここには、巻代が置いていったトランペットが入っている。巻代の家は分からないため、学校で届けた方が早いと思い持ってきた。

    「え、なにあれ?どうしたのあのでっかいケース?光夢ちゃん修行でもするの?」
    「しない、しないって……巻代くんが道端に落としたトランペットが入ってるケースだよ」
    「えっ、ウソ!?ちょっ、見して見して!!」

    三咲が勢いよく席から立ち上がりケースに駆け寄る。キラキラとした表情でケースを舐めまわすように見始めた。
    光夢は友美と二人してキョトンとした顔をしたまま目を合わせた後、一緒に三咲の近くに寄る。

    「えぇすごい……でも一体どうしてこれが?」
    「え、なに?三咲ちゃんって……巻代くんのこと好きなの?」

    友美が「好」と発音した直後、三咲の肩がビクッと跳ね、バッと振り向いて取れそうな勢いで首を何度も横に振る。

    「ちがっ!違うわよ!!」
    「いや違かったら不審者だよ?普通に引いてるからねアタシら」

    見たこともない冷たい目をして友美は三咲を睨む。「うっ」と何も言い返せない図星の反応を示した。

    「……だって彼の演奏かっこいいじゃん……わかんない?」

    指先を咥えてモジモジし、かなり小さな声で返答した。対して、友美は微妙な反応をしている。光夢にとってはよく彼らの演奏を聞いていたため分からなくは無いが、友美に音楽は分からないのだろう。

    「はぁ!?なにその顔!?あんなにかっこよくトランペット吹ける男この世にいないから!!」
    「ハイハイ……めんどくさいなぁこのオタク……」
    「誰がオタクよ!!……で、光夢ちゃんはこのトランペットを返しに行くんだよね?」

    喧嘩の最中に急に話を振られ、光夢から素っ頓狂な声が飛び出た。その声が余程おかしかったのか、後ろで夜宵がクスクス笑っている。

    「そ、そうそう!」
    「じゃあまだチャイムもなってない今のうちに返しにいけば?確か一階上の……」

    と言った直後に、狙ったようなタイミングで、出席確認前の教室で着席のチャイムが鳴り響く。

    「……って、遅かったわね……じゃ、また次の休み時間にでも」

    三咲が席に戻り、続いて友美も「今日も一日ガンバロー!」と自分に言い聞かせてるのか、それとも周りに言ってるのか分からない大きな声量で発しながら戻っていく。

    「……そういえば、先生は……」
    「ん?……あっ、確かにそうね……」

    あの時、化学室で起こったことがもし現実ならば、ここに来るのは担任の先生では無い。ガラガラと教室の戸が空くと、いつもは静まりかえるはずの教室がざわめき始めた。
    担任の先生ではなく、教頭先生がやってきた。唯一、光夢と夜宵は担任の先生以外が来ることを分かっていたため、あまり驚きはしないが、この異質な状況に光夢は少し慣れておらず、胸がざわつく。

    「えー……皆様に残念なお知らせがあります……今日、"校舎裏"で担任の……」

    こもった声で淡々と話を続ける中、光夢と夜宵はある違和感に気がついた。

    「……?校舎裏?」
    「誰かが持ち運んだのかしら……」
    「え……誰が?」

    「『血だけ抜き取られた状態』で亡くなりました」

    教頭が続けて放った言葉に、あの時、夢で現れた怪異を斬った男の顔が頭に浮かんだ。
    名前が中々浮かばす、思い出そうとして目線が上にいく。

    「あぁそうだ!有希さんの仕業じゃ……!」
    「……あいつ、あんたの血を狙ってるくさかったけど、怪異の血まで狙ってるの?そんなこと言ってた?」
    「それは……わかんない。けど、他に思い当たる人……」
    「……確かに、あの日は別の怪異の気配はしなかったわ……でも、あの男もいたような記憶も気配も、その跡も無いわよ?」

    有希がやったというこれと言った確信めいた根拠がない。刃物で斬られたという情報も伝えられていない。遺体は既に回収済みだと思われるため、確認しようも無い。
    ショックのあまり軽くパニックになっている生徒、想像もしたくない状況に恐怖する生徒などがいる中、この事件は二人にとって、もやもやが残ったまま終わった。

    担任の先生が行うはずだった化学の授業は、急遽自習となった。そのまま昼休みに入り、光夢は巻代のいる教室に向かう。着いてくる必要性はそこまでない気もするが、まるで磁石のように夜宵も後ろから着いてきていた。

    巻代の教室前に来た時、丁度よくその教室から出てきた女子生徒に話しかけた。

    「あの、すみません」
    「ん?なに?……って、それ……巻代くんの?」
    「あ、はい!あの、巻代くんはいらっしゃいますか?」
    「うーん、今日は休みっぽいんだよねぇ……かなり大事にしてたみたいだし、もしかして無くしたショックで休んじゃったのかな……」

    後ろから夜宵が「そこまでなの?」と疑問を口にした。大事にしていたものを無くしたら落ち込むまではするかもしれないが、休むまでとなると重症かもしれない。

    「本当なら家に渡しに行きたいけど、部活もあるし……」
    「あの、私が行きます!家ってどこにあるか知ってます?」
    「あぁ、ほんと!?助かる!」

    ちょっとまっててねと言った後、女子生徒は教室に戻った。しばらくして、一枚の紙を光夢に渡してきた。
    紙には、この学校から巻代の家までの道のりの地図が、曲がり道の目印やその周辺の風景までも事細かく書かれていた。

    「巻代くんの家、結構田んぼ道だから迷わないようにね?」
    「ありがとうございます!」

    お礼を一言した後、光夢は夜宵を連れて自分の教室に戻る。女子生徒は小さく手を振って見送った。

    「……あの子、すっごく丁寧だね〜」
    「ほんとにね、なんて可愛らしい後輩なんだろ」

    ひょこっと顔を出した生徒と共に微笑む。

    自分の教室まで戻り、席について地図をじっくり眺める。

    「……へぇ、巻代くんってこんな場所に住んでるんだ」
    「カエルがうるさそうね」
    「いやそうだろうけど……」

    穏やかとか、自然の空気が美味しそうだとか色々ある中で最も共感しやすい反面、最も嫌であろう部分をついてきた。
    ただいうて、やかましさなら多分タメを張れるだろうと思い、口角が上がる。

    「何笑ってんのよ」
    「いや別に、忙しないよねって」
    「……それはあんたでしょ」

    「そんなこと」とまで言った後、脳裏に情景や言葉など思い当たる節が鮮明に浮かびあがり、机に肘をついて両手で顔を隠した。

    「ほらね」
    「ぐぬぅ……納得いかないのに納得せざるを得ない」
    「大体、今日も昨日も朝とか……」
    「やめて!?掘り返さないで!?」

    ハイハイと小悪魔みたいにほくそ笑み、意地悪な表情を見せる。この感じ、隙あらばまた掘り下げてくるに違いないし、そういう話のタネを見つけ始めるだろう。
    光夢はあまり下手なことは言わないよう、深呼吸をして頭の中をリセットし、もう一度地図を見た。

    「光夢ちゃん、それ何見てるの?」

    興味を示した三咲が話かけ、地図が見やすいように光夢は肘を下ろす。地図に書かれていた「巻代の家」の文字にすぐ反応を示した。目を丸くして思わず地図を手に取る。

    「これ、巻代くんの家までの地図!?」
    「う、うん……そうだけど」

    とんでもない気迫に、光夢は気圧されて引き気味になる。夜宵は眉をひそめて「なんだこいつ」と言いたげな顔をしていた。
    それに察したのか、三咲は先払いをひとつし、「失礼」と今更、一言断りを入れた。

    「これ、どういうことなの?」
    「教室に巻代くんいなかったんだ、休みらしくて」
    「あ〜、届けに行くのね」
    「良かったら三咲ちゃんもどう?」

    光夢の誘いに三咲は「え」と蚊の鳴くような声をひとつ発する。すると、額に握り拳を当ててぶつぶつなにか呟きながら同じ場所を行ったり来たりし始める。
    微かに聞こえた「巻代に……でも光夢……」言葉で、恐らく、大好きな人に愛に行けるチャンスだと思ってる反面、光夢に迷惑をかけてしまうかもしれないという悩みで葛藤している。

    「……あの、三咲ちゃん?」
    「光夢ちゃんどうしよう、巻代くんに会いたいのに行っていいかわかんない」
    「いやそんなに悩むくらいなら来ていいよ……」

    「ほんと!?」と耳が吹き飛ぶ勢いの大声を出しながら、目をキラキラ輝かせて光夢の肩に掴みかかる。
    教室がシラケるぐらいにデカすぎた声に、光夢は小さい声で「うん」と返答した。

    「やったぁ!!決まりね!!」
    「……夜宵、この人怖い」
    「いやあんたの友人でしょソイツ、私は知らないわよ」
    「だよねごめん……」

    普段は大人しい三咲の、知らない一面が見られたことに光夢は驚きを隠せなかった。

    「じゃあ放課後になったら向かいましょ!」
    「うん、わかった!」

    二人で約束を交わした後、すぐに昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


    ────────────────────
    約束通り、放課後になり光夢と夜宵は校門前でしばらく待機していた。

    「……遅いわね」
    「どうしたのかな……」

    学校で何かトラブルがあったのかと思い、一度様子を見に行こうと学校に戻ろうとした時、光夢の持っていた携帯から通知音が鳴る。
    光夢の入れていたメッセージアプリ内で、三咲から連絡が来ていた。

    『ごめん!部活で急用ができちゃっていけなくなっちゃった』と、文の一番後ろに泣き顔の絵文字と、そのあとすぐに謝っているスタンプが添えられてきた。

    「……らしいよ」
    「ふぅん、じゃ私らでいっちゃっていいのかしら」
    「ど、どうだろ。聞いてみる?」
    「いや普通にめんどくさいし、そもそも相手困らせたままじゃないの。勝手に行っていいでしょ」

    連絡するなら勝手にしとけば?と言い、夜宵は地図を持っている光夢を置いて先に歩き始めた。下手したら迷子になる恐れがあるのにも関わらず、先へと昨日、トランペットのケースが落ちていた道を行く夜宵を光夢は携帯をバッグにしまい、トランペットの入ったケースを背負い直してすぐに追いかけた。

    「……そういえば夜宵って、人を気遣えるんだね」
    「は?私をなんだと思ってんのよあんた」
    「だって私いつも置いてくじゃん!!私にも気遣ってくれても良くない!?」
    「してるわよちゃんと。あんたを囮にしてから守りつつ怪異と戦うの大変なのよ?」

    怪異に襲われた経験がある以上、その件について光夢は何も言い返せない。

    「……まぁ、うん……だけどさぁ……」

    口をへの字に曲げ、なにか文句を言ってやろうかとでも思ったが、自分自身では何も出来ないことはわかっていたため、何も浮かばない。
    光夢は今の話から逸らせるように歩きながら地図を広げ、周囲を確認した。

    「……今のところ、ここら辺は真っ直ぐ行けばいいみたいだね」
    「へえ……で、目印とかないの?」

    地図上に記された目印といえるものは、カーブミラー程度のものだけだった。しかしながら、地図どころか実際に視界に映る景色までも、見渡す限り田んぼと案山子だらけ。目印と呼べるものはこれぐらいしかないのは当然なのかもしれない。
    それを裏付けるような証拠に、「交差点にあるカーブミラーを右方向へ進んだ森の中」と、進むべき道のメモも書かれていた。
    言われた通りに、二人はカーブミラー近くまで真っ直ぐ進んだ後、自分たちから見て右側にある森の方へと止まることなく歩き続けた。

    静かなのは変わりないのにも関わらず、なにか異様な気を感じる森の中を進めば進むほど、先程の田んぼ広がる田舎道とは比べ物にならないほどに暗くなっていく。
    あってるよね?と不安になり始め、光夢は地図を眺める。ふと、夜宵が後ろで足を止めたことに気がつき、光夢も足を止めて振り向く。

    「……光夢」

    夜宵の低いトーンの声に光夢はすぐにワケを察して、後退りし、自分の周囲を警戒しながら夜宵のそばに近寄る。
    冷たい空気が辺りを包み込み始めた。突然、光夢の背後から何かが迫ってくるのを感じ、光夢が振り向いた時、黒い影がもう目の前まで迫ってきていた。光夢の中の時間がゆっくりになったような気がし、息ができなくなった。

    目にも見えない速さで、黒い触手が横切り影を弾き返し、「しっかりしなさい!」と夜宵の覇気ある声が聞こえ、光夢はハッと己の意識を取り戻す。
    二人の前に立っていたのは、片方だけ見える白く染まった丸い目の、体が少し溶けかかっているかのように下半身がない……怪異だった。

    「……最悪ね」
    「え……?」

    助かった。と光夢が思った瞬間に夜宵が小さくつぶやいた。
    夜宵が帯締めから伸ばした黒い触手が白い布へと変わり、片手から青い炎を浮かべた。

    目線をあちこちと動かした後、右真横へ炎を飛ばす。直撃はしたような、しかし弾かれるような音が響き、森の中から刃物を持った体も目の膜も全て黒く染った、口の裂けた女の姿をした怪異が現れる。さらにいつの間にか二人が進みたい方向には、悲しげな顔をしている、この場にいる誰よりも背丈の高い女の怪異が佇んでいた。

    「さ、三体!?いつの間に……!!」
    「こんな時に限って……"あんたまで"いるなんてね!!」

    夜宵は今姿が映る三人から外れた、誰もいない左側の木の上に向けて炎を放つ。
    炎は空中でなにかに斬られたかのような跡が残り消えていく。

    「……まさか俺の気配まで察知してるとは」
    「あの人は……え、有希さん!?なんでここにいるの!?」
    「へえ、俺の名前覚えていたのか。そりゃ光栄だな。……しかし、絶好のチャンスなのに、一気に最悪な状況に立たされちまったか……」

    ま、いいか。と有希は腰に差していた鞘から刀を抜き、光夢に銀色に煌めく刃と共に冷徹な目を向けた。
    現実では姿も顔も知らず、夢の中に現れたが故、光夢の中では夢の中にいるものだと思っていた。あの夢から目覚める前、有希が発した言葉。あれが本当ならば……

    「……これって、まずい……?」
    「ええ……ものすっごくまずい状況」

    夜宵は目線を敵から離さず、後ろに立つ光夢に呼びかける。

    「今からあんたに無茶を言うわ。私が次に言った言葉を聞いたら、ちゃんと動いて」

    光夢が聞き返すまもなく、夜宵は「振り返らず逃げて!!」と大声で発した。「振り返らず」まで聞いてすぐに察し、来た道を自分の出せる全力で走る。
    左右の森の中から草むらを激しく揺らし、かき分けるような音が聞こえてくる。
    ふと目線を右へ向けると、森の向こうに何かが光ったのが見え、危険を察知した光夢はその場で足を止めた。光夢の真横を銀色の刃物が横切り、後ろの一本の木に刺さる。ぼうっとせず、すぐに光夢が走り出そうと一歩踏み出した時、刃物が飛んできた方向からギラリと光る赤い目と共に口が裂けた怪異が飛び出し、光夢に掴みかかる。
    光夢の頭の中で逃げる方向が後ろか前かでごちゃごちゃになり、足がもつれて転びかける光夢の後ろを支えるように、一本の触手が伸びた後、飛んで駆けつけた夜宵が怪異を強く蹴り飛ばして光夢のそばに着地し、光夢の手を掴んで起こす。

    「や、夜宵……ありがとう……!」
    「あいつ、あんな早く動けるとは思わなかったわ……ッ!!」

    夜宵が怪異を吹っ飛ばした方向をじっと見ていると、休む暇なく、追撃をかけにきたであろう足音が聞こえ、振り向きざまに裏拳で迎撃する。ガチンと刃がぶつかるような鈍い音がした。刀を斜めから降り下ろした有希と、夜宵が睨み合った後、互いに自分の背後を見てその隙をついてきた怪異に攻撃を仕掛けた。

    「……チィ、さっきあの女が蹴り飛ばしたくせにもう背後を取ってくるとはな」

    いつの間にか有希の背後に回り込んでいた、口の裂けた怪異がナイフを握りしめて有希に斬りかかる。有希はボロボロの上着のポケットに手を突っ込むが、ふと夜宵の方を見た後にポケットを探るのをやめて刀を横に構え、ナイフを受け止める。
    力が拮抗していることを勘づいた有希は、わざと力を少し緩めて近づかせ、がら空きの腹部へ力強い蹴りを打ち込んだ。

    ふぅと一息ついた後、夜宵らの方を向いた瞬間、目の前が真っ黒に染まる。

    「そいつはあんたにやるわよ、相手でもしてやりなさい」

    夜宵が両手で掴んで投げ飛ばした、背の高い怪異が有希を巻き込んだ。

    「……だ、大丈夫なのあれ?」
    「自分の命とろうとしてくる奴の心配してる場合じゃないでしょうが、ほらボサッとしてない───」

    夜宵!左!!と光夢が大声をあげる。ハッと夜宵が左を向いた時、先程よりも動きが速くなっていた口の裂けた怪異が夜宵に襲いかかってきた。すぐに腰の白い布で怪異の腕を掴んで押さえつけるが、その力までもいつの間にか夜宵と同等にまで追いついている。

    「こいつ、どうなって……ッ!!」

    光夢がなにか使えるものはないかとバッグを探り始めた時、背後から光夢の右腕に黒い触手が絡みつき、力任せに引っ張られる。
    夜宵の光夢を呼ぶ声が遠ざかり、目の前に現れた真っ白の目が浮かび上がる黒い影の怪異が立っていた。
    不気味な笑みを浮かべ、光夢に近づいてくる。

    「や、やっ、だ……まって……」

    体が震えて立ち上がれない。尻もちをついた状態で後退りしながら、思わず小さな声で助けを求めた。
    黒い触手を伸ばして光夢に掴みかかる。光夢は思わず目を瞑った。

    ────痛みも何も感じない。光夢は不思議に思い目を開ける。黒い触手が光夢の目の前にまで迫った状態で静止していた。
    その白い目は、光夢の背中から落としていた、トランペットの入っていたケースを見つめているように見えた。
    その瞬間、光夢はその怪異の正体に気がついてしまった。

    「……もしかして……」
    「邪魔して悪いが……隙だらけだ」

    背後から有希の声がし、光夢の喉元に刃が突きつけられる。声も出ず刀が光夢の喉に触れた。
    突然、黒い触手が光夢の真上を通り過ぎた。
    有希は刀を光夢から離し、触手を一本切り裂くが、もう片方が有希の頬を掠めた。
    チッと舌打ちし、有希は後ろに引く。

    光夢の目の前に立っていた怪異の黒い両手が、有希に向けて伸びていた。

    「……巻代、くん……」

    光夢は怪異にそう呼びかける。怪異は何も答えないが、敵意が消えたように感じた。
    黒い触手がトランペットのケースに向けて伸び、中から丁寧に手入れされたトランペットを持ち、目を閉じて口に当てた。
    夕日よ夕焼け空に照らされながら、光夢にとって懐かしく美しいトランペットの音色が響く。

    「……?なんなのこいつ急にぼーっとして……」

    さっきまで戦っていた怪異が、嘘みたいに大人しくなったことに、夜宵が困惑する。楽器の音が聞こえ、ふと、光夢たちの方を向いた。
    光夢の穏やかな表情と、目の前に立っている怪異の様子を見て、夜宵は腰に手を当てて目を閉じ、ため息混じりに「そっか」と呟いた。
    切なげに見ている二人の怪異と、トランペットの怪異。仲睦まじく育ってきた三人の体が、沈む夕日と共に少しずつ黒い水のようになりながらその場に溶けていく。

    トランペットのソロ演奏がフィナーレを告げ、光夢たちの前には形を持った怪異ではなく、黒い水が溜まっていた。

    「……光夢」

    ぼーっとしている光夢に夜宵が声をかける。

    「平気?」
    「うん、平気」
    「そう。……で、あんた」

    夜宵は有希の方を振り向いた。なにもせずに、じっと光夢たちの様子を見ていたことが、思い返すと光夢は少し気がかりだったが、夜宵はそんなことは気にしていない様子だった。

    「まだやるつもり?」
    「……」

    有希は刀を鞘に収め、警戒する夜宵の横を通りすぎると、腰につけていた瓶の中に黒い水を汲む。

    「……気が変わった」

    光夢の耳に聞こえてきた、有希の声色がさっきまでとは打って変わって、少し切なげになっていたような気がした。

    「どういうことよ。結局、あの怪異らとグルだった訳でもないみたいだし」
    「……お前たちと話す時間なんてない」

    は?と夜宵が一歩前に出た瞬間、有希は上着の裏側から何かを取りだして地面に叩きつけた。その瞬間、酷い耳鳴りと共に真っ白い眩しい光が視界を包み込んだ。

    「ッ……!!こ、光夢!!大丈夫!?」
    「だ、大丈夫……!!夜宵は……!?」

    互いに耳に蓋がされたように、声がこもって聞こえる。ようやく酷い耳鳴りも真っ白な景色も消え、元の景色に戻ってきた。しかし、有希の姿はいつの間にか、その場から消えていた。

    「……なんなのあいつ。なんで人間のあいつがあんたの血が欲しいのかもわかんないし」
    「……あれ、人間なの?」
    「あんたよくそれ聞いてくるわね……絶対人間よ。怪異と似た雰囲気もないし」

    夜宵はそう言うが、どこか人間離れしているような気もしている。

    「……それより、これ血ね?」

    いっぱいあるじゃんラッキー!と、真剣だった表情が崩れて笑顔になり、溜まっている血に夜宵は近づく。
    光夢は、目の前にある怪異の血の上に浮かんでいるトランペットを見つめながら、三咲になんて言うべきか考えていた。


    ────────────────────
    家に帰り、すぐに自分の携帯を開いてメッセージアプリを見た。いつの間にか数時間前に、三咲からのメッセージが何件か来ていた。

    『ねえねえ、巻代くん元気だった?』

    無垢すぎるメッセージの内容に、光夢は思わず「うっ」と苦しげな声が漏れる。
    正直に言ってしまえば、三咲が今日ついてこなくて正解だったのだ。今日の出来事で、下手したら友美よりもかなりのショックを与えてしまう可能性があるのが目に見えていた。

    返信に悩んでいる様子が見えたのか、夜宵がアドバイスを投げかける。

    「普通に答えればいいじゃないのよ」
    「普通って……どう?」
    「怪異になったよ〜とか」

    バカなの!?と驚き大声が出た。そんな事だろうとは薄々感ずいてはいたが、色々な意味でアウトな発言が夜宵の口から飛び出た。

    「どうしよ……むずかし……うん?」

    ふと、三咲と友美と光夢の三人で作ったグループチャットからメッセージが届いた。
    友美から来たメッセージだった。

    『明日からしばらく休校だってー、先生がいない部分のところをどうするか決めるらしい!』

    へぇ〜と、驚き半分納得半分のボイスチャットにしてないため、相手からは聞こえないであろう返事をした。
    思えば、化学の授業が入っているのは少なからずとも光夢たちのクラスだけではないはず。そう考えれば向こうとしても、もしかしたら手が追いつかなくなるぐらい忙しくなるのは目に見えているのだろうし、当然なのかもしれない。
    「情報ありがと」と返そうとした時、かなり早く続けて友美からメッセージが届く。

    『だから明日、近くのおんぼろな屋敷に行きたいんだけど、私たちで行かない?もちろん夜宵ちゃんも!』

    光夢は口をぽかんと開けたまま、キーボードをタップしていた指が固まった。
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