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    はまち

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    はまち

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    怪異パロの四話目です。まさかのこのちょっとした期間にあと半分以下にまで差し掛かりました。四夜とか書いてるくせに夜じゃないことと、最後あたり少しグダグダになってるのは許して……自分も気にしてる。

    第四夜「おんぼろな館?」

    眠りから覚めた光夢が訳を説明した後、夜宵は当然の疑問符を浮かべた。
    光夢たちが住む街。光夢の家の北方向には学校があり、そして、家の東側にある少し外れたところには例の館がある。聞いた話によると、外装の壁もところどころ傷んでおり、手入れされていないためツタも絡み合っているらしいが、内装は何故か綺麗なのだそう。
    しかも、その館の中から足音が聞こえるなど、言っちゃ悪いがちょっとベタな話題もそこそこ耳にする。

    「……でも、なんでそんなところに行こうなんて言ったんだろ?」

    友美は、あの夢でかなり恐ろしい体験をしたはずだった。それなのにも関わらず、なぜまた自ら怖い思いをするようなことをしようと言い始めたのだろうか。光夢は頭の中で色々な考察を浮かべたが、正直、どれもあまりピンと来なかった。
    ただ、あの夢や怪異関係でなにも触れていないであろう、三咲が一番関連しているような気もしていた。

    光夢は夜宵に、三咲と怪異のことについて尋ねてみた。

    「……なんでそれ私に聞いたの?」
    「三咲ちゃんって、夜宵と出会ってからも唯一、怪異と接触してない人だなって思ってさ。ほら、昨日も……」

    偶然かそれとも必然か、三咲は用事があるといい、怪異と接触はしなかった。
    そういえばそうね。と夜宵もその光景を思い返して呟く。

    「まあ偶然じゃない?それか三咲って子、怖がりみたいだし、本能的な部分が働いたか、本当に用事があったかよ。そこら辺、あんたの方が詳しいんじゃないの?」

    む。と光夢は柔らかい唇に手を当てる。
    友美ほどではないにしろ、光夢も三咲とはそこそこ長い付き合い。そんな光夢の知る限りでは、彼女はあまり嘘はつかず、常に真面目。ならば考えられるのは後者。ただの考えすぎだと、光夢は自分の頭にその判断を下した。

    「ま、いいじゃないそんなこと。それよりどうすんの?」
    「正直言っちゃうと、あの館はちょっぴり良くない噂も聞くし……様子見に行こうかな」
    「そ、私も付き合うけど」

    ありがと。と礼を返すと、夜宵は腕を組み、赤い目を細めて鼻で笑う。

    「当たり前じゃないのよ」
    「いや、まあそうっちゃそうかもだけど……」

    何かと守られてばかりなため、自然と感謝してしまうのもまた事実。出会い方が出会い方だったことや、自分勝手な部分が度々見られるため、手放しに心を許すことは出来ないが、今こうして、そばに頼れる人がいるという事実があるだけで、光夢の不安は和らいでいた。

    光夢は玄関前で母親に「行ってきます!」と伝え、夜宵と共に外に出て館へ向かった。


    ────────────────────
    メッセージでいつの間にか届いていた館までの地図を頼りにして少し早歩きになりながら進む。
    添付されていた画像と照らし合わせ、ようやくそれらしいのが見えたの同時に、館のすぐ近くに二人の人影が見えた。
    片方がこちらに気づいて手を振っており、もう一人もそれに気がついたのか、こちらをじっと見つめていた。光夢も手を振り返した後に走り出す。
    特に何も準備をしていない光夢たちに対し、少ないながらも、友美と三咲は護身用かなにかの荷物を持ってきていたようだった。

    「もー、遅いじゃん!」
    「ごめんごめん、地図見ながらきたから……」
    「仕方ないわよ友美ちゃん、光夢ちゃんどころか私たちだって迷いながらきたもの、どっこいどっこいよ」

    そっか!と割とすぐに三咲に懐柔された。四人の前に建っていた、年季の入った大きい建物が映り込む。
    噂に聞いていたような、それかそれ以上のボロボロっぷりだった。ツタどころか周辺の草も高く伸びている。周囲の人も気にも止めて居ないのか、手入れはされていない様子だった。

    光夢はふと、友美に気になったことを聞く。

    「ねえ、どうして急にこんな館に行くだなんて言ったの?」
    「あぁそうだった!言ってなかったっけ!アタシね、ちょっと違和感あったんだよ!」

    違和感?と光夢が聞き返す。友美は小さく頷いて話を続けた。

    「あの夢、やたらなんか現実味があったなぁとか思ってさ、三咲ちゃんと話しても信じて貰えないし……でもさ、ほらその日、先生が亡くなったんだよ!?なんか変じゃん!!リンクしてるみたいで!!」

    あまりにも察しがよすぎる友美の考察に光夢どころか、急な賢さを見せてきたためか三咲も少し引いてしまっていた。

    「えぇ、偶然じゃないの?そんなの」
    「まだそんなこと言ってるの三咲ちゃん!?これおかしいって!なにかこう……変な力が作用してるよ!」

    まあ作用はしてるよね。と光夢は聞こえない程度に小さく呟く。

    「三咲ちゃんもこの館の現象見れば信じるでしょ!!」
    「あの、友美ちゃん?あれはあくまで夢……と現実?の中の出来事であって、こっちは全部現実だから違うような……」

    三咲は光夢の方を向いて、同じだよ!と単語一つ一つを強調させながら言う。

    「わ、わかったわかった……ごめんて」

    三咲と友美がまたしばらく言い合いをしている中、光夢は夜宵の裾を引っ張る。それに気づいた夜宵が光夢の方を向くと、光夢が「耳を貸して」どジェスチャーをし、屈んだ夜宵の耳元でヒソヒソと小さい声で話をし始めた。

    「……ねえ、夜宵はどう思う?」
    「どうって?」
    「この館に入るべきかどうかってこと」
    「……私は構わないけど。あの二人がってこと?別にいいんじゃない?」

    まあまあいつもの事だが、あまりにも楽観的すぎる意見が飛び出す。

    「え、ほんとにそう思うの?」
    「ええ。ほんとに。それにこの館……確実に出るやつじゃない?」

    出るから不安なんだという光夢の顔に対し、夜宵は嬉しそうににやけていた。

    「……まあ夜宵もいるし、大丈夫、かなぁ……?」

    どうしても不安が残る。ふと、言い合いをしていた二人の方を向いてみると、いつの間にか館の玄関前に立っていた。
    光夢は急いで二人の様子を見に向かう。

    「……返事ないね」
    「そのインターホン壊れてるんじゃない?」

    三咲がそういった直後に、光夢が玄関横にあるインターホンを見てみる。壁の修理すらも長らくしていないための経年劣化のせいか、それとも元からそういう色なのか、かなり土色にくすんでいた。
    友美がインターホンのボタンを押すと、少しノイズ混じりで呼び出し音がした。

    「……これ、いないのかなぁ」
    「こんな場所に誰か住んでるわけないじゃないの」

    夜宵がそう言うと、二人を強引に押しのけたと思えば、なんの挨拶もなしに玄関の扉を開けた。
    あまりにも自然に開けてしまうため、そこにいた三人は暫く固まっていた。

    「……な、はっ!?ちょっと!?」
    「なによ」

    もし、本当にもしここに誰か住んでいたらかなり失礼なことをしている。さらに夜宵にその自覚がないらしいのが窺える。

    「や、夜宵ちゃんって大胆な人なのね……」
    「ごめん、ほんと」

    三咲の夜宵を見ているなんとも言えない声と顔に、思わず光夢が謝罪の言葉を返した。
    そんなことは気にも止めて居ない様子の夜宵は、ズカズカと館の中へと足を踏み入れていく。

    「へえ、思ってたより内装はしっかりしてんのね」
    「あぁこら!もう!!」

    光夢が怒りながら夜宵を追い掛け、その後ろに三咲と友美の二人もついていく。
    館に入った正面には、風神と雷神が描かれたよく見る大きな屏風がかけられ、左右の通路奥を見てみると、襖の扉が並んでいる。少しボロいながらも、和風の面影が感じられるその館は、少しばかり居心地がいいものだった。

    「……思ってたより綺麗じゃないの。外と比べて」
    「ね〜、誰か手入れしてたのかな?」

    じゃあなんで外は手入れしてないのか、だとしたらこうやって入り込むのかなり失礼なのではといった考えが、光夢の頭を巡る。

    「あ、こっちなんかあるわ。行ってくる」
    「え?」
    「あ!じゃあじゃあ私こっち!!」
    「こらちょっと友美!!先に行かないでよ!?」
    「えっ」

    友美三咲コンビと夜宵がそれぞれ左右にわかれて行動し、思わず光夢は戸惑いその場でキョロキョロする。

    「えぇ嘘……ちょっとまって、どうしよ……」

    ふと夜宵が向かった右通路を眺める。

    「……夜宵は最悪一人でもなんとかなる、かな?……いやでも……」

    最初に見せたあの態度が余計不安を強める。今度は物を壊しかねない。ただ、逆方向に向かった二人に何かあった時が怖くて仕方がないのも事実だった。あまり長い時間悩んでられないと、なるべくすぐに決断した光夢は、三咲と友美の二人が進んで行った左通路を進むことにした。

    「……?」

    ふと、屋根裏からギシギシと何かが歩くような音が聞こえてきた。
    ここら辺に住んでる野生動物かと考え、光夢は特に気にはしなかった。


    ────────────────────
    結局二人の姿を見失い、辺りを見回していると、通り過ぎかけた襖の奥から声がした。
    襖を開けると、本棚の前で突っ立っている友美が一冊の本を持って難しい顔をしている。

    「何読んでるの?」
    「あ、光夢ちゃん。これなんだけどわかる?アタシ全然読めないこれ」

    そう言って、開いていたページを見せてきた。ミミズが這ったような字でなにかが長々と書かれている。光夢は友美の隣に立って文章を目でなぞりながら黙々と読む。

    「……へぇ」
    「え、なに?なに!?一人でわかったような反応しないで!?」
    「あっごめん、えっとね。要約すると……」

    長めの文章を脳内で一言で纏め、友美に説明する。
    この本に書かれていたことは、遠い昔に現れた虫の化物とその虫の怪異を追いやった刀の化物の話らしく、その一連について綴られていた。

    「化け物が化け物と?……昔の特撮みたいだね」
    「え、なにそれ?」

    光夢が純粋無垢な眼で聞き返す。友美は顔を赤くして忘れて。と先程より気持ち少し小さくなった声で一言だけ返した。

    「と、とりあえず!三咲ちゃんはどこにいるのかな〜!!」
    「トクサツ……」
    「ねえもういいじゃんその話!」

    トマトのように真っ赤な顔の友美が、光夢の肩を掴んで激しく揺らす。

    「わ、わかったわかった!!ごめんって!!」
    「もう!!恥ずかしいじゃん……」

    小さい声で「ジジババ臭いとか思われたくないし」と呟き、光夢の耳に微かに聞こえたが、何も言わずに黙って深くは詮索しないようにした。
    その直後、すぐ近くの部屋から悲鳴が聞こえてきた。

    ────三咲の声だ。

    二人は急いで声がした部屋へ駆け込む。

    「ヒィッ!!ば、バケモノ!!」

    三咲が尻もちをついた状態で、どこから拾ってきたか分からない棒を壁に向けている。
    二人が声をかけて近寄ると、三咲が格闘していたものの正体が見えた。

    「ヒッ!!へ、ヘビッ!?」

    真っ白いアオダイショウが、三咲を睨みつけていた。思わず光夢は近くにいた友美に抱きつく。
    友美の顔を見ると、平然な顔をしていた。

    「まぁでっかいけど……ヘビじゃん?アタシに任せといてよ」

    え?と光夢と三咲の怯えた声が重なる。友美はそのままアオダイショウの元へ近づくと、持ってきた荷物の入ってるバッグからペットボトルを取りだし、なんの躊躇いもなく蛇に中に入っていた水をぶっかけた。
    驚いた蛇は、体をくねらせて三咲がいる方向とは逆の方へ逃げていき、壁にできた穴の中へと潜っていった。

    「……え、あんた……いつそんな対処法を?」
    「ふふん、おばあちゃんがよくやってたんだ!」
    「あんたのおばあちゃんって何者……」

    三咲が困惑している中、光夢の脳裏では、穏やかな顔をしていながらバイオレンスな思考をしているおばあちゃんの姿が思い浮かんだ。
    足がすくんで立てない三咲の手を、友美が掴み立ち上がらせる。
    三咲が手で自分の服についた埃を払っている最中、すぐ近くでなにか物音がし、思わず三咲は友美にまるで靴裏のガムのごとくベッタリとくっついた。

    「ま、まま、また蛇!?いいわよ!かかってきなさいよ!!今度はそううまくいくと思わないでよ!!バカスネーク!!」
    「へ、蛇かなぁ今の……」
    「ねえやめて!!変なこと言わないで!!」

    完全に怯えきり、去勢の強い言葉まで使うようになった三咲を後ろに、光夢と友美は辺りを見回す。

    「光夢ちゃんも聞こえてたんだね」
    「もちろん……気をつけていこ」
    「……あれ?ねえ、夜宵ちゃんはどうしたのよ?」
    「あー……あの人は……」

    この館のどこかを適当にぶらついていると、光夢は思っている。

    「まあ、適当に歩けば見つかるよきっと」
    「えぇ、大丈夫なのそれで……」
    「でも夜宵ちゃん、夢の中だとすっごいたくましかったんだよ!!」
    「夢じゃないのよそれ……あーもう怖い怖い……」

    怯える三咲の顔を見るなり、友美がすぐ近くにあった、綺麗に飾られた一本の鞘と刀のすぐ後ろにある掛け軸を指さして「あ、動いた」とマジっぽく呟く。三咲が掠れた声で大きく、バカ!!と言い友美の後ろに隠れた。

    「いやあの……三咲ちゃん、多分これ友美ちゃんの冗談だよ」
    「……友ー美ーちゃーん?」
    「わー怒った!こわぁい!」
    「本気でぶっ飛ばすわよあんた!!」

    中々聞けない、三咲の本気で怒った声が部屋中に響く。

    「とりあえず、次は夜宵ちゃん探そっか」
    「そうね、ついでにこのお転婆娘の頭もなんとかしてやんないと」
    「あーあ、言われてるよ?光夢ちゃんってばもう!」

    「あんただよ!」と友美に向けた光夢と三咲の二人の声が重なる。


    ────────────────────
    どこかにいるであろう夜宵を探すため、静かな館を散策する。
    光夢が夜宵の名前を呼びながら辺りを見回すが、姿どころか返事も返ってこない。

    「……え?」

    何かを見つけた三咲が、その場に立ち止まって小さく短い声を上げる。友美が光夢を呼びかけたことで、光夢もそれに気づき振り向いた。
    一室だけ、なぜか不自然に空いた部屋があった。その部屋だけ異様に広く大きい。そのせいか他とは違うなにか異質な気配もした。
    部屋の奥には、赤黒く染まった美しく凛々しい大きい鎧が置かれており、思わず、三人は見とれていた。

    「すごいね、この鎧……しかも、塗装とかもされてないみたい」

    近づいてみると、少しだけ傷がついているが、その傷がむしろそれらをかさ増しする良いアクセントとなっていた。
    鎧のすぐ両隣には、かつてその鎧を身につけていた人物が持っていたのだろうか、鞘に入れられた無数の刀まで置かれている。

    「いいわね……お父さん、こういうの好きかしら?」
    「え、三咲ちゃんのお父さんって鎧好きなの?」
    「うん、なにかと鎧を見かけたら欲しがる癖があるの。置く場所ないってお母さんによく怒られてるけど……」
    「そりゃそうだよ、どうすんのさって話になるもん」

    ふと、光夢がハッと今の目的を忘れかけていたことに気がついた。

    「そうだった、今は夜宵を探さなきゃ!」
    「あ、そうだったわね……と言ってもどこに……」

    揃って後ろを向き、部屋から出ようとする。

    「伏せてッ!!」

    どこからとも無く、夜宵の声が聞こえ、光夢が真っ先に三咲と友美の肩を掴んでしゃがむ。頭上を何かが横切った。
    すぐに立ち上がって鎧から離れながら振り向く。駆けつけた夜宵が三人を守るよう、前に立った。

    「な、なに!?なんなの……!?」

    赤黒い鎧が宙に浮いており、その鎧の両隣にそれぞれ三本の刀が浮かんでいた。鎧と刀の大きさまで、先程とは比べ物にならないほどに大きくなっていた。

    「光夢!その三人を連れてここを離れて!!」
    「で、でも……!!そいつ相手して、大丈夫なの!?」
    「誰かが相手してでも、足止めしないといけないじゃないのよ!!」

    太刀が夜宵に向けて振り下ろされる。夜宵は服の白い布を黒い触手へと変化させ、刀を抑え込む。その瞬間、刀から眩い光が放たれたかと思えば、夜宵が苦悶の顔を浮かべ、触手が刀から外れた。

    「ったぁ……!!な、なん……でっ!?」

    今までにないほどに動揺をしている夜宵は、思わず一歩後ろに下がった。

    「や、夜宵!!一旦逃げよう!!」
    「……こんぐらい平気よ!!いいから早くあんたらは逃げて!!」

    夜宵を引き留めようとする光夢の肩を、友美が叩く。友美は至って真面目な顔をして頷く。光夢は夜宵の背中をしばらく見つめた。友美と夜宵を信じることを決めた光夢は、怯えている三咲の手を握り、その場から離れた。

    「……ったく、これくらい一人で判断できるようになったと思えば」

    夜宵は腕を押さえ、歯を食いしばる。腕から黒い煙が吹きでていた。

    「……あんた、何者なのよ……」

    鎧の怪異はなにか答えることもなく、自身の周りに六つの刀を踊らせ、夜宵に二刀の刀を容赦なく振り下ろした。痛む腕を堪えて夜宵は真横に素早く躱す。衝撃で砂埃が辺りに舞い散る。
    鎧に開いた手を向けて、攻撃を仕掛けようと炎を放とうとした時、痛みが劇的に酷くなり、思わず腕を下ろした。

    「ぐっ、マジで最悪……!なんで、あの触手だけだったはずなのに……!!」

    腕に注意を向けていた夜宵の顔目掛けて、刀の先端が鋭い音を立てて貫きにかかった。

    「……この程度だったっけか?お前」
    「……は?」

    暗くなった視界の中で刃が交わる音が響き、その直後に聞き覚えのある声が聞こえた。夜宵の前に立っていたのは、見覚えのある髪色……有希だった。

    「あんた、なんで……」
    「勘違いはするな。ここで死なれちゃあ困る。あいつ……光夢だって危ない」

    自己的な理由で助けに入ったようだったが、夜宵にとっても好機だった。
    有希は刀を弾き返して構え直す。大鎧は二人に向けて六本の刀を向けていた。

    「あぁ、そう。ようするに……」
    「今回だけは協力する。いいな?」
    「……わかったわよ。変なことはしないでよ?」
    「当然。それとだ、お前、その状態じゃあ厳しいだろ?」

    そんなことはないと強がろうとしたが、あの光景を見られては、はっきりとそうとはいえなかった。

    「夜宵、と言ったな。耳塞いで目も閉じろ!」
    「……!」

    夜宵は言われたとおりの行動を起こし、有希がすかさず服の裏から緑色の丸い物体を取りだして鎧に向けて投げた。
    閉じたにも関わらず耳鳴りもするが、鎧の方から破裂音と共に甲高い苦しむ声が聞こえる。有希が「こっちだ!」と声をかけた方向へ、夜宵は走った。


    ────────────────────
    一度、夜宵と別れた光夢たちはできるだけ離れた部屋の中へと逃げ込んで呼吸を整えた。

    「た、助かった……な、なんなのあれ、しかも夜宵ちゃんもなんか、あれ……もうなんなのよ……」

    理解が追いつかない様子の三咲が、自分たちが入ってきた襖の方を見つめる。

    「夜宵があんな状況になるの、初めて見た……」
    「光夢ちゃん、あの夜宵ちゃんの戦う姿って結構見るんだ?」
    「え?……あ、あー……ええっと……」

    もはや隠す必要が無いような気もしているが、なぜかどうにかして誤魔化そうとしてしまう。

    「とりあえず、この館から出なきゃ。出口ってあっちよね?」
    「いやいやダメっしょ!?考えなよ三咲ちゃん!夜宵ちゃんどうすんのさ!?」
    「大人の人呼んでくるなりなんなり……」
    「あれ大人でどうにかできる!?」

    かと思えば、光夢を他所に口喧嘩を始めてしまった。なだめようと取り持つ光夢の視界にふと映った、壁の隅に何重にもなって置かれている木の板がかすかに動いたような気がした。

    「……なんだろ?」

    光夢がそっと木の板に触れようとした時、大きな音を立てながら木の板が宙に浮き上がり、光夢は思わず驚いて声を上げ、腰を抜かして後ろに転ぶ。
    それに気づいた二人が、光夢のそばに駆け寄った。

    「ご、ご乱心になった状態で、う、ウチを襲うつもりだな!!そうは問屋が卸さな……って」

    震えた声を上げながら目の前に現れたのは、派手な蝶々のような虫の羽と、頭から二本の触覚のようなものが生えた小さい少女だった。
    袖も長く、服もちょっとだけだか夜宵と似ている気がした。ただ、夜宵と比べたらまだより現代と近い服装だった。服とズボンの間に見えるお腹は、まるで虫のお腹のように、言ってはなんだが少しグロテスクな形になっていた。
    しばらく互いに見つめあった後、光夢が「えっと……」と声をかける。その瞬間、少女は「うわぁぁ!!」と大きな声を上げて羽を激しく動かす。辺りに鱗粉が酷く舞い、思わず三人は目を瞑り、咳き込む。

    「な、なんっのようだ!侵入、してきた人間ッ!!」
    「けほっけほっ……!な、えっ?……あっ!」

    光夢はふと、この館に入ってきた時の足音と周りから聞いてた噂について尋ねてみた。

    「……え、ば、ばれてた?結構静かに歩いてたつもり……」
    「えっ!なんかよく聞く足音の正体ってこの子だったの!?えーかーわいーっ!」

    友美が両手を自分の頬に当てて、裏声を出した。すかさず冷静を取り繕う三咲が待ったをかけた。

    「こいつ、あの鎧の仲間とかなんじゃないの?」
    「え、こんな可愛い子が!?」
    「あんたねぇ……」

    小さな虫の少女を前にして急に盲目的になっている友美に、三咲はため息をついた。

    「そうとも言えるし違うとも言えるかな……ウチはこの館に住んでるけど……向こうも普段は眠ってるんだよ。ウチも起こさないようにここを移動してるし」
    「じゃあ、ただの、えー……っと。関係者みたいなやつなだけ?」
    「そういうことかな?つまりまあ……そうだ、ウチはキミたちの味方って思えばいいよ。……あの鱗粉撒き散らしたことについてはごめん、びっくりして……」

    それを聞いた三咲はほっと安心した息を漏らした。対し、友美は光夢の後ろでやったやったとはしゃぎ始めた。光夢はあの鎧がこちらの音を聞いて戻って来る可能性を考え、友美に落ち着くよう言いかける。

    「じゃあ早速なんだけど、私たちを出口に案内してくれないかしら?」
    「それはちょっと無理かなぁ」

    早すぎるたった一言の否定の回答に、三人は吃驚し固まる。首を横に振ってから光夢はわけを聞いた。

    「あの鎧こそ館の主だし、侵入者を逃がすわけにはいかないじゃん?もう玄関も窓も、逃げられる場所は閉まってるよ」
    「ウソ!?ど、どうしよ……!」

    絶望のあまり、三人はそれぞれ顔を見合せた。急激な静けさの中、溢れ出る殺意が表出ているかのように流れ出る冷たい風と共に、外からカチャンと音が鳴る。
    凄まじく嫌な予感がした三人は、すぐに襖から離れて壁の隅に寄り、息を殺す。
    少女も音を立てずに静かに襖を見ていた。

    しばらくして、辺りを包み込んでいた冷たい風が無くなり、音も遠ざかっていく。
    安心した三人が同時に思わず、ふぅと息をついた。ふと、あの音の正体があの時に出会った鎧だと考えた光夢へ、安心しきった心にまた不安が募った。

    「……や、夜宵は大丈夫なのかな……」

    光夢の発言に、三咲と友美ははっと気づき、息を呑んだ。

    「夜宵……って誰?」

    なぜか少女が恐る恐る光夢に尋ねた。

    「黒髪の和服をきた女の子のこと!見てない……ってここにいたら見てないかぁ」
    「黒髪……あぁー、じゃああの紫髪の人のことじゃないのかぁ……良かった」

    少女が安心しきった顔をする反面、光夢は青ざめる。それに気がついた三咲が光夢に心配の声をかける。下手に心配かけまいと、光夢はすぐに「大丈夫」と答え、平然さを取り戻した。

    「そんなに紫髪の人おっかないの?」
    「おっかないもなにも、説明もなしで急に刀を向けられたんだよ!?怖いよ!!」

    光景が想像できる分、余計に恐怖度が上がる。怪異ですら怖がる人間がこの世にいること自体、光夢にとっても恐ろしいことこの上なかった。
    横で友美も小さく「おっかなぁ……」と呟いていた。

    「そ、そんな人までここにいるなんて……」
    「……ッ!?待って!!それじゃ夜宵が危ないじゃん!!」

    気づいた光夢が大声を上げて立ち上がる。三咲と友美はよくわかっていない顔をしていた。
    そういえば、この二人はまだ、夜宵が怪異……少女と同じ存在であることは知らなかった。

    「……と、とにかく、急いで夜宵を探さなきゃ!!」
    「でも、外にはでっかい鎧まで蠢いてるのよ!?」
    「だからってここでビクビクしてる訳には───」

    三咲と口論になりかけた時、少女が両手を小さく上げ、落ち着けとジェスチャーをした。光夢と三咲はジェスチャーする少女を見た後に互いの顔をしばらく見つめ合う。

    「何のためにウチがいると思ってるんだい?安心しなよ、この館の構造は頭に入ってる、案内ならできるし、例え見つかっても安全な隠れ場所もある!」
    「おー、頼りになるじゃん!さっすがぁ!」

    えへへと笑いながら、自慢げに少女は鼻の下を擦る。

    「えっと、それで……真ん中の金髪の子が光夢で、身長の高い子が三咲……ウチを初手可愛いと言った子が友美だね!」

    それぞれの顔を見ながら、名前を同時に口に出して覚える。

    「ウチは『千里』!千の里とかいて千里!しばらくの間よろしく頼むよ!」

    フレンドリーに笑いながらウィンクを返す。光夢がよろしくと微笑んで返し、二人も続いて同じように挨拶を返した。

    「じゃあまずは、その黒髪の少女を助けにいくんだね?」
    「う、うん!場所は覚えてるけど……」
    「おっけー、安全な道を教えるからね!」


    ────────────────────
    「……いっ、つぅ……」
    「じっとしとけよ」

    有希が取り出した包帯を、夜宵の腕に巻く。煙が出ていた部分は酷い火傷をしたかのように赤く腫れていた。

    「……ねえ、有希。あんたにひとつ聞きたいんだけど」「なんだ?」
    「なんで、光夢の血を奪おうとしてんの?それどころかほかの怪異の血までさ。人間には必要ないでしょ」

    ずっと気になっていたことを聞くと、有希の包帯を巻いていた腕が止まった。

    「……そんなに気になることかよ?」
    「当たり前でしょ、それともあんた、実は怪異の仲間だっての?……とてもそうは見えないわよ」
    「……」

    有希の黄色い目が、治療していた夜宵の腕から逸れる。夜宵は一切、有希から目を離さず、赤く鋭く光る目で俯く有希を見つめる。

    「……後で話す」
    「いつよそれ」
    「いつかだ。機会があればな」

    聞けるチャンスだと思えば、すぐにはぐらかされる。強引に聞き出したい気持ちもあるが、負傷してる今、下手なことは出来ず、ただ、大人しくすることしかできなかった。

    「……それに、俺もお前に聞きたいことがある」
    「なによ」
    「お前、光夢と契約結んでんだろ?」
    「ええ、察しの通り」
    「……なんで結んだ?」

    有希の黄色い目が、夜宵の目に向けて見つめ返してきた。夜宵は目線をそらすことなく、淡々と続ける。

    「あいつを利用しない他ないじゃない。ほかの怪異が寄り付くあの体質は」
    「はん、それだけじゃねえだろ」

    夜宵の心臓の鼓動が、一瞬だけ早くなった。思わず「なっ」と声が出そうになり、ぐっと下唇を噛んで口を閉じる。

    「図星か?」
    「は、違うわよ」
    「その割には……汗、かいてるぜ?」

    夜宵はとにかく冷静さを装うように、有希の言葉に返し続けた。

    「……まあいいさ、いつの日か化けの皮が剥がれるだろう」
    「剥がれないわよ」
    「ふぅん、そうか。よく言い切れるなぁ」

    目元は見えないが、嫌味に有希はニヤけていた。

    「……よし、これでよくなったろ。試してみろよ」

    有希が夜宵の腕から手を離す。立ち上がって試しに大きく腕を回してみるが、全くと言っていいほど痛みを感じない。特に何の異常もなく、いつも通りに動かせる。

    「すごいわねあんた」
    「ずっとひとりで戦ってきたんだ、治療の一つや二つどうって事ねえよ。ほら、とっとと暴れ牛を片しに行くぞ」
    「……牛?あれ牛じゃないわよ」
    「……お前、比喩も知らねえのかよ……」

    有希の比喩に対して、よくわかってないのか真面目な返答を返す。「じゃあなんだってんだ?」と態と少し煽り気味に訊いた。

    「あいつは虫よ」

    思ってたよりも早く、淡々と真面目な顔をしてそう答え、有希は片眉を上げて疑問符を浮かべた。

    「いや、まぁ……刀が六本とかさ、言われてみりゃあ虫っぽいけどよ……」

    中身が見えず、鎧だけで動いているあの姿がとても自分が知っている虫とは違うため、どうしても有希は冗談にしか聞こえなかった。

    「……この館を散策してる時、ちょっと気になるものを見つけたのよ」
    「はん?」

    そう言うと、夜宵は袖からひとつの絵巻を取りだした。開くと、色褪せておりボロボロになっていた。弓を持つものや刀を持つもの、神社に暮らす坊主が何かから逃げ惑う姿が描かれている。その中で、夜宵はある部分を指さした。
    それは、正しく今、館を暴れ回っているあの鎧と瓜二つの姿であった。あの六つの浮かんでいる刀の柄の部分は、虫のような鉤爪でがっしりと掴んでいた。

    思っていたよりも、それらしい証拠がここにあったことで有希は真っ向から否定がしづらくなり、「そうか」と複雑な心境のまま呟く。

    突然、館の遠くから叫び声が聞こえてきた。

    「っ……聞こえた?」
    「あぁ、行くぞ!」

    襖を開けて音を聞きながら、その場所へ急ぐ。


    ────────────────────
    二本の刀をあたり構わず振り回し、四本の刀を足のように地面に刺して狭い廊下を構わず走りながら、鎧は光夢たちを追いかけ回す。
    息を切らしながらとにかく逃げ続けるが、敵は失速する気配すらもない。

    「ど、どうすんのよ、これッ!?安全な道じゃないの!?」
    「先回りは流石に予想出来なかった……!!」
    「千里ちゃん、ここら辺、なんかないの!?隠れた道とか!!」
    「そ、そう言われても四人一気に入るのは……!!」

    光夢は逃げながら、皆が助かる方法をとにかく考える。ふと、突き当たりには階段と、左右に分かれる道が現れた。現時点、具体的に今いる場所も分からないまま逃げているうちに、それを見た光夢はある作戦を思いついた。

    「……っ、一か八かだけど……!三咲ちゃん、友美ちゃん!二人はそれぞれ左右に分かれて逃げて!千里ちゃんは誰かについて行ってあげて!」

    えっ!?と光夢以外の三人がみな驚く顔をしたが、光夢の真剣な眼差しと、少なからずできることを考え、光夢を信じてそれぞれ分かれ道に差し掛かったところで命令通りに三咲と友美、光夢がそれぞれの道に逃げた。
    鎧は大きな音を立てて、中心──光夢の向かった階段方面へと進んでいく。

    「予想通りだっ……!!アンタが怪異なら結局、私を狙ってたつもりなのは、わかってるんだから!!」

    光夢が流し目で追いかけてきたことを確認し、階段を急いで駆け上がり、怪異を撒くことを優先に、二階の廊下を道なりに走り続ける。怪異は刀を振り回し、廊下の壁に傷をつけようが襖に穴を開けようが関係なく、狂瀾怒濤を体に現しているかのごとく、追い回し続ける。

    一方、友美たちは鎧が追いかけてこないことに不審がり、怯えながら階段下に近寄る。
    二階から光夢の声が微かに聞こえ、何が起きたのかすぐに察した。

    「ど、どうしよう!!光夢ちゃんが!!」
    「なんとかできないの!?」

    不安に襲われているが、何かができる訳でもない自分の無力さを責めている時、丁度よく夜宵たちが駆けつけた。

    「あんたたち!こんなところにいたの……!光夢は!?」

    友美と三咲が階段の方に顔を向けた。それを察した有希が夜宵に行くぞと声をかけ、続くように階段を上っていく。
    有希の顔を見るなり、友美の背中に隠れていた千里がひょこっと顔を出した。

    「ね、ねぇ!なにか、私たちにできることある!?」
    「え?」
    「私たちだって、黙って見てられないわよ!光夢だって頑張ってた!私達もやれるところを見せてやんなきゃ!」

    友美と三咲の表情や声色から、友人を思う気持ちが伝わり、千里は顎に手を当てて考える。

    「……!そうだ、ひとつだけある!」

    何かを閃いた様子で、千里はポンと手を叩いた。思わず二人は同時に「なに!?」とすぐに食いついた。

    「刀!刀を持ってくればいい!」
    「か、かたな?ならあそこ……」
    「友美が言ってるのは鎧のあった部屋?あそこにあるものじゃないよ」
    「えー?それ以外にあったっけ」

    人差し指で、早く浮かべと言わんばかりに自分の頭を叩きだす友美に、三咲が「あっ」と声を上げた。

    「あったわ!!」
    「えっ!?み、道とか覚えてる!?」
    「なんとなく……!こっちよ!」

    三咲はさっきまで怯えていたあの姿から一変し、とても逞しい背中を見せて来た道を引き返す。友美と千里もその三咲に続く。


    ────────────────────
    「はぁっ、はぁっ……!」

    無尽蔵なのか、実体がないからなのか、鎧は息を切らしている様子もなく、屋根裏まで来て壁においつめた光夢に、逃げられないよう睨みを利かせる。
    光夢は、もはや冷や汗なのかも分からないほどに汗が垂れ、肩で息をしながらも鎧を睨みつけた。しかしながら、光夢の足はすっかり恐怖ですくんでいる。

    兜の中から真っ赤な目を光らせ、肉を切り裂くナイフのような鋭い牙を見せびらかしながら耳をつんざくような雄叫びを上げた。

    対し、光夢は怖くない!と口に出して返すが、心の中ではもうダメかなと既に諦めていた。
    そんな光夢に目掛け、刀が振り下ろされた。

    「光夢っ!!」

    夜宵の声が聞こえた瞬間、光夢の目の前にまで迫ってきていた刀に白い布が巻きつき、夜宵が光夢の立っている場所と逆方向へ引っ張ってがっちりと抑え込んでいた。

    「……や、夜宵……!?」

    鎧の怪異が絶叫のように声を荒げ始めた時、赤い鎧に切り傷がついた。

    「チッ、さすがに硬いな……!」
    「ゆ、有希さん!?ど、どうして……!」
    「んなことはいい、そこから離れとけ!」

    有希が横目でそういった途端、怪異が刀を振り回し始め、夜宵の白い布を強引に引きちぎった。有希は顔色変えず、握っている一本の刀で攻撃を受け流す。
    光夢は腰を落としながら走り、壁際から離れて夜宵のそばに近寄る。

    「夜宵!怪我は!?大丈夫なの!?」
    「ええ、なんとか。それよりあんたこそ変な無茶して……」
    「ご、ごめん……これしか思いつかなかったんだ」
    「あんたが無事ならそれでいいわ……っと!」

    夜宵が有希の援護に回り、光夢から離れてから、怪異の背後に炎を当てて注意を引く。
    上手いこと夜宵へ顔を向け、攻撃を仕掛けてくる。

    「光夢ちゃん!!」

    光夢に呼びかける声が聞こえて振り向くと、一本の鞘に入った、少し小さめの刀を持った三咲と、その後ろに友美と千里が立っていた。

    「え、そ、その刀は何?どこから……」
    「掛け軸のそばにあった刀よ!かつてあの鎧を封じた刀だって、千里が教えてくれた!」
    「それさえあれば、きっとアイツも大人しくなるはず!」

    千里がその事を知っていることに疑問があったが、目の前で起きている事を優先し、光夢はすぐに三咲から刀を受け取る。それを見た有希が、鎧の怪異の注意を引き始めた。光夢は夜宵の名を呼んで刀を鞘ごと夜宵に向けて投げる。その時、振り向いた夜宵の目に映った、光夢の水色に輝く目が、不思議となぜかいつもより輝いて見えた。
    夜宵は飛んできた刀の柄の部分を掴み、すぐに鞘から抜く。不自然に折れたような跡がある刀身に、文字が刻まれていた。

    「……祢々切丸……なんか知ってたものより随分と小さいけど、なるほどねっ……!」

    夜宵は刀を構え、鎧の怪異───祢々の隙をじっと探る。
    有希に向けて二本の刀を同時に振り下ろす。刀を横に構えて受け止める。祢々は力で押し潰そうとして、力を加えつつ、さらにもう二本の刀で押し込む。
    有希の足が、跳ねる木片と共に音を立てて床に沈む。

    「ぐ……っ!!」
    「もう少し堪えて!!」

    有希一人に明らかな隙を見せた祢々の背後をとった夜宵は、高く飛び上がり刀を高く振り上げた。
    その気配を察知したのか、祢々がそれに気づき、赤い目の残像を残しながら振り向き、すぐに刀を夜宵に向けたが、夜宵が握った刀を振り下ろすのが、夜宵の胸を祢々の刀が貫くよりも一歩早く、兜へ刃が入りそのまま真っ直ぐ祢々の身体を真っ二つに切断した。
    祢々はもがき苦しむように刀を振り回し、苦痛の声を上げた後、黒い煙のようになって消えていく。

    そこに残っていたのは、傷一つついていない赤黒い兜と鎧、そして六本の刀のみだった。有希が赤い兜に近寄り手に持つが、もう動く様子は無かった。
    ふと、夜宵が自分の握っていた刀を見てみると、刀身がボロボロになっていた。
    気がつけば、外も既に山の向こうへ日が沈み始めていた。


    ────────────────────
    刀と、兜と鎧一式を全て元の場所へと戻し、館の玄関の戸を開けて外に出た。千里は、舘の外には出ずに見送りをする。

    「もう、下手にこんなところ来ないようにね?」
    「今回の件ですっごく身に染みました……あの夢より怖かった……いや同じくらい……」

    現実味溢れる……どころか現実とリンクしていた疑惑のある悪夢と、現実で起きた恐怖。釣り合いを取るのが難しそうな二つを、友美は天秤にかけている。

    「千里ちゃんはどうするの?」
    「ウチはこの館に居続けるよ。どうせ行く宛てもないし、それに……不思議と……今はここが、とても居心地がいいんだ」

    俯いていて良く見えはしなかったが、その時の千里は少し切なげな表情を見せていた。

    「ずっと気にしてたけどさ。あんたってここに住む……」
    「ん、そうだよ?あの鎧とおなじ怪異……ってもピンとは来ないか」

    千里は当然のような、無垢な顔で夜宵の問に答える。夜宵は目を閉じて頷いたあと、いつものような鋭い目つきから一変し、柔らかい目を見せた。

    「……ありがと」
    「どうってことないよ!」

    歯を見せて笑い、鼻の下をこする。
    ふと、光夢は周囲を見渡してあることに気づいた。

    「そういえば、有希さんどこに行ったんだろ?」
    「でも、千里ちゃんが言うほどおっかなくはなかったよね」

    有希の行動を思い返した友美がそう言い、三咲も同意して頷くと、千里が割って入った。

    「いやいやいや!ホントだよ!?」

    千里に大きく手を振る友美と、小さく手を振る光夢と三咲、そして何もせずに千里の顔を見つめる夜宵は、千里に見守られながらその館を後にした。
    その時の千里は、光夢の背中をじっと見ていた。

    「……少し怖い、けど、あの子からしか感じられなかった懐かしさと、ウチの怪異としての本能が目覚めかけた、あの感じは……」

    千里はそこまで口に出した後、首を横に振った。

    「ちょっと考えすぎかな?……多分」


    ────────────────────
    「……はぁ〜、生きた心地がしなかった……」
    「あそこ、もっかい行く?」

    まだ根に持っているのか、三咲が意地悪な顔をして友美にそう尋ねる。これに懲りたのか、友美は顔も大きく横に振り、「いかない」と何度も連呼した。

    「ち、千里ちゃんは可愛いけどさぁ……!あの化け物が出てくるのはもう勘弁だよアタシ……!」
    「ふふっ、そう?」

    三咲はすこし余裕を感じる笑みを浮かべていた。この一日で、三咲の様子が一変したように光夢は感じた。

    「……そういえば今時間は?」

    ふと思い出したかのように友美が空を見て言う。光夢はポケットから携帯を取りだして時間を見た。

    「……六時五十────」

    光夢が一の位を言う前に、友美と三咲の顔色が変わった。

    「やっば!!もう七時!?アタシ急いで帰らなきゃじゃん!!」
    「私も門限が迫ってる……!ごめん光夢ちゃん!また明日……かは分からないけど、会いましょ!!」

    二人は、自分の肩から下げているバッグの紐を握りながら忙しなく走っていってしまった。
    呆気にとられている光夢は小さく「行っちゃった」と呟いた。
    そんな光夢の後ろから誰かに声をかけられ、光夢よりも夜宵が先に後ろを向いて睨む。

    「有希、あんたこの期に及んで……」

    いつの間にか姿を消していた有希が、そこに立っていた。
    夜宵が光夢を庇うように、光夢の前に腕を出した。有希は、鞘に手を添えておらず、自分の服のポケットに手を入れており、戦う意思を無いことを見せている。

    「……夜宵」
    「なによ」
    「お前に、決闘を申し込む」

    夜宵は眉をひそめて首を傾げ、「は?」と短い疑問の声を漏らした。

    「どういうことよ、決闘なんて」
    「明日の夜、光夢をこの場所に連れてこい」

    訳を説明することなく、有希は一方的に淡々とそう続けて、一枚の折りたたまれた紙を夜宵に向けて投げる。夜宵はそれを手に取り、有希にちゃんと説明するよう求めるが、気づけばそこに有希の姿はなかった。

    「……なんなのよあいつ……」
    「それ、なんて書かれてます?」

    夜宵が開いた紙にはたった一言、『常世市、坂間高速線に来い』とだけ書かれていた。
    夜宵には何を言っているのか分からず、思わず暗号かと考えて紙をクルクル回し始め、逆さに読み始めた。

    「……そこって……交通事故があった……」
    「交通事故……?」

    なにか心当たりがあった様子の光夢がそう呟いたことに、夜宵の耳がピクりと動いて反応した。
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