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    はまち

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    はまち

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    怪異パロの本編、最終話です

    夜明け空は夕焼け空に染まり、少しずつ夜に飲まれていく。自室で買ってきた服と靴をまとめ終えた光夢は、椅子に座って机に肘をつき、空を眺めている夜宵に声をかけた。耳をピクりと動かし、光夢の方を向く。純粋な子供のような笑顔を見せていたあの顔は、いつになく真剣な眼差しをしていた。

    怪異などの気配はいつもならすぐに感じ取れるようなものでは無かったのだが、あの時、学校から感じた異質な気配は光夢ですら強く感じとれる程だった。

    そういえば、夜宵は学校に嫌な気が集まっていると話していたことを思い出した。

    「……もしかして、夜宵ってこれを予知してたの?」
    「そうね。けど……流石にここまで強いものとは思ってなかったわ」

    夜宵はふと、部屋にかけられているカレンダーを見た後、手の甲に浮かぶ星が描かれている契約の印を見つめる。

    「……思えばあんた、怪異から狙われてるのにも関わらず、無茶した時もあったわね」
    「何その言い方、今日が最後みたいなさ」

    光夢は寂しい笑みを浮かべる。

    「でも夜宵だって、言えば初めて会った時から変わったよね、いっつも勝手に行動しようとしてたのに……」
    「そんなことあったかしら?」
    「あったよ!めっちゃあったよ!?」

    思い当たる限りの具体的な事例をいくつか光夢が指折りで数えながら話すが、はて?と夜宵はわざとらしく首を傾げて惚けた。

    「で、光夢。準備は出来たの?」
    「もう滞りなく、いつでもいけるよ!」
    「わかったわ」

    夜宵は席を立ち、部屋の戸に向かってドアノブを掴んだ。

    「……ねえ、光夢」
    「うん?」

    背中を向けている夜宵が、光夢に声をかける。

    「帰ったらさ。私、あの日食べたカレー、食べたい」
    「どうだろ……母さん、作ってくれるかな?」

    夜宵の口から出たその言葉は、「無事に帰ることを約束する」暗示だと光夢は解釈し、そう返事をした。

    「楽しみにしとくわよ?」
    「えぇー……?私に言われてもなぁ……」

    強引に突き通そうとする夜宵は、ドアノブを回し扉を開いた。
    扉を開く音が、いつもよりも少し重く感じた。

    外はいつも通りの冷たい夜風が吹いている。知らない間におおよそ一週間を夜宵と共にこうして過ごしてきたはずなのに、いつもよりも強く重い緊張感が光夢を襲う。見慣れたはずの学校も、学校の敷地内に入るための校門さえも、いつもと違って見えてしまう。
    しかし、夜宵は平然と閉まった校門を開いた。どうやら、先生たちは既に校舎内にはいないようだ。

    「光夢」
    「あ、ごめん、ぼーっとしてた……」

    夜宵の声にハッとして、光夢も夜宵の後に続いて学校の昇降口に近づいた。夜中なので開いていない。夜宵が昇降口のドアハンドルに手を伸ばして掴む。

    ───何故か、開いた。普段なら、鍵は閉めているはずなのにも関わらず。
    驚く間もなく、夜宵は周囲を警戒して見渡した後、安全を確認してから光夢に手招きをする。光夢の靴の音が校舎内の廊下に響く。少なくとも学校の中では感じたことの無い静けさと暗闇が相まって、不気味さに拍車をかけていた。

    「怖ぁ……せめて、教室の電気でもつけれないのかな」
    「試してみる?」

    すぐ近くにあった教室の戸を開け、照明のスイッチを入れてみる。
    ……反応はなかった。おかしいなと思いながら、他のボタンも押してみるが、どれも反応は無い。

    「……他の教室はどうなんだろう?」
    「多分、反応無いんじゃないの?」
    「えぇ、怖い……」

    夜中の学校に忍び込むような経験もしたことない光夢にとって、暗いため先が見えないうえに、視界も幅も狭くて長い廊下は恐怖の対象でしかない。

    「……でも、教室とかそんな見て回る必要も無いと思うわよ?」

    そう言って、夜宵は教室の天井を見上げた。光夢もつられて見上げるが、特に何も無い。なにが?と質問する前に、夜宵は教室を出てその答えを言ってくれた。

    「この学校の屋上に向かうわよ」
    「……屋上になにかいるの?」
    「私の予想だとね。そこそこ遠いけど、明らかに上になにかいる気配がするのよ」

    怪異としての『勘』なのか、それとも『感』なのか。ただ、信頼出来るものなのはわかる。

    「わ、わかった……じゃあ私が……」
    「大丈夫、初めて学校に来た時に屋上まで向かうための道はわかってるから」

    光夢が見失ったあの一瞬で、どうやって屋上まで行くための道を覚えたのか知りたかったが、先へ少し進んだ夜宵がその場で足を鳴らして光夢を待っていたため、一旦その疑問は置いておくことにし、夜宵を追いかけ、階段を昇る。

    屋上前までついたが、やはり人の気配はなかった。ただ、屋上に近づくにつれ、外で感じたあの気配がより強く鮮明に感じとれた。
    それは、怨念のような、悲哀のような、そして、怪異の持つ欲望のような……様々な感情と想いが毛糸玉のようにごちゃごちゃに入り交じっているようなもので、それらが光夢の心に重くのしかかるようだった。
    様子を察したのか、夜宵が光夢の背中を撫でる。光夢がひとつ深呼吸をした後、二人は屋上に足を踏み入れた。

    一歩、また一歩足を進め、中心に位置する場所へ近づいた。その途端、地平線の向こう側から、まるでその空を上書きするように青い夜空の色が星ごと飲み込み、黄色い月も赤く染まり、不気味な紫色へと変化していく。
    見たこともないその光景に戸惑っていると、屋上が大きく揺れ始め、横から吹くはずの風が上空から強く吹き荒れた。

    ────学校が、この場所から離れているようだ。

    それを知った二人の目の前に、黒い影──これを起こしたであろう怪異が正体を表した。その姿を見た夜宵は、はっと息を呑み、一滴の汗をかいた。

    「あんた……は……」
    「え、し、知ってるの……!?」

    青いカチューシャをつけた、幼い女の子のような姿をしている怪異。怪異の周りに浮かぶのは、彼女のかつての思い出だろうか、バスケットボールや本など、この学校にまつわるもののようなものまで様々なものが浮かんでいる。右足と右手が触手のようになっており、怪異の着ている服はスーツに似ていて、インナーにネクタイをとめている……まるで光夢の着ていた学生服にそっくりだった。
    そんな怪異の姿に、夜宵は困惑と動揺を隠せない様子だった。いつもなら、関係なしに倒すような、あの夜宵がだ。光夢が夜宵と出会ってから、今まで遭遇してきた怪異たちに対する反応とまるでそっくりだった。光夢は夜宵に声をかけると、我を取り戻したようで片手で頭を押さえ、首を横に振る。

    「……ごめん、大丈夫」

    夜宵は小さい声で「気のせいだ」と何度も自分に言い聞かせた後、自分の手をぐっと握りしめ、目の前の怪異を睨む。
    怪異は白い目をゆっくりと閉じ、左手を前に突き出すと同時に目を開くと、光夢の体が宙に浮かんで後ろへ吹き飛ばされ塔屋の中へ押し戻されると、扉を閉められ、外へ出られなくなった。

    振り向いた夜宵が光夢に呼びかけるが、扉が間を隔てているようで声が届かない。光夢も口を見る限りこちらを呼びかけていたようだ。

    「くっ……!ただ、光夢がここに取り残されるよりかは幾分かマシよ……!」

    少女の姿をした怪異は、宙に浮かんで夜宵を見下ろす。紫色の空の雲が激しい突風に吹かれているようかのように動き出し、怪異の周りに浮かぶ本のページが捲られ、夜宵に向ける。
    本の中から数本ものの手が伸び、夜宵に掴みかかってくる。横に走って伸びる手を躱すが、手はしつこく夜宵を追いかける。夜宵が後ろに目を向けたその隙に、怪異は夜宵の動く先を読み、先回りをするように本から巨大な黒い手を伸ばした。目の前に広がる闇に夜宵は足を止めるが、すぐさまバク転して後ろから伸びる手と同時に避ける。大きな黒い手は、夜宵に掴みかかろうとしてきた数本の腕を握りしめると、その腕と共に黒い霧となって消えていく。着地すると同時に、呑気に背中を向けている怪異に夜宵が青い炎を放った。炎は怪異に当たる───ことなく、すり抜けて赤い月へと消えていく。

    「な……!?」

    怪異が振り向き、両手を夜宵に向けて突き出すと、怪異の背後から突風が吹き荒れる。
    息ができないほどのあまりにも強い風に、堪えている夜宵の体が少しずつ後ろに下がる。地面も何も見えない柵を後目に、白い布を杭のように地面に突き刺した。

    その光景を目にし、どうしようもできない光夢は周囲を見渡す。

    「……私でも、何か出来るはず……!」

    あの怪異の周囲に浮いている……纏っているものは学校に関わるものもあることから、学校内を一度見て回ることを考えつく。一度下に降りようとした時、ふと、夜宵の方に目を向けた。

    必死に怪異の攻撃をいなす様子を見て、届かない手を扉の前で伸ばした。が、その手を引っ込ませて自分の胸に当てて目を閉じた。

    「……大丈夫だよね。私は私なりにやれることがあるはず!」

    夜宵を信じて光夢は一度、下に降りて廊下を走る。光夢の視界の隅に映った窓は、なぜか黒く染まっていた。やく見ると、静かに蠢いている。

    「これ……まさか、怪異……!?」

    光夢はその場から直ぐに離れようとしたとき、誰かにぶつかり尻もちをついた。

    「いたた……って、光夢!?」
    「え、……えっ!?」

    同時に尻もちをついていたのは、そこにいるはずのない千里だった。目を疑った光夢は、しばらく固まっていたが、千里は翅を羽ばたかせて立ち上がり、光夢に手を差し伸べる。光夢はその手を握り、立ち上がった。

    「千里ちゃん!なんでここに!?」
    「色んな怪異がこの学校目指して動き始めてさ……変だなって思ってここに来たんだ……──ッ!光夢、壁の隅に隠れて!」

    色んな疑問を投げかける前に、千里が光夢の手を引っ張り、言われた通りに角に隠れて息を潜めた。
    すると、黒いオーラのような、霧のようなものを纏った、目がバツ印に縫われて、常に鋭い歯を見せてニヤケている大きな獣のような姿をした影が死角から現れ、垂れた太いしっぽを引き摺り、おぼつかない足で廊下を練り歩いているのが見えた。
    その異質な姿と放たれる圧迫感と緊張感に、叫び声が出そうになった光夢は、両手で口を抑えて堪える。

    影がどこかへ過ぎ去るのを待ってから、光夢は千里に問いかけた。

    「な……っ、なに、あれ……?」
    「どうやら、この建物に現れた怪異の気に誘われた怪異みたいなんだけど……その怪異の一部を探してるみたい」

    その建物に現れた怪異についてはおおよその、というよりもほぼ確実な答えが出ている。しかし、その怪異に対するさらなる疑問がここでまた生まれた。

    「一部、って……?」
    「怪異の本体が別にあるって感じ。この建物中に、見つけた限り七個ほどそれが散らばってるんだけど、ウチがいくつか見つけてきた……」

    希望が見え、ほんとに!?と大きな声が出た。千里がしっ!と人差し指を口に当てたと同時に、光夢も気づき、ほとんど意味は無いがすぐに口を塞ぐ。

    「……のはいいんだけど、ウチじゃどうしようもなくて……」
    「えっ、じゃあどうすればいいの……!?」
    「それは……『巫覡』の力があれば、もしかしたら……」
    「巫覡……」

    そう言って、千里は一本の刀を取りだした。刀の刃は淡い青の光を放っているように見える。

    「ねえ、もし『巫覡の血』を引いてたら、どうなの?」
    「え?そりゃあそれなら……」

    光夢がそう聞いてきた意図を、千里は直ぐに汲み取った。

    「……もしかして、光夢は……」
    「私、巫覡の血を引いてるんだよ!いつも怪異に狙われててすごく嫌だったけど……」
    「それなら、好都合だ!案内と危険察知は私に任せて!」

    巫覡の血を引いていた光夢は、怪異に襲われ続けて嫌で仕方なく、役に立った覚えも夜宵の囮のようなものだけだった。
    そんな光夢にとって、こうして役に立つ機会に巡り会えたことが嬉しかった。
    千里が壁に隠れ、辺りを見回す。見たところ、あの異形な怪異の姿は無い。大丈夫と頷いて、光夢は千里の後を追いかけた。


    ────────────────────
    隙を見つけては少女の怪異に攻撃をするが、手応えはない。むしろ、こっちの疲労が溜まっていく。
    しかし、怪異はそんなこと関係なしに攻撃を畳みかけてくる。どこからともなく、空から巨大な階段を召喚し、夜宵を押しつぶしにかかる。
    黒い触手を伸ばして落ちてくる階段を貫き、降り注ぐ瓦礫を蹴り飛ばす。

    ……やはり効いているようには見えない。
    突然、後ろから瓦礫が落ちて砕けるような音とは違う、なにかが潰れたような音が聞こえ、ふと周囲を見回す。

    どこからともなく現れた無数の怪異たちが、夜宵を取り囲んでいた。

    「……マジ……?」

    絶望的な状況に苛まれ、もはや笑みすら浮かんでしまう。
    よそ見をしている夜宵に左右から黒い手が伸びるが、それぞれ左右に向けて炎を放ち、追い返す。その隙をついた背後から夜宵に飛びかかってきた怪異に、勢いをつけた回し蹴りを食らわせた。

    「……くぅっ、休憩すらさせてくれないのね……」

    一人怪異が倒れたその直後、周囲にいた怪異が一気に動き出した。夜宵は触手も炎も腕や脚技も、使えるものはとにかく使って必死に追い返す。
    疲れが見え始めた夜宵に、少女の怪異が攻撃を仕掛けた。ほかの怪異に気を取られていた夜宵の腕に、黒い触手が貫いた。
    激しい痛みで呻き声を上げ、怯んだその隙を、周囲の怪異が襲う。
    夜宵の口から「あ……」と全てを悟った声が漏れた。


    「……そんな程度だったか?」

    聞き覚えのある声と同時に、大きな爆発音とともに激しい熱風が包み込む。
    夜宵の目の前に、どこからともなく一人の人影が降りてきた。

    「……ったく、こんな無茶すんなよ。言ったろ?」

    帯刀から、銀色の刃を煌めかせて刀を取りだし、見覚えのあるようで、その時よりも少し優しくなったような黄色い眼差しを夜宵に向けた。

    「『お前たちに何かあったら、すぐに飛んでくるからな』ってさ」
    「……有希、あんた……」
    「……動けるか?」

    有希は、少女の怪異から視線を決して離さずに夜宵に声をかける。
    深く深呼吸をし、震える手を握りしめて赤い目を光らせた。

    「ええ、勿論」
    「無理はすんなよ?」
    「それくらい、わかってるわよ」

    二人はそれぞれに注意を分散させるように左右に動く。怪異は二冊の本から黒い触手を伸ばし、攻撃を仕掛ける。夜宵はジグザグに躱し、有希は刀で伸びる触手を斬りながら怪異に近づき、有希が刀を振り上げて飛びかかる。怪異の背後から浮かび、回転をかけながら勢いよくバスケットボールが飛んでくるが、夜宵が炎を放ち弾き飛ばし、有希が怪異に向けて刀を振り下ろした。やはり、怪異の体をすり抜けてしまう。

    怪異は本から隙だらけの有希に向けて黒い炎を放つ。有希の体に白い布が巻き付き、夜宵が自分の方へと力強く引き寄せて炎を躱す。

    「危ないところだった……ありがとな」
    「どうってことないわよ。それより……やっぱ効果ないのね」
    「一体どうなってんだ、あいつ……」

    どれだけ攻撃しようが、少女の怪異は平然としている。周囲には怪異の群れもまた現れ始め、少女の怪異が再び攻撃を仕掛けようとした時、硝子のようななにかが割れたような音がすると同時に、怪異が怯んだ。
    その隙を見て、有希はすぐさま服から銃を取り出し、トリガーを引いて銃弾を放った。銃弾は少女の怪異の腕にぶつかると、真っ黒な血のようなものが吹き出た。確実な手応えを感じた。

    「き、効いてる……!?」
    「わかんないが、何をすべきかはわかった気がする……夜宵、とにかく耐えるぞ!!」
    「わ、わかった!あんたの言うこと信じるわよ!?」
    「ああ、きっと大丈夫だ。任せろ!」

    振り向きざまに有希は銃を向けて弾丸を放ち、背後から襲いかかってきた怪異の頭を撃ち抜く。少女の怪異の周りに黒い靄が現れ、先が鋭くとがった鉛筆を雨のように乱射する。取り囲む怪異を相手にし、背中を向けている有希の前に夜宵が立ち、白い布から伸びる黒い触手が壁になり身を守る。
    触手の壁にぶつかり折れた鉛筆の芯があちこちに飛び交い、少しでも隙間があれば目に入ってしまいかねない。夜宵の後ろから湿った布を叩くような音と、銃撃の音が聞こえる。
    互いに背を向けあっている二人に、大きい影が覆いかぶさり、上を見上げた。学校内にある机や椅子などを一纏めにしたものが、上空から降り注ぐ。「伏せろ!」と有希が声を上げ、夜宵は決して今の防御形態を解かずその場にしゃがみ、有希が上着から手榴弾を取りだし、振りかぶりざまに歯でピンを抜き、ガラクタが落ちてくる上空に向けて投げる。激しい爆発音と共に残骸が降り注いでくる。いくつかの残骸は怪異の上に落ちて押し潰す。

    それらの音によってかき消されていたが、触手の壁に弾かれていた鉛筆の弾丸の音が聞こえなくなったことに気がついた夜宵は、防御を解いてすぐさま両手から炎を放つ。常にその場で平然と立っていたはずの怪異は、その攻撃を避けた。
    当たらないなら避ける必要も無い。夜宵はこれをチャンスと捉えた。

    「有希、あいつに攻撃当たるわよ!」


    ────────────────────
    光夢と千里は、彷徨う獣の怪異に見つからないように学校の廊下をくぐり抜け、目の前にある教室の扉を千里が開けた。
    教室の中心に、明らかに不自然にある赤い光を放つ球体が浮かんでいる。

    「これが、もしかして怪異の一部?」

    二人がそれに近づくと、光夢の握っていた刀が青く光り始め、強い反応を示した。何をすべきか察した光夢は、刀を振りかぶって、青い残像を出しながら刀を勢いよく振り下ろす。
    球体は黒い血のような液体を吹き出すと、こもった叫び声のような音を放ちながらドロドロに溶けて消えていく。

    「こ、これでいいんだよね……」
    「うん、大丈夫。あと六つ……ッ!!あいつが来る!隠れて!!」

    千里があの獣の気配を感じとった。二人はすぐそばにあった教卓の影に隠れる。誰かが入ってきたようで、足音が聞こえてきた。足音は出入口の教室の扉の前で止まると、少しずつその足音は遠のいていく。
    千里が顔を出して安全を確認する。光夢も半分だけ顔を出して様子を伺った。ふと、過ぎ去っていくその獣の背中が見えた。……目の錯覚か、光夢には二本生えているように見えた。

    「……あいつも、多分見つけたみたい」
    「だ、大丈夫なの……あれ」
    「少なくとも、あいつより先に壊さないといけないかも……嫌な予感がする」

    他でもなくあの獣と同じであろう怪異の言うこと。光夢は刀を強く握って立ち上がる。

    「行こう……!出来るだけ早くやらなきゃ!」
    「うん!」

    煌びやかな翅を動かし、千里は教室の扉を静かに開いた。獣の姿は既になく、すぐに光夢を呼ぶ。暗い廊下を静かに、かつなるべく素早く移動して光夢は千里の後に続く。突然、なにか気配を感じとったのか千里がその場に止まって壁に隠れる。光夢も同じように隠れると、人の姿をした黒い怪異が現れ、すぐ前にある教室の扉へすり抜けて入ろうとした。
    千里が小さく「あ」と声を発した辺り、そこに目的のものがあるのは間違いなかった。

    怪異が扉の先へ消えていこうとしていたその時、その怪異に向かって曲がり角の死角から、あの獣が豪快に飛びかかり頭に食らいつこうとした。怪異も必死にもがき抵抗している。
    幸い、獣は襲った怪異に無我夢中でこちらに気がついていないようだった。しかし、ここにいるのは危険と本能が察知した二人は、すぐにその場を離れて階段を駆け上がる。

    「はぁ、はぁ……!な、なんだったの今のは……!?」

    下の階からはあの獣の鳴き声のような、おぞましい声が聞こえてきた。

    「あの怪異も、狙ってたのかも……!だからあいつが飛びかかって……」
    「……私達も、なるべく慎重に動かないとやばいかな……」

    あの光景を見てしまったことで、より二人の緊張感が張りつめる。ふと、上の階から壁を隔ててこもった爆発と共に、なにか大きなものが降り注ぐ激しい物音が聞こえてきた。天井から砂やホコリが落ちてくる。

    「……夜宵……」

    大丈夫と、あの時に信じてここに降りてきたが、またも不安か過ぎる。光夢は頭を横に振り、ふぅと小さく息を吐いた。

    「大丈夫……?」
    「うん、大丈夫。ここでちょっとぐらい、役に立って見せなきゃ!」

    あそこにあったであろう怪異の一部は、きっと獣に取られてしまったに違いない。下の階から聞こえてきた音は聞こえなくなった。上の階からはまだ激戦を繰り広げる音が聞こえている。
    夜宵は、まだ戦っている。

    「……ここにはなかったから、一度降りなきゃ」

    慎重に階段を降りてあの獣が怪異を襲った階を通過し、さらに下に降りた。千里が周囲を確認し、また同じように光夢が千里の後に続くと、廊下の突き当たりにある部屋の扉を開けた。その部屋の中心に、同じような球体が浮かんでいる。
    その部屋を見た光夢は、あることを思い出して立ち止まった。

    夜宵と出会ってすぐの出来事。先生の首が斬られて落ちたあの光景。心臓の鼓動が早くなる。

    「……大丈夫、大丈夫。終わったことなんだから」

    ひとつ深呼吸をして、もう気を取り乱さないと気持ちを落ち着かせ、心配の目を向ける千里に微笑みかけ、刀を握り球体へ近づく。
    球体からは誰かの声が聞こえてくる。それも、沢山の子供のような声で、悲痛な叫び声をあげているようだった。思わず光夢は、刀を振り上げた途端に一瞬、躊躇ってしまうが、意識しないように目を閉じてその刀を振り下ろした。確かにそれを斬った感触と共に、その声はピタリと止んだ。
    千里が光夢の背中に手を添えた。大丈夫だと言い聞かせたのにも関わらず、やはり心は正直なようで表情に出ていたようだった。

    「……ッ!危ない!!」

    バッと振り向いた千里がすぐさま光夢の背中を押した。背後から空を斬る音と共に鋭い風が舞う。急な出来事で前に転けそうになった所を千里が支え、振り向いた。

    ───気付かれてしまった。
    自分たちよりも幾分大きい獣は、静かに足音を鳴らしてにじり寄り、黒い爪を振り上げた。
    光夢はすぐ横の教室の扉目掛けて走り出した。千里も翅をはばたかせて光夢の後に続く。すぐ真後ろで爪が振り下ろされ、床を強く叩きつける音が聞こえた。走りながら振り向くと、獣が鋭い歯を見せて全速力で追いかけてくる。
    長い廊下の途中にある曲がり角を曲がり、獣は急ブレーキをかけたため少し出遅れたが、構わずまた光夢を追いかける。階段を駆け上がり、また曲がり角を曲がり、なんとか獣を撒こうもするも、どこまでもしつこく追いかけてくる。
    少女の足と四足歩行の獣の走る速度。圧倒的に不利な状況に追い込まれてる中、光夢の体力も限界が近い。ふと千里が獣の方を振り向いた。

    「しつこい、ってのッ!!」

    千里が翅を激しく羽ばたかせて鱗粉を撒き散らした。黄金色に光る鱗粉は、獣の鼻や目に入り、呻き声をあげて足を止める。その隙に、光夢たちはとにかく距離を離すために走った。

    「────ッ!行き止まり……!!」

    すぐに引き返そうとした時、獣が激しい足音を立てて走り、光夢たちに口を開き鋭い牙を見せて襲いかかり、光夢に食らいつく。
    ─────その寸前で、獣の動きが止まった。

    「全く厄介なことになったものじゃなぁ」

    久しぶりに聞いたような声が聞こえ、二人の前にいつの間にか立っていた小さい狸が獣を睨みつけていた。

    「え、な、なんでここに……!?」
    「そらここまで怪異の気が固まって居ればなぁ。わしも何かおかしいと思って様子を見に行ってしまうわけじゃよ」

    獣は唸り声を上げている。その獣よりも遥かに小さいはずの狸は全く臆せず、呆れたようなため息をつく。

    「お主もしつこいのう……さあ、ここは儂に任せなさい。お主らは屋上へ向かいなされ」

    その狸の背中はとても大きく見えた。二人は狸の言葉を信じて、動きを止められた怪異を避け、言われた通りに屋上をめざして進む。


    ────────────────────
    少女の怪異の開く本から黒い手と触手が同時に伸び、小さい紙からはトランプに描かれているマークが飛び交う。
    有希と夜宵は刀と触手を振り回し、襲い来る攻撃を全て防ぐと、少女の横にある黒い本から鉈を持った、見覚えのある男の姿をした怪異が飛び出し、有希に襲いかかってきた。
    守るように刀を横に構えて、振り下ろした鉈を受け止めて身を守る。有希にしか目を向けていないその怪異の背後に回った夜宵が、怪異の脇腹目掛けて回し蹴りを食らわせると、首をねじ切り、頭が空中に飛び上がり、牙を尖らせて今度は夜宵に襲いかかってきた。刀を構え直した有希が飛び上がり、軸が重なったところを叩き斬り、黒い血が飛び出て真っ二つに割れた頭が落ちて、地面に溶けていく。

    ふと、背後から気配を感じた夜宵がしゃがむとその頭上を黒い触手が伸びていき、振り向きざまにアッパーで怪異の顎を砕く。その怪異の背後からナイフを持った女の怪異が飛びかかって斬りつけてきたところを、夜宵が上に跳びあがり、その怪異の背中を強く踏み付けた。更に畳み掛けるように背の高い女の怪異が夜宵に大きな腕で掴みかかるが、素早く夜宵が片手から怪異の顔めがけ炎を放ち、そのまま崩れ落ちるように地面に溶けた。
    ふと夜宵が踏みつけたため真下にいる怪異に目を向けたとき、上半身がちぎれて腕だけで動きだし、夜宵の周りを残像が見える勢いで走り出して翻弄する。
    目測で炎を放った夜宵の隙をつき飛びかかったところを、有希の放った銃弾が頭を貫いた。

    「あ、危な……」
    「こいつで借りはなしだ───ッ!?夜宵!後ろだ!!」

    怪異たちの波状攻撃を凌いだと思ったその瞬間、夜宵の背後から大きな手が夜宵に掴みかかり捕え、そのまま空へ浮かぶ。
    刀が届かない距離に行かれて有希が銃を構えた時、死角から鏡が現れ黒い巨大な握り拳が有希を突き飛ばした。鈍い音と共に口から血が飛び、刀と銃を落として俯いて柵にもたれた。

    「有希ッ!!」

    夜宵のすぐ横から鏡が現れ、見覚えのある白い男が顔を出す。

    「ぐ……ッ!!なんで、ここに……」

    ニヤリとほくそ笑むと、黒い手が夜宵を強く握り始め、軋むような音が聞こえた。
    ふと、夜宵の視界になにか黒い影が通り過ぎると、突然横から誰かの声が聞こえたとほぼ同時に苦しむ声が聞こえ、拘束が解かれた。男が必死に目を擦っており、その男のすぐ目の前に虫の羽が生えた少女が飛んでいる。。

    「千里……!なんで、ここにいるの……!?」
    「な、なんとか間に合った……ッ!!」

    夜宵の無事を確認する間もなく、少女の怪異が千里の背後を取り、本から飛び出た巨大な手が千里を襲う。影が覆いかぶさったため気づいた千里がすぐに振り向き、大きく下へ叩き落とそうと振り下ろした手を避けるが、またその背後から振り下ろされた手は避けれず、硬いコンクリートの地面にたたきつけられた。
    少女がふと夜宵の方に目を向けた時、夜宵の姿はどこにもなかった。
    困惑してあちこち見回している少女の怪異の後ろから、ヒビだらけの鏡がとんでもない勢いで飛んできて振り向く。

    「もう遅いわよ!」

    一人になった少女の怪異の体と腕にに三つの白い布が巻きつく。抵抗しようと引っ張っているが、ビクともしない。夜宵が布を掴んで力強くこちらへ引っ張り返した。
    拳が届くその距離まで来た時、青い炎を纏った拳が少女の怪異の体を貫いた。


    ────────────────────
    ねえ○○!やめて!!

    ────誰かが橋の前で、名を呼んで呼び止める声がした。

    うるさい!アンタに何がわかるのッ!!

    ────呼び止めたその誰かに、女の子は怒鳴った。

    生まれてくるのが間違いだった!この世界に、幸せなんてどこにもない!!

    ────女の子は続けてそう吐き捨てた。声は酷くかすれていた。

    私はあなたの友人なんだから、もっと頼ってよ!!

    ────誰かは涙を流して訴える。

    もうなにも聞きたくない!!お母さんもお父さんも、誰も私を救ってくれなかった!!見捨てた!!アンタも!アンタだって!!どうせそうでしょ!!

    ────血走る目で女の子は激しく訴える。

    欲しいものを買い与えて貰えないからって!会話の輪にも入れないからって!!本当は、裏で私をバカにしてるんだ!!

    ────誰かは違うと訴えた。女の子は、もういいよと全てを諦めたような声を放つ。

    さよなら。

    ────女の子は、片手に持ってた銃を自分の頭に突きつけて、引き金を引いた。女の子は、耳や鼻……穴という穴から鮮血を流して、橋の下に落ちた。誰かは名前を叫び、夜空の下で大声で泣いた。
    ────────────────────
    黒い血が、雨のように降り注いだ。夜宵はその場で立ち尽くしてその血を浴びる。

    「夜宵!!」

    後ろから光夢の声が聞こえ、振り向いた。光夢が刀を地面に置いて駆け寄り、夜宵に抱きついた。
    虚ろな目をしていた夜宵も、目に光を宿して抱き返した。

    「よかったぁ……無事で、良かった……」
    「なに勝手に私の心配してんのよ、ったく……お互い様よ」

    千里や有希も、痛む部分を押さえながらも二人に近寄る。光夢はこの場に有希がいることに驚き、腕を夜宵から離す。

    「言ったろ?お前たちに危険が及んだらすぐに飛んでくるってな」
    「ほんとに飛んできたのよこいつ、意味わかんないわよね」

    それは夜宵が言えたものかなぁ、と訝しむ光夢は夜宵の顔を見つめた。

    「……っ!?待って待って!!」

    千里が有希の顔を見ると急に怯えだして、光夢の後ろに隠れた。訳も分からず怖がられた有希は首を傾げる。

    「……あ、そういえば……」

    光夢は有希が問答無用で千里に襲いかかってきたことについて話した。有希は顎に手を当てて、しばらくして思い出したようで「あ!」と声を上げた。

    「あー、あれはな……すまん」
    「有希さん、悪い人じゃないから大丈夫だよ」
    「え?ほんと?」
    「油断してたら後ろから斬られたり……」

    夜宵の悪ふざけに千里がまた怯えて顔を引っ込めた。こら!と光夢が夜宵に注意するが、反省の意図なしと捉えられるように顔を背け、有希が必死に自分の無害さをアピールする。

    突然、夜宵の体が白い光に包まれた。その場にいる全員が夜宵に注目した。気づけば紫色の空も消え、太陽の光が山の向こうから顔を出していた。

    「……あーあ、そっかぁ……」

    全てを悟った声を吐いて、はははと乾いた笑いをあげた。光夢は背を向けた夜宵に声をかけて手を伸ばした。

    「……行っちゃうの?」
    「うん」

    寂しそうに震える声が夜宵の後ろから聞こえた。どんな言葉が返ってくるのか、夜宵の頭の中で予想を立てる。

    「……そっか」

    意外に少し淡白な返答だった。思わず、夜宵は振り返る。光夢は握り拳を作り、俯いて涙を耐えて震えている。

    「また、また一緒にいられるよね……」
    「……ちょっとやめなさいよそれ」

    無理に笑みを浮かべた夜宵だったが、光夢の目から堪えていた涙をうっすらと浮かべて一滴零れ落ちた。夜宵の目からも涙が溢れはじめ、唇も小刻みに震える。

    「……肩、貸しなさい……」

    そう言うと、夜宵は光夢に自ら抱きつき、光夢からは絶対に今の顔を見られないようにした。それでも、夜宵の泣いている声が耳に入る。
    光夢も夜宵に抱きつき、ボロボロと涙を零しながら嗚咽を漏らした。

    「……光夢……あんたのおかげで、ほんとに、楽しかったわ……あんたは……私の、私にとって……最高の友達よ」

    聞こえてなくてもいい。
    ありがとう。

    消えゆく間際、夜宵は最後にそう告げて光となり、太陽の向こうへと暖かい風に流されて消えていく。
    光夢は何も無い空虚を抱きしめたまま、膝から崩れ落ち、感情が抑えきれず大きな声で泣き叫んだ。溢れる涙はコンクリートの床に零れ落ちて消える。
    有希と千里は、静かにそれを見守っていた。


    気が済むまで泣き続けた光夢は、気がつけば自室の天井を見上げていた。体を起こしたが、夜宵の姿はどこにもなかった。
    夢でも見ていたのかと思っていた光夢は、下の階におりて母親に話を聞いてみることにした。

    「あら、起きてきたのね。一日中寝てたみたいだったから心配だったけど……さっき礼儀正しい青年が貴方を背負って連れてきたの」

    有希のことだろうか……ならば、夢じゃない。夜宵は空の彼方へ消えたんだ。

    「あの子、優しいのね。なるべくそっとして、あまり無理に起こさないであげてって……」

    母がそう続けてる中、また涙が零れそうになったが、指で目を拭い「そっか」と母に返した。娘をよく見ているのか、母親は光夢に心配の声をかけた。

    「なにかあったの?」
    「ううん、大丈夫。ありがとうね」

    ちょっと外の空気を吸ってくる、と伝えて光夢は外に出た。
    普段の生活に戻った。そんなはずなのに、心にぽっかりと隙間ができたような気分で落ち着かない。光夢は自分の手の甲を見た。
    ……契約の印は、跡形もなく消えていた。

    「……そりゃあ、そうだよね」

    光夢は気分転換に、商店街にある小さな遊園地へと足を進めた。その途中で、夜宵と出会ったあの森が視界に映って、初めて出会った時のことを思い出した。

    「……あの時はすごく強引で、正直……なんだこいつ?って思ってたなぁ」

    懐かしさと同時に切なさも伸し掛る。首を横に振ってなんとか忘れようと試み、少し駆け足気味で向かった。
    デパートに入り、エレベーターに乗り込んで屋上を目指す。

    到着を告げるチャイムが鳴り、光夢は遊園地に足を踏み入れた時、パーカーを着た誰かと肩がぶつかりすぐに謝った。

    「あ、す、すみませんっ!」
    「ちゃんと前を向いて歩きなさいよ。全く、気をつけなさい」

    光夢はため息をついてやらかしたと反省していた時、ふと、ぶつかったその人物の服装を思い返した。
    あの日、まるで夜宵に着せたあの服と同じだった。それどころか、髪色も背丈も同じだった。思わず、光夢は振り返って「夜宵」と呼びかけそうになるが、いなくなったことを思い出して人違いだと解釈し、観覧車へと向かう。

    ───ばぁッ!

    無邪気な可愛らしい声と共に、光夢の背中に何かがのしかかってきた。驚いて少し大きめな声が出た。

    「あんた気づかなかったの?」
    「───え?」

    素っ頓狂な声が光夢の口から飛び出た。背中が軽くなり振り向いた。さっき肩がぶつかった女性が腰に手を当てて立っていた。
    光夢は、確認のために名前を呼んだ。

    「……夜宵?」
    「やっと気づいたの?あんたがこの服を着せてきたくせに、確かにあの日は着てなかったけどさ?」

    ひとつ息をついた後、いつもの聞き馴染みのある声でまた長々と話を続けた。

    「正直、なんの悔いもなしにこの世から去れたと思ってたから、まさかこうして戻ってくるなんて思ってなかったわ。まあ確かに生まれ変わるとかなんとか聞いてたけど、こんな感じなのね怪異が人間に戻る気分って、転生に近いのかしらね。いやでもなんかまだ力が……って光夢?」

    黙りこくっている光夢に、夜宵が手を伸ばしたその瞬間、光夢が夜宵の胸に飛び込んでまた泣き始めた。

    「本当なんだよねッ!?本物、本物なんだよねッ!?夢じゃないよね!!あの時みたいにつねって!!」
    「な、なによびっくりした……夢じゃないわよ。こうしているんだから」

    夜宵は優しく光夢の頭を撫でた。

    「しっかしまぁ……真人間に戻れはしなかったわね。私」
    「え?」

    涙を浮かべたまま、夜宵の顔を見上げる光夢の顔を見て思わずクスッと笑った。

    「なんて顔してんのあんた?」
    「いや、だって……どういうこと?」
    「そうね……ちょっと離れてもらえる?」

    光夢は夜宵から腕を離し、言われた通りに距離を離す。夜宵が指を鳴らした時、青い火の粉が舞う。気のせいかと目を疑う光夢に、今度は手のひらに炎を浮かばせて見せた。
    夜宵は顔が歪んで「アチッ!」と声を出して、すぐに炎を消す。光夢はぱちくりと目を丸くした。

    「え!?ど、どういう……!?なんで!?」
    「私が知りたいわよそんなの……でも何となく察しはついてんのよね」
    「え?」
    「怪異の欲望は大抵、人間に戻りたいなんだけど……本来なら多分、それが元になって人間になれるはずなのよね……だけど……」

    光夢の母親の口から語られた、光夢の過去。そして、母親が放ったあの言葉。

    ─────夜宵ちゃんさえよければ、これからも一緒にいてあげてね

    これがきっと、自分の欲望と気持ちの変化を生んだことでこのようになったのだろうと、ただの仮説だが夜宵はそう考えた。あれ以来、狸も姿を見せないため、本当の理由も知らない。
    しかし、訳を話そうとした時に、なぜか急に照れくさくなった夜宵は「なんでもない」と顔を背けて言った。気になって仕方がない光夢が、夜宵に問いかけたが、夜宵は話を逸らした。

    「さ!これからなにしよっか!」
    「いやちょ、聞かせてよ!?なんで!?」
    「有希か千里でも驚かせにでも行こうかしらなんて!ほらほら、まずは千里のいる屋敷にでも向かうわよ!!」
    「あっ!だから先行かないでって!!あと有希は多分ダメだよ!?そして察しついたって言ってたこと教えてよ!?」

    構わずエレベーターに先に乗り込む夜宵の後を追いかけた。光夢が何度も聞くが、夜宵の口は閉ざされたまま。しかし、光夢にとって気になりはするが、些細なことでもあった。
    またこうして、夜宵と一緒にいられることが嬉しくてたまらなかった。


    光夢の体を巡る巫覡の血は、昔は嫌で仕方がなかった。しかし、今となってはその血がこの出会いを生んでくれた。
    光夢は、巫覡の血を持っていることを今となっては誇りに思っている。

    商店街の外に出て、適当な場所をぶらついている時、光夢は足を止めて夜宵に声をかけた。

    「……ねえ、夜宵」
    「なによ?」
    「……これからも一緒にいてくれる?」

    振り向いた夜宵は、光夢に手を差し出して微笑む。今までずっと隠れて見えなかった綺麗な赤い目が、風でなびいた髪の毛の隙間から見えた。

    「もちろんよ、契約とかそういうのはもうなしでね」
    「───うん!」

    光夢は元気よく返事を返して頷き、夜宵のその手を握り返した。
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