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    はまち

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    はまち

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    怪異パロの五話目です。文字数やばくて草なんだ

    第五夜有希の口から出た決闘の申し出と果たし状とも言える場所を記された紙を持ち帰り、光夢は家からその場所までの道のりを携帯の地図アプリで調べる。
    ふと、夜宵が忙しそうな光夢に聞いてきた。

    「ねえ、交通事故って何の話?」
    「交通事故?……ってあぁ、道路で起きたやつのことね。聞く?」

    光夢は携帯を一度、自分の座っているベッドの上に置いて、夜宵の顔を見た。いつも通りの鋭い目をしていた夜宵は無言で頷いた。

    「……昔、と言っても今からおおよそ三ヶ月ぐらい前かな?一台のバイクがソアラにぶつかって、大きな事故が起きたんだ」

    坂間高速線は、名前で書かれている通り高速道路。ここ、古川市と常世市を繋ぐ道路でもあり、ここから隣県へ行くことにも使う、まあまあ便利な道路。もちろん、仕事などでそこを使う人もいたものの、ここ、二葉街は小さめな街なので車を使う人はほとんど居ない。
    そのため、二葉街出身の人にとっては些細なことでもあり、度々、ここと違う県や国などのニュースで耳にする交通事故も極端に少なかった。

    そんなある日のこと、二人乗りだったバイクが事故を起こしたとニュースになった。そして、その事故が起きた場所が、坂間高速線だった。
    その事故により、バイクを運転していた男性一人が負傷し、病院へ搬送された。車の運転手と、バイクに跨って二人乗りをしていた方の女性がその場で亡くなったそう。
    他の県や街ではそれほど話題にはならなかったが、古川市と常世市───特に古川市にとってはその話題で持ちきりだった。
    咎めていたのは、当然二人乗りの方だった。

    「……とまぁ、ざっとはこんな感じかな」

    長々と話を続けていて心配になった光夢は、「大雑把には理解した?」と聞いてみた。

    「……高速道路ってそんな事故が起きやすいの?」

    思ってたよりも真剣に聞いていた様子で、光夢は思わず目を丸くした。

    「う、うーん?どうなんだろ。統計とか調べたことないし……」
    「……ちなみにさ、あんたは二人乗りについてどう思ったの?」
    「いや危険だし、危ないでしょ!?」

    当然ながら、光夢も咎めた側だった。これが『光夢の回答』なのか『世間の回答』なのかによって、意味が大きく変わってしまうが……

    「だってね、この事件以降は誰も彼も極端に車を乗ることを嫌がったり、二人乗りについてすっごい嫌悪感示すようになったんだからね!」

    その後に光夢は、移動が不便になったと一人で文句を呟いた。この一件が余程、影響して光夢たちにも響いているのが夜宵に伝わった。

    「……だからあんた、あんなに遅刻しそうになっても走ってたの?」
    「ん……?え?あ、うん!そうだよ!えっへへへ賢いなぁ夜宵ってば!!」

    下手に誤魔化そうと最後のわざとらしい笑い方も相まって、自分から墓穴を掘り始め、考えてもいなかったことを自ら暴露している。深く詮索はせず、夜宵は次の質問へ移った。

    「結局、その道路とかバイクとソアラ?ってどうなったの?」
    「しばらく道路は封鎖されたってさ、常世市にいる人はもう大反発だったよ、『極端がすぎる』って。でも古川市に住む人は普段、車使わないしいいだろって判断らしいよ」
    「いや……極端というか……うーん?」

    夜宵でもわかるような、変なモヤモヤが残る。

    「車は何故かわかんないけど未だあそこにあるんだ。近づくと酷い頭痛に悩まされる〜だとか、気づいたら道路とは違う場所になっていた〜だとか。一時期、その話題性があってか……バラエティ番組にも取り上げられてたよ」

    光夢が自分でバラエティという単語を出した時に、少し言葉に詰まった後、表情をしかめていた。嫌悪感を示していたように感じる。

    「……あんたバラエティ嫌いなの?」
    「嫌いってか、あれって故人がいるんだよ?それを面白おかしく取り上げるなんて……」

    極端に嫌っているようにも見えるが、光夢には怪異が見える以上、そういう意識も無意識に働いてしまうのかもしれない。夜宵は下手な発言をしてしまえば逆鱗に触れるかもしれないと考え、あまりこういった話題はしないようにしようと誓った。

    「でもちょっと意外だね……夜宵ってこういうの気にするんだ」
    「まあね、知っといて損は無い話だったし……それで、そのなんたら高速線ってどう行くつもり?」

    話が一段落した夜宵が、次の話題へと進める。光夢はベッドの上に置いた携帯を持って、開きっぱなしの地図アプリで距離と時間を調べた。

    「……十五分近く歩けば着くみたい」
    「えぇ、長くない?自転車使わない?」
    「ダメだよ二人乗りになるじゃん!」
    「最悪、私走るわよ?……あ!あんたを運んでいけばいいじゃない!そうしましょ!」

    いいことを考えたと言わんばかりに、ニカッと歯を見せた、今まで見た事ないような笑みを見せ、ガッツポーズまでしてそう提案してきた。
    一瞬、なるほどと口に出しかけたが、ふとこの間の夢のことと、初めて夜宵と出会った時に現れた怪異のことを思い出し、その考えはあっという間に頭の中からすっぽ抜けた。

    「……やめよう?いや、やめましょう?」
    「は?なんでよ」

    当然ながら、画期的なアイデアを浮かべたと考えた夜宵は、相方から納得のいかない回答が返ってきたことに顔をしかめる。

    「いやほら……通行人がさ、危険じゃん?」
    「そんくらい避けるわよ」
    「えー……あっ!角!曲がり角から出てきた人!!危険だよ危ないよ跳ね飛ばしたらタダじゃすまなくなる……かもだよ!!!」

    なんとかこの考えをやめさせるべく、通行人を引き合いに出した。

    「いやだから、避けれ───」
    「やめよう!!ねっ!?ねっ!?」

    光夢はベッドから転げ落ちるように夜宵に迫り、圧までかける。光夢から感じたことの無いようなその勢いに気圧され、少し引いた夜宵は、わかったわよと小さな声で答えた。
    それを聞けた光夢は、簡単に夜宵から離れてほっと一息ついた。

    「……怖っ……」
    「え、なにが?」
    「なんでもない」

    ふと、下から晩御飯の準備が出来たと母が呼ぶ声が聞こえた。ここ最近、いつもの様に気だるさと疲れが光夢に襲いかかってきているのもあり、何かを考えようとすると脳が拒絶してしまうのもあり、一先ず今日は、晩御飯を食べてお風呂に入って、明日に備えることにした。


    ────────────────────
    「───きろー、おーい……」

    真っ暗な視界の中、耳元から声が聞こえてきた。
    いつの間にか眠っていたようだったが、まだ眠りたい光夢は、小さい唸り声を上げて自分の枕に抱きつき、顔を埋めた。

    「……もう、起きろっての。もう昼時?」
    「……んえ?」

    間抜けな声をあげ、重い瞼を擦りながら携帯を確認した。驚きのあまり、眠気が吹っ飛んだ。

    「えっ!えっ!?私そんなに……」
    「ええもう、そりゃぐっすりよ。寝癖もすごいし」

    ニヤケながら光夢の頭を指差す。自分の机の上に置いてある手鏡で髪型を見た。
    長い髪の毛が見たこともないぐらいボサボサになっており、思わず髪の毛を両手でぐちゃぐちゃにして誤魔化そうとした。直らないどころか余計に酷くなった。

    「ちょ、ちょっと寝癖直してくる!!」

    光夢は急いで扉を開けっぱなしにしたまま部屋を飛び出した。ドタドタと足音が響く中、母親と挨拶を交わした声も一緒に聞こえてきた。

    「慌ただしいわねあいつは……」

    戻ってくるまでの退屈しのぎに、夜宵は光夢の部屋にある本を一冊取りだした。どこかの国の、貧乏家族のお話について書かれた小説だ。
    以前にもこの本は読んでいたため、もう一度読む機会もあることを考え、きちんと栞も挟んである。

    「……ああそっか、自分と同い年の子供と出会ってちょっと嬉しい出来事があった……ってとこで終わったんだっけ」

    思い返せば、あの日からどれだけの月日が経ったのだろうと、壁にかけられているカレンダーを見て逆算した。
    ……何故か、心に大きな重りがのしかかってきたような気分になった。

    「……あー、意味わかんないわ。あいつとはただの一週間の契約関係だもん」

    目を閉じてうんうんと頷き、自分に強く言い聞かせる。
    それなのにも関わらず、どうしても心のどこかに形容しがたい違和感のようなものがあった。
    首を横に振り、今のよく分からない気持ちを忘れるべく本の世界に入り浸る。

    ───貧乏家族の元に生まれた少年と、決して豊かではないが、同じような貧乏でもない少女。生まれも育ちも違う二人だったが、それでも二人の関係は良好だった……────

    「……生まれも育ちも違う、かぁ……」

    難しい顔をして呟いた夜宵は、次のページへと読み進める。


    ────────────────────
    「……はぁ〜、もう……なんで寝癖なんてつくんだよ人間の体ってさぁ!」

    かといって極端に禿げるのは気が引ける。
    この瞬間だけは、真っ黒い姿をした怪異のことが少しだけ、ほんの少しだけだが羨ましいとだけ思えた。

    「はぁ、髪の毛のセットに何時間かけたんだろ私。最悪だぁ……」

    昔はこの髪の毛のセットも、色んな髪型を変えていたこともあって楽しいと思えたが、ポニーテールが自分の型にはまっていると思ってから、最近ではポニーテール以外の髪型をしなくなり、今となって苦行のそれとなっている。
    自分のサラサラとしたポニーテールをそっと手でなぞるように撫でた。

    「たまに髪型を変えるのも……でも結局、これが一番なんだよねぇ」

    昔、服装などはいつも通りにツインテールにしてみた時、友美から地雷系かな?などと言われたこともあり、ツインテールにしようと考えてはそれを思い浮かべてしまうため、特にツインテールだけは避けている。ポニーテールにしてからは特にそういったこともなく、可愛いとも言われたため、思い切ろうとしても髪型を変えるのは難しいのだ。

    ふと、寝癖がついてても似合う髪型はないかなと、煩悩めいたことまで考えついてしまう。

    「……夜宵、もしかして待ってたりするかな」

    となれば数時間も待たせていたことになる。謝る前に、お待たせとでも冗談で言おうかと考えながら、ようやく整え終わった髪型をなびかせて、洗面台から離れて部屋に戻った。

    ────いない。どこにも姿が見当たらない。
    不思議に思った光夢だったが、そこには一冊の本が置かれていた。

    「……これ、昔読み終わったあとにちょっと気持ち沈んだ本だ」

    本を手に取り、本棚へしまおうとした時、自室の部屋の扉が大きな音を立てて開いた。思わず光夢の肩が跳ね、すぐに振り向いた。部屋に姿がなかった夜宵だった。
    いつも綺麗な白い肌をしていた夜宵だったが、その時の夜宵の顔色は青白くなっており、いつもよりも瞳孔が大きくなって呼吸も荒くなっていた。

    思わず光夢は夜宵に駆け寄り、何があったのか聞き出す。

    「……大丈夫……」
    「大丈夫じゃないじゃん!!一回座ろ……!?」

    光夢が夜宵に肩を貸して、そっと椅子に座らせ、落ち着くまで光夢は自分のベッドの上に座って、夜宵の様子を伺う。
    夜宵は深く深呼吸をした後、いつものような表情と目に戻った。

    「ごめん……びっくりさせたわよね……」
    「どうしたの……?なにがあったの?」

    光夢がそう聞くと、夜宵は光夢の本棚の方を見た。光夢が夜宵のそばに駆け寄った際、放り投げっぱなしの見開いた本が置いてある。

    「……あの本、よく覚えてないのに……なにか、覚えておきたくもないようなことが、急に鮮明に浮かんできて……」

    淡々と語る夜宵の腕が震え始め、瞳孔が揺らぎ始める。それを見て何かを察した光夢は、夜宵に近寄って、震える夜宵の手のひらにそっと自分の手を重ね、優しく握り、無理に話さなくて大丈夫と優しく声をかけた。
    夜宵は一度話すのをやめ、落ち着きを取り戻した後に話を続けた。

    「……フラッシュバックしたのよ、なんだったのかわかんない。でも、見覚えのある顔があったの」
    「見覚えのある顔?」
    「うん、名前も覚えてない……どんな人だったのかも知らないけど……」
    「……そっか」

    教えてくれてありがとうと、光夢は夜宵頭を撫でて、夜宵のそれが分からないなりにもなんとか寄り添おうとする。安心したのか、夜宵の口角が少しだけ上がったように見えた。
    光夢は本棚傍に置かれている、例の見開きっぱなしの本に近づいて手に取り、自分の衣服がしまってあるクローゼットの上の段の奥の方へと押し込むように入れた。

    「これで下手に目に入ることも無いでしょ!」

    光夢はよしよしと頷く。

    「……いいの?あんたの本なのに……変に私が見ただけで」
    「いいのいいの!夜宵だってあの本のせいで、変なトラウマとか植え付けられるよりかはマシでしょ?」

    嘘偽りのない、天然の明るい笑顔を夜宵に見せる。夜宵はぽかんと口を開けたまま、光夢の顔をじっと見つめていた。

    「……あれ、どうしたの?」
    「……いや……うん、なんでもない」

    暖かいその優しさから、光夢に対して世話好きな「姉」という意識が芽生えてしまい、下唇を噛んで誤魔化した。

    「……で、夜になるまでなにするつもり?」
    「うーん……学校も休みだし、かと言えば今からやるべき課題もないし……自習しよっかな?」
    「え、自習すんの?」

    学校に行く際に持っていく鞄から教科書を取り出そうとする。鞄の方を見ていて夜宵の顔は見えてなかったが、声色からして明らかに嫌がっているのがわかった。

    「私はパス……頭痛くなるもの」
    「……夜宵って先生の話聞いてた?」

    自分の隣に座ってはいたが、ふと視線をこっそり向けていた時はペンを持った上で、ノートにうつ伏せになっていたため、きちんと先生の話を耳に入れながら、メモをとるなりして勉強をしているものだと思っていた。
    そのため、心配はいらないと思いながら夜宵に聞くと、変な間を作った後に夜宵は光夢から目を逸らした。答え合わせをしているようなものであることに気づいてないようで、平然と「聞いてるわよ」と答えた。

    「……聞いてなかったんだね?」
    「聞いてるって!!」
    「私の目を見て答えて?」

    光夢に言われると、夜宵は案外素直に目を合わせたが、さっきより小さい声で答えた。

    「……よし!一緒に勉強しよっか!」
    「ヤダ」
    「ヤダじゃない、やるよ!」

    光夢が自分の教科書を取り出して夜宵のそばに寄ろうとすると、今度はぶーと頬を膨らませてきた。

    「……そんな顔できるんだ夜宵」
    「うん」

    もはや恥も外聞も投げ捨てているようで、それ程に勉強に対して嫌悪感を示していた。

    「うーん……」

    そうだ!と光夢は夜宵に背中を向け、携帯を取りだしてメッセージアプリから誰かに電話をかける。

    「……あ、もしもし三咲ちゃん!今いい?」

    通話越しに三咲と話している。夜宵は部屋から出るなどの逃げることよりも、三咲との会話が気になってしまい聞き耳を立てていた。

    「うん……うん、ありがと!」
    「……あ」

    何かを悟ったようで、夜宵は会話を聞くのを辞め、思い出したかのように部屋をこっそり出ようとした。

    「……あれ、夜宵どこいくの?」
    「……」

    背中を向けて通話をしていた光夢が、タイミング悪く三咲との通話を終えていた。

    「三咲ちゃんから勉強を楽しくできる方法を教えてもらったから、ほら!やるよー!」

    夜宵の光夢に対する認識が、子供がクレヨンで書いた空の如くぐちゃぐちゃになっていく。天を仰ぎながら、夜宵は部屋の外に出られる扉のドアノブから手を離し、元いた位置に戻った。


    ────────────────────
    「……もうすぐだ、もうすぐなんだ」

    例の高速道路の高架下にある、柱にもたれかかって座り、有希は俯きながら小さく何度もそう呟く。
    ふと、有希の目の前に黒い影が伸び、顔を上げて微笑んだ。

    「……心配しなくていい。大丈夫だ」

    「……怪我?慣れっこだよこんなの」

    先が黒く焦げたマフラーを首に巻き、身につけていた狐の面を地べたに置いた後、その影にそっと近寄り、黒い手袋で優しく撫でる。

    「だから、お前もそんな顔しないでくれ」

    「……うん、それでいい」

    有希はその黒い影を腕で包み込む。影はただ何かをすることなく、有希の抱擁を受け止めていた。
    しばらくそうした後、影から離れ、袖で目を擦り、自身のマフラーを整え直して上着の下から瓶を取りだす。
    瓶の中には黒い液体が波打っている。

    「……今は、いいよな」

    そう言うと、有希は何かをすることなく、上着の下に瓶を隠した。
    黒い影の腕が有希に伸びる。

    「……そんな心配ばっかするなよ、俺がこうなってからいつも心配ばかりじゃないか」

    影の腕は酷く震えていた。有希は影の腕を優しく握り、優しい目で見つめ、大丈夫と伝えた。

    「……?心配かけてるのは前からだろって?……よく言うよ」

    有希の頬と紫色の髪を、木の葉を連れて流れる冷たい風が撫でた。風が流れてきた方向にある、遠い山の向こうに浮かんでいる太陽に目を向けてしばらく眺めた後、ふと影の方を真剣な眼差しで見つめた。

    「いいか、何があってもここから顔を出すなよ?」

    「……あぁ、例え俺の身に何があってもだ。いいな」

    影は自分の黒い腕を、有希の腕に強く巻き付ける。痛みで思わずほんの一瞬だけ顔を歪めたが、構わず有希から目を離さず、訴えかける。

    黒い影の腕は、するりと解けて有希の腕から離した。

    「……ありがとう」

    俯いた黒い影の頭にそっと手を乗せた後、有希はその場を立ち去った。
    黒い影は寂しげに、それでいて強い信頼を持って有希の背中を見つめていた。


    ────────────────────
    勉強を一段落終え、ふと外を見てみると既に日が沈みかけていた。
    光夢が次の教科書を取り出そうとしたところに、夜宵がすかさず時間を見るように促す。

    「……あ、え!?もうこんな時間!?」
    「あんた勉強に集中しすぎたせいで時間配分ミスったんじゃないの?」
    「……かも。早く家出なきゃ!」

    光夢は特に支度も無しに携帯だけ持って部屋を飛び出し、階段を下りる。

    「こんな時間にどこに行くの?」

    足音で気づかれたか、親に呼び止められて、晩御飯の支度がもうすぐできるわよと言われた。

    「えーっと……」
    「夜宵ちゃんが来てから随分と忙しそうで心配なのよ?」

    母親はキッチンから顔を出し、光夢のそばに歩み寄る。心配そうな目をしていた親に、光夢はなんと返せばいいかわからず、思わず目を逸らしてしまった。

    「……」
    「……言えない事情なのね。わかったわ」

    すると、母親は光夢の少し強めに肩を叩いたのち、光夢の後ろに回って背中を押す。
    え?と思わず、光夢は振り向いた。

    「あなたも大きくなったものね」

    母親の目は、いつもと変わらず優しかった。
    光夢は微笑み、「行ってきます!」と伝えて家を飛び出た。その後ろを夜宵もついていく。

    「……ふふっ、あんなに仲のいいお友達もできて、きっといつも楽しいのでしょうね。私にあの子の楽しみを奪う権利は無いもの」

    大きくなった光夢の背中を、幼い頃の小さくてやんちゃ気味だった光夢の背中と重ねた。幸せに、だが少し寂しげに母親は見守る。



    家を出た光夢に、夜宵は声をかけた。

    「よかったの?」
    「うん、あそこで変に右往左往したら余計に心配させちゃうもん」
    「……そっか」

    光夢は携帯を取りだし、地図アプリを開いて現在地からおおよその道のりを調べた。

    「……オッケー!いこっか!」

    地図アプリを頼りにして歩く光夢と、その後を着いてくる夜宵。五日も続けばもはや見慣れた光景になっていた。
    気づけば、街灯が少し多くなり始め、光夢たちの歩いている道と、今は特に誰も歩いていない道の間に大きな道とその中心に途切れ途切れの白い線がある道が現れ、あまり見慣れない景色になっていた。

    すると、光夢たちの進んでいる方向とは反対側から、下校中の小学生の列が見え、班長と思われる女の子が光夢たちに対して挨拶をした。光夢も笑顔で挨拶を返し、その後ろで夜宵も、表情は変わらずいつものような冷静沈着っぽさを見せつつ、光夢の真似をするように続いた。
    班長の後を着いてきている男の子の一人が、どこからとも無く拾ってきた枝を振り回し、後ろの女の子が注意していた。

    「元気だよねー、子供って」
    「そうね、微笑ましいわ」
    「……夜宵って子供好きなの?」

    とてもじゃないが、あまり子供のことは得意ではなさそうな顔つきをしていたため、意外そうに光夢は聞く。

    「だって可愛いじゃない」
    「いや可愛いけどさぁ……私、そんな好きじゃないし……」

    光夢の意見に夜宵は呆れたように溜息をつき、肩をすくめる。光夢はムッとして体ごと夜宵の方に向き直した。

    「夜宵は職場体験を知らないから言えるんだ!幼稚園とか保育園とかの!」
    「やんちゃな子の集まりじゃないの」
    「やんちゃだからだよ!髪の毛引っ張ってくるならまだいいよ!いやよくないけど!生命線だし!」

    どっちよと夜宵が突っ込むが、光夢は聞き耳を立てずに経験談を続けた。

    「目の前で指さされて『ブス!』って言われた人の気持ち考えたことある!?」
    「いやそれはまぁ……」

    脳内でその光景を思い描いてしまった夜宵は、口を両手で隠して顔を逸らし、吹き出した。
    笑ったね!?と光夢は珍しく顔を真っ赤にして怒った。

    「ごめんごめん……おかしくてさ……」

    夜宵は気持ちを切り替えるように、ひとつ咳払いをした。

    「でも……うーん、やっぱわかんないわね……」
    「例えるなら……そう!ネットで誹謗中傷書かれた時!」
    「私ネットしてないし、そもそも携帯も持ってないわよ?」

    そうだったと、光夢は何か良い例えが出てこないか、脳内にある箱の中から探り出す。

    「……親にちょっと嫌なこと言われた時とか?」
    「いやそれもわかんな───」

    夜宵の言葉が不自然に詰まると、あの時と似たような過呼吸を起こし、何度も瞬きをして両手を胸元に当てた。

    「……や、夜宵?どうしたの?」

    急に状態がおかしくなった夜宵を、心配になった光夢が歩み寄り、手を伸ばして近付けたその時、夜宵が目を見開き「やめて!!」と大きな声を出した。
    驚いた光夢の肩が跳ね、思わず手を引っ込める。冷静さを取り戻した夜宵がハッとして、目を逸らしながらごめんと呟いた。

    「……大丈夫?」
    「うん……びっくりさせたわよね」
    「いや、平気だよ。ごめんね」

    「おねーさん!ケンカダメ!」

    突然、二人の横から声が聞こえた。さっきの小学生の班にいた男の子が、いつの間にかあそこの班を抜け出してきたのか、それともさっきの夜宵の声にびっくりしてつい戻ってきてしまったのか、何故か光夢たちを見てじっと立っていた。光夢と夜宵が互いに見つめ合い、首を傾げた。
    小学生はもう一度、「ケンカはダメ!」と注意した。

    「あー、えっとね……これは喧嘩じゃなくてね……」

    光夢がなんとか説明しようとした時、またもう一人──今度は女の子が走ってきて男の子に「こら!」と注意した。

    「ダメじゃない!班から外れちゃ!」
    「だってケンカしてたんだもん!」
    「お姉さんたち、違うって言ってたでしょ?」
    「ケンカしてたもん!」

    話を聞かない男の子を見て、光夢はめんどくさいと言いたげな顔をしている反面、夜宵は微笑んでいた。

    「大丈夫よ坊や。ちょっとでかい蛇がでてきただけ───」

    夜宵が適当な嘘をついて誤魔化そうとした。男の子が何故か目を輝かせたが、光夢が横で「蛇!?」と飛び跳ねて辺りを見回していた。

    「……あんたが騙されてどうすんのよ」
    「ごめん」

    二人のコントじみたやり取りに男の子は小さく口を開けたまま見ていた。

    「ほら仲良しじゃない。さ、早く戻りましょ?」
    「うん」
    「うちの弟が迷惑かけてごめんなさい」
    「そうだぞ姉ちゃん!」

    おバカなのか天然なのかわからないが、何故か脈略もなく女の子を責めた。
    女の子が握り拳を作っていたがなんとか堪えたようで、男の子の手を繋いで連れていった。

    「……まぁまぁな悪ガキだなぁ……」
    「そんな事言わないであげなさいよ、なんやかんや姉の言うことを聞けてたみたいだし、きっと根はいい子よ?」
    「えぇー?」

    最後のやり取りなどもあって、光夢は疑惑の目を向ける。

    「ほら、早く行くわよ」

    こういう時、いつも夜宵が先々行くはずだったが、今回は腕を組んで光夢が進むのを待っていた。ちょっといつもと違う光景に光夢は驚いて目を丸くする。夜宵は「どうしたの?」と言わんばかりに首を傾げた。

    「……あ、いや、なんでもないよ!いこっか!」

    気がつけば日はもう落ちる頃合。高速道路の前についている頃にはもう夜になっているだろう。目的地の場所まで二人はとにかく足を進めた。


    ────────────────────
    光夢が持っていた携帯から音声が聞こえた。目的地の高速道路に入るその道の前には、以前は黄色と黒の虎柄模様のテープで閉ざされていたようで、地べたに残骸と思わしきものが残っていた。

    「……ここ入っていいのかな……」
    「いいんじゃないの?ご丁寧に……ほら」

    夜宵がテープの欠片を一つ手に取る。よくよく見れば、生き物や激しい突風などがビリビリに破ったようなものではなく、誰かが斬ったような綺麗なものだった。
    おそらく、というより確実に有希の仕業だ。

    「だったらいいんだけど……」
    「迷ってる暇ないわよ。立入禁止だろうがなんだろうが」

    事故現場だということを事前に知っている上、あまり気は進まないものの、光夢は覚悟を決めて足を踏み入れる。
    誰も整備に来てないのか、道路のあちこちが傷んでいる。道路の照明灯も一部、明かりがついていないのがある。

    「……あ」

    滑らかなカーブの左曲がりの道を曲がると、左側の遮音壁に大きな穴が空いており、テープも張り巡らされていた。付近の地面にはタイヤの跡が残っている。
    ここが当時あった事故現場だと、すぐに理解した。

    光夢は無言で目を閉じ、ひとつお辞儀をしてから先へ進む。

    「……今のお辞儀、何?」
    「黙祷と、お邪魔しますの意味。言ったでしょ?ここで亡くなった人がいるって」
    「あぁ、そういえばそうだったわね───む」

    顔を顰めて夜宵が足を止める。ほぼ同時に光夢も気づいて足を止めた。
    目の前にたった一人、ふたつに斬られたような三日月の月光に照らされ、背中を向けて立っている人の姿が見えた。
    ボロボロのマフラーをたなびかせながら、こちらへ振り向く。

    「……来たか」

    月と重なる黄色い目で睨む。

    「あんた、どういうつもり?」
    「なにがだ?」
    「結局、あんたは何が望みなんだって聞いてんのよ。光夢の血や怪異の血まで欲しがって」

    堂々と構えた夜宵が、有希にこれまでも聞いてきた質問を今一度問いかける。有希は何かを答える訳でも無く、顔を背けた。

    「この決闘とやらの意味もだけど。あんた、何考えてんのかわかんないのよ」

    有希の質問に対して固く閉ざしていた口が開く。

    「この戦いは、俺のひとつのけじめのようなものだ」
    「けじめ?なんのよ」
    「固執した俺の思いも、願いも。諦められるようにするためのだ」

    あまりピンと来ない言葉の節々に、夜宵は首を傾げる。

    「……まぁ、そうだな。お前にとっては簡単な話だ」

    帯刀から鋭く空気を斬る音を立てて刀を構え、夜宵に刃を向けた。

    「お前が勝てば、俺はそいつを諦める。俺が勝てば、そいつの血をいただく」
    「……ほんとに言ってる訳?怪異どもに紛れて光夢に斬りかかったくせに」
    「当然。約束は破らねえ」

    有希が向けた眼差しは、揺れることも逸らすことも無く、ただ真っ直ぐ夜宵を見ていた。

    「……光夢」
    「え?」
    「あんたは離れてて。出来るだけここよりも少し遠くに。怪我するわよ」
    「……」

    光夢の目線に気づいたのか、夜宵は背中を向けたまま「大丈夫」と答えた。

    「あんたは、私のものだから」

    光夢の胸の中で、夜宵からなにか暖かいものを感じた。光夢は自分の手を強く握り、見えてはいないと分かってながらも頷いて、その場から来た道を戻って走り去る。

    「……追いかけないのね」
    「追いかけようとしたところで、お前は足止めするだろ?」
    「へえ、分かってるじゃない」

    夜風が静かな音を奏でた。
    有希は「かかってこい」とジェスチャーで挑発をした。夜宵の赤く光る目が残像を残し、土煙を立たせて有希の懐へ、音を置き去りにするような速さで潜り込む。
    それを分かっていたように、有希は刀の一振が届く位置をキープして後ろに引き攻撃をいなし、構えた刀を夜宵に向けて斜めに振る。

    振りかぶった方向を見た夜宵が、一瞬で避ける方向を見極め、刀を振り下ろした隙を見て跳び、有希の顔に向けて蹴りを入れる。
    片腕を刀から離した有希が、蹴りを受け止めてすぐに刀を構え直す。
    負けじとインファイトで応戦するが、有希は刀一本で蹴りも殴りも防ぎ続け、拳が振り抜くのを避け、夜宵の目に向けて、片手に持ち変えた刀の先を突いた。

    入った───と確かな手応えがあった。

    「……っ、あっぶな……」

    夜宵の白い布から伸びた真っ黒の触手が刀を受け止めていた。夜宵の額から汗が流れており、焦っていたのは確かだった。
    どうやら有希が動揺して固まっているのを見て、夜宵は片手から出した青い炎を至近距離でぶつけた。
    大きな爆発と共に、辺りに真っ黒な煙が舞い、二人が同時に煙の外から脱出した。
    今までにないような緊張が夜宵を襲う。先が見えないほどに濁る煙を、夜宵は動かずじっと見ていた。

    ────さながら風の如く煙をかき分けながら、有希が刀を構えて距離を詰め、夜宵に斬りかかる。すばやい身のこなしで攻撃を後ろに体を引いてかわし、刀を触手で受け止めながら出した炎を有希に向け投げ飛ばすが、有希は屈んでかわし、引いた拳を夜宵に向けて振り抜く。不意打ちで飛んできた攻撃に驚いた夜宵が、刀を離してしまい、大きく後ろに下がって避けた。
    好機!と有希が落とした刀を持ち、更に間合いを詰めた。夜宵は顔の前で両腕をクロスし、二本の白い布で防御態勢をとる。

    振り下ろした刀が白い布の前で止まるが、有希は強引に押し切ろうと力を加える。負けじと夜宵がさらに防御を固めたが、その隙を見た有希が、強烈な蹴りを夜宵のガラ空きの腹に入れて突き飛ばす。受け身を取れず、夜宵の頭をコンクリート床にぶつけ、うつ伏せの状態で体が音を立てて擦れ、倒れる。

    両腕を使い立ち上がるが、夜宵の視界が酷く歪む。頭をぶつけたであろう場所には、黒い血のような液体がついていた。

    「あんた……ほんとに、人間なの……?」

    肩で息をしながら、有希に問う。あまりにも人間離れした力と身体能力に、夜宵は戸惑いが隠せなかった。

    「……当たり前だ。俺はれっきとした人間だ。悪いがこのまま決めさせてもらう」

    風をきって有希が走る。わずかな時間で呼吸を整えた夜宵が、有希の攻撃を見切り、大きく後ろへ体を逸らして横に振った刀を躱すと同時に、有希の手を蹴り上げて刀を強引に手放させて、大きく空中で回転し、夜宵は地面に着地した。
    刀はカランと音を立てて有希の真後ろに落ちる。刀を握っていたはずの手は、酷く痛む片手を握っていた。舌打ちをし、有希は刀の方へ視線を向けた。

    「……あんたの武器を取りに行けば、背中を向けることになるわよ」
    「あぁ……そりゃ大変だな」

    片手に炎を浮かべて夜宵はニヤける。有希はポケットに手を突っ込むと、夜宵の横に浮かんでいた炎が音を立てて消えた。夜宵の顔が、なにがあったのか分からず混乱して真顔になった。
    有希の手には、いつの間にか黒い銃を握っていた。銃口から白い煙を吹いている。

    「悪いな、最悪の事態なんざ前々から考えてんだ。……次は外さねえ」

    装填音が鳴り、夜宵の顔へ正確に狙いを定めた銃弾が次々と放たれる。不格好ながらも、夜宵は屈んで体を反らして銃弾を避け、狙い『だけ』正確なことに気づき、左右に揺らして銃弾の雨を躱し、距離を詰めた。
    夜宵の蹴りを引いて避け、そのまま至近距離で弾を放つが、夜宵は怯むことなく最低限の動きで避けて銃を持つ手に向け、アッパーを入れる。飛ばした銃は、空中で回転していた。

    有希は隙を作らせないよう、夜宵に握り拳を入れる。それを片手で受止め、蹴りを入れるが、有希は少し驚いた顔をしつつも攻撃をかわし、夜宵に現状どうやっても攻撃が届かない距離まで離れたと思いきや、落ちてきた銃を強く蹴り飛ばして夜宵の顔に当てる。思わぬ反撃を食らった夜宵は、鼻を両手で押さえ悶える。

    その隙に有希が飛んできた銃をキャッチし、容赦なく銃弾を撃ち込む。気づいた夜宵が横に動いて避け、隙を見つけて撃った銃弾はかすることなく、汗水だけ巻き込んで渦を巻いて飛んでいく。

    次は……と有希が銃を夜宵に向けた時、ふと残弾数が残りひとつだけなことに気がついた。マガジンも既に使い果たしていた。
    夜宵に悟られぬように声には出さず、「ちゃんと準備しとけよ」と自分を責める。

    ふと有希の脳が閃き、夜宵に向けていた銃を
    ────後ろに向けた。

    夜宵は疑問符を浮かべたが、構わず有希は銃を発射する。ガキンと金属音が鳴ると、有希は銃を地べたにおいて片手を空に掲げた。

    「しまっ……!!」

    なにかに気づいた夜宵が炎を出したが、時すでに遅かった。小さく回転をしながら落ちてきた刀が空から落ちて、有希の手元に戻ってきた。
    手に出した炎を有希に向けて放つが、有希は刀で両断する。

    「焦りが目に見えてるぞ」

    元の体勢に戻った有希が、夜宵を煽る。落ち着く暇も与えず有希が夜宵に斬りかかる。夜宵が首を横に振り、気持ちを切り替えて炎をまとった拳を構えた。
    それを確認した有希は、上着の下から何かを取りだし、夜宵の目の前でそれを斬り裂く。
    白い煙が吹き出し、息と同時にその煙を吸い込んだ夜宵は、思わず咳き込んだ。辺りを見回すが、全くと言っていいほど何も見えない。

    「……いや、いけるわ」

    小さくそう夜宵は呟き、耳を動かした後に振り向きざまに何も無い場所に手を向けてなにかを握る。

    「────な……!?」

    驚いた有希の声が、初めて夜宵の耳に入る。夜宵の手から血がダラダラと流れるも、刀を片手で押さえ込んでいた。
    夜宵は痛みで顔を顰めたが、余裕を見せるように、すぐに歯を見せてニヤけた。

    ハッとした有希が刀を握り、後ろに引こうとするが、夜宵は離さない。そのまま力任せに有希ごと持ち上げ、地面に叩きつけた。
    有希の全身に激痛が走り、ガハッ!と苦悶の声を上げて開いた口から唾が飛ぶ。

    手から離れた刀を夜宵が持ち、倒れている有希に構わず炎を向けて追撃をかける。

    「ぐ……っ!!」

    夜宵の腕に蹴りを入れ、一瞬の怯んだ隙に起き上がってよろめきながらも距離を離す。
    夜宵は有希の持っていた刀を、血まみれの手で握りしめながら、冷酷な赤い目を向けていた。

    「……っ、まだだ……!!たかがこんな一撃を受けただけだ……!!」

    有希は上着からなにか丸いものを取り出し、蓋のような部分に刺さっているピンを歯で抜き投げる。夜宵は腰を低くして迎え撃つ構えを取り、夜宵の目の前まで迫ってきた瞬間、大きな爆発と同時に激しい熱風が辺りを包み込み、壁も照明灯も激しく音を立てて揺れ、思わずそれを投げた側の有希も片腕で顔を覆う。

    風が収まると同時に有希は腕を下ろし、息切れを起こしながら照明灯に照らされる黒い煙を見た。突然、黒い煙の中から突風が巻き起こると、モロに爆撃を受けたはずの夜宵が立っていた。夜宵の周りに黒焦げの白い布が舞っている。
    はっと息を呑んだ有希が、上着の下から爆弾を取り出そうとしたその隙に、夜宵が握っていた刀を自分の後ろ側へ投げ捨てながら一気に距離を詰めた。
    取り出した爆弾を夜宵にぶつけようとするが、距離が近く巻き込まれてしまうと考えて、ピンが抜けなかった。そのコンマ数秒の躊躇を見逃すはずもなく、夜宵の突き上げた拳が有希の鳩尾に入り、痛みのあまり有希は低い唸り声を上げて蹲った。その隙を夜宵は大きく片足を上げて、容赦なく有希の後頭部に打ち落とし、苦痛のあまり起き上がれない有希の頭を目掛け、血に濡れたような赤い目を光らせて力強く拳を振り抜く───すんでのところで止めた。

    思わず目を瞑った有希が恐る恐る目を開き、頭をあげる。

    「……もういいでしょ?」
    「……と、どめは……ささない……のか?」

    呆気にとられている有希が掠れた声で夜宵に聞いた。夜宵は拳を下ろし、有希から距離を離した。

    「……は、ははは……マジかよ……俺、勝てなかったのかよ……」

    なんとか握りしめていた爆弾のピンを抜く力もない。
    乾いた笑いをしながら俯き、有希は涙声を放つ。痛みからではなく、悔しさからだった。

    「あんたさ、実は私の動きを観察してたんじゃないの?」
    「……なんでそう思う?……その通りだけどよ……」
    「……そこまでして私に勝ちたかったわけ、教えてくれないかしら」
    「……」


    ────────────────────
    「……あ!夜宵!……と」

    夜宵の肩を借りて歩いてくる有希の姿に、少し心臓が飛び跳ねた。見ないうちに互いにかなりボロボロな姿になっていた。

    光夢は高速道路の高架下の柱の近くで夜宵の帰りを待っており、夜宵の姿が見えてすぐに走った。ボロボロになっていたその姿も驚いたが、夜宵の血まみれになった手を見て仰天した。

    「ど、どうしたのそれ!?さっき、ものすごい音がしてたけど大丈夫だったの……!?」
    「ええ、なんとかなったわよ。この手に関しては、まぁちょっとね。……で、ここでいいのよね?」

    あぁと有希は答えて、有希は独りでに歩き始めた。さっきまで光夢が立っていた柱のすぐ近くまで歩く。
    すると、有希の目の前に黒い影が伸びた。夜宵は炎を構えて「離れて!!」と声をかけたが、有希は離れる様子がないどころか、自ら歩みよっていた。

    有希は黒い影の額と思われる場所に、自分の額を当てた。光夢と夜宵は困惑した様子のまま、それに近寄る。
    黒い影の姿が月の光に照らされ、その姿が見えた。片目が夜宵と似て隠れているが、その片目からは真っ白い目がちらりと見え、左腕がまるで夜宵の白い布から伸びる黒い触手のようになっていた。対して、左腕は人間の腕になっている。体つきはどことなく女性のようだった。

    女性は、有希の酷い傷を見て言葉は発していないが怒っているようだ。有希は「大丈夫だよ」と安心させるように声をかけていた。

    「……だ、誰なのよそいつ。怪異じゃ……」
    「あぁ、そうだとも」
    「だ、大丈夫なの?……あっ!?」

    女性の首元に、見覚えのあるマークが浮かんでいた。光夢はすぐさま、自分の手の甲を見た。同じような紋章───即ち、契約の証だった。

    夜宵もそれに気がついたようで、有希に声をかける。有希は首に巻いたマフラーを下ろすと、女性と全く同じ紋章が刻まれていた。
    あの時にマフラーが外れたのにも関わらず、完全に見落としていた。

    「あぁ、俺とこいつは契約関係なんだ」
    「い、一体どうして?」
    「……」

    有希は自分のズボンのポケットに手を入れると、小さく輝く宝石を見せた。

    「……それ、指輪?……え?もしかして……」
    「……俺とこいつは、恋人だったんだよ」

    有希は寂しそうな目をして答えた。その瞬間、光夢の中で全てが繋がったような気がした。

    「……私の血を狙ってたのも……もしかして……」
    「……こいつを、元の人間に戻してやりたかっただけなんだ」
    「まずあんた、契約のやり方なんてどこで知ったのよ」

    巫覡の血を持っている光夢が知らなかったことを知っていることに、夜宵は当然な疑問をぶつける。

    「本で見たんだ。こいつの姿を見て、それはもう一心不乱で探したんだ。戻し方とか、この姿についてとかを。そうして、たどり着いたんだ」

    ふと、今漂っている空気を崩すようなぐぅという音が鳴る。光夢が思わずお腹を両手で隠すが、どうやら音のなった正体は光夢ではないらしく、有希は横でじっと立っている女性の方を向いていた。
    勘違いでお腹を隠してしまった事実に、光夢は顔を赤くし、それを見て夜宵はほくそ笑む。

    「お腹すいたよな。ほら、持ってきてやったぞ」

    有希は上着の下に隠してあった黒い血液の入った瓶を渡す。女性は特に何か言うわけでも、なにか文句ありそうな顔をする訳でもなくそれを飲む。

    「……後で一緒にどこか、美味しいご飯でも食べに行こうな」

    有希が女性の頬を撫でて、歯を見せて笑う。女性も優しそうな笑みを浮かべる。有希は女性に背を向け、握り拳を作り深く息をつき、夜空を見上げた。

    ───涙を浮かべていた。

    「……あぁ、時間って残酷だな……」
    「……もしかしてあんた、今日が……」
    「七日目を迎える……もうすぐ、朝日が昇る」

    有希は涙を拭った。有希はもう既にわかっていた。
    その様子を見た光夢が、前に足を踏み出すが、すぐに次の行動を悟った夜宵が光夢の肩に手を置いた。何か言いたげな顔をした光夢だったが、夜宵は何も言わず首を横に振る。

    「光夢、いいんだ」
    「でも、有希さん……」
    「俺のわがままで、これ以上、苦しい思いをさせるわけにもいかない……」

    光夢のその思いへ答えを出した有希の声は、なにかを誓ったように固く真っ直ぐだった。

    「……なぁ、お前たちにひとつ、頼んでもいいか?」
    「うん、私たちにやれることならするよ」
    「ありがとう」


    ────────────────────
    整備されていない高速道路の上で、四人は青い夜空を眺めていた。きらめく星が、まるで大きな橋のように綺麗な列を成していた。

    女性は有希の肩にもたれ掛かり、安心しきった顔をしていた。有希は優しくそっと、綺麗な黒い髪を撫でる。

    「……あ!夜宵!流れ星!」
    「バカね、あれは飛行機よ」
    「えー、ロマンないなぁ。絶対UFOとか信じないでしょ」
    「え?」
    「……え?」

    すぐその横で面白おかしいやり取りを繰り広げる光夢と夜宵に、有希は思わずふふっと笑う。

    「へ〜、あんた笑えるんだ」
    「おまっ……失礼だな……」
    「だってあんな怪人じみた動き……イタッ!?」

    夜宵の頬に黒い触手が伸び、引っぱたいた。有希がすぐ隣をむくと、女性はかなり不機嫌な顔をしていた。

    「そ、そんな怒ってやるなよ、ハヤカ……大丈夫だって」
    「有希さんの彼女さん。ハヤカって名前なの?」
    「あ、そういえば言ってなかったか……悪い」

    有希の横に座る黒い髪の女性───ハヤカは有希へ心配げな目を向けていた。

    「ほんと世話好きだよなぁ……あイデデデッ!?」

    ハヤカが頬を赤くして有希の頬を強くつねる。

    「あ、照れてる?」
    「めちゃめちゃ感情豊かね……何言ってるのかわかんないのに」
    「ったぁ……!!あんま本気でやるなよな……びっくりするから」

    有希の頬も、ハヤカとは別の意味で赤くなっていた。

    気づくと、光夢たちを見つめる星々の姿が姿を消していく。有希がひとつハヤカに声をかけた時、ハヤカの体か ら光が放たれ、一瞬だけ周囲を白い光が包み込んだ。

    ハヤカの体が、以前と比べて明らかに薄くなっていた。

    「ハヤカ……?」

    有希がハヤカに手を伸ばす。ハヤカもよくわかっていない様子だった。太陽がゆっくりと昇ると同時に、ハヤカの体も徐々に薄くなっていく。

    有希は、とっくに分かりきっていたことだったはずだった。有希は声を荒らげ、「嫌だ!!」と叫び、細く白いハヤカの腕を掴んだ。

    「頼む……!頼むよ!!もう少しだけ……、もう少しだけ、一緒にいてくれよ……!また、また俺を、一人にしないでくれよッ!!」

    涙ながらに、有希は訴えて俯く。分かっていたからなのか、余計に胸が苦しくて仕方がなかった。有希の頭を、ハヤカは撫でて囁いた。

    「ありがとう」

    顔を上げて、ハヤカを見つめる。優しい笑みを浮かべ、光となって消えゆく間際、最期にハヤカは、有希に愛の言葉を告げた。
    有希は、すぐに我を取り戻してハヤカを抱きしめようとした。ハヤカの姿は、もうどこにも無かった。

    有希は膝をついて泣き崩れ、開けた青空のどこまでも、声は響いた。


    ────────────────────
    高架下に戻り、有希は二人に礼を述べた。

    「……ダサいとこ、見せちまったな……」

    長い時間をかけ、ようやく冷静を取り戻した。光夢は首を横に振る。

    「そんなことないよ」
    「……ありがとな。……さて、と」

    大きく背伸びをした有希は、地面に落ちていた狐の面を手にとり、背を向けた。

    「え、有希さん、どこにいくの?」
    「俺は……そうだな、ここから少し、どこか遠い場所にでも行こうかと思ってる」
    「え……せっかくちょっと仲良くなった気がしたから、友達になれると思ったのに……」

    光夢のその言葉に、有希は反応して即座に振り向いた。夜宵もびっくりしたのか、寂しげにしている光夢を二度見する。

    「ま、待て……!何言ってんだ!?俺はお前の命を取ろうとした……」
    「そうよ!?あんた相手ぐらい……」
    「でも、それはほら訳が……」
    「いや訳も何もねぇ、あんた……!」

    光夢と夜宵が言い合いを始める中、有希は何かを言いたげに「あ」と「う」の口を繰り返した。

    「……な、なぁ……!もし、それが、本気なら……本気ならだ!」

    有希が何かを言いたげに口を開いては俯きを二回ほど繰り返した後、後ろ頭を搔いて続けた。

    「……なっても、いい……」
    「もちろん!本気だよ!」

    光夢の早い返答に、有希が一瞬戸惑いを見せたが、すぐに有希は、二人に一度も見せたことの無いとびきりの笑顔を見せた。
    夜宵は光夢の横で肩を落としてため息をついた。

    「あ、あまり慣れてなくてな……友達って言葉も……」
    「あんた友達いないの?」

    夜宵がなんの遠慮もなしにそう言った途端、有希は黙りこくって顔を背けてしまった。

    「ちょっと夜宵!?」
    「え?」

    夜宵は悪びれる様子もなく、キョトンとした顔をしている。有希は咳払いをした。

    「ま、まぁなんだ。よろしくな、光夢。それと夜宵」
    「うん、こちらこそ!」
    「え、私も?……いや、まあいいけど」

    有希が大きな手を差し出した。光夢はその手を握り、握手を交わす。

    「もしお前たちの身に何かあったら、すぐに飛んでくるからな」

    そう言って有希は二人に手を振り、高速道路の高架下を歩いていった。光夢も手を振り返したが、夜宵は特に何かする訳でもなく片手を腰に手を当てて有希の背中を見ていた。

    「……行っちゃった」
    「そうね……」
    「……ねえ夜宵」
    「ん?」
    「夜宵も……いつか、消えるんだよね」

    光夢のその言葉を聞いた夜宵の胸が痛んだ。こうして隣にいることが、今となっては当然のように感じていた。

    「……そうね……」
    「ねえ夜宵、明日……ってか今日か!一緒にどこか出かけない?」
    「え?」

    光夢のその急な提案に困惑する。

    「もし消えてもさ、二人だけの思い出残したいなって……」
    「あんた……」
    「でも、でもね!夜宵は大丈夫だって、私、信じてるから!」

    ただの契約関係だったはずが、光夢にとっては違って見えているのかもしれない。光夢の少し無理をしているような笑顔がそれを物語っていた。夜宵の中で既にどうするべきか、答えは決まっていた。

    「……仕方ないわね、いいわよ」
    「やった!!」
    「その前に仮眠してからね」
    「あ、そうだね。何時ぐらいに起きる?六時?」
    「……今何時よ」

    光夢は携帯を取りだし、現在時刻を見た。

    「四時半!」
    「帰って一時間ぐらいしか寝れないじゃないのよ!?早くても八時ね、いい?」

    はーいと若干不服そうだが素直に返事をし、二人一緒に横に並んで家路につく。
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