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    ya_so_yan

    @ya_so_yan

    9割文章のみです。勢いで書いたものを置いておきたい。後でピクシブに移すことが多いです。

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    ya_so_yan

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    闇オクで司会のウォカちゃんが兄貴に買われるまでの話。まだ続くんじゃ。
    やっと兄貴が出てきましたが、まだ買わない。早く買え。
    ※アンネームド魚塚くん
    ※なんか一目惚れっぽいです
    ※兄貴のセクハラ

    オークショニア③ オークションで取り扱う商品には、絵画が多い。年代も作者も評価も、魚塚は付け焼刃で暗記した表面上の知識以上のものを持ち合わせていない。
     当然、美術品の審美眼なんてあるはずもなく。花が描かれていれば花だなぁと、馬が描いてあれば馬だなぁと、裸の女が描いてあればいいカラダだなぁとしか思わない。
     だが、見るだけは見ているので、神話のワンシーンだの戯曲の名場面だの、興味も感慨もなくとも頭には入っていた。

     待ち合わせた倉庫の裏手で、黒いクラシックカーから降りてきたその客を出迎えた時、
     魚塚はその男が、何かの間違いで、そういった絵画から抜け出してきたのではないかと――本気で思った。
     なので、得意の態度でへつらうのも忘れて、間抜けにもぽかんと口を開け、呆然と立ち尽くしてしまった。その間、たっぷり数秒。



    「おい」

     地の底から響くような低音に鼓膜を揺さぶられ、魚塚はようやく我に返る。
     こちらを見下ろす、温度のない鋭い眼差しと視線がかち合った。
     絵画とは異なり、明確な意志をもってこちらを見つめ返している。

    (しまった)

     なぜそう思ったかはわからない。
     わからないが――腹の底が冷える。冷たい汗が背中に滲む。動けない。喉に張り付いたように声が出ない。

    (……なんだ、こりゃ?)

     前触れもない緊張感に、魚塚は混乱した。
     ただのひと睨み、ただの一声でもたらされる、この恐怖はなんだ?


    「テキーラから話は通っているはずだが?」

     煙草を咥えた口から比較的馴染みの名前が出たことで、我に返る。
     知らず止まっていた息を慌てて吸い込み、軽く咳き込んだ。

    「――え、えぇもちろんですっ! 黒澤様、ですよね? おうかがいしております!」

     なんとか絞り出した声は裏返り、笑顔は引きつっている。ひどい有り様だ。
     だが、やるしかない。いつも通りに道化を演じなければ。揉み手でもする勢いで。

    「ようこそご足労いただいて! いや~失礼しやした、ちょいと寝不足みたいで……テキーラの旦那から、とびっきりのお得意様だからくれぐれも失礼のないようにッて念を押されやして、緊張しちまって眠れなかったんでさぁ。あっご心配なく! 商品のことならちゃんと」
    「それ以上御託を並べるなら、帰らせてもらう」

     遅れを取り戻そうと饒舌になっていたところを、男はずっと少ない言葉数で黙らせた。
     静かな声に込められた、ぎょっとするような圧力に、魚塚は大きな顎を閉じざるをえない。

    「“お得意様”を帰らせたとあっちゃ、てめぇの立場もねぇだろうなぁ……テキーラに叱られちまうな?」

     からかうような響きさえ含めながら、男は口の端を歪めた。
     嗤っている。ゾッとする笑みだ。
     対して、引きつった不格好な愛想笑いのまま、魚塚は震え上がる。
     一見して富裕層とわかる上品と言っていい風体をしているのに、予想だにせぬ乱暴な言葉遣い。アンバランスとも思えるそれに違和感を持つ余裕もなく、追い詰められる。
     上客の不興を買ったとなれば、オークションの元締めに叱られる程度では済まない。そのことは、よくよく理解していた。

    「……失礼しやした。どうぞこちらへ」

     魚塚は諦めて――沈んだ声で洒落も捻りもなく答えて頭を下げると、倉庫の裏口の鍵を開けた。
     男が煙草を踏み消して近寄ってきた時、馴染みのない紫煙の残り香が鼻先をよぎった。


     薄暗い通路を進む。
     男は案内役の魚塚より先に立ち、躊躇いなく進んでいく。二人分の靴音だけが響いている。
     魚塚はすっかり沈黙していた。薄っぺらな処世術など太刀打ちできないと、一瞬のうちに思い知らされたからだ。男も特段、口をきこうとしない。
     その後ろ姿を、こっそりと観察する。

     年の頃は――わからない。魚塚と同年代のような気もしたし、もっと若い青年にも見えるし、老獪な紳士にも思える。
     上等の三つ揃いをまとった姿は、テキーラと同じくらいに背が高い。しかし、あの威圧的な巨漢に比べるとかなり細身に見える。ぱっと見た感じ、肩幅や腰回りなどは魚塚の方が太いのではないか。ところが、決して貧弱という印象はない。チーターのしなやかな肉体を見て、弱弱しいと思う者はいないように。
     首の後ろでひとつにまとめられた長髪が、歩調に合わせて静かに、緩やかに揺れている。人目を引くことは間違いないのに、なぜだろう、魚塚が最初に気を取られたのはその髪ではなかったので、我に返ってからようやく、見事な銀髪だと気づいたくらいだった。

     道楽者の金持ちが来るものだとばかり思っていた。
     とんでもない。嗅ぎ当てるまでもなく思い知らされる。これは裏社会の人間だ。それも魚塚のような、浅いところで必死に泳いでいるような小物とは比べ物にならない。もっと暗く深い世界からの使者だ。
     どうしてその可能性を考えなかったのだろう。オークションにやってくる者は、競り落とす客も商品を持ち込む客も、どちらにも同類の稼業の者は多い。テキーラからも、上客としか聞いていなかったというのに、決めつけた。カモが来るものだと。軽い仕事だと。
     思い返せば、いつもそうだ。自分は詰めが甘い。あれこれ根回し気配りをしたはずが、肝心なところで根拠もなく油断する。それでとんでもない事態を招くことだってある。何度も痛い目に遭ってきたじゃないか――魚塚は奥歯を噛みしめる。

     ただ、実際のところ、どの点において、黒澤というこの男が一目で只者でないと感じたのか――そしてなぜ、生命の危機を覚えるほどの緊張感を覚えたのか。明確な出所はわからなかった。
     すらりと四肢の伸びたモデル顔負けのスタイルも、優雅に揺れる銀髪も、作り物のように整った、しかし精悍さも感じさせる顔立ちも――確かにどこをとっても並外れている。ハッキリ言って、とんでもない色男だ。それこそ、神話の登場人物のように。
     しかし、魚塚とて初心な女子学生でもないのだから、男に見目麗しさで心奪われたりはしない。そもそも、色男であることと、裏社会のにおいは、まったく別の話だ。
     
     強いて言えば――暗い緑の瞳がはまった、その切れ長の双眸。
     そこに、得体のしれない光を見た……それだけは確かだった。


     厚い扉を開け、埃っぽい空気を感じながら、すぐ傍らの壁を探ってスイッチを押す。
     チカチカと数回瞬いた照明に照らされて、荷物で溢れた倉庫内の様子が露わになった。
     ほとんどの商品は、箱に収められていたり布をかけられたりして保管されている。

    「何かお目当ての品があるんですかい、旦那? 仰っていただければ、どれでもお出ししますよ」

     魚塚は倉庫内を見回しつつ、手袋を取り出して身につけながら、傍らの男に問いかけた。先程の失敗を今度こそ取り戻すために、おべっかや軽口を挟むことなく。いつになく落ち着き払った態度を意識して、必要なことだけを。
     ただし、“旦那”と呼んだのはせめてもの抵抗とでも言おうか。敵意がなく従順であることを示す意思表示だった。どれだけの効果があるかはわからないけれど。

     返答がないのを訝しみ、振り向いて――ぎくりとする。

     男は、倉庫の品々に見向きもしない。
     なぜか、魚塚を見ている。いや、見ているどころか。
     ワックスで撫でつけた頭髪に、四角い顔、安っぽいスーツ、胸周りも腰回りも脚も太い体に、爪先まで。
     少し細められた双眸より、視線がくまなく注がれているのがわかる。どれだけ鈍かろうと、目を閉じていたって感じ取れそうな、強い視線だ。

     魚塚は戸惑った。というより、とにかく恐ろしかった。
     下手に動かないほうがいい、と本能的に感じて、身じろぎもできない。
     これはそう、熊に出会った時と同じか。出会ったことはないけれど……現実逃避に、余計なことを考えていると。

    「人間は」

     低い声が短く呟いた。

    「……へぇ?」

     思わず気の抜けた声が出てしまい、慌てて口をつぐむ。
     男はわずかに眉をひそめる。勘が悪い――そう責められたようで、背筋が寒くなる。

    「人間はいくらで買い取れる、と聞いている」

     わざわざ問い直してくれたのが存外優しい、と思ったくらいだ。
     今度は魚塚にもわかる。

     人身売買、をご所望なのだろう。
     欲しがっているのは、色男に相応しい絶世の美女か、はたまた美少年か。

    (おいおい……)

     頭の中にテキーラの顔を思い浮かべ、聞いてねぇぞ、と訴える。本人に届くわけでもないので、何の意味もないのだが。
     話が違う。オークションに出る美術品を披露し、付け焼刃の知識を口のうまさで膨らませて、財布の紐を緩める――それでよかったはずだ。
     想定と異なる客、想定と異なる事態。魚塚は頭を抱えたくなった。

    (……どうしたもんか)

     答えとしては――取り扱っている。
     ただし、このオークションではNO。当然だ、表向きは“隠れた名品”を扱うという名目で、一応、“まとも”な催しを装っているのだ。違法行為を堂々と扱えるはずがない。
     しかし、組織内のシノギには、ある。魚塚のような末端でも、ほんの手伝いくらいは関わったことがあった。
     この黒澤という客は明らかに裏の人間。ならば、組織のことを知っていてもおかしくはない……というか、確実に何かしら関わっているはずだ。テキーラというコードネームを知っているのだから。
     つまり、オークションの下見というのは建前だったのか?
     そうだったとして、しかし、ならば――なぜ魚塚に尋ねる?
     確かに魚塚はこのオークションの司会を務め、諸々を仕切っているが、あくまで表の仕事、使いっ走りも同然。裏で本当に取り仕切っているのはテキーラだ。彼に確認し、女でも何でも手配してもらえばいい。
     ならば、なぜ今、ここにいるのか。魚塚と共に。

     わからない。男が何を考えているのか。
     意図がわからぬ問いに、答えてよいものか?

    「どうした。いくらで買い取れると、聞いているんだ」

     まごついている魚塚に、男はいっそう声を低めて急かす。
     心なしか目つきも鋭さを増している。
     威圧感によって、魚塚は再びもたらされる緊張と恐怖を覚え、息苦しささえ感じていた。

     こんな男……今までに相手にしたことがない。
     魚塚の全てをもってしても太刀打ちできない。何も敵わない。それを短時間で思い知らされた。
     何かを一歩でも間違えれば、この場で殺される。そんな予感がある。

     生唾を飲み込むために喉仏を上下させた後。
     魚塚は、震えそうになる口を開いた。


    「と、とんでもねぇ! 人間を売ったり買ったりなんて、そんなおっかねぇこと……とてもとても!」

     半笑いの間抜けな顔で、大袈裟に声を上ずらせる。厚い掌を顔の前で大きく左右に振る。

     男がどういった関係者なのかわからない以上、組織の内情をぺらぺらと喋るわけにはいかない。たとえ下っ端の知りうるほんの端っこだったとしても。
     それが魚塚の判断だった。
     下っ端なりの、組織への忠誠……と言えなくもない。テキーラに目を掛けられていたから、という恩の意識も、無くはない。
     無論、保身も多分に含まれている――が、もしこの返事が目の前の男の機嫌を損ねたならば、組織に抹殺されるでもなく、この場でほふられるだろう。
     覚悟ができていたわけではないが、それでも……ここで口を軽くするのは“違う”と、魚塚は考えた。
     打算なんだか、義理立てなんだか、意地なんだか、自分でも、はっきりとはわからないまま。

    「ホォー……?」

     男の目が見開かれた。驚きに、ではない。
     獲物をもっとよく観察しようとするような、猫科の猛獣を思わせた。
     ひっ、と呼吸が引きつりそうになるのを、後退りそうになるのを、すんでのところで堪える。

     男がこちらへと踏み出す。
     と思った時には、長い脚の歩幅は大きく――そして男の動作があまりにも静かで隙がなく、気づいた時には目と鼻の先に端正な顔が迫っていた。

    (あ、まずい)

     魚塚はもはや感心した。
     こうも一瞬で、死の覚悟はできるものかと。

     暗いエメラルドグリーンの瞳孔に、間近で射止められて。
     ただ茫然と、その爛々とした輝きを見つめ返すことしかできない。

     血の気がじわじわと引いていく中、なるほど、と妙に冷静な頭の一部が理解する。
     圧倒的な強者を前にした時、こうもすんなりと、その餌食になることを受け入れてしまえるものかと――



    「お前、」

     男の呼びかけと共に、胸元に違和感を覚えた。
     鋭い眼差しに射止められていた目を、反射的にフッとそちらへ落とすと――

     スーツのえりに、男の親指が突っ込まれていた。
     サイズの合わないスーツと、厚い胸板を覆うシャツの隙間はかなり窮屈で、そこにねじ込まれた親指の、ひどく硬い感触が痛いほどに感じられた。

    「次からは、もっとマシな服を着るんだな――これじゃァ、今にもはちきれるぜ」

     男は、大して隙間の開かない衿を胸板から浮かせ捲るようにクイッと軽く指を曲げる。そうして、いかにもおかしそうに囁いた。
     つい今し方、死すら覚悟した魚塚は、男の突拍子もない、無遠慮な、けれどおよそこちらを害する意図の感じられない行動に、ひどく拍子抜けした。

     と同時に、身震いした。
     恐怖にではない。

     急激な、たまらない羞恥に襲われた。

     体がカッと火照る。耳まで熱が集まる。
     それまで平気でいたのが嘘のように、今こうして男の前に立っていることが、とんでもなく場違いのような気がした。
     顔が上げられない。男がどんな表情で、どんな目つきで自分を眺めているのか、見ることができない。

     それまで気にも留めていなかったはずだ。
     体に合わない安物のスーツ。着心地こそ窮屈だと気にしていたものの、見てくれなどどうでもよかった。
     ステージの上では、競られる美術品が主役。オークショニアは弁舌を奮い、狂言回しや道化を演じて、金を落とさせればそれでいい。
     魚塚はあくまで脇役だ。それでいい、はずだった。
     しかし――

     手を振り払うのも忘れて魚塚が硬直していると、いつのまにか胸元から男の指は抜かれていて。

    「まァ……心配するな」

     妙に優しい声色が言わんとするところが、わからなくて――そろりと顔を上げると、男はもう、倉庫から出ていくところだった。
     ひとつも美術品を確認することなく、元来た廊下を引き返していく彼を、魚塚は止めることができず、呆然と見送ることしかできない。


     開け放たれた扉の、四角い枠組みの中。
     遠ざかる背中は、やはり絵画のようだった。
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