Chocolate truffle「毒が入ってるって言ったら、貴方、どうする?」
枕を立てかけたヘッドボードにもたれて煙草を喫んでいたジンは、傍らで猫のように寝そべる女へ横目を向けてから、自身の膝元へ視線を戻す。
彼も、ベルモットも、裸であるが、二人の腰から下は毛布に覆われている。
毛布の掛かったジンの膝の上では、高級感のある小箱の蓋が開かれていた。
枡の目に区切られた箱の中には、トリュフチョコレートが6つ、行儀良く並んでいる。
日付が変わったところで、バレンタインだからと、ベルモットが寄越してきたものだ。
同じベッドで夜を跨ぐ二人に相応しいイベントだが、先の質問は如何だろう。
ベルモットは頬杖をついてジンを見上げながら、悪戯っぽく唇を綻ばせている。その唇から危うい問いかけを紡いだのが嘘のような、涼やかな表情だ。
対して、ジンは事後とも思えない冷めた面持ちで、重い香りのする紫煙を長々と吐き出した。
「ロシアンルーレットなんぞやりたがる質だとは、知らなかったぜ」
「あら、どれかひとつなんて言ってないわよ」
「ホォー? ご丁寧に6つ全部に仕込むとは、そんなに俺を殺したかったか」
「どうかしら。自分の胸に手を当てて、よぉく思い返してみたら?」
「悪いな、過ぎたことは忘れることにしてる」
戯れな応酬に、クスクスと密やかな笑い声が響いた。
そう、このまま戯れで済むだろう――十中八九は。
しかし、ある者は敬意を、ある者は畏れを込めて魔女と呼ぶ女が相手ならば、或いは、もしかすると……その可能性も、完全に捨て切ることができない。
「黙って食わせねぇと、仕込んだ意味がないんじゃねぇか?」
試すようにジンが問いを重ねると、ベルモットは尚もクスクスと笑い声を転がしながら、いいえ、と答える。
「そうやって、貴方が探りを入れてくるのが楽しいもの」
ジンの鋭い双眸が眇められる――もうこの時点で、魔女の遊びにすっかりと巻き込まれている。それが気に入らないのだ。
魔女は、男が己を少しも信じていないことを知っている。互いに一糸まとわぬ姿を晒し、肌の隅々まで、もっと深いところまで触れ合っても。
くだらねぇ、と低く唸りながら、それでもジンはこの遊びから降りようとしてはいなかった。
ジンは、ベルモットを少しも信じていない。
秘密だらけの、信用ならぬ女。
危険な女。
だからこそ、この魔女を抱く。
踏み込んで、秘められたものを暴いてみたくなる。
仕込まれた毒が、知らぬ内に回っているとしても。
ベルモットは、危険と知りながら手を伸ばさずにはいられない、彼のどうしようもない欲望もよくよく知っていた。
その欲望は、男の本能から来る単純なものとは異なる、もっと救いようのないものだということも。
やがてジンは、胸の内に今一度、深々と煙を吸い込んでから、サイドテーブルの灰皿で煙草をもみ消した。
その指は灰皿から小箱へと移り、チョコレートを一粒摘み上げる。
「あら、いいの? 一口で天国行きかも」
歌うような魔女の声を、ジンは口の端を歪めて笑い飛ばす。
「ハッ、馬鹿言うんじゃねぇ。逝くとしたら、間違いなく地獄だろうが」
彼の長い指先にも、大柄な体にも、トリュフはひどく小さく見える。
小さくとも、死神をも殺すかもしれない一粒は、ゴロワーズの苦味に満たされているであろう口の中へ吸い込まれていった。
「俺も、お前もな」
情事の最中に囁いたどんな声よりも甘い響きに、魔女が一瞬動けなくなったところを見計らって。
ジンは彼女に覆い被さり、頭を押さえ込みながら、唇を押し付けた。彼の長髪がブロンドにかかり、銀色と金色が交差する。
ベルモットの咥内に、男の長い舌が乱暴に押し入る。体温で容易く溶けるチョコレートは、しかし煙草の苦味を完全に隠すことはできなかった。
甘く苦い味に絡め取られた舌が、痺れるようで。
本当に毒を仕込んだのかもしれないと、自身の記憶を疑うほどに。
悪くないかもしれない、と魔女は目を閉じる。
この味で、彼もろとも地獄に堕ちるなら。