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    ya_so_yan

    @ya_so_yan

    9割文章のみです。勢いで書いたものを置いておきたい。後でピクシブに移すことが多いです。

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    ya_so_yan

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    バレンタインのジウォ。
    どうしても兄貴が弟分に甘くなる……

    Chocolate Martini 馴染みのバーに入った時から弟分がソワソワしていることに、気づかないジンではなかった。
     それでも何も言わず、普段通り仕事の後の取り留めもないひとときに興じていると、バーテンダーが見慣れぬものを出してきた。

     カクテルグラスを満たす、濃い琥珀色の液体。
     ブラックルシアンにも似ていたが、鼻先を掠める香りはコーヒーリキュールとは違っていた。

    「頼んでねぇぞ」
     死神と畏れられる男の一瞥を受けても、裏社会の者が多く出入りする店の主人は肝が据わったもので、何も言わずカウンターの向こうで目礼して離れていくだけ。
     代わりに、大慌てしたのは隣にいた弟分だった。
    「すいやせん! 俺が頼みました。兄貴に……」
     まるで叱りつけられることが前提で肩を縮めるウォッカに、ならばなぜ兄貴分に断りなく注文していたのかと呆れる。気が小さいのか大きいのか。
    「あの……い、いらなかったら俺が飲むんで」
    「まだ何も言ってねェだろうが」
     勝手に自滅していきそうな弟分をたしなめている間も、グラスから漂うカカオの香りに目を細める。
    「……チョコリキュールか?」
    「へい……過ぎちまいやしたけど、ほら……バ、バレンタインに……どうかな、って……」
     低く太いはずの声が、か細く消え入っていく。サングラスをかけた顔を俯けているが、心なしか赤くなった耳が帽子の影から覗いていた。
     情けない、とジンはまた呆れてしまう。
    「こういう真似は、もっと格好つけてやるもんだろ。女口説く時はどうしてんだ」
    「す、すいやせん……」
     逞しい体を縮こめるばかりのウォッカに、やれやれとジンは緩く首を横に振る。
     どっしりと構えていれば、それなりに格好はつくだろうに――とは、弟分への評価が甘過ぎるだろうか。
     そんなことよりも。
    「おい。このカクテルの名前、言ってみろ」
     知らないとも、敢えて自ら言わせようともつかぬ調子で問い詰めれば、ウォッカは相変わらず兄貴分の方を見られないまま、あっさりと口を割る。
    「……チョコティーニ、です」
     カクテルの王にあやかった名前に、ジンは意地悪く笑った。
    「なるほど……バレンタインをあの女と過ごしたもんだから、拗ねてんのか」
    「えぇっ!? ちち、違いやす! そんなつもりは」
     勢いよく顔を上げて、とんでもないとばかりに両手をバタバタと振る。椅子からひっくり返りそうな勢いだ。
    「なんだ、気にしてねぇのか。寂しいもんだなぁ」
    「え、えぇ〜〜??」
     わざと落胆したような抑揚をつけてやれば、どう返せばいいのかわからなくなった弟分は、すっかり参って帽子ごと頭を抱えてしまった。
     その様子を、ジンは悠々と眺めている。
     いつもながら、見ていて飽きない。
    「……大した理由わけはねぇんです。ただ」
     弱りきった弟分は、訥々と打ち明けた。
    「ほら、バレンタインって、やっぱ大事な相手に、なんか贈ったりする日じゃないですか」
     相変わらず俗っぽさの抜けない男だ。ジンの白けた視線だけでそれが伝わったのだろう、ばつが悪そうに頬を掻いている。
    「だ、だから、そのう……やっぱ俺も、兄貴のために何かしたいって、思っちまっただけなんです」
    「……」
    「けど、俺からプレゼントできるもんなんて、たかが知れてるし……最近は、ゆっくりディナーする暇もねぇでしょ? チョコレートなんか渡すのも、女みたいで照れくさくって……だから……」
     しどろもどろに紡がれる、まとまりも洒落っ気のないつらつらとした言い訳を、ジンは軽く目を見張って聞いていた。

     兄貴のために、何かしたい?
     いつも、していることなのに?

     ハァ、と聞こえよがしの溜め息に、ウォッカはチラチラとジンの顔色をうかがう。サングラスを掛けていてもお見通しだ。
    「お前は本当に、馬鹿な弟分だぜ」
    「すいやせん……」
     謝るのも何度目か。心なしかいじけたように下顎を突き出した横顔を眺める。
     もっと堂々としていればいいのに。
     何もわかっていない。

     やがてジンはカウンターに視線を落とし、カクテルグラスを持ち上げる。
     今一度、深い琥珀色を見つめた。

    「あんまり馬鹿で心配になる。この先、俺から離れるな」

     一方的に告げて、グラスに口をつける。
     ビターチョコレートの香りと、慣れ親しんだ酒の強い酒気。

     なかなか悪くない。そう言えば少しは安心するかと隣に目を遣ると、ウォッカは間の抜けた顔でぽかんと口を開けていた。
    「あ、兄貴……そんな……っ、そんなこと」
     畏れ多い、か。当然です、か。
     容易く感極まって声が上擦り、聞こえない。
     まったく情けない。
     こんなに情けなくて面白い男は、放っておくわけにいかないのだ。
     ジンは大きな手を伸ばして、ウォッカの顎を掴む。
    「手始めに、今夜は一晩中、離れるんじゃねぇぞ」
     わかったな?
     言い聞かせておいて、返事を聞く前に、噛み付くようにして弟分の口を塞ぐ。
     サングラス越しに泣きそうな目つきを見据えながら、一口でチョコレートリキュールとウォッカが馴染んでしまった舌を捩じ込んだ。
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