宴の孤独 コルンが迎えに来た時、キャンティは強かに酔っていた。
「きゃはははっ! 馬ッ鹿だねぇアンタ、これ以上笑わせんじゃないよォ!」
パブの一角に数人の男女と陣取って、アルコールの回った赤い顔で、ケラケラと笑い声を上げる。半分肩が出たニットにスキニーパンツと、街の若者と変わらない出で立ちで、すっかり店内に溶け込んでいた。引っ掴んだワインボトルに口をつけ豪快に飲み干す姿に、周囲から歓声が上がる。
今のキャンティは裏社会の人間ではなく、どこにでもいるただの女だった。
フライトジャケットにセーター、ジーンズと、やはり街に馴染む格好をしたコルンは、席に近づいて彼女に声を掛ける。が、ぼそぼそとした低い声は、酒場特有の騒がしさに掻き消されてしまう。
それでも、キャンティは程なくしてコルンに気づき、空っぽの酒瓶をテーブルに置くや、両手を広げて踏み出した。
「やっと来たね! んも〜、遅いじゃないかァ〜!」
フラフラとした足取りに、コルンは素早く歩み寄って彼女の体を支える。キャンティが細い両腕をいっぱいに回して広い背中にしがみつくと、囃し立てる声や口笛が沸いた。
見知らぬ彼らは、コルンにも共に飲んでいくかと尋ねてきたが、断ると無理には勧めて来なかった。代わりに、キャンティが飲みすぎていることを笑い混じりに心配し、丁重に送り届けてやってくれと頼んできた。
飲んでいるうちに脱ぎ捨てていたボアジャケットを羽織らされ、コルンに半ば抱えられるようにして店を出ていく手前で、キャンティは赤ら顔で振り返り、彼らに向かっていかにも親しげに手を振った。
「さむーっ!!」
パブを一歩出るや、雪に満たない細かな氷の粒子を含んだ風が吹きつけて、キャンティはコルンの腕の中で身を縮めた。
「せっかく酒で暖まったとこだってのにさぁ! ねぇコルン、もっとしっかり抱き締めとくれよぉ」
わざと甘えるような声に、華奢な肩を加減して抱きかかえながら、帰路を辿る。
厚着の人々が忙しなく行き交う冬の通りを進みながら、コルンはぽつりと尋ねた。
「さっきの、皆……友達?」
「あん? 今夜知り合っただけの奴らだけど」
「そうか……」
「安心しなよ、足つくような真似してないって」
コルンは、装いを変えても変わらずサングラスをかけた顔で、腕の中を覗き込む。
顔色は酒で火照ったままだが、キャンティの表情はつまらなさそうに冷めていた。
「飲んで馬鹿騒ぎできりゃ、誰だっていいんだよ。どさくさに紛れてたっぷりタダ酒食らってやった」
冬に似合うカラーで彩られたリップから、ぺろ、と真っ赤な舌が突き出る。言われてみれば、店を出る時に財布を出した覚えがない。
コルンは彼女とテーブルを囲んでいた人々を思い出す。誰も彼も楽しげで、見るからに善良だった。一夜に知り合った女がひとり、うっかり飲み代を払わず帰ったところで、やれやれと苦笑するだけで済ませることだろう。
そうさせるだけの魅力がキャンティにはある。人殺しの仕事をひととき離れ、残酷さがなりを潜めた彼女は、口は悪いけれど親しげで陽気な客人だ。寒い夜の宴を、じゅうぶんに暖めてくれる。
「キャンティ、楽しそうだった」
当の彼女もご機嫌で酒を煽っていたのを思い出し、コルンは呟く。
すると、思いのほか低い声がしみじみと返ってきた。
「そんなに楽しいもんじゃないねぇ」
キャンティの吐いた溜め息が、白く染まってすぐ消える。
「……騒げば騒ぐだけ、しらけちまうだけだったよ」
サングラスの奥で、コルンは目を細めた。
コルンは、そんな気持ちをよく知っている。
他人と一緒にいる方が、孤独だ。
キャンティはもっと暖を求めるように、歩きながらぐいぐいと体をくっつけてくる。
「なあコルン〜、家で飲み直そうよ」
「キャンティ、飲み過ぎ」
「いいんだよ、寒さで酔いも醒めちまった」
「明日、また二日酔い……」
「うるさいねぇ! 明日の二日酔いは明日後悔すりゃいいんだよ!」
キャンティの拳が、コルンの脇腹を小突く。壁のように硬い体はびくともしない。
それなのに、彼女がさらりと口にした一言に、コルンは肩を震わせた。
「アンタとなら、しらけないんだからさぁ」
コルンの口元が微かに煙る。
吐息がこぼれるだけで、言葉が出ない。
俺もそうだ、と。
キャンティとなら、ふたりきりで、少しも孤独ではないと。
そう伝えたいだけなのに。
つい、加減を忘れて強く抱き締めた腕の中で、痛いよ、とキャンティが笑った。