好きにならずにいられない 身を焦がすほどの日差しは、容赦なく肌を突き刺し続けている。ジュンは恨めしげに空を見上げてため息をついた。それから汗に光る腕を持ち上げてスマホの画面を見た。気温のせいかスマホが熱を持っている。一時間前には百パーセント近くあったはずのバッテリーが、もう七十パーセントを切っていた。またふぅ、と息を吐いて電源ボタンを押した。この一連の動作も何度目だろう。
「おっせぇな」
ジュンは炎天下のなか、駅前にある彫刻の前で人を待っていた。
誰を待っているか、それは自身にも分からない。分かっているのは、十代後半から二十代前半の男性で、背が高く、中性的な顔立ちだという特徴。ニックネームが太陽の絵文字だということだけだった。
もう一度スマホを出し、その人物のプロフィールを開いた。
「たいよう……、おひさま?」
目印になる持ち物の欄を見れば、『ぼくを見れば誰もが振り返るから、すぐに分かると思うね♪』などと書かれている。こんなふざけたことを書く奴だ。待ち合わせを二十分過ぎても何の連絡もないのだし、自分はすっぽかされたんだろう。
人待ち顔で居た周りの人も相手を認めては去り、また新しい人が来る。二人連れの女性が近くに来たので少し移動し、またスマホを見た。やはり何の連絡もなかった。
「帰りますか……」
「『アイドルですか?』……」
そう言った隣の女性を見た。女性は視線に気づいてジュンをチラリと見たが、すぐに友人へ顔を向けた。
「……ってあの人に訊いてみちゃう?」
「えー、やめようよ。でもすごいカッコイイね」
「顔ちいさっ、足長すぎる。何頭身!?」
「ちょっと、こっちくる!?」
女性たちが噂する『あの人』は当然自分のことではなかった。前方からやってくる男性のことだろうとすぐに分かる。アイドルかは知らないが、明らかに道行く人とは違うオーラを放っていた。
『アイドルですか?』
ジュンは一瞬でも自分に向けた言葉かと思ったことを恥じた。自分などがそんな風に言われるはずもないのに。
男性は真っ直ぐにジュンの方へ歩いてくる。作り物みたいに整った顔がジュンに向かってふわっと緩められれば、ドクッと鼓動が跳ね上がった。
「え? オレに笑ってる?」
動揺するジュンに向かって、男は長い腕をぶんぶんと振ると、予想外の大きな声でジュンに呼びかけた。
「やぁジュンくんだね! こんにちはっ!」
「え……?」
十代後半から二十代前半の男性、背が高く、中性的な顔立ち、そして誰もが振り返る――
「え、おひさま、さん……?」
絵文字の通り、眩しい太陽のような男がジュンの目の前に立ち止まった。
「きみ、レンタルフレンドサービスを依頼したジュンくんで合ってるね?」
「ちょっ、おひいさんこっち……!」
隣に居た女性たちの好奇の視線が刺さる。
ジュンは男の腕を掴んで、ひと気のない駐輪場の方へ引っ張っていった。腕を掴んだまま、ジュンより少し背の高い男を見上げる。
「あのですねぇ……!」
「ダメダメ! 最初に言っておくけど、ぼく、そういうえっちなサービスはしないからね!」
「はぁっ!? 何言ってんすか、あんた! えっ、えっちなことなんてする訳ねぇでしょうが!」
「え〜? だっていきなりこんな暗がりに連れ込むから。そういうつもりでぼくをレンタルしたのかと思ったね」
「あんたが余計なこと大声で言い出すからでしょうがよ」
男はいまいちピンときていないように首を傾げる。
「それより、そのあんたって言うのやめてほしいね」
「名前知らねぇし」
「そうだっけ、さっきおひいさんって」
「あぁ、プロフの名前がおひさまの絵文字だったんで」
「なるほど。ぼくは『日和』だね。だから『おひいさん』のままで構わないね!」
そう言って『日和』と名乗った男は、うんうんと満足げに頷いた。
「じゃあ改めて契約内容を確認しようね。時間は十五時から二十一時までの六時間」
「あんたがたっっぷり遅刻してきたんで、もう十五時半近いですけどねぇ」
「……んもうっ細かいね! 十五時半からの五時間半、一時間ええと五千円だったかな? 諸経費込みで三万円でいいね。前払いになるけど……きみ、お金あるの?」
「……ありますよ」
ジュンはポケットから半分に折られた裸の一万円札を数枚出すと、そのうちの三枚を日和に渡した。
「……ふぅん?」
訝しげにジュンを見ながらも、日和は札をポケットにしまった。
「それで? ぼくは何をどんなふうに演じたらいいの? オトコ心を擽るかわいい恋人? それとも大人の魅力溢れる綺麗な恋人?」
「恋人!? 何をアホなこと言ってるんすか」
「じゃあお友達かな?」
「いえ、その……」
言い淀むジュンに日和は顔を近づける。同性ではあるが、確かに恋人の役割を求めてもおかしくはない、魅力的な顔立ちをしている。
「……そうですね、じゃあ友達で。ただ一緒に過ごしてくれればいいです」
日和の紫の双眸がジュンの目を探るようにジッと見る。しばらくして底抜けに明るく、にっこりと笑った。
「うんうん、このおひいさんに任せるといいね! これから五時間半、親友のぼくと最っ高に楽しい時間を過ごそうね!」
キラキラと、光が弾けた気がした。
ジュンの前にいるのは本名も素性も知らぬ、数分前に会ったばかりの男だというのに。彼から弾けた光が、荒んでいたジュンの心を真っ直ぐに照らす。
そんな飛び切りの笑顔だった。
ジュンはあたたかくなった胸のあたりを、無意識のうちにギュッと掴んでいた。
✤✤✤
「お待たせいたしました」
店員が美しいグラスに入ったアイスティーをジュンの前に、苺がたっぷり乗ったパフェを日和の前に置いた。
店員がテーブルを離れると、日和はそのふたつを入れ替えた。
「ジュンくんどうぞ」
「えっ? これあんたが頼んだんでしょう?」
「きみがこれを食べたそうに見えたから」
「……よく見てますね。オレ苺好きなんです」
「あはは、かわいいね」
「別に……普通でしょうがよ」
口の中でモゴモゴ言いながら、トップにある一番大きな苺にフォークを突き刺した。そのフォークの柄を日和に向ける。
「どうぞ」
「……くれるの? 好物なのに?」
頷いたジュンに日和は目を細めると、身体をジュンの方へ乗り出した。
「……食べさせて?」
言われるまま、ジュンは日和の口へ苺を運ぶ。日和は髪を耳にかけ、チラリとジュンを見てから苺を咥えた。
外からの傾きかけた陽の光と、照明を絞った店内とのコントラスト。そこに苺の紅が日和の唇に鮮やかな色を添える。
不思議な気持ちだった。ジュンには自分の感情を表す適切な表現を見つけられない。
「甘酸っぱいね」
甘酸っぱい――?
これに近い気持ちかもしれない。
時が止まったように動けずにいるジュンの耳に、鼓動だけがトクトクと音を響かせていた。
「そんなに見つめて。ぼくに見蕩れちゃった?」
「……いや、口に苺ついてますよ」
「むぅっ……」
日和は上品な仕草で紙ナプキンを口に当てた。
「オレもいただきます」
ジュンはやや迷い、日和の口づけたフォークを置いてスプーンを手に取った。
「ところできみ、友達いないの?」
「訊きにくいことをよくもまぁあっさりと。……いませんよ」
「恋人は?」
「いるように見えます?」
「見えないね。よく見たらかわいいお顔しているんだけどね。まあぼくの足元にも及ばないけど」
「……一応、オレ客ですよね」
「でもさっきの店員さんはジュンくんのほうが好みみたい。目つきの悪いきみが、しあわせそうに苺パフェを頬張る様子をチラチラ見ているね。ギャップ萌えっていうやつかね?」
「ぶほっ……!」
店員のほうを見て確かめることなどできない。ジュンは喉につかえた苺を、レモンフレーバーの水で押し流してから話題を変えた。
「ごほっ、……ところでおひいさんはなんでこんな仕事をしてるんです? 大学生とかですか?」
日和の身なりはジュンよりずっと上質なものに見えた。この仕事の報酬で得たものだろうか。上品な立ち振る舞いから感じる育ちの良さ、あけすけな物言いは、この仕事にはいささか不似合いな気がする。一方で、リピーターも多いのかもしれないとも思う。
「……うーん、社会勉強かな?」
詳しく語る気はないようで、日和は視線を外すとグラスのプレート部分に施された波のような模様を撫でる。ストローを回せば、氷がカランと涼しげな音を立てた。
「このあとどうするの? お友達とどこへ行きたいの?」
「よく分からないです。あんたは友達ってどこへ行くもんか知ってます?」
「うーん、ぼくも男の子のお友達とは遊ばないからね。女の子とはこうしてカフェでお茶したり、ショッピングしたり、カラオケに行くこともあるかな」
この見た目ならいくらでも女の子が寄ってくるのだろう。男友達などいなくてもいくらでも楽しい時間を過ごせるはずだ。
ジュンとは何もかもが違う男。だからといって嫉妬する気も起きない。どこか憎めない愛らしさを備えていた。
「じゃあカラオケ行ってみる? きみと密室なんて汗臭そうだけど」
「だ、れ、の、せいでこんなに汗だくになったと思ってるんすかねぇ〜!?」
前言撤回だ。憎たらしいことこの上ない。
ジュンはテーブルの上の伝票を掴んで立ち上がった。
✤✤✤
「ジュンくん歌って!」
気が乗らないジュンがフードメニューを眺めていると、日和がマイクを押し付けてきた。何かのランキングに入っていた歌を勝手に予約したらしい。
流れ出した歌はジュンの知っているものだった。
「え、えっと……♪〜」
焦ってしまった歌い出しはキーがブレてしまった。ジュンは恥ずかしくなって日和をチラリと見る。
日和は選曲リモコンを操作していた手を止め、凭れていたソファから身体を起こした。背筋を伸ばし、真剣な表情で歌を聴いている。
「♪〜♪〜♪ 」
「……きみ、なかなかいい声してるね」
一曲歌い終えると、日和は目を見開き、感心と驚きが入り混じった声で言った。
「そ、ですかね。ありがとうございます」
ジュンだって褒められれば悪い気はしなかった。
「ねぇ他にも何か歌ってほしいね?」
日和はリモコンを持ってジュンの隣に座り直した。二人でリモコン画面を見て、ジュンが歌えそうな曲を探す。
「失礼しまーす!」
ジュンが次の曲を歌い始めたところで、ノック音と同時に若い女性店員が入ってきた。
「こちらへ失礼しますね〜」
ドリンクをテーブルへ置きながら、何故か店員はチラチラとこちらを見る。やや不快に思いながらも理由を考えて、ふと気づいた。
八人ほどが入れる部屋であるのに、ジュンと日和はぴったり寄り添って座っていた。密室に二人きり、恋人同士のような距離感だ。
間奏に入ったところでそっと日和を見た。ほんの二十センチ先にある整った顔が、ジュンを見てにこりと笑った。
「……!?」
いや、近い。本当に近すぎる。
肩だって腿だってぴったりとくっついているじゃないか。
「あの、離れて……」
「なぁ〜に〜? 聴こえないね?」
日和はジュンの口元に耳を寄せる。シャンプーの香りがふわりと鼻先を掠めると、心拍がおかしな具合に跳ね上がり身体が熱くなった。
歌い終わると、ジュンは入口にあるエアコンの操作パネルのところへ行き、部屋の設定温度を下げた。そのままテーブルを挟んで日和の向かいのソファへ座り直す。
「何でそっちに行くの?」
「いやなんか暑いし」
「エアコン効きすぎて寒いくらいだね」
「オレ汗臭いでしょうよ」
「それほど不快じゃないね」
「……あんたも何か歌ってくださいよ」
「ぼく普段あまり歌わないんだよね。あ、これは女の子たちが歌っていた気がするね」
薄暗い部屋で、安っぽいミラーボールの光が日和の顔を照らし出した。それが酷く不似合いに見える。だが、日和が歌い出せばそんなことは少しも気にならなかった。日和が選曲したのは少し前に流行ったアップテンポの曲で、韻を踏んだ早口の歌詞が耳に残る。曲が終わると、ジュンは思わず拍手をしていた。
「……あんたこそいい声してますね」
「まぁ、ぼくだからね!」
芯のある甘やかな声は耳に心地よい。彼がアイドルを目指したなら、あっという間にデビューし、この容姿も手伝ってかなり人気が出るんじゃないだろうか。
そう、自分なんかとは違って。
ジュンは膝の上で拳をギュッと握った。
「ほんとに、上手いです。オレよりずっと」
予約中の曲はゼロになっていた。キィーンとマイクが耳障りな音を立てる。日和はマイクをオフにしてテーブルへ置いた。どこか別の部屋からの調子外れな歌がかすかに漏れ聞こえる中、どちらもしばらく黙っていた。
「……オレ、アイドル、目指してるんすよ」
「受付で玲明学園の学生証を見たね。アイドルやその卵が通っているんだったね?」
「はい。特待生と非特待生ってのがいてオレは非特待生。つまり……孵化しない卵です」
「きみの学校はずいぶんと見る目がないんだねぇ」
「正当な評価なんじゃないすかね」
「ふぅん?」
日和はアイスティーの入った安っぽいプラスチックのカップを持ち上げる。ストローでひと口飲むと眉をひそめた。
「綺麗なグラスに入ったアイスティー、濁ったプラスチックカップに入ったアイスティー。仮に中身が同じなら、どちらが美味しそうに見える? 人はね、装いからも中身を判断されるの。きみがきみ自身を出来損ないだと思って振舞うなら、評価もそれなりだろうね」
日和の言わんとすることは解る。けれど『孵化しない卵』実際それがジュンの評価なのだ。誰にも認められず、褒められずとも自信を持ち続けられるほどジュンは自信家ではないし、厳しい現実を知りすぎてもいた。
だから今だってこんなことに時間とお金を遣っている。
「まぁぼくほどの人間なら『ホンモノ』を見抜けるね。ジュンくんの歌声、ぼくは好きだね」
「……ッ」
これもサービスの一環かもしれない。ジュンの欲しい言葉を見抜いて、いい気分にさせようとしているだけ。本心かどうかなんて分からない。
そう思うのに、日和の静かな声は、擦り切れたジュン心の奥深くまで優しく沁み渡った。
「……っあんたは、ずいぶんと偉いんすねぇ?」
精一杯平静を装った声は微かに震えた。
「ふふん♪ ぼくだからね!」
「ははっ、そのポジティブさが羨ましいっすよ。おひいさんがオレとユニットを組んでくれたら、何でも上手くいくような気がしますねぇ」
日和は真顔になって、大きな目をさらに見開いた。
「きみと……ぼくが……?」
「何言ってんだろ。そんなことできるわけねぇのに――」
プルルル……
部屋の電話が鳴って、会話は断ち切られた。
「もう時間ですね。延長します?」
「……ううん、いいかな」
ジュンは頷いて電話を取るために立ち上がった。
✤✤✤
「うーん、まだ蒸し暑いね!」
ほんの少し日差しは和らいだろうか。それでも外へ出た途端に熱い空気が二人を包み込んだ。
少しも経たぬうちに汗が滲む。また汗臭いなんて言われないようにと、ジュンは日和から距離を取った。
「……っすんません!」
向かいから来る歩行者と肩がぶつかった。駅から途切れることなく人が流れてくる。それを避けるうちに、結局は日和と肩が重なるほどに近づいた。
「なんか、人多くないです?」
「今日はお祭りみたいだね。夜には花火大会もあるんだって」
「ああ、だから浴衣の人多いんすねぇ」
「ねぇ特に行きたいところないなら、お祭りに行ってみない?」
「そうですね、行きましょうか」
車両通行止めになっている車道には、両サイドに屋台がずらりと並んでいる。その間を屋台へ並ぶ人と歩行者が埋めつくしていた。
足元もろくに見えない道をジュンが先になり、その少し後ろを日和はキョロキョロしながらついてくる。
「ジュンくんジュンくん!! 見てりんご飴だね! このいい匂いは焼きとうもろこしかな? あっちのベビーカステラって何? お好み焼きも――」
「ふはっ……!」
「なんで笑ったの?」
「だっておひいさん、目をキラキラさせて食べ物の屋台ばっかり。かわぃ……」
「かわ……?」
「かわ……ってますねぇ?」
思わず言いそうになった言葉を呑み込んだ。
――オレ、何を言おうとした『かわいい』……?
「いやいやないだろ……。あれ……? おひいさんっ!?」
振り返ると日和の姿が消えていた。後ろから押し寄せる人波に抗い辺りを見回す。日和の人を惹きつけるオーラさえ埋もれてしまうほどの人混みだったが、ジュンはすぐに彼を見つけた。十メートルほど前方で日和も同じようにジュンを探しているようだ。ジュンに気がつくと大きく手を振った。示し合わせて、少し先の屋台の隙間で合流しようとなんとか進む。
「おひいさん!」
「ジュンくん! ……あっ!」
縁石に足を取られ、よろけた日和を胸の中に抱きとめた。
「大丈夫です?」
「うん、ごめんね」
「いや……」
香水でもつけているのだろうか。汗だってかいているはずなのに、日和からはまたもいい匂いがした。日和はジュンの肩に手を乗せたまま顔を上げ、ホッとしたように柔らかく笑った。
「ありがとう」
「い、え」
ジュンは日和から目を逸らした。『かわいい』、そう思ったのは今度は確実に気のせいではなかった。
「ジュンくん、電話番号教えて」
「えっ……?」
「また、はぐれちゃうと困るから念のためね。本当はいけないことなんだけどトクベツね」
「あ、はい……えと、0××――」
ジュンが告げた番号に日和が電話をかける。ジュンのスマホが震え、日和の番号が表示された。
「あ、りがとうございます。いやでもバッテリーがなくなりそうで、大丈夫かな」
勝手に口角があがってしまった。誤魔化すように早口に言葉を繋げていく。
「どうします、屋台で何か買いますか? どこかで休みます?」
「ぼく買いたいものがあるんだけど、屋台にはないみたい。もう少し歩いてもいい?」
「何です?」
「……内緒♪」
再び人の流れに乗ろうとするが、変わらず狭い歩幅で進むしかないほど混雑している。
「手を……」
ジュンは手を差し出した。
「繋ぐのはどうですかね? ……ってはは、嫌ですよね」
「嫌じゃない! ……嫌じゃないね」
慌てて引っ込めようとした手を掴まれる。日和は口元を緩めて視線を下に落とした。
「ジュンくんが嫌じゃないなら、ぼくは……」
「……行きますよ」
密やかなときめきを手の中に隠して、ジュンと日和は流れる人々の一部になった。
手を繋いでいる時間がずっと続いたらいいのに。
気温にも人の熱気にものぼせそうなほど息苦しいというのに、ジュンはそう思わずにはいられなかった。
「あ、ジュンくん止まって! ここで少し待っていてくれる?」
「コンビニ?」
「コンビニって何でも売ってるんだよね?」
「まぁ大抵のものは……?」
一緒に入ろうとするジュンを止めて、日和は一人で店内に入ってしまった。
少しして日和がビニール袋を提げてコンビニから出てきた。
「おひ……」
呼びかけようとした言葉は途中で途切れた。日和は一人ではなく、若い女性と一緒だったからだ。祭囃子の中でお互いの声が聴き取れないのか、日和と女性は顔を寄せて楽しそうに話している。
ジュンが二人に近づいていくと、弾んだ日和の声が聴こえた。
「おかげで良い日和になるね!」
「おひいさん……!」
「ジュンくん? ……えっ!?」
ジュンは二人の間に割り込んで、日和の手を掴んでいた。屋台のある大通りから外れて、人の少ない裏道を早足に進む。
理由なんて分からないけど、とにかく腹が立って仕方がない。一刻も早く日和とさっきの女性を引き離したかった。
「ジュンくん待ってよ! ねぇジュンくんたらっ……!!」
強く手を振り解かれた。日和を見れば不機嫌そうに眉を寄せている。苛立っているのはジュンの方だと言うのに。
「……あんたオレと金で契約してるんですよね? なのに女の人に声かけるとか、どういう神経してんですかね」
つい尖った口調になってしまう。日和の眉間のしわが深くなっていくことに気づいているのに、なかなか言葉は止まらなかった。
「ちょっといい顔すれば誰でもあんたに靡いて気持ちいいでしょうよ。でも――」
「ジュンくん、きみねぇ……」
「今はオレのことだけ見ていてくださいよ!!」
「……ジュンくん」
日和の表情はいつの間にか綻んでいた。それを見てジュンは失言に気づく。
「あ、ぅいや、その、ですね」
「うんうん、ジュンくんヤキモチ妬いちゃったんだね。かわいいね!」
「あ゙ーー!!」
「ぼくはちゃんときみを見てるよね。目的のものも買えたし、どこか座れるところに行きたいね」
言い返す言葉も見つからないまま、日和に背を向けて歩き出すと腕を引かれた。
「手を繋ぐの忘れてるね」
ジュンは戸惑うことなく日和の手を握った。人混みからは外れ、手を繋ぐ理由などもう無くなってしまったけれど。
座れるところといっても花火大会の場所取りが始まっていて、なかなか適当な場所が見つからなかった。
腕を絡めた恋人同士やふざけ合う中学生くらいの少年たちとすれ違う。父親に肩車をされてご機嫌な子供と、二人をうちわで扇ぐ母親が前を歩いている。
ふとジュンの足が止まった。ジュンはガラスのショーウィンドウ越しに彼らを眺めているような気分になる。ここにはジュンが得たくても得られなかった幸せが当たり前にあって、ジュンには手が届かない。
「ジュンくん、どうかしたの……?」
「いや、……みんな楽しそうだなって」
日和がギュウと強く手を握った。
「んもうっ! ジュンくんだってぼくだけを見ていてほしいね!」
「ぅ、すんません……」
「ぼくと居られる奇跡をもっとありがたく思うべきだね!」
「はいはい、ありがたくって涙が出ますよぉ。あ、確かあっちに公園があったと思います」
結局、祭り会場からだいぶ離れた、海岸沿いの小さな公園まで来てしまった。そこに来てようやく手を解いてベンチに座る。潮と日光で朽ちかけた鉄製のベンチは、ギイと情けない音を立てた。
「ジュンくん目を瞑って」
言われるままに目を閉じると、波音と潮の香りを強く感じた。ガサガサとビニール袋が擦れる音をさせながら「待ってね、見ないでね」と日和が念押しする。
「……いいよ」
ゆっくりと目を開くと、少しして焦点が日和の手の上に合う。
「――え、は? ケーキ?」
コンビニのビニール袋から出てきたのは、小さな苺が乗ったショートケーキだった。
「さっきのお姉さんが最後のひとつを買おうとしていたのを譲ってもらったんだね。ジュンくんが手を引っ張って早歩きしたから、形が崩れちゃったけどね!」
「すんません……?」
「ジュンくん」
「はい?」
「お誕生日おめでとう!!」
何も言えないまま、ジュンは呆然と日和を見ていた。
「あれ? 違った? さっき生徒手帳で見えたんだけど」
「そうです……けど、ですけど……」
「食べようね」
日和はプラスチックのフォークでスポンジ部分を掬いジュンの口へ運ぶ。
「うまい、です……」
けれど喉が塞がったように熱くて上手く飲み込めない。
「んー、お値段のわりに悪くないね」
日和もひと口食べてから、ひとつだけ乗っているイチゴを刺した。
「今度はジュンくんが食べてね」
「はい……」
日和がジュンの口の中へ苺を運ぶ。まだ硬い、酸味の強い苺。
「はは、すっぱいすねぇ……」
咀嚼しながら唇が微かに震えてしまう。歪んだ表情を隠すように俯いた。
「すっ……ぱい……すよ……」
「そんなにすっぱかった? ……ジュンくん?」
ジュンは片手で顔を覆った。喉につかえていた言葉を思い切って声にする。
「……今日初めて言われました。『お誕生日おめでとう』って」
「……そうなの?」
「誕生日の今日、寮に父親が会いに来たんです。だから『おめでとう』くらい言ってくれるかもしれないって期待しちまったんすよ。でも金を渡してきて『特別レッスンに申し込め』ってそれだけ」
日和はケーキをベンチに置いて、ジュンへ身体を向けた。
「親父にとって、アイドルになれないオレなんか何の価値もねぇ、そんなこと分かってたはずなんすけどねぇ。なんだか色んな気持ちでワケわかんなくなって、金を掴んで寮を飛び出してました」
「ぼくに支払ったお金がそう?」
「はい。オレ、会いたい人もやりたいことも何も無くて……それで何気なくスマホ見てたら、偶然あんたの店の広告をタップしちまったんです」
「……ねぇジュンくんは見ず知らずの誰かをレンタルしてまで、本当は何になって欲しかったの?」
「本当は……?」
ジュンはこの数時間、友達を演じてくれた日和を見た。彼の菫色の瞳は答えを知っているような色をしていた。それでも静かにジュンの言葉を待っている。
「――ッ家族。ほんとはっ、かぞくになってほしかったっ。ただ一緒にいて、『おめでとう』って言ってくれたら、それだけでオレは良かった……!」
堪えきれず声が震え、じわっと目頭が熱くなる。
溢れ出した感情と共に涙まで零れてしまいそうで、ジュンは俯いてきつく目を閉じた。なんて面倒くさい客だ。日和だって絶対に引いているだろう。
「ジュンくん」
日和がジュンを抱きしめた。包み込むように背中に腕が回る。こんな風にされるのはいつぶりのことだろう。思わず身体が強ばってしまった。
「さっきのは『友達』のぼくからのおめでとう。今回は『家族』としてのぼくから言うね。お誕生日おめでとう、ジュンくん」
日和の手がジュンの汗ばんだ背をさすり、後頭部を撫でた。優しく、慈しむように。
「……はは、何でもありですねぇ」
「ふふ、お誕生日だからトクベツ。きみにはぼくが居る。ぼくが何にでもなってあげるね」
ジュンの身体から徐々に力が抜けていく。目を閉じたまま、日和に身体を預けた。
「……そう、良い子だね♪」
「なんかすんません。情けない話、聴かせちまって」
「ううん。もっときみのこと知りたいね。それにジュンくんの声、波音みたいに心地よくてずっと聴いていたいくらいだね……」
ジュンを包む腕にキュッと力がこもった。
「……すごく、好き」
『好き』という言葉に心音が加速していく。その音が日和にも伝わってしまいそうで、ジュンは顔を上げた。
「あ……」
思ったよりずっとそばに日和の顔があった。
その顔がもっと近づき、ジュンの頬に口づけた。
「おめでとう……。これは『恋人』のぼくからのおめでとうだね」
唇が触れた部分がカッと熱を持った。
「こ、いびと……!? えっちなサービスはナシなんっじゃ……」
「へぇ、これはえっちなことに入るんだ? かわいいね。本物の恋人なら、こんなものはえっちなことのうちに入らないと思うね」
「……どんなことするんすか? 本物の恋人なら」
「してもいいの……? 偽物なのに」
潮風が日和の髪を強く弄び、表情を隠してしまった。ジュンはもっと顔を見たくて、髪へ指を通す。ジュンを揶揄うくせに、意外にも緊張したように揺れる視線とぶつかった。
「オレからしてもいいですか」
日和は添えられたジュンの手に、頬を擦り寄せるようにして頷いた。
呼吸のタイミングなんか分からないから、息を止めて顔を近づける。日和が目を閉じた。さらに体温が上がり、痛いくらいに鼓動が胸を叩いている。ベンチに手をついて最後の距離を詰めた。唇同士があと少しで触れる――
ギィ――――!!
ベンチが哀れな悲鳴をあげた。
「……んで肝心なときに……!」
「あはっ……!」
「笑わないでくださ……んっ!?」
ジュンの唇を日和の唇が素早く奪った。
「ふふ、ジュンくんのキス甘酸っぱい。悪くないね」
「それは良かったですよぉ。ファーストキス捧げた甲斐がありました」
「おや、それじゃあぼくのこと一生忘れられないね」
「一生忘れません。あんたも数いる客の一人とはいえ、一週間でいいからオレのこと覚えていてほしいもんですね」
「……ジュンくんぼくね。本当は――」
――――ドンッ!!
腹に響く音が日和の声をかき消した。
「花火始まりましたね」
「うん、ぜーんぜん見えないけど」
どうりで人が居ないはずだ。二人のいる公園からでは建物が邪魔になり、花火はほんの一部しか見えなかった。
「せっかく夏祭りに来たっていうのに、屋台でも何も買わずにコンビニのケーキ食べて、花火もほとんど見えないとか。ははっ……!」
「でもぼくは楽しいね」
「オレもです」
明滅するカラフルな花火の切れ端。風に流される煙。パラパラと空気を叩く音。
華やかな夏の夜、その欠片だけでもジュンには充分に幸せだった。けれど火花が散るたびに、切なさも胸に降り積もり苦しくなっていく。
だって――
「この花火が終わったら……」
最後まで言うことはできなかった。
花火が終われば二十一時になる。日和との友達であり、家族であり――恋人、の時間は終わる。
日和の手を握った。それはすぐに日和に解かれて、指の間を絡めるように握り直された。
フィナーレとばかりに花火が続けて上がり、やがて何の音もしなくなった。
「終わりだね、ジュンくん」
「おひいさんっ……!」
「目を瞑って。いいって言うまで開けちゃダメだね」
日和の手に促され、ジュンは瞼を閉じた。
「……またおひいさんをレンタルしてもいいですか?」
日和と自分はひととき限りの契約関係。ルール違反だと嫌がられるかもしれない。それでもジュンは言わずにはいられなかった。
「もう一度会いたいです……!」
しばらくしても返事は返ってこなかった。ジュンはそっと目を開ける。
「――おひいさん!? おひいさん!!」
日和の姿はもうなかった。ベンチにはビニール袋の上に置かれた食べかけのケーキ。ケーキのパッケージに押さえられるようにして三万円が置かれていた。
「あっ電話!」
先ほど教えてもらった電話番号の存在を思い出した。
「はぁっ!? なんで点かねぇんだよ!?」
ジュンのスマホ画面は花火を終えた夜空と同じ、真っ暗のままだった。
「おひいさん!! おひいさんーーっ!!」
✤✤✤
あれからスマホは完全に壊れ、日和の電話番号も分からずじまいだった。日和をレンタルした会社を検索するがなかなかヒットせず、やっと見つけたそれらしき番号へ電話をかけてみたが、そのときにはもう使われていなかった。
時間が空くとジュンは、現れるはずのない日和を待って、待ち合わせた駅前に何度も立った。二人で行ったカフェやカラオケにも行った。日和も自分を探しに来たことがあるかもしれないと店員に訊ねたが、期待した返答は得られなかった。
ケーキを食べ花火の欠片を眺めた公園に何度目かに来たときには、冷たい空気に身を縮ませる季節になっていた。
「え……そんな、」
二人がキスをしたベンチは新しいものに変わってしまっていた。ジュンはベンチに座り、ここへ来る途中にあのコンビニで買ったショートケーキを膝の上に出した。中身は以前と変わらないように見えるが、パッケージにはクリスマスリースがプリントされている。確かに特別感は増しているが、一人きりで食べるケーキは何とも味気なかった。
ジュンはあの日のように目を閉じた。
時間が経つごとに、日和と過ごした時間は夢か幻のようにも思えてくる。だと言うのに記憶のなかで日和の姿は、色褪せるどころか鮮明になるばかりだ。頭のなかの日和が、眩しいほどの笑顔で『ジュンくん!』と呼びかける。
「メリークリスマス、おひいさん」
呟いて目を開けた。クリスマスだからといって、目を開けたら日和が居るような奇跡が起こるはずもない。
「おひいさん、おひいさん……おひいさんっっ!」
吐く息は白く広がり、視界を歪ませる。ジュンの寂しげな声は誰にも届かないまま、波音に紛れてしまった。
その日からジュンは日和を探すのをやめた。その分、今まで以上に歌やダンスの練習に励んだ。日和から返された金もレッスン代に充てた。
たった数時間一緒に過ごしただけ。フルネームも年齢も分からない。そんな日和にどうしてあのときキスをしたのか、こんなにも会いたくて焦がれるのか――。明白な答えを認めるのが怖かった。
もう会えないならば、忘れてしまいたいとまで思うときもあった。それでもどうやっても忘れられず、半年経った今、ジュンは自分の心が示す答えを素直に受け入れていた。
――オレはおひいさんに恋をしていた。
✤✤✤
「はぁ……」
教室での退屈なホームルームが終わると、思わずため息がこぼれた。窓の外では穏やかな日差しが、例年より遅く開花した桜の花を照らしている。そんな心が綻ぶような景色を見ても、ジュンにはなんの期待もなかった。今日から二年生に進級したが、きっと今年も前年と同じだ。仕事でも芽が出ず、特待生にこき使われるだけの日々が続くのだろう。
始業式の行われる講堂へ向かおうと廊下に出る。前方がなんだか騒がしい。ジュンの足がふと止まった。
「嘘だろ……」
玲明の制服、特待生の証であるストライプが入ったネクタイを締めた男が、腰に手を当てて立っていた。
十代後半から二十代前半の男性、背が高く、中性的な顔立ち、そして――男の横を通り過ぎた生徒がみな振り返る。
「おひいさん……っ!?」
「ジュンくん! んもうっ、きみがなかなか会いに来ないから、ぼくから来てあげたね!」
「…………」
「あれあれ? 感動のあまり声も出ないのかな?」
「は、あんた……? なんでここに? 高校生……?」
「ぼくは今日からこの高校の三年生だね。あの頃は父上からの課題で色々な事業を学んでいてね。たまたまあのレンタルフレンドサービスに居たの。そうしたら未成年は利用不可とも知らず、ジュンくんが依頼してきた。ぼくは依頼の理由が知りたくて、きみに会いに行ったんだね」
日和の姿と次々と聴かされる情報に、ジュンの頭の中は混乱して言葉が出てこない。
「変な子なら帰ろうと思って様子を見ていたんだけどね。きみはなかなか来ないぼくを、炎天下の待ち合わせ場所で律儀に待っていた。お人好しにも、女の子たちが来たら僅かな日陰さえ譲ってね」
「ずっと見てたんすか!?」
「だってちゃんと見極めないと、かわいいぼくの身が危ないね?」
いつの間にか廊下の生徒たちはみな居なくなり、ジュンと日和の二人だけになっていた。
「どうして……また会いに来てくれたんすか?」
「……ジュンくんがまたぼくをレンタルしたいって言ったからだね。色々準備を整えるまでに半年もかかってしまったけど」
ジュンの教室に入っていく日和のあとに続いた。春の教室には、外からの陽光の欠片がキラキラと舞っている。窓辺に行くと日和は足を止めてジュンを振り返った。
「それでジュンくんはぼくにどんな役を演じてほしいの? また友達? それとも家族?」
「恋人になってほしいです。……演技じゃない本物の恋人に」
この半年、ずっと伝えられずにいた言葉が一気に込み上げ、解き放たれた。
「おひいさんのこと、好きになりました」
日和の緩やかに弧を描いた唇から、じわじわと顔いっぱいに笑顔が広がっていった。
「……ジュンくん、ぼくもきみのことが好きだね」
「……本物の恋人に、なってくれますか?」
「ふふっ、なってあげるね♪ じゃあそういうことだからネクタイ、取って?」
「へっ!?」
「手伝ってほしいの?」
日和の指がジュンのネクタイの結び目を解いていく。
「え、えっちなことはアリなんです? いや恋人だからって学校でいきなりは……!」
「あはははっ! 何言ってるのジュンくん! ネクタイを取り替えるだけだね」
「ネクタイ……?」
「きみは今日から特待生だね。ユニットでもぼくの相方になるの。ぼくと一緒ならきみはもっともっと輝けるはずだね!」
「はあっっっ!?」
日和はポケットから特待生のネクタイを取り出すと、ジュンの首にかけて結び始めた。
「うんうん、なかなか似合っているね!」
「どうも……?」
ジュンはまだ状況を呑み込めず、目をパチパチとさせている。日和はジュンのネクタイを強く引いた。勢いのまま唇を押し付けるようにキスをする。
「……ッおひいさんっ!?」
「ふふっ、きみって本当にかわいいね」
「くそっ……次こそオレからキスしますからっ」
日和の腕を掴んで、自分より少し背の高い彼を見上げる。ジュンが顔を近づけるのに合わせて日和の瞼が伏せられた。ゆっくりと唇が重なると、胸の奥から熱い想いが次々と溢れてくる。
ずっとずっと会いたかった。好きだと言いたかった。手を繋いで、抱きしめて、恋人のキスをしたかった。
唇を離すと日和は切なげに眉を寄せ、長い睫毛を震わせていた。
「ジュンくんっ……会いたかったね……」
「……オレも会いたかったです」
日和がここに居ることも特待生のことも、ジュンには分からないことがまだたくさんある。日和自身のことだって知らないことの方がずっと多いし、日和からしてもジュンのことで知っているのは、ほんの一部だけだろう。
だけどはっきりと分かるのは、いつどんな出会い方をしても、日和を好きにならずにはいられないだろうということ。
お互いのことはこれから時間をかけて知っていけばいい。ひとつ、ひとつ、じっくりと。
まずは――
「オレ、漣ジュンって言います」
「ぼくは巴日和だね!」
キラキラと光が弾けるような日和の笑顔。ようやく見ることができた本物は、頭のなかで擦り切れるほどに繰り返されたものよりもずっと眩かった。