ケーキ「いらっしゃいませ~!」
店内に入ってすぐに店員の元気な声がウルフウッドを出迎えた。仕事帰りに立ち寄った店内には女性や子供しかおらず、男性はウルフウッドしかいない。男性客、それも一人で入って来たのが物珍しいのか、数人の不躾な視線がウルフウッドに突き刺さる。常ならば回れ右をして店から出ていくところだが、今のウルフウッドは周囲の視線など気にならない。視線を無視してケーキが並べられたガラスケースに近付いた。
甘い物はあまり好かないウルフウッドではあったが、この時は入ったばかりの後輩が大きなミスをしてしまい、そのアフターフォローの為に奔走し、なんとか定時に終わらせる事ができたが非常に疲れ切っていた。
へとへとの体で家へと帰る為に歩いていた途中、目に入って来たケーキの文字にふらりと立ち寄ったのがこの店だった。特にケーキを食べたかった訳ではなかったが、家でウルフウッドの帰りを待っているだろう恋人は甘い物が好物だ。よくドーナツを買ってきてはニコニコと幸せそうな顔で頬張るのを見るのが好きだった。
よく回らない頭でケース内に並べられた色とりどりのケーキを眺める。ショートケーキ、ティラミス、モンブランなど、味も苺にチョコ、抹茶と豊富な種類があった。恋人の好きなケーキはなんだったかと思い出しながら、店員に話しかける。
「すんません。このケーキが欲しいんやけど……」
「はい! ショートケーキですね! お一つでよろしいですか?」
「おん。あとこれとこれと……こっちのも一つずつ下さい」
長々とした横文字を読む気力もなく、ただこれが欲しいと指を刺すだけのウルフウッドは店員からすれば面倒くさい客だろうが、店員のお姉さんは笑顔でケーキを一つずつ丁寧に取り出し、慣れた手付きで箱に入れていく。
財布を取り出して代金を払い、ケーキの入った箱を受け取って、店員のありがとうございましたという声を背に店を出た。自分は食べないというのに4つも買ってしまったケーキ箱を抱え、ウルフウッドは今度こそ家へ帰る為に歩き出した。恋人の喜ぶ顔を思い浮かべながら。