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    numasoko_tri

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    人外台風×人間葬儀屋。ワイ夏もどき。

    #台葬
    taiwanBurial

     風で木々が揺れている。獣道とも呼べないような道を、ニコラスは歩いていた。ところどころ木の根が飛びだし、大きな石には苔がついていて滑りやすくなっている。歩き慣れていない事も相まって何度か転びかけたが、足の置き場を確認しながら慎重に歩を進めていく。
     ニコラスが登っているこの山は今は亡き祖父が所有していたもので、幼少期は水遊びをしたりカブトムシを捕まえたりしていた遊び場だった。しかしある年を境に今日この日まで一度も来なかった場所だった。


     まだ祖父が生きていた頃、よく遊んでいた少年がいた。少年の顔や名前は憶えていないが、当時ニコラスの回りにはいなかった金色の髪をしていたのだけは覚えている。彼は山道の出入り口に必ず立っていたので、いつも二人で山を駆け回っていた。
     少年はニコラスが知らない古い遊びを多く知っていて、簡単な魚の釣り上げ方やカブトムシが集まる木の見分け方を教えてくれた。少年と遊ぶのは楽しくて、連日山に遊びに行っては帰ってから親に宿題をやりなさいと怒られた。それが変わったのはウルフウッドが10歳の頃だった。

    「ニコラス、その……お願いがあるんだ」
    「お願い?」
    「うん。あのね、いつか大きくなったら僕と結婚してくれる?」
    「結婚?」

     あまり聞き慣れない言葉にニコラスは首を傾げた。学校の女の子達が将来は誰々君と結婚したいだとか言っているのを聞いた事はあるが、その意味はあまり解っていなかった。ただ遊んでくれる友達のお願いを叶えたいという単純な気持ちで、結婚の意味なんて深く考えずに頷いた。

    「んー……ええよ」
    「本当に!? 本当に結婚してくれる!?」
    「おん。男に二言はないで!」
    「ありがとう、ニコラス!」

     力強く抱き着かれて驚いたが、少年の背に手を回して抱きしめ返す。全身で喜びを表す彼にニコラスまで嬉しくなる。結婚がどういう事なのか解らないが、こんなに喜んでくれるのだからきっと良い事なのだろう。暫くしてニコラスを離して、今度はやったやった!と飛び跳ね回る少年の頭をはよ遊ぼうや!と引っ叩いた。


    「ただいまー!」
    「おかえり、ニコラス」

     玄関で靴を脱ぎ、そのまま洗面台へ。きちんと手洗いうがいをしてからキッチンに行くと母が夕飯の仕込みをしていた。母の後ろを通って冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注いで冷蔵庫に戻した。
     麦茶を溢さないように両手で持ってリビングに移動すれば祖父が新聞を読んでいた。父はまだ帰ってないらしい。祖父の正面に座って麦茶を飲んでいると新聞を読み終わった祖父に今日の事を聞かれた。山で遊ぶと毎回聞かれるので、ニコラスはいつも通り今日あった事を答えた。このくらいの大きさの魚を捕まえたとか、カブトムシを何匹捕まえたとか。いつも通り山であった事を喋るニコラスだが、今日はいつもと違った。

    「ニコラス? 今日は何かあったのかい?」

     それまで大きな声で喋っていたのに急に黙って俯いたニコラスを見て、祖父が心配そうに顔を覗き込んできた。
     少年の事は秘密にしていた。秘密にしている理由は山で遊んでいると知られたら怒られるかもしれないから、という少年からの要望もあるが、一番は学校での出来事をなんでも話す親に対して唯一の隠し事が楽しいからだった。
     だからニコラスは少年の事を、両親や祖父は勿論、村の誰にも話していない。
    しかし結婚の約束は両親に言った方がいいのでは?
     同級生の女の子達も言っていた。結婚は親の了承が必要だとか。それについ最近読んだ週刊少年漫画でも主人公が同級生の女の子と結婚の約束をした後、女の子の父親に「娘さんを下さい!」なんて言って頭を下げていた。少年に乞われたから頷いたものの、本当なら親の了承が必要だったのではないだろうか。

    「あんな、結婚の約束したんよ」
    「約束?」
    「おん。山で遊んだ子と――」

     そこまで言ってニコラスの話を優しく微笑みながら聞いていた祖父の顔色が変わった。そして見た事がない怖い顔をしてニコラスの肩を強く掴み、揺さぶってくる。突然聞こえてきた祖父の怒鳴り声とニコラスの痛いという悲鳴にキッチンに居た母がやってきた。

    「お前ッ、山で誰かと約束したのか!?」

     母が慌てて扉の横にある電話に向かったのが視界の端に映った。母が止めてくれると思っていたニコラスは、母hが助けてくれない事実と祖父の突然の変わりようショックを受けて、痛みで泣きながら祖父に少年の事を話した。
     少年の話を聞いた祖父は顔を真っ青にしてニコラスの肩を離し、電話をしている母の隣に行き、母から電話を奪い取る。焦った様子の二人の声を聞きながら、ニコラスは泣き疲れてそのままテーブルに頭を伏せて眠ってしまった。


    「ニコラス。ニコラス、起きぃ」

     体を揺すられる感覚で目を覚ました。まだ眠りたい気持ちを耐えてどうにか瞼を上げればそこには父の顔があった。リビングに隣接しているこの和室にいるのは父以外おらず、父の背後にある窓から見える外の様子は暗くなっていて、壁に掛けられた時計の短針は夜の8時を差している。もうとっくに夕飯とお風呂を済ませて寝る準備をする時間だった。

    「お腹空いたぁ」
    「今温めとるから、顔洗ってきぃ。ごはん食べたらおとんとお風呂入ろな」

     頭を撫でる父の手が気持ちよくてもう一度眠ってしまいそうになるが、両脇に手を入れられて強制的に立たされてしまったので渋々起きる。目を擦り半分寝ながらのろのろと洗面台に行く。顔を洗ってリビングに戻り、用意されていた晩御飯を食べる。お腹がいっぱいになって増した眠気を堪えながら脱衣所で服を脱ごうとして、ふと己の首に何かがかかっている事に気付いた。
     白い勾玉がつけられただけのネックレス。これはなんだろうかと首から外そうとした手は、その前に父に止められてしまった。この首飾りは明日の朝まで外したらアカンと、有無を言わせぬ圧力に祖父の事を思い出した。父に祖父の事を聞いてみたが、明日説明するからと言って教えてくれなかった。
     仕方なく首飾りはそのまま服だけを脱いで、父と二人で浴室に入った。体と髪も全部洗って湯槽に入る。父が体を洗っている間、手でお湯を飛ばして遊んでいると誰かに名前を呼ばれた気がして顔を上げる。あげた先、浴室の隅に今日の昼間にも遊んでいた金髪の少年が居た。

    「なぁ、おとん」

     あの子がいる、と泡を流し終えて湯槽に入って来た父に告げ等とその顔を見て、しかしその顔が恐怖に歪んでいるのを見て口を噤んだ。狭い湯槽の中で触れる父の体は微かに震えている。何故震えているのか解らないニコラスが不思議に思っていると、少年が口を開いた。

    『ニコラス、いるんだろう?』

     ぞっとするほど感情のない冷たい声だった。昼間の彼からは想像できない冷ややかな声が浴室に響く。そこで漸くニコラスは少年が人間ではないという事に気付いた。震え出したニコラスを父が抱きしめ、その耳元で囁いた。奴にはニコラスの姿は見えへん。気付いていない振りをしろ、と。しかし少年は見えていない筈のニコラスを真っ直ぐ見ている。

    『どうして? 結婚するって約束したじゃないか』

     肩に鋭い視線を感じる。熱いお湯から出る湯気が浴室全体を温めているのに、ニコラスの腕には鳥肌が立っていた。父はそんな彼に気付いてさり気無くお湯から出てしまっているニコラスの肩にお湯をかけ、明るい口調で話しかける。明日は何をするのかだとか、宿題はどこまで進んでいるのかとか、それにどうにか返事をする。
     暫く父の言葉に適当な相槌をしていると、少年は小さく『約束したのに……』と一言呟き、スッと消えてしまった。父が大きくため息をつくのを見てニコラスも全身の力を抜いた。その後、お風呂から上がりパジャマに着替えて父と同じ部屋で眠りについた。
     その次の日朝早くに起こされ、家に帰ると言われた。正直まだ遊び足りないニコラスは帰りたくなかったが、昨夜の出来事を思い出して思いとどまる。今まで遊んでいた少年は人間じゃなかった。少年の正体については祖父が教えてくれた。曰く、あの子供は祖父の山に住んでいる存在で、古くは守り神としてこの地域で奉られていたという。

     数百年前、なんの前触れもなく一人の子供が消えた。それから村では十数年に一度の頻度で子供が消えるようになった。家の外で遊んだ子供が、その日の夕暮れにきちんと家に帰ったにも関わらず翌朝には姿形もなく消え去っていた。
     この事態に妖怪の仕業ではと思った村の大人達は遠方から僧侶を呼び、この事態を解決してもらおうとした。そして僧侶が調べた結果、この地域で山の守り神として奉られている存在が子供を攫い喰っているという事が判明したのだった。
     そもそもこの神は元はただの物の怪で、人を食べるような存在だった。それがどういう経緯かは不明だが、たまたま山中で村人を助けた結果、山の守り神として奉られる事になったのだという。
     物の怪は最初は守り神と奉られるのが楽しく、また村人からのお供え物で腹も膨れるので満足していた。しかし時間が経つにつれて奉られるのにもお供え物にも飽きてしまった。飽きた物の怪は最初山を出て行こうと思っていたが、山で子供達が遊んでいるのを見てこう考えた。
     人間の子供を喰らえば、己の力は今より一層高まるのでは?
     物の怪を祓おうとした僧侶だったが、一時的にとはいえ神として奉られ、かつ十数人の子供を喰らって力を増した物の怪には勝てなかった。しかし物の怪の肉体の一部を封印する事に成功した。
     村に戻った僧侶は村人に物の怪を封印した事を告げ、この先も子供が攫われるだろうと言った。そしてこれ以上子供達が連れ去られ喰われぬようにと、村人達に渡したのがあの首飾りだった。
     物の怪が子供を一度家に帰すのは、日が昇っている間は力が弱く連れて行けないから。そして人ならざるモノは家人の許可なく家に入れない。だから昼間子供と接触し、家に入る許可を貰い、夜に連れて行く。
     あの首飾りには付けた人間を人ならざるモノから隠す力がある。目的の子供の家は解るが、どこにいるのか解らなくなった物の怪は諦めて山に帰っていく。
    それがこの地域の人間に伝わる伝承で、古くからこの地域では子供達に山で初めて会う知らない子供とは遊んではいけないし、山中に居る間は例え相手が親でも約束をしてはいけないと言い聞かせている。
     昨夜祖父と母が電話をしていたのは村長にこの首飾りを借りる為だった。ニコラスが物の怪に連れて行かれないよう守る為に。

    「ニコラス、お前はもうここに来てはいかん。首飾りの効果は一夜だけ。夜がくればお前は連れて行かれてしまう」

     ニコラスから首飾りを受け取った祖父は、それを丁寧に布に挟み木箱に仕舞った。
    もうこの家に来る事はないのかと寂しく思ったが、次の夏休みは爺ちゃんがニコラスの家に行くからという祖父の言葉に沈んでいた気持ちが浮き上がる。約束やで!と指切りをして祖父と別れ、父が運転する車で家に帰った。それから十数年間、一度も祖父の家に来た事はない。


    「懐かしな」

     今ニコラスは懐かしい山道を歩いていた。幼少期は何度も歩いたその道は、子供のころは広く感じられたが大人になって身長が伸びたニコラスには狭く感じる。手入れをする人間が居なくなった所為でところどころ飛び出している枝を避けながら進めば小さい広間に出た。
     広間には祖父が作ったという木でできた椅子とテーブルが設置されている。ここで拾ったどんぐりを見せあったり、捕まえたカブトムシで勝負をしたりした。テーブルを通り過ぎて道なりに歩くと次第に水の音が聞こえ始め、数分もすれば川岸に出た。木々で太陽光が遮られた小川の水は冷たく、暑い夏場は絶好の遊び場だった。少年と水の掛け合いをして全身びしょ濡れで帰り、母に怒られた事もある。
     あの時の母は怖かったと思い返しながら、止めていた足を動かして歩き出す。川岸から山へ入る道は、しかしそこで黄色いテープが張られて先へは進めないようになっていた。横には赤い文字で危険と書かれた看板やこの先入るべからずと書かれた看板が立っている。
     この場所から先には入った事はない。テープが張られている事もだが、山に行く前に必ず祖父からここから先には行くなと言われていた。あの頃のニコラスはなぜ入ってはいけないのか疑問に思っていたが、大好きな祖父の言葉なので素直に従っていた。
     だからこの先がどうなっているのか知らないが、あの時聞いた祖父の話ではこの先に少年――物の怪が住んでいる今は廃屋となった社があるらしい。

     ニコラスが今日この山に来たのは死ぬ為だった。
     就職した会社はいじめの酷い職場で、入社して入ってからずっとニコラスはいじめられている。同僚からは無視され仕事を押し付けられ、上司は見て見ぬふり。転職しようにも残業続きで探す暇も体力もない。
     家族に相談はできなかった。ニコラスが物心つく前に孤児院から引き取られた養子で、両親の間には血の繋がりはなかった。今まで育てられた中で両親から愛情を感じなかった事はない。しかしこの事実を知った時はショックを受けた。この事をニコラスに伝えたのが両親ではなく母親だという見知らぬ女性だったというのも大きい。
     一人暮らしというのも相まって、これ以降実家には帰っていない。それまでとっていた連絡もしなくなったが、電話が来る事はない。10歳以上年の離れた弟に付きっきりでニコラスに興味がない。弟が二人の実子だからというのもあるだろう。
     弟が産まれても変わらずニコラスを可愛がってくれた祖父は去年の秋に亡くなってしまった。だからもう、ニコラスには家にも職場にも居場所はない。ただ起きて食べて仕事をして寝て起きてを繰り返す。そんな娯楽も何もない日々に生きる意味がわからなくなって、死のうと決意したのが昨日の夜。僅かなお金が入った財布だけを持って家を飛び出した。どこか誰にも見つからない場所で死ぬ為に。
     それでこの山に来た。十数年前の話とはいえ、ニコラスは物の怪に喰われて死ぬ筈だったのだから、この山に来れば死ねるだろうと考えた。

     ニコラスの腰より下ぐらいの位置にあるテープを跨いで奥に入る。山の入り口から小川までの道は歩きやすいようにある程度整っていたが、ここから先の道は荒れていた。ところどころ木の根が飛び出し、苔むした石が転がり、横からは伸び放題になった枝が飛び出している。
     転びかけながらも歩いていくこと数十分。鬱蒼とした森の中に半ば崩れかけた社がポツンと建っていた。入口には上部がなくなった鳥居があり、社までは苔むした石畳が敷かれている。
     ホラー映画に出てきそうな雰囲気に尻込みしてしまいそうになるが、この場所に来た目的を思い出して一歩踏み出そうとして。

    「その社には何もいないよ」

     背後から聞こえてきた声に振り返る。ニコラスから離れた場所に一人の少年が経っていた。金色の髪の毛に、まんまるの大きい瞳は透き通った碧をしている。ニコラスに向かって微笑んでいる少年の姿とニコラスの記憶の中の少年が重なる。
     名前を呼ぼうとして、そもそも名前を教えられた記憶がない事に今気付いた。幼少のニコラスはその事に何の疑問も持っていなかった。

    「何しに来たの?」
    「……おどれに会いに来たんや」
    「次僕と会ったらもう帰れないって教えられなかった?」

     祖父との最期の会話を思い出した。病で東京の病院に入院していた祖父が危篤状態になったと聞いて病室にやってきたニコラスに、祖父はあの山に登ってはいけない事と約束をした子供と会ってはいけないと言って、その翌日に眠るように息を引き取った。
     その言葉がなければニコラスはこの山に登ろうとは思わず、今頃近場の適当な場所で死んでいただろう。だからこのまま彼に喰われるのは願ったり叶ったりだ。

    「ええよ」

     元からそのつもりでここに来たと言えば少年が驚いた表情で近付き、ニコラスの手を取った。逃げるつもりはないが、このまま頭からばくりと食べられるのだろうか。

    「いいの? 本当に? もう帰してあげられないよ?」

     ニコラスを見上げてくる彼の表情は、こちらを慮るような言葉とは裏腹に笑顔を浮かべている。手に込められた力も痛くはないが、そうやすやすと振り払えないほどの強さで握られていた。

    「どうだってええ。ワイにはもう、なんもないんや。おどれの好きにせえ」

     その言葉に今度はぱぁっとまるで大好物を前にしたことものような笑顔になる少年。自分よりも遥かに長生きだろう物の怪でも、こんな子供みたいな表情をするのかと場違いな感想を最後に、ニコラスの目の前は真っ暗になった。





     人間が立ち入らないような山の奥深くにその青年はいた。大樹の根元に背中を預けて座っている彼の腕の中には、少年がぐったりとして青年にその体を預けている。
     青年は人ではなかった。しかし物の怪などの悪しき存在ではなく、神様かと問われればそれも違う。ただ青年は遥か昔にこの世に産まれて、それからずっと何かを求めて各地を彷徨っていた。砂漠を旅し、山を登り、人に紛れて生活をしていた時もある。自分でも何を求めているのか解らないまま、同時に産まれた双子の片割れに呆れられても探し求めた。
     だがそんな日々も、今日で終わる。

     十数年前にその姿を見た時、青年――ヴァッシュは心を奪われた。彼こそが自分が探し求めていた存在だと。自分が人ならざるモノで彼は人間だとか、そんなものは関係ない。ただただ欲しい。傍に居たい。傍に居てほしい。そんな欲望に塗れた想いで幼い彼に声を掛けて、大泣きされた。
     ただ単に間が悪かった。当時の幼いニコラスは両親や祖父と逸れて迷子になっていて、初めて来た見知らぬ土地で帰り道も解らず恐怖心でいっぱいだった。そんな所に知らない大人の男から突然『僕と結婚してほしい』なんて意味の分からない言葉をかけられたら泣きもするだろう。
     突然の大泣きにヴァッシュは大慌てで宥めすかし、泣き疲れて今にも寝てしまいそうな彼をどうにか家まで送り届けたのが彼との初対面の出来事だった。そしてこの出来事を教訓に、次にヴァッシュがニコラスと接触した時は彼と同い年くらいの幼児の姿をした。同い年なら泣かれる事もないだろうという判断だったが、これが効果覿面だった。あっという間に友達になり、二人で遊ぶようになった。
     夏が終わればニコラスは家に帰ってしまう。諸事情でこの山と周辺の土地から離れられないからニコラスの家について行けないが、翌年の夏にまた会いに来てくれる。人ではないヴァッシュにとっては1年なんてとても短い時間だったので気にならなかったし、彼を手に入れる為には時間が必要だった。ニコラスの幼い肉体ではヴァッシュの力に耐えられない。だから人のいない山奥で二人で遊びながら、少しずつヴァッシュが持つ力をニコラスの肉体に馴染ませていき、ニコラスの年齢が二桁になった頃に契りを結んだ。大きくなった彼に自分以外が近付かないように。彼がこの山に来なくなっても、必ずヴァッシュの元にやってくるように。
     想定外だったのはこの山に住んでいた物の怪の存在だった。ヴァッシュがニコラスと出会う前に遭遇して祓ったが、その物の怪のせいでこの土地の人間はこと約束に関しては敏感だった。特に野外では約束をしてはいけない、約束をするなら室内でというのがこの地域に住んでいる人間の暗黙の掟だった。
     それを知らずニコラスと契りを結び、物の怪対策の呪具でニコラスを隠された時は舌打ちしたが、彼を手に入れた今となっては全てどうでもいい事だった。

     未だヴァッシュの腕の中で眠るニコラス。一見すればただの人間の子供だと思われるが、実は実年齢は20を超えている成人男性である。本当ならゆっくりと時間をかけてヴァッシュの力を送り馴染ませるところを一度に送った結果、そのままでは耐えきれず幼児化し、急な肉体の変化についていけず卒倒してしまった。

    「早く起きないかな」

     十数年かけて漸く手に入れた求め続けた存在と、これからはずっと一緒にいられる。子供に戻ったのは予想外だったが、見る事のできなかった彼の成長を傍で見られるので嬉しい副作用だ。
     彼が目覚めたら約束通り結婚をして、それから彼と二人で世界中を旅しよう。ハネムーンというやつだ。人外かつ子供になった彼には大変な旅になるだろうが、この身に代えても守ってみせよう。

    「楽しみだなぁ」

     その目覚めを今か今かと待ちながら、静かな寝息を立てて眠るニコラスの髪を彼が目を覚ますまでずっと撫でていた。










     あとがき&解説

     ヴァッシュは自然的な力が意思と肉体を手に入れた存在で、人間でも動物でも物の怪でもなく、強いていうなら神に近い。人ならざるモノ。同時期に産まれた同じような存在がいる。
    山から動けなかった原因は物の怪。山に住んでいた物の怪と遭遇し、人間の子供と間違われて襲われたので退治したら、その最期に渾身の呪いを受けてしまい、山から離れられなかった。呪い自体はどうって事なかったが、ニコラスを見つけて解呪を後回しにしていたら呪いが強くなったので解呪に時間がかかってしまった。

     ニコラスが職場でいじめを受けたり両親からの愛情がなくなったりした理由はヴァッシュが原因。ぶっちゃけ人ならざるモノ(ヴァッシュ)に名前を教えてしまった時点で逃げられないので約束をする意味はないが、ヴァッシュが念には念をで約束したらこうなった。会社に所属する事も大人の庇護下に入る事もできない。ヴァッシュの隣以外に居場所はない。
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    Replies from the creator

    numasoko_tri

    DONE1日くらいなら眠らなくても平気な台風×眠い牧師 in HL。
     ウルフウッドは眠かった。もう30時間以上は起きている。許されるのなら、任された仕事を全て放り出して今すぐ家に帰りたいくらい眠い。
     常人よりも頑丈な肉体と体力を持っているウルフウッドだが、恋人であるヴァッシュとの情事は肉体的な負担も体力の消耗も大きく、終わった後は暫くベッドから出られなくなる。
     だから翌日は二人でゆっくりするのがいつもの事だったのだが、今回は違った。ピロートーク中にかかってきた一本の電話によって、二人の時間は終わりを告げた。
     電話をしてきたのは二人の上司であるスティーブンだった。なんでも繁華街の住民と裏社会の住民が大暴れしているのだとか。
     曰く、最近流行り始めたという違法薬物が保管されていた倉庫の近くで原因不明の爆発が発生し、倉庫内に保管されていた大量の薬が宙を舞ったのが原因だという。最悪な事に、空高く舞った大量の薬は風の流れに乗り、夜でも賑やかな繁華街を楽しんでいた住民達の頭上に降り注いだ。その結果、繁華街に居た住人の殆どが薬物中毒になり、副作用で暴れ出す住人が現れた。更にこの騒動にのって常日頃から不満を抱いていた裏社会の住人達も暴れ始め、ポリスだけでは収めきれないとライブラが出動する事になり、ライブラの構成員であるヴァッシュとウルフウッドの二人も呼ばれたという事だった。
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