それはまるで雪のようにヴァレーは標高が高い。故に気温は冬になると常に氷点下、慣れている者などそうそういない。
「寒いですね」
冷えきった手を擦り合わせながらPJは言った。返事は返ってこないかもしれない。それは話しかけた相手が、サイファーと言う男だからだ。彼はそういう男だった。PJも慣れたもので最初こそは機嫌を損ねたか、とやきもきしたものだが、付き合う内にそういう性格なのだと理解した。
手はいくら擦り合わせても温まらない。明日になれば、全てが終わるかもしれない。そうしたら。……そうしたら?
「……お前、これが終わったらどうするんだ」
「え?」
思わぬ返事、思わぬ言葉。PJの時は一瞬止まった。言葉は理解出来た、でも返事はすぐに出はしない。
「えぇと」
「郷里に帰るのか」
「……そこまで考えたことは無かったですね」
正直な答えにサイファーが少し微笑む。サイファーはほぼ笑ったりしない。その笑みに見惚れてしまったのは想い人であるからだろうか。
「サイファーは?」
「さぁ。行くあては無いな」
「じゃあ」
一緒にうちに帰りませんか
PJが思わず口にしたそれはまるで告白のようで。互いに想い合う身、おかしいことではなかったが、とても気恥しいセリフだとPJは慌てた。
「いや、あの」
「それもいいな。楽しそうだ」
「……ですかねぇ」
サイファーはまた、笑った。PJはそれを苦笑しながら見つめた。でも、サイファーがいいなら、それでいい。今まで氷のように生きてきたこの男を、少しづつでも溶かせるのであれば、PJには自分のことはどうだって良かった。
「明日、しくじるなよ」
「解ってますよ、任せてください」
明日を乗り切ればきっと全てが終わる。そんな予兆はサイファーにもPJにもあった。だから意気込んで決戦に望んだ。ただし。
「……しくじるなと言っただろう」
二機編隊の小隊、滑走路に降り立ったのは一機のみだった。サイファーの声が虚しく響く。PJは全てを置いて、あるいは捨てて、そしてサイファーを残して、どこでもない所へ飛び立って行ったのだった。