Time to say goodbye.☆正規ルートです
タブロイドが死んでからこっち、トリガーの世界に色が無くなった。何を見ても面白くない。何をしても楽しくない。過去のことを思うと、いつも涙が溢れ出る。
ただ、空にだけはまだ希望があった。空だけはきちんと青く見えていた。二人で飛んだ空だからか。それとも自分が還るところだからだろうか。これからも何かがあれば飛ぶだろう、しかし今はまだその時ではなかった。今はまだ飛べない。
「何だまためそめそしてるのか」
「してない」
「俺にはそうは見えんがな」
「……あの時なんですぐ知らせなかった?」
「知らせる必要がなかったからだ。あの時のお前にはな」
カウントはある意味そこに居合わせたようなものだったのでタブロイドの最期を知っていた。だがトリガーは知らずに終戦を迎えた。だれも、トリガーの前ではタブロイドのことを口にはしなかった。
終戦後の後始末は沢山あり、トリガーも例外ではなかった。タブロイドのことが頭をよぎる時はあったが、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせた。
後始末が徐々に減り始め、空き時間が増えるようになった頃。タブロイドに会いに行こう、とようやく思った。放ったらかしにしていたような気もしていて多少申し訳なかったがタブロイドならわかってくれる、と思っていた。
「カウント、タブロイドに会いに行きたいんだけどどこにいるか知ってる?」
「……さぁな」
「知らないの?」
「……今のあいつの居場所はな」
「今の?」
カウントの言葉は歯切れが悪く、トリガーは不信感を抱いた。カウントは何かを隠している。
「カウントは会ったの?」
「会ってねぇ」
「なんで?」
「……会えないからだよ」
会えないからとはなんだ。物理的なのかそうじゃないのか。カウントの言葉だけでは推測もできない。また独房入りしたとか?もしくは監禁。そのどちらも現実的ではなくてトリガーは眉をひそめた。
「どうしてもと言うなら共同墓地にでも行ってみればいい。まぁ、そこにもいないがな」
その言葉だけでトリガーは総毛立つ。墓地?なんでそんなところに?答えはひとつしかなかったがトリガーはそれを認めたくはなかった。トリガーがあくせくしてる間にタブロイドは。
「嘘だ。そんなの嘘だ」
「そう思いたいならそうすればいい」
カウントはまるで突き放すように言うがトリガーにはどうでもいいことであった。カウントにより突きつけられた事実に押しつぶされそうなのを必死で耐えている。いや、押しつぶされたも同然だった。
「どうして……そんな」
「仕方がないだろ。そうなっちまったんだから」
その言葉にトリガーは逆上する。仕方がない。そんな言葉で片付けられたらタブロイドが可哀想だ。まるで無駄死にでもしたかのようなカウントの言葉が許せなかった。
「仕方がない?そんな言葉で片付けるな!……あんたに大事な人がいなくなった気持ちがわかるのか?それこそ命と同じくらいに大切な人が!」
ここに来てトリガーの感情は爆発し、その矛先はカウントに向かった。しかしカウントはそれを冷めた目で見ていた。彼の気持ちを分からないとは言えないが、今のトリガーは酷く感情的過ぎて、あまりに酷い有様だった。
「わからねぇよ。分かるはずもない。今のお前の気持ちはな」
「なら巫山戯たことを言うな」
「巫山戯たことを言ってんのはお前だろ。そりゃ俺だって短い間とはいえ共に過ごした仲間だ。もちろん思うところはある。お前と同じようにな。でも今のお前は違う」
「違う?」
トリガーにはカウントが何を言っているのかさっぱり分からずにいる。巫山戯ているのはお前だ、と言われたことが癪に障る。自分のことを、タブロイドのことを、少しも知らないくせに。もう一度巫山戯るなと低い声で唸るように言えばカウントは、そんなトリガーをまるで小馬鹿にしたような笑みで見た。
「今のお前はただのわがまま坊やだ。そんなお前を見てあいつはどう思うだろうな?あいつはお前のことを不器用だけど優しくて、時折甘ったれな良い奴だよって言ってたぞ。それが今はどうだ。周りに八つ当たりしては泣きわめくガキみたいだぞ」
「……タブロイドは俺の味方だ」
「味方だから?全てを肯定するって?そんなわきゃないだろ。あいつはしっかりしたやつだ。ダメなことはダメだとちゃんと言うやつだ。お前が言うそのタブロイドはお前が作り出したまやかしだ。本当のあいつはそんなやつじゃなかった。今のお前を見たらきっと顔を顰めるね」
カウントの辛辣な言葉。けれど至極真っ当な言葉。それらの言葉は深く胸に刺さった。
タブロイドに出会ってからはこんなに酷いことを言ったことはなかった。言いそうになったらタブロイドがすんなりと止めてくれたから。そんなタブロイドはもう居ない。だからそんなことを口にする。いつも苦笑しながら止めてくれた彼は、確かにどう思うだろう。怒るだろうか。悲しむだろうか。そのどっちもか。そう思えばトリガーの怒りは収まって行った。
「……そうだな。バカなガキみたいだな」
「分かればいい。もうバカなことはするなよ」
「……わかった」
すっかり大人しくなって物分りの良くなったトリガーにカウントはタブロイドがどこに眠っているのかを教えてやった。トリガーは頷くだけでもう何も言わなかった。
「……どうして死んだんだ、タブロイド」
トリガーはあの後、会いたいと思いながらも重い足を引きずってタブロイドの元へと向かった。そこにはスクラップででも作ったのだろう、Mirage2000-5の小さい模型が置いてあった。誰の手によるものなのかは考えなくてもわかった。他にもいろいろな花々。クマのぬいぐるみまで。タブロイドは沢山の人に見送られたのだな、と思った。そこに自分はいなかったけれど。
自室へと戻り何もすることも無いままベッドに倒れ込む。今日はもう何もしたくない。考えたくもない。タブロイドのいない世界のことなんか───
「よう、元気してたか?」
目の前にはタブロイド。トリガーは目を瞬かせた。だってタブロイドは。俺を。おいて。トリガーは半泣きだった。もう二度と会えるはずのない相手だったのだから。
「あぁ、ここはお前の夢の中だ。死んだやつには一度だけ、会いたいやつに会える権利があるんだとさ」
「それって……!」
「そうだ。俺はお前に会いたかった。お前が心配でな」
それが本当ならば目の前のタブロイドは自身が生み出した『都合のいいタブロイド』では無いということだ。本物の、ずっと会いたかった、タブロイド。
「タブロイド!」
「そこからこっちには来られないぞ。そこが俺とお前の境界線だ」
よくよく見ると足元には小川が流れていた。そして確かに、そこには透明な壁があるように手が伸ばせない。目の前にいるのに触れられないなんて、とトリガーは歯噛みする。頬を伝う涙が眼前を霞ませタブロイドが見えなくなった。
「どうして俺を選んだの?」
涙声でトリガーが問う。タブロイドは人間関係は浅いながらも広かった。両親だっている。そんな中なぜ自分に、とトリガーは思ったのだ。
「言ったろ、お前が心配でな」
「心配」
「お前が泣いてばかりでおちおちのんびりもしてられない。どうして俺が居なくなった位で泣くんだ」
タブロイドは呆れたように笑っている。あぁその顔、久しぶりだとトリガーは泣きながら笑う。今、この瞬間のタブロイドの仕草は今はもう全てが懐かしい。できるならその頬に触れたかったがちょうどその前で手が止まる。無理だよ、とタブロイドも残念そうに言った。
「位ってなんだ、好きな人が死んで、もう会えないってなったら普通泣くよ!」
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ」
俺はそんな経験がないからなぁ、とタブロイドは独りごちた。あったとしても今のトリガー程は心揺さぶられないだろう、という思いがあったが、死んだ今となってはそんなことはもう、どうでもいい話であった。
「そうか、じゃあ俺の気持ちもわかるな?」
「え?」
突然のタブロイドの問い。正直言ってトリガーには分からない。それよりもっとタブロイドと話したい。タイムリミットはこの夢が覚めるまでだ。いつ覚めるかなんて分からないのだから、そういう難しい話はなしにして、と覗いたタブロイドの目は真剣な色をしておりトリガーは口を噤んだ。
「……大切なやつがいつまでも自分のせいで泣いてるのを見るのが平気なやつがいるか?」
「……いない」
「だろ?……だからもう泣くな。お前はまだ生きてる。俺はもう死んでる。どう足掻いてももう会えないんだ、お前が死ぬまでは」
タブロイドの言葉がトリガーの最後の砦を崩した。本人自ら死んでいる、と言ったのを聞くともうそうなのだと認める他ない。もしかしたら、という今となってはくだらない感情も捨て去るしかない。
「死んだら会えるの?」
「あぁ、会えるさ。多分な」
あ、自殺とかはなしな。タブロイドは先に牽制した。今のトリガーなら仕出かしかねないと思ったからだ。事実トリガーは死ねば会える、という言葉に敏感に反応して、今死ねば今すぐに会える、と考えていた。それをタブロイドに言われてはするわけにはいかなくなった。この後すぐに再会などでもしたらせっかく会えたのに口も聞いて貰えないだろう。
でもそこで疑問に思うのは。
「多分なんだ……」
「お前は天国行きかもしれないからなぁ」
タブロイドはのほほんと言った。実際のところ天国なんてあるのかどうか怪しいが選択肢としてはあるだろう。自分が行けないのは妥当だとタブロイドは思っていたがトリガーは分からない。その時になってみないと、全ては清算されないのだから。
「タブロイドは地獄にいるの!?」
「そうだよ。あんなこと生業としてたらそうなる」
「俺も地獄に行く!絶対いく!」
「それを決めるのは死の番人だ。そう上手くいくもんじゃないぞ」
死んだあとのことなんて思った以上にシンプルなんだ、とタブロイドは語った。死ぬ前から決まっていたかのようにお前はあっち、お前はそっち。そんな感じに決められて、それは覆らないのだと。そしてほとんどはタブロイドと同じく『あっち』行きなのだと。実際おそらくトリガーも『あっち』行きだろうが死ぬまでは分からない。トリガーはその辺をわかるはずもなく、黙ってそれを聞いていた。何よりタブロイドの言うことだから、間違ってはいないのだろうという思いもあった。
「脅してでも地獄に行くよ。だからまた会える?」
「お前がこれ以上泣かないって言うならな」
届かないと分かりながらもタブロイドはトリガーの涙を拭う仕草をする。それがまたトリガーの涙を誘ったが辛うじて零すことはなかった。タブロイドにまた会えるなら、どんなに苦しいことでも悲しいことでも受け入れる覚悟はある。
「泣かない!泣かないようにするから!」
「そうか、なら約束だぞ。地獄の入口で待ってる」
「うん!」
タブロイドが景色と共にぼんやりと薄く消えていく。流れていた小川の音だけが静かに響いていた。これでもうタブロイドに会えるのは自分が死んだあとだ。夢であえたなら、それでいいでは無いか、とトリガーは己に言い聞かせる。そして視界はついに真っ白な空間になる。そしてそろそろ、夢から覚める。
「タブロイ、」
トリガーは自分の声でがばりと起き上がった。頬を涙が伝ったが腕でゴシゴシと拭き取る。もう泣かないって決めた。タブロイドにもう一度会うために。
「ああ、夢か……」
トリガーは、ため息混じりに呟いた。しかし、トリガーはすぐに思い出した。タブロイドと交わした、地獄の入口で待ち合わせをした約束を。その日までまだ日は遠いのか短いのか、それは分からないがそれまで必死で生き抜いてみせる。それもタブロイドとの約束で、ひいてはトリガー自身のためなのだ。
「タブロイド、またいつか」
トリガーはタブロイドを思い浮かべ、微笑む。もうその目に涙は浮かんではいなかった。そしてその微笑みに、タブロイドがそれでいい、と言ってくれたような気がした。