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    なさか

    たぶろいどぬまにずっぽり
    ☆正規ルート=ストーリーに準拠
    ★生存ルート=死なずに生き延びる話
    無印は正規ルート(死ぬまでの間)の話

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    なさか

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    トリガー×タブロイド

    Starting Over.ザップランド航空基地。第444航空基地飛行隊。所謂懲罰部隊。新しい異動先は少なくとも居心地がいいところとは到底思えるはずもない。なんでこんなところに連れられてきたんだろうな。あぁそうだ、

    ハーリング殺し

    どこへ行ってもついてまわったその呼び名に最初こそ嫌悪感を抱いたものの、今となっては聞き流せるほどに慣れたものだ。誰に会ってもそう言われりゃどうあっても慣れる。俺は適応力はあまり高くないはずだが。
    どんなに自分ではないと訴えてもあれやこれやでっち上げの証拠が出てきて最後はもはや無言を貫いた。口を開いて1を言えば10どころか100、もしかしたら1000も返ってくるようなところで無用なことを言うほど俺は愚かでは無い。
    あちらではまだいい扱いを受けていたがここではそうはいかないだろう、という予感だけはあった。接する人間の態度は最悪だったがね。
    俺を運んできた輸送機から降りた瞬間からの興味の目。それを割って懲罰房に連れていかれる間の「ハーリング殺し」。慣れはしたが気持ちいいものでは無い 。そういうのはいい加減やめてくれ。鋭く睨みつけはしたもののさすが犯罪者集団。そんなことで怯むことは無かった。
    もはや諦めの境地だ。ここでは腹の中を見せず、強かに生きなければならない、ということだけはわかった。それにより俺は多大なストレスを被ることになるだろうけど。

    あの時、Mother Goose1に向かわなければよかったのか。元大統領を放っておいて?しかし命令には逆らえない。指示が下れば実行する他ない。その結果がこれだ。あの時俺に何ができた?自問自答したところで答えは出ない。ただ結果としてここに連れてこられたことだけは確かだ。いつ出られるかも分からない独房の中に。

    「最悪」

    独房と言えばやはりそういうもので狭く、薄暗く、小汚い、要するに最低限の生活が出来るだけのところだった。申し訳程度に空いた窓からほんの僅かな光が入り込む。それを見上げてさて俺はこれからどうなるのかな?なんて気楽に考えてみる。また空に戻れるのか、もう戻れないのか。唯一の取り柄を取上げられたら俺にはなんも残りはしない。できるならまたあの空に戻りたい、と狭い窓越しから見える青空を見上げた。

    独房。一人で押し込められるところ。そんなところに誰も来やしない。それだけは僥倖だった。今はもはや誰も信用出来ない。する気もない。どうせみんな一緒くたに同じだ。要するに人間不信?そりゃそうだろうよ。あの時飛んでた仲間は手のひら返しだ。お前が、お前のせいで。そうだな、そうなんだろうな。前大統領を殺したのは、俺なんだ。そう決めつけたいんだろう?それならそう思えばいい。



    与えられた(と言ってもいいものか)機体の垂直尾翼には何故か三本のラインが雑に塗り付けられていた。はてこれはどういう意味だろう。首を傾げるが一向に分からない。

    「さすがハーリング殺し。罪線は三本か」
    「よかったなぁ他にゃいねぇぞ」

    罪線?三本?なんの事だかさっぱりだが目の前の奴らは教えてくれる様子もないしまぁいいか、と放っておこうとした時。

    「あの線は罪線と言って俺たちが罪人であることを示すんだ」

    誰だこいつ、と振り返ればおっとりとしてそうなほそっこいやつがにこにこと俺を見ていた。なんだこいつ。また似たようなことを思ったが口には出さない。おっとりに見えてもここにいるということは犯罪者だ。口を聞く道理はないし話を聞く気もない。ただ勝手にはなせばいい。有用な情報なら聞いてやる。

    「そして本数が多いほど犯した罪が重い証拠。あんたは三本線。一番多いのさ」

    だから三本線って呼ばれる、とそいつは言った。ご丁寧な説明どうも。そういうことね。
    「ハーリング殺し」には最適な印だと、そういうこと。納得したらもうどうでもいい。こいつに絡まれたら厄介だ。俺は何も言わずに機体から離れた。

    それからすぐに空にあげられ、また飛べるのだと喜んだのもつかの間、やらされたことといったら。まぁ最終的には戦闘にもつれ込んだがただ飛び回るだけ。兵装はロックされ、的になって死んでこい、といった感じだった。あのバンドッグとかいうAWACSは人を人とは思って無さそうだ。まぁ、俺たちが囚人だからだと簡単に思いつくことだが。



    体力自慢を自負しているから大して疲れはしていないが、休めるもんなら休みたい。それがあの汚ねぇ独房だったとしても。のらりくらりともはや馴染みの独房へと足を向けた時、看守がおい、と呼び止めてきた。なんだよ、俺がなんかヘマをしたとでも?まぁ無事に着陸して番犬殿の賭けを外させてしまったことを言われれば仕方ないがそれだってイーブンだろ?勝手に賭けに使いやがったのだから。

    「今日からお前に部屋が割りあてられた。着いてこい」

    なんだって?部屋?そんな大層なもんが用意されるとは思わなかった。ずっとあの檻の中かと。それはそれは、とありがたがったが、看守がここでのルールは同室のやつに聞け、と言われ途端嫌になる。そうだな、こういうところで一人一部屋、なんてこたありゃしない。要するに知らん誰かと相部屋だ、ということだ。最悪。いつかと同じ言葉をつい口に出したら、看守に睨まれた。誰とも関わりたくないってのに相部屋?否が応でもひとりきりにはなれない。ハーリング殺しだからとしつこく絡まれるなんて死んでもゴメンだ。かと言って好意的でも困る。なんだかんだと世話をやかれるのもまたゴメンだ。まぁ、相手がどうであれ、嫌なことには変わらない。せめて少しは話のわかってくれる奴だといい。ため息をひとつついて看守の後をノロノロと着いていく。

    看守はここだ、と言って俺を置いてさっさと帰った。……俺がここで逃げ出すとは思わないのか?浅慮なやつだな、と思ったがたしかにどうせ逃げる気などなかったからこの目の前の錆び付いたドアを開けて、中に入り、相部屋の相手と顔を合わせなければいけない。本当にうんざりだ。
    何故か酷く重く感じるドアを開けて中に入る。先住の奴はどんな奴なのか。探そうと視線を動かす……必要はなく、そいつは目の前の古びた椅子に腰かけてこちらを見た。

    「やぁ、またあったな『三本線』」

    そいつは昼間勝手に話していた奴だった。こういうタイプはこういうタイプで苦手でめんどくさい。どうも、と一言だけ返して、けれどどうすればいいのか分からず立ち尽くす。

    「あんたのベッドはそっち。一応の起床時間は5:30、就寝時間は10:00。看守たちの機嫌により変わる。 食事は……」

    ここでのルールだろう、淡々と語るのを聞きたくはなかったが、ここでの事だ、聞いておかねば困るだろう。嫌々聞いてはいたが、しかし目の前の男が口にするのはルールのみで、合間に余計なことを挟んだりはしなかった。その点は好ましかった。

    「で、俺はタブロイド。よろしくな、トリガー?」

    そうやって自分より小柄、気もそんなに強くなさそうなその男は右手を伸ばしてきた。握手でも求めてるのか?だが生憎そんなことをする気は無い。俺はそれを無視して俺のだと言われたベッドに横になる。今日は、疲れた。このまま寝ようとする背中に、気を悪くさせたか、悪かったな、と声がかかった。無視されたというのに気分を害するどころか謝るだなんて随分とお人好しだな、と思いながら俺は眠りに落ちていった。



    「トリガー、起きろ。時間だぞ」

    思っていたより疲れていたのか、朝が来たことに気づきもせず、あの男に肩を揺らされ目を覚ました。寝起きは悪くない方ですぐに頭は回転をし始める。肩を掴んだままのその手を軽く払い除けた。余計な心配などいらない。放っておけばいいものを。そのまま睨み返すとそいつは困ったような顔をして遅れるなよ、とだけ言って部屋を後にした。

    どうやらそいつは世話焼きなタイプらしく、こちらが聞かなくても色んなことを言ってくる。有用な話は聞き入れるが、そうでなければ聞き流した。どうせ俺には関係ない。他人が勝手に何を話そうとやっぱり俺には関係ない。



    今日もまた空に上がる。急を要する任務、らしい。ここは渓谷、しかも天気が良くない。運が悪いな。ターゲットはレーダー施設と対空兵器。対地任務とはこれまたやりにくい。だからといってやれない訳では無い。当然だ。それだけの実力は持っているつもりだからな。
    それからついでに強行偵察部隊を無事に帰還させなければならない。そこまでしてやらないといかんのか。正直言ってめんどくさい。他人にかけられる面倒ほどいやなものはないね。頼むから迷惑かけてくれるなよ。

    こんなところに長居はしたくない。テンポよくターゲットを潰していく。他の奴らは天候がどうの、と文句を言っている。そうする間に手を動かせば早く上がれるのに、バカばっかだ。バンドッグも似たようなことを言ったのでつい笑ってしまった。



    先の予感は当たっちまった。突然の無人機の襲来、そして偵察部隊への攻撃。しかも偵察部隊は空対空兵器をひとつも持ってないだって!?それを自分の命他も含めての全てを犠牲にしても守り抜き、帰還させる。最高にめんどくさいことになった、と嘆く。
    しかしそれだって立派な「任務」だ。放棄することは出来ない。
    一機ずつ確実に無人機を墜としていく。そしてこれまた一機ずつ偵察部隊を離脱させていく。敵を墜としつつ味方の援護。言葉だけではよく聞くが実際やるとなると少し骨が折れる。
    一機、また一機、と離脱させていき最後の一機を離脱させる。無事に全てを離脱させはっ、と一息ついた。存外に草臥れたものだからもう今すぐ帰りたいと思った。

    「スペア隊、任務は完了した。RTB……いや待て」

    確かにバンドッグはRTB、と言った。よし帰れる!と思って数瞬、離脱を制する声が届いた。次いで、

    「スペア8!チャンプ!ボギーが後方より急速接近!近くの機体はスペア8を援護せよ!」

    番犬殿が低く唸り声を上げた。どうやら新しい敵機が接近しているらしい。ケツにつかれたスペア8が色々喚いたがそう時間を置かずにそいつの無線がノイズに変わり通信が途絶える。墜とされたのか。他人と関わりたくないとはいえ、それに対して何も思わない程まだ俺は落ちぶれちゃいない。せめて安らかに、と祈ったが俺たちみたいな存在で安らかに、なんて無茶な話だろうか。
    バンドッグが他メンバーも墜とされていくのを伝えてくる。偵察部隊も一機やられた。くそ、今までの労力はなんだったんだ。
    偵察部隊にこれ以上の被害を出す訳にはいかない。偵察部隊のケツに着くように機首を向けると一機、離れていくヤツがいる。逃げる気か?まぁこの部隊はろくでなしの集まりだ、そういうやつもいるだろう。声を聞く限り何かとケチをつけてくるやつだな。出来るやつかと思ってたが、その程度のやつだったか。しかし数が減っては偵察部隊を守りにくくなる。それについては大きな痛手だった。

    「見捨てる気だ、くそったれ!」

    偵察部隊のうちの一人だろう、気の強そうな女の声が飛び込んできた。そうだな、そう思うだろう。それが例え一機だけだとしてもな。
    でもやつらはそうでも俺は違う。できることはこなすし見捨てるなんてことはできない。それがたとえ見ず知らずの他人で今こうして迷惑をこうむる羽目になった元凶だとしても。
    敵機の行動を探りつつ偵察部隊から目を離さないようにする。同時にこなすのはちと骨が折れるが仕方ない。恐らく今、この場でちゃんと己のこなすべきことをしようとする、できる人間など残念ながら俺以外居ないだろう。決してうぬぼれなどではなく。

    「損傷した機体を離脱させただけだ。使えるやつだけ残す。スペア15、スペア11、エレメントを組んで殿に入れ」

    改めて偵察部隊を眺めていると番犬殿が新たな指示を飛ばしてきた。指示だけは的確なやつだからそれも無駄ではないだろうが、エレメント?そんなもん邪魔になるだけだと小さく零せばどこからか苦笑が返ってきた。どうやら聞こえていたようで少し居心地が悪くなった。そしてそんな俺の心情を汲んだのか、あっちの方から拒否の声が上がった。

    「無理だ」

    そっちがその気ならそれでもいいが、やるからには真面目にやるべきだ。俺のためにも、自分のためにも。話を聞いている限りでは案外と真面目でまともなやつだと思ってる。……なんでここまでこいつのことを気にかけている?一瞬そう思ったがそんなことはどうでもいい。それより目の前の奴らをどうにかしないと。その為には少し、助けがいる。悪いが使われてくれ。こいつは多少なりとも、他のやつよりは幾分マシなはずだから。焚きつければきっと、やる。

    「やる前から無理だと決め付ける奴はいらない」
    「化け物相手はトリガーだ。お前は護衛機を引きつけろ」

    俺とは別にバンドッグもやつの尻を叩いた。それに一瞬の間を開けてやつは応えた。

    「くそっ!わかったそれでいく。トリガー、チャンプを墜としたやつはお前がやってくれ!俺じゃ無理だ!」
    「了解」

    頼るからにはこちらもそれに応えなければならない。だから俺があの両翼端がオレンジに塗られたSu-30、その化物じみた奴を相手にしているのを邪魔させないでくれ。因縁もあるしな。
    追いつ追われつ一発みまったがそれだけでは済むはずがない。それは分かっていた。あの機動、只者では無いのだから。
    ちら、と見える限りの空を見渡す。焚き付けたあいつは護衛機二機を相手に上手く立ち回りいなしていた。やるじゃないか。他のやつよりは気概がある。それなら安心だ、ともはやそいつを気にすることなくターゲットを追う。しかしこの攻防はそう長くは続かなかった。

    「敵が雲に入った。追うんだスペア15、放っておけば偵察部隊が全滅しかねん」

    ターゲットが雲にはいった。それを追い雷鳴轟くその中に俺も飛び込んだ。視界が悪い。こんな中で続行か?やってやろうじゃないか。と、思った瞬間、その動きが変わった。離脱していく。

    「敵機は撤退していく。どうにか生き残ったな」

    多分、あのままなら、やれた。そう思ったのにターゲットは離脱していき追うことは禁じられた。せっかくの好機だったのになぁ。まぁ従わないわけにはいかないので仕方なく機首を帰投ポイントへと向ける。そういえばあいつはどうなった?あれが撤退したのなら護衛機の方も撤退しただろう。確認しようとすると左翼側に 接近してくるMirage2000-5。あいつだ。

    「さすがだなトリガー、俺は役に立てたかな?」
    「……まぁ」
    「ならよかったよ」

    ここで役に立たなかったなどと言えばこいつの面目丸潰しになる。それでも良かったが、実際役に立ったので嘘はつけない。何度も言うが俺はそこまで落ちぶれちゃいない。嘘をつくだのバカにするだの、そういうことはしない。したら負けだ。それこそ、そう、あの時離脱したやつと同じようなものになる。そう思われるのは心外だからな。

    「じゃあさっさと帰投しようか」

    けれどそれには返事はしなかった。それとこれとは別だ。馴れ合うわけじゃない。今回のことは必然だっただけだ。戻ればいつも通りに。……それでいい。



    帰投後、疲れきった体を引きずり何とかデブリーフィングを終え部屋にもどる。あいつの方が先に部屋に戻っていた。なんとなく、気まずい。何があった訳でもないのに。

    「今日は凄かったな」

    相変わらずの笑みで褒められたが返す言葉は無い。礼のひとつくらい言うべきなのかとは思ったがあれは任務であって、エレメントを組んだのもその為で、なら別にいいかと考えるのをやめた。

    「話したくはないか」

    まぁそうだよな、とそいつは笑った。そうだ、その通り。ほっといてくれとばかりにベッドに体を投げ出し、背を向けた。今日も、疲れた。あのSu-30。あれに乗ってる奴はどんな奴なのだろう、とか何が目的なのか、とかそういったことを考えてるうちにそいつのことなんかすっかり忘れて俺は眠りに落ちていった。



    「おはようトリガー」

    ……昨日話したくないことを態度で示したのにわからなかったのか?それともそんなことは気にしないと?寝起き早々なんでこんなに不機嫌にならなきゃならないんだ。もううんざり。これならまだ絡んでくるやつの方が良かった。売られた喧嘩を買うだけで済む。気を揉む必要なんて無いはずだ。

    「今日は肉体労働だ、大丈夫か?」
    「ここは暑いからな」
    「適度にサボれよ。倒れるぞ」

    あぁなんであんたはそう口が回るんだ。うるさいったらない。さすがにはっきりとイライラする。あんたにとっては気を使ってるのかもしれないが大きなお世話だ。

    「もし、」
    「あんた、うるさい。話しかけないでくれ」

    多分前までの俺ならこんなことは言わなかっただろう。これでも温厚だと自負していたから。ただここに来てからは違った。何も、誰も信じられない。弱みを見せたら喰らわれる。そんなところにいれば温厚でいられるはずもなく。
    目の前の男は押し黙った。そりゃそうだろう。いきなりうるさいだなどと言われれば黙る他ない。いくらか無言の時間が続く。俺は何も言えない、言わない。そうしている間に悟ったのか眉尻をさげた困ったような顔で口を開いた。

    「……すまないな、これからは気をつけるよ」

    その様子に、そうさせた俺の方がなぜだか困ったような気が、する。こいつは元から温厚で本当はこんなとこにいるような人間じゃないのかもしれない。でも周りはあんなんばっかで、やっと来たやつがまともだと思って話しかけてくるのかもしれない。それなら多少は申し訳ないと思うが、今の俺にはやっぱり大きなお世話でしかないのだ。
    そしてあいつは俺が身支度している間にいなくなっていた。もうきちんと顔を合わせることもないだろう。それでいいのだ、多分。



    それからというもの顔を合わせてもあいつは何も言わない。そしてまるで居ないように振る舞われる。そんなもんだから余計なことを考えずに済む。とても快適だ。
    ただ必要不可欠であるものの会話をする時の、ワントーン下がった淡々とした話し方は何となく寂しいものがあった。本来であれば俺だってこんなことはしたくない。でもここに来てからの俺は違うんだ、だから。

    「了解。他には?」
    「ない」

    以前までならそこでもう一言返ってきたはずの言葉はもう返ってこなくなった。そしてすぐに背を向ける。自分でそうなるようしむけけたはずなのに、なんだかそれが少し寂しいと思うようになった。うるさいのはゴメンだがもとより人との会話を楽しむタイプだったから案外とこういうのは嫌なのかもしれない。でもあいつもあんなこと言われてあの態度じゃこうもなるよな。今俺が受けていることは俺があいつにやった事と同じだ。最低。最近は以前の俺に戻りかけている。だからこそきっとそう思うのだ。おかげで今の俺は情緒不安定。どうしろってんだ。軽く唸りながら色々と考える。このままの状況でいいのか?ずっとこのまま?いつまでもこのままここに留め置かれるかもしれないのに?すぐ隣にいるのに?そんなやつにこのままの態度を取れるか?そして俺もそれを───
    そんな時あいつが目の前を通って行った。だが憮然とした態度でこちらに一目もくれず通り過ぎていった。……やっぱり、寂しい。
    本来ならば一人でいるより何人かでいた方が楽しかった性分だ。そりゃたまにうざく感じる時もあったがそういうのは誰にでもあるものだろう?ただ今回はそれが最悪の形で訪れたってだけだ。
    じゃあどうすればいい?態度を改めればいい?いやその前にきちんと会話をしなければ何も始まらない気がする。でも、とりあえず今日はダメだ。あいつ、いやタブロイドは用は済んだとばかりにもう寝てしまった。明日の朝、まずは挨拶から。そう決めて俺も寝ることにした。



    朝俺が起きるとタブロイドは既に身支度を整えていた。背中を向けているから俺が起きたことに気づいちゃいないだろう。
    いざ声をかけようとするもタイミングが掴めない。まぁこんなもんだよな、とため息をついたその時、タブロイドがふと振り返った。え、今?今がその時なのか?心の準備が、できてない、が、今しかない。

    「おは、よ」

    いくらなんでもそんなぶっきらぼうに言うやつがあるか!頭を抱えたくなるし、タブロイドの反応が気になる。ちら、とその顔を覗けば鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

    「……おはよう」

    少し間が空いて返ってきたそれはやはり幾分低くて感情があまり籠ってないように感じた。そうだな、声をかけるなと言われれば返事にも困るよな。今更無かったことに、などできるはずもない。でもせめて会話くらいはしたいと思う。でも会話の糸口が見つからない。無理矢理にでも会話をしようと試みる。
    返事は、返ってくるだろうか?

    「今日のスケジュール、は?」
    「いつも通りの肉体労働だ」
    「そりゃ災難だ」
    「そうだな」

    さっきよりは幾分ましな答えが返ってきたが、まだどことなくよそよそしい。やっぱりすぐは無理だよな。人の心の内なんかわかるはずもない。うるさいと、話しかけるな、とバッサリ切り捨てた相手との会話なんてこんなもんなのかもしれない。そう思うと過去の自分を恥じたり、責めたくなってきた。まともな人間(実はそうではないのかもしれないが)に対する態度にしては酷いものだっただろう。

    「俺は先にいくから」

    会話はすぐに途切れタブロイドは部屋を出ていった。やはり気を悪くしただろうか。やめろと言いながら突然声をかけてくる。そんなやつにいきなりフレンドリーに、とはやっぱりいかないんだな、とガシガシと髪を掻き回す。そしてそれは寂しい、からなんとなく悲しい、という気持ちに変わった。
    最初からフレンドリーに接していたら?もしかしたらとても気があって打ち解けていたかもしれない。空の上でも番犬殿の嫌味な話の中でも平気でやり取りしてたかもしれない。
    あの時の俺からすれば仕方の無いことではあったが勿体ないことをした、と今では思う。
    でも返事はしてくれる。俺のように無視はしない。それはまだやり直しがきくのでは?という気持ちになる。それならば、俺は態度を改めるべきだ。少しずつでいい、会話さえ出来ればどうにかなる、はずだ。

    「おはよ」
    「おはよう」
    「今日も肉体労働?」
    「急なことがなければね」
    「あると思う?」
    「さぁ?」

    やっと少しはマシな会話ができるようになったと思う。けれどそれは決して親しい間柄の会話ではなくあくまで日常の中の一部分の上辺だけに過ぎない。もう一歩、踏み込んだ話がしたい。しかしやはりきっかけがない。
    ハーリング殺しにされここに来て、荒んだ心は周りを傷つけるだけで、自分は殻にこもる。要するに保身に走っていただけだ。その為にタブロイドに酷い仕打ちをした。もしかしたら本気で気にかけていてくれたはずの。
    ハーリング殺しにさえならなければここへも来ずこんなに悩むこともなかったろうに。ため息をひとつついて、ふと思う。タブロイドは自分をハーリング殺しだと思い始めた?最初は思ってなかったのかもしれない。でもあの態度でやはりそうなのかと思ったとか?それで態度を変えたとか?まさかとは思うがそれはタブロイドにしか分からない。会話のきっかけにもなるならチャンスだ、と心が跳ねた。

    夕方になって部屋に戻る。今日も激しい陽の光が降り注ぐ中での肉体労働。とても疲れた。本当ならこのまま硬いベッドにダイブするところだが今日は、しない。タブロイドと話をしたいから。

    「なぁ、タブロイド。話を聞いてくれないか?」

    タブロイドは目を丸くしてややあってからいいよ、と言った。その顔には嫌そうなものは浮かんでいなかった。まずそれだけでも御の字だ。

    「タブロイドは俺がここに来た理由、知ってるだろ?」
    「あぁ。ハーリング殺し、だろ」

    本人にその気はなくともタブロイドに言われると少し心が痛む。やはり誰も俺の話なんて信じてくれないのかとさえ思う。まぁ証拠がないし、実際見ていた人がいるとなるとそんなことないと思うやつがいる方がおかしいかもな。
    思わず思考の海に沈みかけているとタブロイドはそれで?と続きを促してきた。食いついた、と思うのは失礼だろうがまさにその通りだと思った。

    「タブロイドも、俺がやったと思うか?」

    タブロイドは腕組みして考え始めたようだった。詳しく知りはしないだろうがこんなところにでも風は吹く。大方のことは伝わっているんじゃないだろうか。それならタブロイドもきっと知っている。

    「俺はそうは思わないね」

    きっぱりとタブロイドは言った。そう思わない?なんで?他の奴らは最初から決めつけるようにハーリング殺しだと食ってかかるのに?ぽかんと口を開けてしまった俺を見て、タブロイドは苦笑した。あ、久しぶりにこんな顔を見た。最近はずっと俺の前では無表情だった。いつもにこにこしていて何を考えているのか分からない、と称されるタブロイドは俺の前では無表情を貫いていた。それもまた悲しかった。俺の前では笑うのさえ無駄、と思われているようで。

    「……なんでそう思う?」
    「俺が見ている限りトリガーは嘘はつかない。そんなお前がやってないと言うならその通りなんだろう」

    あたかもそれが答えだと言うようにタブロイドは言った。あんな仕打ちを受けながらそれでも俺を信じているだなんて不思議でならなかった。同時に俺の事をちゃんと考えてくれてていることが嬉しく、その気持ちが胸を占めた。

    「……ありがとう」
    「ん?どうして?」
    「どうしても」
    「よくわからんやつだなぁ」

    その後のタブロイドは笑っていた。もしかしたらいつもの何を考えているか分からないそれかもしれないが、それでも良かった。少しはお近づきになれただろうか。それだったら嬉しいと、思うくらいには、タブロイドと何らかの縁を持ちたいと思った。



    今日も過酷な肉体労働。でもそんなに辛いとは思わなかった。タブロイドが良いと言ったから一緒に行動している。やはりまだ腹を割って話を出来ようにはならなかったが、それでも色々話せただけで、それだけで良かった。時折素直に笑ってくれて、話はちゃんと聞いてくれて、他のやつらならともかく、タブロイドにまできつく当たったことは間違いだったと今なら思う。悔やんでもしょうがないことだけどな。あの頃の俺は本当に他人が信じられなかったから。でもそんな人間を信じてくれていた人は身近にいたんだ。気づくのが遅すぎたけれど。
    過酷な労働はやっと終わった。仕方ないとはいえ人使いが荒すぎて嫌になるよ。ひからびたらどう責任とってくれるんだ。まぁここには俺が死んだところでなんとも思わない連中しかいないがな。
    タブロイドに帰ろう、と声をかけると用があるから先に帰れ、と言われて素直に部屋に戻る。ドアを開けるとがらんとした部屋。今まではそう感じたこともないのに。
    あれやこれや、うるさいと思っていたタブロイドの言葉が懐かしい。そしてそれを断絶させた俺が恨めしい。今ではやっと普通に会話をするけれど、あの頃からこうであれば、今ではもっと打ち解けていた?色んな話が出来ていた?色んなことをしてこれた?そう思うと心の底から本当に勿体ないことをした、と思った。
    タブロイドはまだ戻ってこない。一人では話はできない。仕方ないので(興味があったため、とも言う)悪いとは思いつつタブロイドのスペースを覗き込んだ。
    性格が出ているのか割とキッチリしている。私物など持ち込めなかったからものは少ないが整理整頓されていて綺麗だ。棚の上に本が何冊か置かれている。色々な伝を使って手に入れたのだろう。読書が好きなのかな?後で聞いてみようと思った。
    タブロイドのベッドを見る。こちらは、まぁ、しょうがないだろう。俺のとこと似たようなもんだ。染みのついた皺のよったシーツと投げ出されているブランケット。案外と寝相は悪いのかもしれないと思うと笑える。
    ただ立ちつくして待っているなんておかしいだろうと、タブロイドのベッドに腰掛けた。なぜ自分のじゃないかって?そりゃもちろん待ち人をすぐ迎えるためだ。俺のと同じものなはずなのに、なんだか居心地がいい気がする。ついでに寝転がってみる。やっぱり居心地がいい。なんだか柔らかく暖かくて。そう、まるで、

    「トリガー、なんで俺のベッドにいるんだ?」

    危うく寝てしまうところだった時にちょうどタブロイドが戻ったらしい。なんで、と言われてすぐに出せる答えはなかった。うーん、ここはなんと言えばいいのだろうか。真面目な答えじゃつまらない。ならば巫山戯たものがいい。タブロイドはどう思う?

    「タブロイドと一緒に寝ようと思ったから?」
    「いや無理だろ……なんだって一体」

    笑いたいような、困ったような、そんなものが綯い交ぜになったような顔でタブロイドは俺を見下ろす。うーん、とまた悩む。今度はなんと答えるか。タブロイドがじっ、とこちらを見ている。その目を見ていると今度は巫山戯られない、と思った。いや、巫山戯るべきでは無い。俺の今思う、本当のことを言わなきゃいけない、と思った。

    「……タブロイドと仲良くなりたい」

    ぽつりと呟いたそれは間違いなく本心で、まさしくその通りになりたかった。都合のいいことだとは分かっている。馴れ合いたくないと言っていた俺が、馴れ合いたいなんて言うだなどと、よくも言えたもんだ。特にタブロイドに対しては。他のやつらは俺の態度なんか屁でもないだろうがタブロイドは少し違った。気にかけてくれる優しさがあった。もしかしてそれは同情からのものだったとしても、「トリガーがやったのでは無い」と言いきってくれたその言葉は本物だろう。ちら、と覗き込んだその顔はもう何度目かも分からない苦い笑み。その笑みを見て、悟った。やっぱりタブロイドは、俺を、

    「お前、俺の事嫌いだろ」

    否定ではなかったが肯定でもなかった。否定でなかった分だけまし、と思えばいいものを、嫌っているだろうと言われると、言い訳は出来なかった。嫌いとまでは言わないが確かにそう思っていた。その事実はなかったことには出来ない。でも嫌うほどのものではなかった、はずだ。それだけは断言出来る。だからこそ言わなきゃならないことが、あった。

    「嫌いじゃないよ」
    「へぇ」
    「本当に、なんでもいい、それに誓って」

    タブロイドはそれきり口を閉ざした。何かを考えているような。言葉を選んでいるような。……まるで信じられないとでも言うような。でもタブロイドは、まぁでも、と、

    「トリガーがそう言うのならその通りなんだろうな」

    嫌われてなくてよかったよ、と笑って言った。以前も聞いたのと同じように。タブロイドはたったそれだけで納得したようだった。俺はと言えば呆気に取られた。信じてくれればいいと思い、信じてくれたと言うのに、だ。そんなに簡単に許してもいいのか?これは夢なのか?俺に都合のいい?でも目の前にはちゃんとタブロイドが居る。俺を見ている。その視線がこれは現実だと思わせてくれた。瞬間胸に湧く何か。喜び、嬉しさ、あとは……他のいろんなもの。タブロイドはあの頃と同じように穏やかに、笑った。
    そして同時に、もうひとつ言わなきゃならないことを思い出した。悪いことをしたら、どうするんだっけ?それは誰だって一度は言われたことがあるだろうこと。「相手に悪いことをしたらちゃんと謝る」俺はタブロイドに謝らなきゃいけない。

    「……今までごめん」

    ちら、とタブロイドを見やると目を丸くして、驚いたような顔をしていた。何故だろう、俺はそんなに驚かれるようなことを言ったかな?そしてまた口をとざすタブロイド。俺としては正しいことをしたつもりだ、多分。もしかして何か間違っていたのだろうか。と思ったところで何についてそんなことを言ったのか分からなくてはタブロイドも何も言えないだろうことに気づいた。そりゃそうだ。いきなり謝られても何故、が分からなければ返す言葉も選べないだろう。俺は、俺なりの、精一杯の思いを詰め込んだものをタブロイドに送る。

    「俺はみんなを一緒くたに見てた。タブロイドが優しくしてくれようが、気にかけてくれようが、それもきっと俺を騙したりするためだと思った」

    視線を手元に落とす。タブロイドがどんな顔をして俺を見ているかが、気になる。が、もし嫌悪感を浮かべていたら?急に態度を変えられて気分がいいとは思わないだろう。だから、視線を落とした。
    俺が悪いことはわかっている。タブロイドはただただ俺を気にしてくれていただけだ。そして今、やっと、それをありがたいと、嬉しいと思うようになったというのに、今度は逆に嫌がられるようになったら?打ちひしがれてしまう気がする。沈黙がつづく。タブロイドは何を思っているのだろう。その言葉を、少し恐ろしいという気持ちで待った。

    「何を謝るんだトリガー?俺は謝られることをされた覚えは無いけど?」
    「今まで」

    悪かったと思ってる。罪悪感からかぼそっとしか口にできなかった。それからつらつらと俺の仕出かしたことをあげて、もう一度謝った。肝心な時に限ってろくなことさえ口にできない自分を呪った。お前は、バカか。あぁそうだ大馬鹿野郎だったな、そうだった。そんな大馬鹿野郎のことを、どう思ってる?

    「なんだそんなことか、気にするな。謝ることじゃない」

    まぁ、ちょっと、ほんのちょっと?傷ついたけど。とタブロイドは続けた。あぁやっぱり。本当は傷ついていたんだな。本当に俺は大馬鹿野郎だ。でもそんな俺を信じてくれたタブロイドも大概大馬鹿野郎だと思う。もちろん口には出さない。怒られるのは嫌だ。

    「でも……」
    「俺が気にするなって言ってるんだ」
    「わかった」

    タブロイドがそういうのならその通りなんだろう。俺もいつの間にかタブロイドと同じ考え方をするようになったもんだなぁ。ここに来て今までの価値観は大きく変わった。罪を犯せば駒のごとく扱われ、死んでも誰も哀れまない、それが当たり前だと評価され、誰もが誰をも信じない。でも信じるに値するものがなかったわけではなかった。

    タブロイド

    タブロイドだけは何があっても俺の事を気にかけ、心配し、信じてくれた。まさかこんな所にあってそんな稀有な人物がいるとは思いもしなかった。……気づかなかっただけとも言う。
    まぁ、それでもなんだかんだ、こうして仲直り?出来た訳で。これで一件落着、と言いたいところだったけど、人間というものは欲が出るもので、俺にもそんなもんがあったらしい。要するにもっとお近づきになりたい、ということだ。我ながら我儘すぎて笑う他なかった。

    「ねぇタブロイド。これからは仲良くしてくれる?」

    タブロイドはまた驚いた顔をする。忙しいなぁと思いながらそれは俺のせいなんだな、と思うと嬉しかった。俺の一挙手一投足でこんなにも変わるなんて思いもしなかったな。拒絶してからは無表情なタブロイドしか見てなかったから尚更。他人が言う、何か考えているのかわからない胡散臭い笑みだとしてもそれはそれで嬉しい。

    「トリガーがそう望むならね」

    にっと笑うその表情は初めてだった。また新しい発見だ。タブロイドには色んな側面があるんだなぁ。気づくのが遅かったことを今更悔やんでも仕方ないが悔やんでも悔やみきれない。あのころの俺をこの大馬鹿野郎、と殴り付けてやりたかった。

    「望む望む。ずっと望む」
    「バカ。この先どうなるか分からないのに?」
    「それでも」

    そんな俺をどう思ったのか分からないがタブロイドは口角を上げて何かを噛み締めるかのように笑った。思ったよりタブロイドはよく笑う。いや、常日頃から笑ってはいるが、ここまで表情豊かだったとは思わなかった。

    「どちらかがここから釈放されなければね」
    「そんなことなら釈放されなくてもいいかも」

    つい本音が出てしまった。ここは窮屈で、過酷で、とても過ごしやすいところでは無い。けれどタブロイドと一緒にいられるのならそれもいいと思ったのだ。タブロイドと一緒ならなんでもできるし我慢もできる、そんな気がする。冗談ではなく。未だに他のやつらは信用ならないが、タブロイドだけは違う。ここに来て唯一信頼出来る相手だ。だからこそ。

    「おいおいやめてくれよ。俺はずっとここにいるつもりは無いぞ」
    「俺だって。タブロイドが出る時は俺も出る。俺が出る時はタブロイドも出る。それでいいじゃん」

    タブロイドは呆れているようだったがその顔は初めて見るものだったから、また嬉しくなった。知らないことを知っていく喜びとはこういうものか。タブロイドのことならもっと、色んなことを、知りたいと思った。
    タブロイドは呆れ顔のまま何言ってんだ、と口にした。はて、俺はおかしなことを言っただろうか?俺は嘘をついてないし冗談も言ってない。タブロイドは何を思ったのか、分からなかった。

    「そんな上手い話あるわけないだろ?」

    なんだそんなことか。そんなこと、今ならきっとなんとでもなる。今の俺はなんでも出来んじゃないだろうか。タブロイドが望むなら。

    「俺がどうにかするよ」
    「はは、頼もしいな」

    タブロイドは今度は愉快そうに笑う。これからはタブロイドの知らないことをもっと知ることが出来るだろう。それはとてもありがたい。最初こそうざったく思ったけど今は違う。そばにいてくれるだけでいい。いさせてもらえればそれでいい。同じ部屋にしてくれた看守、ありがとう。今更ながら礼を言うよ。
    きっと明日も、急なことがなければ過酷な強制労働だ。でもタブロイドと一緒なら苦にはならない。色んな話をして、色んな表情を見て、色んなことを知る。
    ここに来てからの俺はもう居ない。ここに来る前の俺がいる。そうさせたのはタブロイドだ。今更無かったことになんかさせない。
    今や「ハーリング殺し」なんて言われても全く気にならない。むしろ笑って返す。その件がなければタブロイドには出会えなかったのだから。そう考えると運命とはなんと素晴らしいものか。実際には必然だったとしたならもっと良かったが。

    「おいトリガー、晩飯いくぞ」
    「うん!」

    そうして二人肩を並べて歩く。できるなら、本当に、いつまでも、こうして肩を並べていたい。いつの日かのようにまたエレメントを組んで飛びたい。望みが沢山ありすぎる。俺はこんなに欲張りだったかなぁ。

    「トリガー?」
    「なんでもない」

    名前を呼ばれてタブロイドを見る。不思議そうな顔をするタブロイドにもう一度なんでもないよ、と言えばそっか、と返ってきた。実際はなんでも無くはないが、そんなこと本人を前にして言えるはずがない。
    でもいつか、もうちょっと親しくなれたのなら、その時は大袈裟にでも聞かせてやろうととタブロイドに笑いかけた。
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