Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    なさか

    たぶろいどぬまにずっぽり
    ☆正規ルート=ストーリーに準拠
    ★生存ルート=死なずに生き延びる話
    無印は正規ルート(死ぬまでの間)の話

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 10

    なさか

    ☆quiet follow

    トリガー×タブロイド
    ★生存ルート

    What a wonderful worlds end.★生存ルートです
    ※身体的障害描写があります。ご注意ください。












    抜けるような青空を、一機の飛行機が横切っていく。民間機だ。もう、民間機が飛べるまでに世界情勢は変化した。難民問題についてはまだ禍根を断つことが出来てはいないが、それでも少しづつではあるが、良い兆しが見えてきている。

    その青空の下を車椅子を押した青年がゆっくりと歩いている。たまに車椅子に乗せた相手の顔をのぞき込むようにして話しかけながら笑いかけ、穏やかな時が流れていた。話しかけられた方───タブロイドという名の男───はそれに応えて、共に笑う。

    「トリガー、今日の空はどうだ?」
    「すこぶるいいね。飛ぶには最適だ」

    トリガーと呼ばれた青年はゆるりと空を見上げた。無駄に空を覆うものはなく視界を邪魔するものもない。それは今となってこその話だ。

    「タブロイドにも分かるだろ?」
    「俺にはもう遠いものだからなぁ」

    タブロイドがそういうや否や、穏やかな顔をしていたトリガーは顔を顰める。以前からそういうことを言うのはやめろと散々言ってきたのにいつまでたっても理解しないタブロイドを睨みつけた。

    「タブロイド」
    「すまん、解ってる」

    どの口で、と思いながらもそれも仕方の無いことなのかとトリガーの胸は痛んだ。

    今より少し前、ここは戦場であった。空は戦闘機、UAV、ミサイル、そんなもので埋め尽くされていた。所謂戦争というものがあった。今みたいに空の穏やかさを語るものなどおらず、またそんな余裕もなかった。
    トリガーも、タブロイドも、その真っ只中にいた。トリガーは空を翔、タブロイドは地上にて難民の保護をしていた。互いに互いを気にしつつもお互いの役目の前に気にする事はないように、と事前に話し合っていた。
    トリガーは仲間たちと共に徐々に戦線を押し、タブロイドもジョルジュという新しい仲間を得、役目を全うしていた。そう、そして。
    トリガー達が空でアーセナルバードを墜とそうとしていた。トリガーの活躍は他より抜きん出ていて、アーセナルバードは早々に墜ちかけていた。ただしそのための電力供給をカットしたため、アーセナルバードから放たれたUAVが落下を始めた。海の上だけならいい。しかしそれらは難民たちのいる場所にも及んだ。地上は大混乱、皆散り散りに逃げ惑った。そんな皆を444部隊の頃からの馴染みであるエイブリル、タブロイドらが率先して誘導し、避難させていた。
    しかし、UAVは、無情にも難民の幼子の上にも墜ちかかっていた。それをタブロイドがジョルジュと共に助けようとして。

    「……ごめん。俺がもっと上手くやれば」
    「何言ってんだよ。お前はやるべき事をやっただけだ。そして俺の運が悪かっただけだ」

    それに俺としては誇らしいことだとは思うけどね、とタブロイドはからからと笑った。普通であれば悲観することであろうものをタブロイドはそうは思わないという。そういうものなのだろう、と本人は納得しているが真実は分からない。トリガーは自分だったらおもいっきり悲観してはさめざめと泣いていたかもしれない、と思っていた。

    タブロイドは幼子の命を救うのと引きかえに両足、膝から下を失った。巻き込まれそうなジョルジュと幼子を突き飛ばして逃がしたが、自身は逃げきれず落下してきたUAVの下敷きになったのだ。慌てて助けようとジョルジュが引き返そうとしたがそれを止めて子供を避難させ、これで良かった、と思ったところ他の仲間を引連れてジョルジュが戻ってきた。そんなことをしなくてもいいと言ったのに皆は諦めなかった。何とかUAVの下から抜け出せたが、挟まれた足は完全に押しつぶされ、救助されるも切断せざるを得なかったのだ。そして同時にタブロイドの翼は悲しくももがれてしまった。もう空は飛べない。それでも空が見えさえすればタブロイドはそれで良かった。



    トリガーがそれを知ったのは全てが終わってそれからしばらくしてからの事だった。終わったからはい終わり、という訳にも行かず、やることも沢山あったため後始末に忙殺され正直タブロイドのことにまで気が回らなかった。どうにか落ち着いて、カウント達と飲んで騒いだり、そんな日々が一段落して意気揚々とタブロイドに会いに行こうとした時に。カウントに引き止められた。

    「……タブロイドのところに行くのか?」
    「そうだけど……なにか?」

    会いに行く、と聞いた途端のカウントの渋い顔。なにかいけないことでもあっただろうか。今更になってしまったことがいけないことだったか。それがタブロイドの気に触ったとか?タブロイドはそんなことを気にするような人間では無い。だからこそ、今、早く会いたいと思うのは悪いことでは無いはずだ、とトリガーは思った。

    「今はやめといた方がいいかもな」
    「なんでだよ」
    「……俺の口からは言えねぇが、もう少ししてからのほうがいい。お前のためにも……やつのためにも」

    トリガーはカウントがなにか隠していることに気付く。しかも、多分、良くないことを。そう言えば終戦後もカウントや他の仲間たちと共に居たがタブロイドの話題が上がったことは無かった。知らせがないのは良い知らせ、ともいうしいつものように笑って過ごしているのだと思っていた。しかしどうやらそうではないようで、トリガーの胸はどくんと跳ねた。タブロイドになにかあった?だから何も耳に入らなかった?

    「……カウント、知ってるんだろ」
    「俺の口からは言わない。それだけだ」
    「なら会いに行く」
    「悪いことは言わねぇ、『今』はやめとけ」
    「そこまで言うなら理由は?」
    「言っておくがあいつの為だしお前の為だ。あいつの事を思うなら、やめとけ」

    俺のため、タブロイドのため、それだけでは何も分からない。タブロイドのためと言うならここは引いておきたいところではあるが、それより知りたいという気持ちが強い。
    カウントは『今は』と言った。後で行ったところで変わるものなのだろうか。じっと見つめるカウントにはわかった、と答えたがトリガーは既に会いにいくことを決めていた。

    とはいえタブロイドがどこにいるかということをトリガーは知らなかった。戦後の混乱の中、連絡も取らずにいればそうなるだろう。通信機器も持ち歩いてるはずがない。タブロイドが恐らく最後にいたであろう場所にさえ行けば手がかりは見つかるだろうとトリガーは踏んだ。こんな中贅沢に車を貸してくれ、などといえなかったので物資運搬のための車両に乗せてもらった。
    軌道エレベーターは相変わらず高く宙まで伸びその先は見えない。これのおかげで散々だったな、とトリガーは振り返りながらその根元を見る。まだまだとはいえ復興が進みつつあるようで人の声が賑やかだった。ここから先は自分の足で虱潰しに探すしかない。最もここにいると決まっているわけでもなかったが。
    いくつかの救護所を回るが手がかりはない。写真の一枚でもあればそういえば、と言われることもあったろうが生憎もちあわせていなかった。そもそもタブロイドの写真なぞ持っていなかったのだ。そんな余裕などなかったからとはいえ、なんだか悲しかった。
    次に回ったところでも、誰も知らない、という答えしか返ってこなかった。ここにはいないのだろうか、他所へ行こうか、という考えが浮かび出した時、ふと声をかけられた。

    「そういうことならあそこに行けばいいんじゃないかな」
    「あそこ?」
    「根元に一番近い場所だ。本部みたいなところになってる。あそこがいちばん大きい救護所だ。少しくらいは何かわかるだろう」

    大きい救護所。本部。そういうところなら確かに情報を得られそうだ。なぜ今まで気づかなかったのか。トリガーは面食らった。
    聞けば場所を丁寧に教えてくれたおかげでトリガーはすんなりとたどり着けそうであった。はやる気持ちもあるが、そこに行けば何かが得られるというなんの根拠もない自信と気疲れ、体力の消耗も相まってトリガーは教えてもらった道をゆっくりと進んでいく。
    少しは落ち着いたとはいえ、難民の生活はそういいものではなく、疲れ果てた顔をしている者も大勢いた。そしてその者らを元気づけるように走り回る救護ボランティア達。タブロイドのことだから多分ボランティアに参加してるのではないだろうか。忙しく走り回っているからなかなか見つからないのだ。トリガーはカウントの言葉を思い出し、そういうことなら手伝うこともできるし、何がいけないんだ、とあの頃のようにもう一度思った。

    軌道エレベーターの根元、その入口付近に救護所はあった。確かに人も物資も他のところより溢れている。物資を揃える者、運ぶ者、難民の話を聞いたりする者。役割がきちんと別れているようで割と落ち着いて、静かなところだった。トリガーはともかく誰に声をかけようか、と視線を動かしたその時、見知った顔があった。その顔を見るのはいつぶりだろうか。久しぶりなことにトリガーの心が弾んだ。

    「エイブリル!」
    「……トリガー?」
    「久しぶり、無事だった?」
    「まぁ、あたしはね。……喜んでられる状況じゃないがね」
    「……そうだったね」

    トリガーはエイブリルが中心となって救護活動を行っている、と知った。彼女は口が悪くても根は優しい、普通の人間だ。だからこそその役を買って出たのだろう。性に合うのかもしれないな、とエイブリルは苦笑した。
    トリガーはエイブリルと話をしながらも周りを見渡す。エイブリルがここにいるならタブロイドもここにいる確率は高いと思ったからだ。けれど一向に見当たらない。まぁそうすぐには、と思ったが会いたい気持ちが勝り、すぐにでも会えるだろうと思い込んだのだ。

    「……ところでさ、タブロイドどこにいるか知ってる?」

    トリガーがタブロイドの名をあげた瞬間、荷解きをしていたエイブリルの手が止まった。トリガーはそれには気づかず、エイブリルの言葉をひたすら待った。けれどなかなか返事がない。焦れたトリガーは彼女のうつむき加減の顔を覗き混む。その表情は何かを押し殺したようなものだった。

    「……タブロイドはここにはいない」
    「じゃあどこ?」

    聞き返すがまたも返事は無い。まさか知らないとでも言うのだろうか。共にいた者の行方を知らないなどというのだろうか。それとも他になにか理由があるとでも言うのだろうか。この雰囲気はまるでカウントとの、あの会話をした時のようだ、とトリガーは感じた。

    「……今は陸の方の病院にいる」
    「病院?怪我でもしたのか?」
    「そういうことだ」

    歯切れの悪いエイブリルの言葉にトリガーは歯噛みした。カウントもそう、エイブリルもそう、何かを隠している。自分だけ除け者にされている気がして正直気分は良くない。しかもタブロイドのことだけだ。ならばその病院に行って直接会う他ない。

    「じゃあ病院の場所教えて」
    「……今は教えられない」
    「え?」

    教えられない、とはどういうことだ。普通であれば簡単に教えられるであろうことを教えられないとは。トリガーは急にえも言われぬ不安を覚えた。カウントが、エイブリルが、隠していることとはなにか。言いたがらないほどのこととはなにか。そこから導き出されるのは、決していいものでは無いということだ。けれど知らされなかった理由が分からない。

    「……なんでみんな俺に隠すの」
    「隠してるわけじゃない。今はその時じゃないってことさ」
    「じゃあ後でならいいってこと?」
    「……そうだな、もう少し落ち着いてから」

    カウントも『今』はやめておけ、と言っていた。では『今』何が起こっているのか。自分が知ると何かが起こるのか。トリガーは二人を怪しむ他なかった。

    「なにかあったんだな?なら待てない。場所を教えて」
    「だから」
    「エイブリル」

    トリガーはらしくもなく高圧的な態度に出た。鋭い視線でエイブリルを睨みつける。こうでもしないと口を割らないだろうと思ったからだ。かと言って割らないという結果もあるであろうがなんとしてでも場所を聞き出し、今、すぐ会いに行きたかった。

    「……タブロイドは嫌がるかもよ」
    「それでもいい」
    「お前の方が嫌になるかもよ」
    「それはない」

    タブロイドのことについて自分が何かを嫌になるなんて、絶対にない、と言い切れる、とトリガーは言った。そんなことがあったとしたらもう二度と顔を合わせることは出来なくなるだろう。そんなことはごめんだった。だからそんなことは無いのだ。

    「……陸の方、──病院ってところだ。いいか、何があってもお前は取り乱すんじゃない。タブロイドを傷つけたくないならな」

    エイブリルは重いため息をついて、殊更ゆっくりとトリガーに言い聞かせた。取り乱す?傷つける?事は思ったより重大なことのようだ。カウントもあの時、今のエイブリルと同じ気持ちだったのかもしれない。

    「……わかった」

    タブロイドを傷つけるのは本意では無い。そんなことはしない。誓ってそう言えば、エイブリルは多少安心したようだった。とはいえまだ完全には気を許してはおらず、トリガーの目をじっと見つめる。

    「何があっても、タブロイドを傷つけるようなことはするな」

    何度も言われた『タブロイドの為』『傷つけるな』。そこまで言われるようなことが、この先にあるというのか。臆することは無いが気が急く。

    「わかった。何があってもタブロイドを傷つけるようなことはしない」
    「ま、あんたがそんなことするとは思わないがね。……行くならさっさと行きな」

    あたしも手が空いたら会いに行くからと伝えてくれ、という言葉と共にトリガーはエイブリルに背を押された。
    元来た道を引き返し、教えてもらった病院に向かう。そこはまるで戦争なんてなかった、と思われるような柔らかな雰囲気を醸し出していた。
    優しく柔らかな日差しに照らされ、言われなければ病院とは分からないようなここに、タブロイドがいるという。このようなところにどのようなタブロイドがいるのか、トリガーには皆目見当もつかない。
    入口をくぐり、受付でタブロイドの病室の場所を聞くと、軽く礼をして教わった部屋へと向かう。

    タブロイドがいる病室の前に立つトリガーの胸はどくどくと無駄に脈を打つ。この扉の先にタブロイドが居る。久しぶりの再会なのにほんの少しの恐怖を感じるのはこの先の予感なのだろうか。静かにノックをすると中から女性の声で返事が返ってきた。おそらく看護師だろう。入室の許可を求め、ドアを開けると先程の声の主であろう看護師と、ベッドの上に横たわるタブロイド。久しぶりに見たタブロイドは少し痩せたようにもみえる。やっと会えた、その事実がトリガーを喜ばせた。声をかけようもすると看護師に止められる。

    「今は寝ているのでそのままにしてあげてください」
    「……そうですね」

    せっかく会えたからと言って寝ているのを無理矢理起こさせることなどできようもない。看護師に勧められてベッド脇の椅子に座ると先程より良く顔が見えた。なんだか顔色が悪いようにも見える。話せない今、何があったのかを知る術はなかった。

    「やっぱり体力の消耗が激しいみたいで」

    最近は寝てる時間が多いですね、と看護師は少し困った顔で言った。そのようなことがタブロイドに起こったのか。今みる限りでは寝ているだけのように思う。胸は規則正しく上下している。怪我もそう多くは無さそうだ。なのにどうして体力が消耗し寝てしまうようなことになっているのか。看護師にタブロイドの状況を問おうとした時。

    「彼はいったいどう言う」
    「……トリガー、久しぶりだな」
    「タブロイド!」
    「起こしてしまいましたか」
    「いいえ、元々眠れてなかったのでお気になさらず」
    「そうですか。お知り合いの方がいらしたみたいですので私はこれで。何かありましたら必ずナースコールを押してくださいね」

    トリガーの来訪に看護師は話を早々に切り上げ、病室を出ていった。トリガーがまたタブロイドの顔を見やるとやはり顔色が悪いようにみえる。

    「元気にしてたか?」
    「俺はずっと元気だよ」
    「そりゃよかった」

    心からのその声にトリガーは酷く安心した。だがふと思い出す。タブロイドは、どうなのか。今のところ顔色以外はいつもと違うところは見当たらない。ただ点滴の管で繋がれているのを見るとトリガーの胸は痛む。

    「タブロイド、何かあったの?みんな教えてくれなくて。なかなか会いに来れなくて、ごめん」
    「別に謝られることじゃない。奴らも無駄に気を使ったな」
    「気を使った?」
    「俺の状態を知りたいんだろ?足元の毛布、めくってみろ」

    トリガーは言われた通りに恐る恐る足元の方の毛布をめくる。そこで目にしたのは。

    「こういうことだよ」

    タブロイドは苦笑して言ったが、トリガーの顔からざっと血の気が引いた。
    そこにはあるはず、あったはずのものがなかった。視線を徐々にあげるとちょうど膝に当たる部分が包帯でしっかり固定されていた。

    「気持ちいいもんじゃないだろ?、毛布、戻してくれ」

    タブロイドに言われ震える手で毛布を戻す。取り乱すな、とエイブリルが言ったのはこういうことだったからなのか。
    これはたしかに狼狽えたりもするし動揺もする。タブロイドはあまり気にしているような素振りはしてないが、足を失ったとすれば大なり小なりショックはうけるだろう。気持ちの整理は着いているのだろうか。だからこそのあのカウントとエイブリルの言葉だったのだ。自分がしでかしたことに後悔はしていないがタブロイドのことを考えるととても申し訳なくなる。会いたいという思いだけで突っ走った自分を、タブロイドはどう思うだろうか。

    「なんで……なんでこんなことに」
    「落ちてきたUAVの下敷きになった。挟まれて完全に潰れたから切っただけだ。問題ない」
    「そういう問題じゃない。タブロイドは気にしないの?」
    「いや別に?戦争なんてやってるとこういうことなら日常茶飯事だろ」

    そうじゃない、とトリガーはかぶりを振るがタブロイドは笑っているだけだった。その心の奥にどれだけの辛さを抱えているのだろう。本当は失意のどん底や絶望の沼にいて、泣いて喚いたり、当たり散らしたりしたいのかもしれない。それならそこから助けてだしてやりたいがトリガーにとってはどう足掻いても出来そうにないことを痛感している。その辛さはタブロイドにしか分からないのだから。

    「俺は大丈夫だ。もう少ししたら車椅子も使える。特に困ることはない」
    「……困らない?」
    「あぁ。歩けないだけで他のことは出来る」
    「俺、一緒にいてもいい?」
    「その必要は無いよ」
    「でも一緒がいい」
    「……わかったよ。好きにすればいい」

    こうしてトリガーはタブロイドのそばに居座る権利を得た。時折痛むと言う足を優しくさすってやったり、薬を飲むべき時間にきっかり飲ませたり、車椅子での行動を許可されたら外に連れ出して散歩をしてみたり。そして時は流れ。



    「明日も晴れるといいね」
    「さぁね。明日は明日の風が吹く、だ」

    その風は、今吹いた。そよそよとした物ではなく、木々をざわざわと揺らすような。トリガーはあまりの風の強さに目を閉じたがタブロイドは気にもしていないようであった。しかし顔が強ばっている。トリガーがどうしたのか問う前に、タブロイドは口を開いた。

    「トリガー、話をしよう。……ちょうどいい頃合だ」
    「話?」
    「大事な話だ」

    タイミングが良かったのか風は落ち着きを取り戻していた。トリガーは乱れた髪をととのえる。タブロイドが話をしたがっている。それならトリガーはなんだって聞く。しかも大事な話だと。思いつくアテはなかった。タブロイドの思うことなんて読めないのだから。けれどこれからタブロイドが紡ぐ言葉はトリガーにとって、とても残酷なものであった。

    「俺たち、もう、終わりにしよう」
    「え?」

    トリガーはタブロイドの突然の言葉に頭が追いつかない。終わり、とは。
    タブロイドには懸念があった。そばに居たいというトリガーを許しはしたが、内心間違いだったと今では思っていた。
    トリガーにはよく携帯端末への連絡が入る。職務のこと、トリガー自身のこと、そして時折タブロイドのこと。さすが有名人だとタブロイドは笑った。
    けれど今までタブロイドから離れるようなことはなかった。彼に付き添うために、ととても近い場所に借りたアパートメントに帰る時以外は。
    職務なんか無視していいものでは無いのにほぼ受け付けない。自分が居なくても大丈夫だろう、カウントに頼め。そればっかりだった。友人からの件も謝りながらもすっぱり断っている。それを間近で見てタブロイドは複雑な気分になっていった。
    トリガーにはトリガーのためだけの人生がある。それを自分が歪まているのではないか。一度思えば膨れに脹れて心は窮屈になっていった。今の自分とトリガーとでは、もう歯車が噛み合わないのだとタブロイドは結論づけた。

    「俺にはもうお前は必要ない。お前にも俺は必要ない。だから」

    タブロイドは努めて冷静に、感情的にならずに、静かに告げた。それはある意味真実であり、嘘でもあった。実際のところタブロイドにはトリガーに頼る部分が多かった。それも最初から。そのつもりはなかったがふと気づくと何かしら助けられていた部分があった。トリガーもまた自分を慕い、何かあればタブロイドの名を呼んだ。大したことがなくてもタブロイドに意見を求めたし、それを信じてくれていた。
    そんな関係をぶち壊すことを、タブロイドは口にしたのだ。もう二度と後戻りはできない。退路を絶ったタブロイドの言葉。

    「嫌だ、そんなの!俺にはタブロイドが、」
    「必要ないよ。お前は一本芯の通ったやつだ。一人でも歩いて行ける。俺なんて無駄な支えはいらない」
    「いる!いるよ!タブロイドがいるから俺はまともなんだ」
    「いや、お前は元々まともだよ。いまさらおかしくなんかならないから大丈夫だ」

    その言葉にトリガーは噛み付いた。わかっていたことだがこれを落ち着かせるにはとても骨が折れるだろうとタブロイドは思った。
    感情的になり取り乱すトリガーに罪悪感がわかないとは言わない。けれどどうしても説き伏せなければならない。自分のためにもトリガーの為にも。

    「嫌だ!タブロイドこそひとりで、」
    「生きていける。足がなくたって生きていけるさ。なんなら義足をつければいい。お前に頼らなくても良くなる。いつまでも俺のそばにいる必要は無いんだ」

    精神の方についてはタブロイドは触れなかった。そこに触れるとこじれそうだったから、あえて身体的な方での話を振った。たしかに今は頼りが必要かもしれないがリハビリをすれば膝より上さえあれば何とか動き回れるだろうし、車椅子だって義足だって年々進化している。一人でもやっていける。それはタブロイドの決心であり確信であった。

    「俺が傍に居たい」
    「俺は居たくない」

    やはり長く続く押し問答。一緒にいてもいいって約束したじゃないかとトリガーが言えば、タブロイドは一瞬息を飲んだがそれでもダメだと再度強く告げた。

    「タブロイドの願いならなんでも聞くって約束、破りたい」
    「約束だからな、破るなよ……守ってくれてありがとな」
    「なんで……」

    タブロイドは平気なのか、とトリガーは問いつめたかったが今の彼なら平気だとしか言わないだろう。なんで、どうして、と問いつめても笑って何も言わないのだろう。トリガーは初めてタブロイドを憎いと思った。

    「お前には戻るところがある。必要とする人が沢山いる。やることも沢山ある。……俺一人に囚われちゃいけない。だから」
    「だからなんだよ!俺の事はもうどうでもいいって?」

    肯定されるのが怖くて言いたくなかったことをトリガーはタブロイドにぶつけた。どうせ肯定されて傷つくのは目に見えているのに言わずにはいられなかった。

    「……そうだよ」

    やはり返ってきたのは肯定で、トリガーの心臓はばくばくとイカれたように動き、頭も考えることをやめた。きっともう何を言ってもダメなのだ。泣いても喚いても、始まるカウントダウン。タブロイドはそうと決めたら譲らない。それが例え自分のことをよく思ってくれた彼だとしても。さよならはすぐそこで待ちくたびれている。そしてタブロイドが求めるものはこの手にある。これしか答えはなかった。

    「……わかった。ならもう会わない」
    「そうだな、その方がいい」

    トリガーはもう無表情で諦めていた。二人はどんなふうに笑っていたのだろう。いつからこんな風にタブロイドは思っていたのだろう。なにか至らなかったことがあっただろうか。わかったとて今更の話でひっくり返ることはないのだけれど。
    タブロイドとしてもこんな終わりを望んだわけではなかった。傷つけたくもなかった。けれどもう会わないと告げた時点で傷つけたことと同じか、とタブロイドは自嘲気味に笑った。

    「……最後に一つ。それ、本音?」
    「そうだよ」
    「……嘘だね。タブロイドは嘘つく時はいつもより早く返答するんだよ。気づいてなかった?」
    「……それは知らなかったな。でも本音だ。残念ながら」

    最後の最後に知らされた事実。もう二度と指摘されることはないだろう。タブロイドはほんの少しだけ、後悔したが自分の選んだ道だからそれを忘れることにした。トリガーごと。

    「そう……会いに来るのも?」
    「やめてくれ」
    「いつかまた、どこかで会えた時は?」
    「もう会えないよ」
    「……わかった。部屋に戻るまではいいでしょ?」
    「ダメだ。お前とはここでお別れだ」

    そう、今ここで別れなければ後ろ髪を引かれてしまう。ここでお互い別れて、別々の所へ戻る。そして、もう二度と会うこともないだろう。それがいい。それでいい。タブロイドは少し感傷的になりながらも別れを告げた。

    「……タブロイドは酷いね」
    「そうだよ。俺は酷い人間だ。知らなかったのか?」
    「知らないよ。だってタブロイドはいつも優しくて、俺を気にかけてくれて……俺を好きでいてくれた」
    「お前を騙してたのさ、ずっと。だからそんな俺とは別れるべきなんだ」

    利用していた、騙していた。そう言われ信じれば自分のことなど忘れるだろうとタブロイドは思った。殺してやりたいと思うほどに憎んでくれてもいい。自分を殺すのが彼なら本望だ。
    目の前には涙をポロポロと落とし、泣くトリガーがいる。泣かれるのは想定外だった。今まで付き合ってきたなかで、そのような素振りを見せたことはなかった。そしてそれを見るのが最後の最後だなんて思うとタブロイドは目の奥がツンとしたように感じた。

    「おい泣くなよ」
    「泣きたくもなるよ。もう最後なんでしょ?」
    「最後の顔が泣き顔なんてやだぞ」
    「そうさせてるのはタブロイドだろ?」
    「そうだけど……な、笑えよ。笑って俺を見送ってくれ」

    トリガーの最後に残されたものは、溢れて止まない涙だけ。けれどタブロイドが笑えと言うなら笑いたかった。今の自分がどんな顔をしているか全く分からないが、きっとうまくはいかないだろう。

    それでも喉を引くつかせながらトリガーは笑った。笑ったつもりだった。でも実際のそれは歪んでいてとてもじゃないけれど笑顔なんて呼べるものではなかった。けれどタブロイドはそれでも満足した。涙が、止まっていたから。

    「今までありがとうな」
    「……俺も」
    「トリガーと出会うことが出来て良かったと思ってる」
    「俺の方がそう思ってる!」
    「……じゃあここでお別れだ」
    「タブロイドのこと好きだった。愛してた」
    「……俺もだよ。じゃあ、俺は戻るから。トリガーもその顔どうにかしてから戻れよ」

    そう言っていつもはトリガーに押される車椅子を操り病室へと戻っていく。そしてトリガーはそれを見送る。タブロイドは一度も振り返ることは無かった。

    さよなら、さよなら。もう離してあげる。振り返らないその背中が望むのなら。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator