壁際心理戦昔から"窮鼠猫を噛む"と言う言葉があるけれどずっと追い続けた猫と、 追い続けられていた鼠の間に、親愛という情が生まれることはないのだろうか。 四六時中追って追われて、そんな関係が続いたのならいい加減感情と言うものにも変化が見えるのでは、とディルックは思い始めていた。 追い詰められた鼠がとうとう、と言うときに諦めて猫にその身を委ねるほどに情が湧くことなど、 もっての他だ、とこの世界は言うのだろうか。
「……俺はしつこい奴は嫌いだ、よ」
壁際に追い詰められてもなお、自分より背丈がほんの少しばかり高い相手を睨みながらガイアが言った。
次々に言い寄られる言葉を話半分で聞きながらのらりくらりとかわしていたら、いつの間にか追い詰められていた。身も、心も。 しくじった、とガイアは唇を噛む。
「僕は、そんなにしつこいかい」
「しつこい」
(お前がそんなにしつこく迫るから、気付いたら気にするようになった、などと一生言ってやらない)
「じゃあどんな僕なら、君は良いと言ってくれんだ?」
「……旦那様以外の選択肢はないのかな?」
「だって僕は君を愛していて、君もきっと僕を愛してる」
(あぁそういえば、お前は何時も自分に対しては素直で、正直で、自信たっぷりだった)
そしてそういうところに自分は惹かれてしまったのだとガイアが気付いたのはもう大分前のことだった。 今まで逃げおおせてきたけれど、今回ばかりは逃げ切ることは不可能だと悟る。
追い詰められた、と認めるのはガイアにとって甚だ癪だったけれど。
「お前は本当に、」
(愛すべき存在、だな)
其処まで言うのなら大人しく捕まってやろう、と ガイアは不敵な笑みでもってディルックに答えて見せた。