特等席「ただいまー……あれっ」
調査で出掛けてた俺が資料室に入ると、行ってきますを言いにきた時は椅子に座っていた筈の丹恒の姿がない。もしかして、と足音を立てないように近付くと、思った通り布団に横たわって眠る丹恒がいた。徹夜が続いてたと言っていたから、一休みのつもりでそのまま、て感じなんだろう。
布団の上にはもち団子とゴミケーキまでいて、鼻ちょうちんを出しながら呑気にぷぅぷぅと寝息を立てていた。お行儀よくおとなしく丹恒の傍らで丸くなるもち団子に比べて、ゴミケーキは寝相が悪いのか定位置を外れて丹恒の腕にべったりくっついてる。
もち団子とゴミケーキは、丹恒にデータだけを渡すつもりでいた俺にひっついて来てしまい、列車に居座るようになった。ルアン・メェイから「悪さをしないようならそちらに置いていただいて構いませんよ」と許可されたから、普段は俺の部屋にいる。
もち団子と似てる、って言った俺に対してメッセージで「似ていない」と頑なに否定していた丹恒は、やってきた二匹に対して最初はやや警戒すらしていた。まあ、未知の生物だから当然なんだけど。ぽよんと跳ねて移動し、にゅるんと伸びては縮む動きにびくっと肩を揺らしてたことだってある。
それなのに、今ではこうして二匹を布団の中に入れることに抵抗を感じないまでになったらしい。それどころか俺がいない時に、悪戯して汚れたゴミケーキを洗っておいてくれたこともあった。
そのせいなんだろうか。すごくフレンドリーではないけど、無駄に触ろうとはしなくて、けど適切な距離を保って世話してくれる丹恒に、二匹ともよく甘えてるみたいだ。
なのは「丹恒をお父さんみたいに思ってそう」なんて言ってたけど、造ったのは俺だから、俺がお母さんになるんだろうか。丹恒にそう言ったらコーヒー噴いてたけど。
「て言うか……最初は俺に懐いてたのにさ……」
列車に来たばかりの頃は、二匹とも俺について歩いて、誰かと会うと俺の後ろに隠れてみゃうみゃう鳴いてたのに、なんてぼやいてしまう。
それに、だ。ゴミケーキの寝方はこれ、いわゆる腕枕というもの。本来なら恋人同士のみに許されるイチャイチャシチュエーションなわけで。
「俺だってまだ丹恒の腕枕で寝たことないのに……!俺の知らないところで俺以外にするなんて浮気じゃん、丹恒〜!」
完全に八つ当たりで口から涎まで垂らしてすっかりリラックスしてるゴミケーキの顔をむにむにと両手で挟んでやると、「み、みゃ……」とだんだん声が漏れ出る。
むずがるような仕草がかわいくて無心で揉んでると、隣で「んん、」と呼気の混じった声がこぼれた。
俺がゴミケーキに悪戯してたせいか、眠っていたはずの丹恒が眉を寄せる。このまま起こさず寝かせてあげたい気持ちと、腕枕へのやきもちから起こしてやろうって意地悪な気持ちが同時に湧き上がった俺は、悪い方の欲に負けて丹恒の唇に指で触れた。
ふに、とつつくたびに口がもにょもにょと動く様がなんだか面白くてじっと見つめると、何度か繰り返すうちに眉がさっきよりもぐぐ、と寄る。
あ、起きるかも、と思った瞬間に丹恒の瞼がゆっくりと開いた。
「…………ん、」
ゴミケーキから手を離して覗き込む俺をまだ眠そうな目でじっと見てた丹恒が、ごみけーきは、って呟く。
「ゴミケーキを探してんの?」
俺の名前よりも先に口にしちゃうほど可愛がってるのか?って今度は俺の眉が寄った。自分でもわかるほど声のトーンが低くなる。鏡がないからわからないけど、多分、だいぶむっとしてると思う。
そんな変化に気付いたのか、丹恒は体を起こすと傍らに置いてあったスマホを操作して画面を俺に向けてみせた。
「……何これ……ゴミケーキ?」
見せられたのは五分くらいの動画だ。列車の出入口にずっと佇んで、ドアを見続けながら悲しげにみゃうみゃう鳴くゴミケーキが映ってる。
『ねぇ丹恒、かわいそうだよ〜。ずっとあのまま穹を待つつもりだよあの子』
『そうなのかもしれないな……』
『何とかしてあげられないかなあ』
なのとの会話のあと丹恒の背中が映り、ゴミケーキを抱き上げた。まるで幼い子に言い聞かせるように何かを語りかけると、ゴミケーキはおとなしくなって丹恒の腕の中に収まる。そのまま客室に向かうところで動画はぷつりと切れた。
「これ……」
「穹が出掛けてからずっと帰りを待っていたんだが、もち団子が心配して鳴くし、かわいそうだ、と三月に頼まれて資料室に連れてきて遊ばせていた。だから穹が戻ってきたならゴミケーキが喜ぶだろうと思ってな」
「……俺、最近はゴミケーキたちが丹恒に懐いてるな〜ってちょっともやもやしてたんだけど」
「俺はあくまで暇つぶしの相手をしてくれる存在、くらいの認識だと思う。穹を一番だと思っていることは間違いない。何せ最初の頃は穹に触れようとすると尻尾で手を叩かれたり、足の上に乗られたりしたからな」
「えっそうなの?」
「ああ。触るな、と威嚇されていた」
丹恒は布団の上で眠るゴミケーキを撫でてやると、ふ、って緩く笑った。俺はと言うと、照れ臭くなってしまって視線が泳ぐ。
(俺、ちゃんと好かれてるんだ……)
「彼らが起きたらたくさん遊んでやるといい。それと、」
「うん?」
「やきもちを妬いてくれるのは嬉しいが、俺は浮気などしないからそこは安心してくれ」
抱き寄せられて不意打ちで囁かれた俺は、さっきの独り言を聞かれていたことを知ってうわぁ、って声が出た。照れ臭いとかいうレベルじゃない。めちゃくちゃ恥ずかしい。
「ほぼ最初から起きてたのずるいだろ……!」
「狸寝入りに気付かない穹に問題がある」
俺の抗議を聞き流すどころか緩く叩いてる手までしっかり掴んだ挙句、鈍いのがいけないなんて言う。そんな理不尽が許されるのか。
「悪戯好きで懐っこくてかわいい恋人がいるのに他にうつつを抜かせるほど俺が器用じゃないことはわかっ」
「わかった!わかってるから!もういいって……」
「そうか。まだ言い足りないことがあるのだが今度にしておこう」
そう言って髪を撫でる手に導かれるまま、俺は丹恒と向き合うようにして布団に寝転がった。正面から見つめられてうぐぐ、って唸るしかない。何せ顔は真っ赤だ。
その顔を隠したくて丹恒の胸元に額を擦り付けると、「資料室に連れて来る最中のゴミケーキも同じ行動を取っていた」ってくつくつと笑う。
「だったら、ゴミケーキには出来ないことしてやる」
目の前にある唇をゆるく甘噛みして舐めると、さっきまで少し眠たそうでとろっとしてた眼差しが一気に覚めたみたいだった。
「ただの添い寝じゃなくなるから、これ以上はだめだ。彼らもいるしな」
「じゃあ腕枕して」
「ああ、構わない」
別に添い寝以上のことしたっていいんだよ、って言ってみようかなと思ったけど、たぶん、頑なに駄目って言うんだろうな。
「なぁ、丹恒。もう一回だけ」
でも駄目って言われるとしたくなるタイプだから、俺はもう一度とねだって、今度は舐めるだけじゃなく、しっかりと唇を食んだ。