💚💛それを人は恋と呼ぶ 3 聞いてない。本当に聞いてないって。困る……!
俺の頭の中では、待ち合わせの場所で丹恒を見つけた時からずっとこの言葉がぐるぐるしてる。
「穹は甘めのにするだろう?」
「あ、ああ、うん。俺は甘い方が好き」
「この辺りの飲み物はどうだろう。ココアというらしい」
「あ、それ飲んでみたい。クリーム追加しようかな」
「わかった。あとは、そうだな……」
俺の好みを訊きながらメニュー表を見て真剣に悩んでる丹恒を、同じようにメニューを見るふりをしながら俺はちらちらと盗み見た。
そして見ておきながら、やっぱりずっと見てるのはドキドキして難しいな、って視線をそっと外すことを何回も繰り返してる。
だって、わかりきってたことだけど、伏目がちな表情も良すぎるんだ。この丹恒という男は。
チラ見してはううう、て唸ってたら、お腹が空いて待ちきれないと思われたのか、「待たせてすまない。注文しよう」って丹恒が柔らかく微笑みながら言う。
子供扱いに少しだけむむ、となったけど、破壊力の高い表情を向けられたらこくこくと頷くしかない。
丹恒が注文を済ませる間に、俺はオープンしたての真新しい店内をぐるりと見渡した。金人巷に女性をターゲットにした可愛らしい店が出来る、となのから聞いてはいたけど、こんなお洒落な場所を丹恒が知ってたのには驚きだ。
「俺たち恋人になったんだからさ、ソレっぽくデートしてみないか?」
そう誘ったのは俺からだった。
もともと二人で屋台でご飯を食べたり甘味を食べに行ったりはずっとしてきたけど、それは仲間として、あるいは親友としての日常と変わらない。
だから、どうせならいつもとは違う店を開拓してもいいんじゃないか、って思ったんだ。
桂乃芬に「もっとお洒落なお店に行けばいいのに」って言われたことも、少なからず影響してた。
だけど、金人巷にあるお店には行きすぎて常連になってるし、復興支援に関わったからか、顔見知りが多くて声をかけられると間違いなくデート感は薄れてしまう。あとは純粋に、二人きりの時間にしたい気持ちが強かった。
それで、なのにも手伝ってもらって色んなお店を探してたんだけど、なかなか見つからなくて。結局デートの当日にオープン日が重なった新エリアを見に行こうって話で落ち着いたんだけど。
まさか丹恒から「デートに合う場所を見つけた」って連絡がくるとは思ってもみなかった。
「丹恒、こういう店って慣れてたりするのか?」
頭を下げてスタッフがテーブルを離れてから、俺は内緒話みたいに小声で丹恒に訊く。だって、何もかもが手慣れてる気がして。
けど、丹恒からは「いや、」と苦笑と否定の言葉が返ってきた。
「俺がこういった華やかな店に通うと思うか?」
「イメージにはない、かも……?静かなところが好きだもんな、丹恒は」
「その認識で間違ってはいない。それに、こうして、その……誰かとデートをするのは、初めてだからな」
ふ、て口元を緩めて、丹恒が俺の頬を指の背で擽る。ひぇ、って自分の頬を手で覆うと、「過剰反応だな」なんてくつくつと喉を鳴らして笑った。
その表情に、隣の席から小さな悲鳴があがったのを俺は聴き逃さなかった。
当人が何故だか自覚がないせいで忘れがちだけど、丹恒はめちゃくちゃ顔がいい。そのうえ今日の丹恒はなんだか大胆で、笑顔が多い。もともと整った顔立ちをしてるから、表情が柔らかくなると途端にキラキラするんだ。
待ち合わせ場所に来た丹恒を見た時なんて、嬉しそうな表情を見せられた俺は息が止まったんじゃないかとすら思ったぐらいだから。
あと、普段の丹恒の格好とは違って、大人っぽいのに華やかな雰囲気を纏ってるのもいけない。
俺はいつもの格好で出掛けようとしたら、「ちょっと待ったー!」ってなのに止められて、デートならお洒落は必須、とクローゼットの中の数少ない私服をあてがわれて着せ替え人形になったくらい、無頓着だったのに。
着慣れてないから服に着られてる感は否めないけど、隣に並んでも見劣りはしないだろうしまあ及第点だろ、って来てみたら、丹恒は俺が僕がなのの力を借りてようやく飛び越えたハードルを下げるどころか、及第点なんか軽く飛び越えて採点不能レベルに化けてきた。
このお店でも、丹恒が辿り着くまでに女性客の九割が振り返ってたし、みんな夢見心地な表情だった。一緒にいる恋人たちの存在を忘れて。
そんな丹恒を独り占め出来るのは嬉しいんだけど、こうして正面からずっと見つめられ続けたら心臓がばくばくするし、どうしたって目が泳ぐ。
あからさまな挙動不審さを誤魔化すように、運ばれてきたふわふわのパンケーキにしたたるほどにシロップをかけて、無心でもぐもぐ頬張った。食べてれば自分の緊張が緩むと思ったから。
実際に俺が好む甘さで美味しくて、食べ進めるうちに夢中になってしまったんだけども。丹恒がふっ、と笑う気配がして、俺は顔を上げた。
「……なに?」
「いや、いい食べっぷりだと思ったんだ」
がっついてるように見られたのかな、って思うと同時に、やっぱり見てるんだ俺のこと、って改めて確信して頬が熱くなる。
どうしよう。さっき以上に食べる手が震えそうだ。
「穹、シロップがついている」
「えっどこ」
「ここだ」
躊躇している俺に、丹恒が自分の口元を指しながら言った。
やばい、はずかしい。小さな子供じゃあるまいし、口についてるのに気付かないとかどうなんだ、俺。
そう思って慌てて拭おうとした指を止められて、代わりに丹恒の手が俺の唇に触れる。
俺と丹恒の間にあるテーブルはあまり大きくない。だからあっという間に距離が近付いた。待ち合わせた時からずっとドキドキしっぱなしだった胸がもっと高鳴る。
俺を見つめる丹恒の瞳は、店内の装飾の灯りをうけてきらきらと揺らめいて見えた。それから目を離せないでいるうちに、丹恒の手が触れる場所が唇から頰に変わって、するりとうなじへと伸ばされる。
いつの間にか鼻先がくっつくほどに近付いていた丹恒の呼気が唇に触れた。アイスティーの冷たさと味が唇に伝わって、口付けられてるんだって理解する。
それと、シロップついてるってことが嘘だとようやくわかった。でも、俺の口の中は甘くて蕩けてしまいそうだ。
「……うそつき」
キスの合間にそう口にしたら、丹恒がかすかに笑う。その表情もめちゃくちゃ好きだ。それに、そんなの今見せるなんてずるいだろ。
ビーズが連なった、形ばかりのカーテンに仕切られただけの半個室だから誰に見られるかもわからない。それなのに。
シロップの甘さを味わうように唇と舌を何度も食まれて、俺はもう、食べてたパンケーキの味すらもわからなくなった。