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    まごころを贈る 冷たい風が肌を刺し、草花のやわらかな香りが薄まっていく中、ヘルマヌビスは静かに現世を満喫していた。かつての威厳ある雄々しい姿からかけ離れた外見となった彼は今、ぬいぐるみのような愛嬌ある見た目とサイズとなりセノの世話になっている。伝承の中の存在となった彼はセノのおかげで現代の知識を取り込んで、シティを中心にあちこちへと自由に足を運んでいた。それがセノの気質に影響を受けた結果なのか、あるいはヘルマヌビス本人の性格なのか、器であるセノもよく分かっていない。意思疎通は可能だが、神霊は自分自身について語るよりも、セノが何をして、何を食べて、どう感じながら一日を過ごしたのかを聞く方が好んでいるので彼自身を知る機会はさほど多くない。
     そんな彼はここ数日セノのそばを離れてある人を頻繁に訪ねていた。
    「……また来たのか。今日は一体どんな取引を持ち掛ける気だ」
    (相変わらず愛想のない男だ……)
     愛想のない、長身で銀髪の男。セノが彼を呼ぶ時はアルハイゼンと親しみを込めていた。
     その男の元に通うことになったのは、彼の協力なしには実行できない計画があるからだ。
     
     
     ある日の晩にセノが七聖召喚の物語を紹介したところ、ヘルマヌビスは思わず心を奪われた――少なくともセノにはそう見えた。ふむふむと体を小さく揺らして耳を傾ける神霊に感動を隠せなかったセノは、モンドには優れたプレイヤーの集う場があること、機会があれば一緒に遠出をしてみたいと願いを口にしたが、残念なことに大きな障害が立ちふさがった。
     ヘルマヌビスはカードを持てなかったのだ。
     正確に言えば、一枚であれば手に取り眺めることはできるのだが、人が持ちやすいサイズのそれらは、ヘルマヌビスが手札として数枚を抱えるのは少々困難だった。すぐに「力」によってカードを宙に浮かばせることも考えたが、「七聖召喚は神聖な決闘……つまり、己の実力と運のみで戦い抜くものだ」とやんわり咎められてしまった。ヘルマヌビスにとってこの紫電をまとった力はまごうことなき自身の力であり、実力であると言い切れるものであるが、あまりに真剣なセノの雰囲気にその時は頷くことしかできなかった。ふわりと落ちたカードを受け止めたセノは「俺がなんとかしよう」と頼もしげに宣言してから数日熱心に作業台に向かい、真剣な面持ちで何かに取り組んでいた。
     二、三日ほど経った頃だっただろうか、セノの自室からばたんと大きな音がした。何かあったのかと訝しげに扉を見つめるヘルマヌビスの瞳に、ぱっと伸びてきた腕が映る。
    「できた……!」
     晴れやかな顔のセノがきょろきょろと辺りを見渡し、ヘルマヌビスを見つけてうきうきと近寄った。それから、頬にちいさな紙くずを散らしたセノが意気揚々と手にしていた長方形のものを掲げた。
    「小型化した七聖召喚カードだ」
     ヘルマヌビスが持ちやすいサイズになった、セノお手製のヘルマヌビスのデッキだ。手描きの……随分と特徴的なキャラカードに各種アクションカード。一般的に言えば完璧な再現には程遠い絵柄だろうが、セノが一生懸命描いたと思われるそれらに、ヘルマヌビスの心にじんわりと温もりが広がった。
    「これでようやく決闘ができる」
     そう言って口元を綻ばせたセノに感謝を告げて、ヘルマヌビスは見せつけるように彼から教わったかっこいいポーズを披露した。
    「やる気に満ち溢れているな。では……さっそく決闘といこう!」


     そうしてひとしきり七聖召喚を楽しんだ後、自身の力を受け継いだ子からの贈り物に感銘を受けたヘルマヌビスはすぐに恩返しをしようと考えた。
     彼が知っている限り、セノは教令院では冷酷な機械だなんだと言われているがその実人並み以上に好奇心があり、未知のものに対しても臆することはない。ヘルマヌビスは持てる知識を総動員した結果、異国の行事をここスメールで再現することにした。
     人間と妖怪が共存する稲妻では、人々が妖怪や伝承に伝わる存在に仮装し、供物を用意している家々を回るらしい。由来を辿ると「テイワット仮装カーニバル」という祭事が起源らしいが、稲妻では少しアレンジが加えられたようで独自のものとして発展したらしい。
    「少し訂正しよう。君の言う供物とはより正確に言うと菓子の類であり、この行事は儀式とは程遠いもののはずだ」
     アルハイゼンは海で隔てられた国の文化に対しても一定の知見を有しているらしく、こうして元砂漠の賢者にも臆することなく淡々と訂正を入れる。
    「君が菓子を作れるとは思わないから、セノが気に入っている店と商品をリストアップしてあげよう」
     淡々と、そして若干の上から目線を有して、アルハイゼンはここ最近恒例となっている取引を有利に始めようとした。けれどそれはヘルマヌビスの予想外な一言によって打ち砕かれてしまった。
     曰く、アルハイゼンと自分が共同制作するのだと。
     あまりにも突飛な発言にアルハイゼンは目を見開いて驚き、ほんの少しだけ反応が遅れてしまった。ヘルマヌビスはその隙に本日の取引の条件を述べる。アルハイゼンに負けず劣らず上から目線の発言に、翠紅を細めた男が呆れたように肩を竦めた。
    「同席の許可が俺への取引材料になるとでも?」
    「……」
     ヘルマヌビスは何も言わずにアルハイゼンを見つめる。自問自答を促すように。きゅるりと輝く瞳が求める答えは一つであり、アルハイゼンの率直な答えは微塵も求められていないのだ。傲慢さが滲む紅玉の瞳はまるでセノのもののようで、アルハイゼンは葛藤の末に賢者に屈した。じっと相手を見つめ、返答を待つその様子は、まるでセノがなにかを求める時と本当によく似ている。
    「いいだろう。ただし、かかる費用は俺が持つ代わりに後日沈黙の殿への同行を求める」
     それでもただでは起きないところがアルハイゼンの長所であり、悠々自適な生活を維持することができる秘訣である。


     紆余曲折を経て、ヘルマヌビスはアルハイゼン宅にて完璧なカボチャのパイを焼き上げることに成功した。食欲をくすぐる甘い香りを放つそれの表面には、ヘルマヌビスの肉球がまるで印章のように刻まれている。
     アルハイゼンに言わせれば彼がこの「共同制作」で上げられた成果はその一点のみである。食材の買い付け、調理器具の準備に実際の調理過程はアルハイゼンが殆ど一人で実行した。
     家主が製菓に励んでいる中頬杖をついてにこにこと眺めていた小さなご神霊に、アルハイゼンは前髪に隠れていない目を眇めながら、計量くらいはそちらがするようにと思わず苦言を呈した。そうするとヘルマヌビスはどこで準備したのかエプロンを身につけ――アルハイゼンの推測では、彼が見せつけるような素振りですっぽり頭から被ったことからそれはセノお手製だ――時折粉が舞う中、寸分の差もなく完璧な計量を披露した。時間をかけて行われる行為に若干のストレスを溜めたアルハイゼンだったが、ヘルマヌビスが鼻頭に砂糖をつけたまませっせと両手足を動かす様子に不本意ながら、本当に不本意なことではあるが、心に余裕が生まれた。癒されたとも言う。
     じんわり浮かんだその考えを否定したいがために、アルハイゼンは小さな鼻を摘むようにして砂糖を拭ってやった。布巾で指先の汚れを取り除いた後、砂糖が付いていたと気づかないはずがないというのにヘルマヌビスが「触りたかったのか?」と揶揄うので、潰れてしまっても構わないと力を込めて摘んだ。
    「下らないことを言う暇があるならラッピングをしてくれと頼んだらどうだ? それともまさかこのまま持っていくつもりだったのか」
     そう言うとヘルマヌビスはアルハイゼンの前で自身の体を宙に浮かばせた。短い腕を振ると、テーブルに置かれていた紙箱とリボンがこちらに向かってふわふわと漂いながら集まってきた。独りでに箱が組み立てられ、熱の冷めたパイが自我を持ったように自らその中に入り、淡い薄紫色のリボンがしゅるしゅると軽やかな音を立てて空中を踊る。ミントのような爽やかな色合いをした太めのリボンが先に箱に巻きついたと思ったら、薄紫色のリボンが最後に抱きついてラッピングが完成した箱は重力を思い出した。テーブルに着地するかと思われたそれはアルハイゼンの予想とは裏腹に、彼の両手の上に落ち着いた。
    「……最初からこの力を自在に行使すれば良かっただろう」
     自分が製菓に駆り出され不満を隠さずにアルハイゼンが口にする。それを聞かなかったことにして、ヘルマヌビスはエプロンを脱いだ。簡単に答えは与えてやることなどしない。ヘルマヌビスだけでなくアルハイゼンも作ったと言えばセノは喜ぶというのに気づかない上、このヘルマヌビスにそんな事を言わせようとするなんてもっての外である。
     ふん、と小さく鼻を鳴らして、テーブルの上から飛び降りたヘルマヌビスは玄関を指さした。今から出かけるぞ、と言いたげに。
     セノに会いに行こうとしているのは一目瞭然だが、彼が在宅かどうかは定かではない。だというのにヘルマヌビスは確信してるのかやけに自信満々に歩んでいる。その小さな歩幅ではアルハイゼンが一歩歩けば追いつけるに違いない。すぐに家を出る準備を済ませたアルハイゼンは、従者さながら供物を手に後に続いた。
     
     ヘルマヌビスを拾い上げ、パイを包んだ箱とともに抱えながらセノの家に着くと、案の定明かりが灯されていた。ぬいぐるみを持ってシティを歩く大男には実に様々な目が向けられたが、それら全てを無いものとして扱った男は慣れた手つきで数回扉をノックする。アルハイゼンは合鍵を所持していたが黙ってセノが扉を開けてくれるのを待った。
    「誰だ――アルハイゼンにヘルマヌビス様か。おかえりなさい」
     扉を開けた瞬間、アルハイゼンの姿を認めたセノの口元がわずかに緩む。
     ヘルマヌビスがひょいっとセノの腕の中に飛び込んで中に入ろうと促した。不思議な組み合わせに疑問を隠せないセノだったが、恋人の来訪を喜ばないはずがない。アルハイゼンもただヘルマヌビスを届けてくれたわけではないようなので、その手を引き寄せるように家の中へと迎え入れた。
    「二人で遊んでいたのか?」
    「いや、こき使われていた」
    「はあ?」
     そんなはすがないだろう、とぷんぷんしながら抗議するヘルマヌビスにはてなを浮かべつつセノは二人を物の少ないリビングに案内した。
     アルハイゼンに箱をテーブルに置くよう指示し、ヘルマヌビスは二人に着席を促した。当然のように隙間を埋めて並んだ二人はぬいぐるみの前で物分りのいい生徒のように耳を傾ける。一人は装っているだけだが。
     ヘルマヌビスはここ数日アルハイゼンを訪ねていたことからその目的までを語って聞かせ、とっておきの贈り物があると伝えた。
    「その箱のことだな」
     興味津々といった様子のセノに頷いて、ヘルマヌビスは稲妻の行事にまつわる話を続けた。
     セノが体験したことがない行事……祭りのはずだが、神霊の語り口はまるで見てきたかのように生き生きとしており、具に語る彼のおかげで祭りの様子をたやすく想像できるほどだった。
    「いつか機会があれば行ってみたいと思える祭りだな」
     セノがそう述べると、ヘルマヌビスは満足そうに微笑んだ後にアルハイゼンの方を向き、聞いていたか?と確かめるように彼を指さした。アルハイゼンは突き出された小さな指を押し返してから口を開く。
    「そろそろ本題に移ったらどうだ」
     返事を聞く前にアルハイゼンがラッピングのリボンを解く。ヘルマヌビスが自分の役目を奪われてはならないとその指に飛びついたが大した抵抗になるはずもなく、ぬいぐるみのような神霊を乗せながらアルハイゼンは迷いなくその手を動かし中のものを取り出した。
    「これは……パイか?」
    「そうだ。今日はこれを作っていた」
     起き上がったヘルマヌビスが「私も手伝った」と胸を張ったが、アルハイゼンはじとりと半目になって訂正した。
    「共同制作を持ちかけられたが、実際は殆ど俺一人で作っていた」
    「お前がこれを?」
    「ああ。ここ数日間はいささか突飛な案を出してばかりの彼に現実を突きつけ、今日は自宅に押しかけられてパイを作れと命じられた。賢者様はどうやらまだ現代に馴染んでいないらしい」
    「そんな事を言うな、アルハイゼン」
     不敬だと言われてもそれを歯牙にもかけずアルハイゼンは腕を組んで言葉を続ける。
    「最初はスミレウリでパイを作ろうとしていたんだぞ」
    「それは……腕を問われることになりそうだ」
    「同感だ。さて、君さえ良ければヘルマヌビスからの礼に応えてやってほしい」
     箱から取り出されたパイの前で返事を待っているヘルマヌビスを見やると、紅玉が期待を湛えてきらきらと輝いて、普段は見られないあたたかな光が宿っている。
    「ありがとう、ヘルマヌビス様。それにアルハイゼン。これは……こんなに特別なプレゼントをもらえるなんて、本当に嬉しいよ。早速食べても……」
     セノが言い終える前にヘルマヌビスが自身の手型――いや、足型かもしれない――跡のついたパイを一切れ差し出した。
     カトラリーと皿の用意を終えていないため、セノは少し待ってくれと手のひらをかざしたが、つま先立ちになって背を伸ばしセノの口元に持って行こうとする神霊に折れた。なにせ信じられないくらい愛らしいのだ、ちいさな賢者様は。あーんと口を開けて早く食べてくれと促してくる存在に逆らえるはずもない。隣のアルハイゼンにじっと見つめられながら、おずおずを背を丸めたセノは差し出されたパイをかぷりとかじった。
    「……お、美味しいです」
     もぐもぐと小さな口を動かして咀嚼し終えたセノは感心した声音で感想を漏らした。目を輝かせて喜ぶ恋人のくちびるについた一欠片を拭ったアルハイゼンは、行儀など忘れて自身の指先を舐った。
    「は、はれ……!」
    「俺が作ったパイであることを忘れないように」
    「……『殆ど』、なんだろう?」
     なんでもない事のように口についていた物を食べられ、長いまつ毛の下で伏せていた翠玉に射抜くように見つめられ釘を刺される。褒めてほしい子どものようにも、飢えた獣のようにも取れる表情にセノの心臓がどきんと音を立てた。畳み掛けるように膝上で握っていた拳にやんわりと手を重ねられ、じわじわと頬が熱くなってしまう。
     恋人達が醸し出す甘い雰囲気の中に、小さな咳払いが響く。
     セノは慌てて熱い頬に両手を添えて隠した。そうだ、この部屋には三人目がいるんだった。
    「コホン……その、作ってくれてありがとう。お菓子も作れるなんて知らなかった。腕がいいな」
     とろけた雰囲気を正すように神霊に倣って咳払いをした。
     振りほどかれた手に少しだけ名残惜しさを感じたものの、小腹が空いていたアルハイゼンは手持ち無沙汰になった手をパイに伸ばして誤魔化した。第三者の目がある中でセノの頑なな態度を崩せるわけがないのだ。
    「君が望むなら次は一緒に作ろう。教えるよ」
    「ふ、講師がいるなら安心だな」
     自分のことだと思ったヘルマヌビスがどこからともなくエプロンを取り出して見せつける。
    「そうだな、それまでに俺も用意しておくとしよう。今日のところはこのパイを頂こう。茶を用意するよ。ヘルマヌビス様も同席して頂けると嬉しいんだが……」
     ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ小さな生命体に頬をゆるませたセノが席を立つ。どうやら今日はこのままここで過ごして良いらしい。思わぬ収穫を得たアルハイゼンは、セノを見送って大人しくなった神霊を見下ろした。
    「これでもう我が家の扉を勝手に通り抜けることはしないように」
     痛いところを突かれたように神霊は固まった。いくらスメールが平和とはいえ、これほど無防備に感情を表に出して良いのだろうか。
    「取引は概ね完了したが、沈黙の殿に同行するのは覚え、て……」
     思わず頭部への衝撃に続きの言葉を失ってしまった。
     前髪に隠れた額を、ヘルマヌビスのやわらかな手で撫でられている。ぽんぽんと、ふわふわした綿の塊を何度も押しつけるように。
     衝撃とはいったものの痛みは皆無であり、むしろあまりに優しい手つきに戸惑ってしまう。良くできた子を褒める年長者のようなそれに、丁寧に心の奥底にしまいこんでいた遠い過去の記憶が呼び起こされる。お祖母様も、こんな風に――。
    『君もよくやってくれた』
     ぱくぱくと音もなく口を動かしたはずのヘルマヌビスから、聞こえるはずのない声が確かに聞こえた。全く聞いた事のない男性のもの。不思議なアクセントはかつて砂漠で用いられていたが、今はもう存在しないと分類されているものだ。
    (喋ったのか、この綿の塊のような存在が……)
    「……礼は受け取っておこう。セノが喜んでいたようで俺の労役も報われた」
     労役などといったがもちろん言葉の綾である。ヘルマヌビスもそれを見抜いているのかいつものように嗜める言葉を口にせず、やれやれと言わんばかりにため息をついてその場に腰を下ろした。
     二人きりのやり取りが一段落した頃合いを見計らったようにかちゃんと陶器の音がする。アルハイゼンがちらりと音の出処を伺うと、セノがティーセットを乗せたトレーを運んでいた。
    「待たせてしまってすまない。それじゃあ茶会を始めよう」
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