もう勝手にいなくなるなよ「て! つ! お!」
ここで会ったが百年目! と言わんばかりに、オレはその背中目掛けて全力で走った。
道ですれ違ったとき、先に気づいたのは向こうだった。オレはワンテンポ遅かったし、振り返ったときには鉄男はすでに走り始めていた。
だけどこちとら諦めの悪い男なんだ。バスケ部員がろくな運動してないだろう鉄男に負けるわけがない。お前のおかげでオレは大学でもバスケやってんだよ。
上下に揺れるリュックはちょっとしたハンデだ。そう思って人混みを上手く避ける鉄男を、大通りから一本入ったところで捕まえた。
「逃げんな!」
「……急ぎの用事があった」
「嘘つけぇ!」
後ろからしっかりと鉄男の両腕も一緒に抱え込む。相変わらずいい体してんな、とオレは鉄男の厚みのある胸やら腕やら背中やらにちょっとだけ興奮した。
久しぶりに会ったけど、やっぱコイツ、はあー、ダメだ、好きだわ。悔しいけど、マジで、すっげー悔しいけど、息が上がったついでに鉄男の匂いずっと吸い込んでるとずっと心臓がドコドコうるせえ。
忘れよう忘れようと思ってたけどダメだな。全然忘れてない。
鉄男の肩に額を当てる。そのままオレの側頭部を鉄男の耳にぶつけた。
見つけた喜びとか、今まで何してたんだよとか、あん時はありがとなとか、そういう気持ちで思わず鉄男のことを追いかけて捕まえたけど、ここから先のことはノープランだ。いやでもずっとシミュレーションしていたことが一つある。
どうしても鉄男に言いたいこと。ぶつけたい不満。
「鉄男」
「あんだよ」
「お前責任とれ」
「は?」
鉄男の首がぐるりと回される。顔を上げたら絶対に鉄男と目が合う。しかも至近距離。そんなん絶対耐えられない。だからオレはそのまま鉄男の肩に顔を埋めたまま言葉を続けた。
「お、お前のせいでケツでイけねぇんだよ……」
語尾が小さくなる。恥ずかしさで腕に力が入る。
鉄男は抵抗しない。何も言わない。
この間が怖い。顔も見れない。何か言ってほしいけど、言わないでも欲しい。オレの心臓がバクバクしてるのは鉄男に伝わってんだろうな。背中にぴったりくっついてるもん。
やっぱ言わなきゃよかったか? でもこれは「いつか鉄男に会ったら」と思っていたことだ。前でヌくのはできても、物足りなさを感じて後ろをイジってみるがなかなかうまくいかない。鉄男にやってもらってた頃はあんな簡単にイってたのに。簡単にイくっつーのもイヤな話っていうか変な話っていうか恥ずかしい話だけどよ。
鉄男は数秒置いてから盛大なため息の後に「はあ?」と聞き返してきた。
「それはお前……」
「鉄男があん時オレに色々仕込んだせいで」
「お前が……」
「オレ?」
ぱっと顔を上げれば、やっぱり鉄男の顔は目と鼻の先にあった。このままオレが顔を近づけたらキスできる?
「お前があれやりたいこれやりたいつったからだろ」
「え? そうだっけ?」
オレの記憶の中では鉄男がエネマグラだの尿道プラグだの手枷足枷猿轡だのを持ってきてたりイマラチオをさせたりしてたことになってたんだけど、そういやそういえばオレが「こういう話聞いた! やってみたい!」って話したことが始まりだったかもしんねぇ。
ぱちぱちと瞬きを繰り返してると、鉄男がオレの顔にふっと息を吹きかけた。
「言いたいことはそれだけか?」
「あー? あー……」
おかしいぞ。ずっと鉄男のせいでオレのケツが開発されたから、その責任を鉄男に取ってもらわねぇと筋が通らねぇだろって思ってたのに、もしかして全部オレ自身のせいか? じゃあ自分で自分を慰めないとダメ? 鉄男に責任はない? いやでもオレが言い出してたかもしれないけどそれに付き合っていた鉄男にも責任がないとは言い切れないんじゃねえか? そんなことない?
混乱してきたオレは、よろよろと鉄男から一歩離れる。
「せ、責任」
「どう取れって?」
「う、うーん?」
ノープランだったからどう責任を取ってもらうかなんて考えていなかったし、そもそも鉄男には何の責任もない可能性が浮上してきたわけで、オレは首を捻る。てかまさか本当に鉄男に会うなんて思ってなかったし。責任取るってつまりオレをケツイキさせろってことか? まぁ、それはそう。そうかも? そうなのか?
「……ホテル行くか」
「バ!」
心の中を読まれた気がして、オレは鉄男の胸をどつく。ははっと笑う鉄男は、オレのこの反応を予想していたようだ。
「三井、飯食ったか?」
「まだ……」
リュックのヒモを握るオレを見て、鉄男がニィっと笑う。あ、これはオレの好きな顔だ。好きで、忘れられなくて、たまに思い出してオカズにしようとしては失敗していた顔だ。
「ダイガクセーのミツイくんは明日休みだろうから? 朝まで色々しても問題はないよなァ」
「え、そ、それは……」
しどろもどろになるオレを置いて、鉄男が歩き出した。ポケットから取り出したタバコに火をつける。懐かしいオイルライターの音に、オレは口の端が持ち上がるのが我慢できない。
「待てよ」
鉄男は本当に責任を取ってくれるんだろうか。ただ飯食って解散もありうる。その後ホテルに行くのか? 誘われて、オレはどうするんだ? 取ってもらえる責任なら取ってもらいたいけど何かよく分かんなくなってきたし。
隣に並んだ鉄男を見て、数年前とあんまり変わらない横顔にオレは少しだけ安心した。今更ながら鉄男に恋人なり結婚相手なりがいるかもしれない可能性が頭をよぎったけど、多分大丈夫だろ。じゃないとホテルも飯も誘わないだろうし。
「なぁ。飯なに食うの?」
「あー?……あー、中華」
「オレ回鍋肉食いたい!」
「……好きにしろ」
「あと麻婆豆腐と」
人差し指をくるくる回しながら食べたい中華料理をあげていると、タバコを口に咥えた鉄男がオレのケツをばしんっと叩く。
「ほどほどにしとけよ」
文句を言おうと口を開いたところで今度は優しく撫でられて、そのままオレは口をぱくぱくさせるだけだった。鉄男はニヤニヤ笑いながら角を曲がる。オレは止まりそうになった足を無理やり動かした。