残業代はちゃんと出ます「おわんねーーーー!!!」
そう言って俺はデスクに突っ伏した。もちろんキーボードはずらした上での行動だ。ここで変なところを押したり謎のショートカットが発動して今まで作っていたデータが消えたら俺も消える。消えたくなる。無理。まだ半年前の傷は癒えていません。
突っ伏しながらも隣に座る××をちらっと見る。ここで一言「分かる」とか「こっちも」とか言ってくれたら「じゃあちょっと休憩しない? 息抜きも必要っしょ」なんて話しかけて、ビルの1階にあるコンビニに飲み物でも買いにいけるんだけど、××は真っ直ぐにディスプレイを見ているし、キーボードを叩く手は止まることを知らない。速いよー。分かってたけど××ってブラインドタッチできんだ、すご。
「なー?」
このフロア内で残業しているのは俺と××の二人だけだ。話しかける相手は××しかいないのに、それでも返事はない。無駄口を叩く暇があったら手を動かせってか。そらそーだな。
節電節約経費削減! と総務が口うるさいので、明かりが点いているのは俺と××がいる島の上だけだ。まるで俺たちだけにスポットライトが当たってるみたいじゃない? どう? そんなロマンチックな気持ちにならない? 俺は今、なってんだけど。
「××ー?」
無視すんなよー、の気持ちを込めて名前を呼んだ。まあどうせ返事なんてないんだろうけど。
俺はのろのろと体を起こす。
不貞腐れても仕事は進まないし、今日は木曜日なのでそれはつまり明日も仕事だということなわけで、はー、一秒でも早く仕事を終わらせるべく手を動かす方がいいってわけですね、サーセンサーセン。
「奥山くん」
「へ」
まさかの反応。驚いた俺は変な声を出す。
××の顔を見るけどやっぱり顔はこっちを向いていない。ダダダダダダダダダダダという効果音がよく似合う手の動き。はあー、俺もキーボードになったら××にそうやって叩いてもらえる? あ、ダメだ、疲れてんな、俺。
「今日絶対この仕事終わらせて明日定時で上がるから」
「はあ」
何の報告? だから俺も真面目にやれって? それはそーですね。
「そしたら明日、一緒に」
言葉を切った××と目が合う。
××の顔は真剣で大真面目で真っ赤で真っ直ぐで、俺は思わず姿勢を正した。すぐに首を回される。俺から見えるのは赤くなった××の左耳。心臓の音がうるさいのは俺だけ? ××もそうでしょ?
「なんでもない。仕事しないヤツとは飯行かない」
「やだ、やる! 行く!」
予想外のクソデカボイスで返事をしたら、××がこっちを向いて笑った。結果オーライ? てかマジで?
確認したくても、××はすぐにディスプレイと向き合ったので取り付く島がない。えーん、ねえ、ほんとに? いいの? 期待しちゃうよ?
今日の頑張りは明日の楽しみ! と自分に言い聞かせて普段の百倍集中して仕事をした。最初っからそうすればよかったな、と思ったけどそれだと××と二人っきりの残業タイムはなかったわけで、そうなると多分明日の飯会はなかったはずで、あーーーーーー好き!
職場を出る時、××の顔が少し嬉しそうだったのは見間違いではないはず。
ちなみに俺はニヤニヤしっぱなしだったからね!