宿儺がただ煙管を吸うだけ――ジ、ジジ……
聞き慣れない音に横を向くと、宿儺が細い棒の先にマッチで火を付けていた。
見慣れない物に虎杖は少し驚いたが、よくよく見てみればテレビなんかで見た事のある煙管だと分かった。
――…思ってたより短いんだ。
何故かもっと長い物だと思い込んでいたが。宿儺が手にしている煙管は三十センチ、下手をしたら二十センチもないのではないだろうか。
布団から起き上がった状態なので下半身はまだ布団の中に入れたまま、火がついたらしい煙管を咥えると宿儺は片足を立てて膝に肘を乗せると、その手で煙管の中程を支えた。
虎杖は布団に身を横たえたまま、その姿をぼぅっと見詰める。
吸い込んでいる、というより燻らせているだけなのか咥えているので僅かに隙間がある唇。
……昨晩、虎杖に何度も口付けをして、全身に吸い付き噛み付いた唇。
やはり長さがあるからだろうか、掌で包むように持ち人差し指を伸ばして煙管を支えている手。
……昨晩、虎杖の手を掴み顎を掴み無理矢理行為を強行したくせに。ナカを解す時は妙に優しかった手。
横を向いているから気付かれないと思っていたのに、複眼がギョロと動いて視線が合ってしまい慌てる。
「……起きたか」
声を掛けられた。だが宿儺の主眼は正面を向いたままで虎杖の方を見ようともしなかった。
――…なんか、腹立つ。
それが何となく、ほんの少しだけ不服だと思った。
「なあ、それってキセル……だよな? どんな味すんの?」
こっちを向かせてみたくて、宿儺の言葉を無視して聞いてみた。
複眼が細まると、宿儺が少しだけ頭を後ろに傾けたのが見えた。一気に吸い込んだのだろうか。
途端、くるりと上半身ごとこちらを向かれて虎杖がギョッとする。向かせてみたかったのは本心だが、まさか本当に自分の方を向いてくれるとは思ってもみなかった。
宿儺は煙管から口を離して顔を近付けるので、布団から出ている虎杖の頬は期待で僅かに染まる。
――フー…
と、静かな音がしたと思った時には煙を吹き掛けられていた。
「ちょっ けほっ、煙いだろ!」
「餓鬼には分からん」
不意打ちを食らった虎杖が文句を言うが、宿儺はどこ吹く風で平然として姿勢を戻すと再び煙管に口を付けた。
「ガキって、吸ってみないと分かんないだろっ」
「……やれ、仕様の無い」
今度は主眼も横目で拗ねている虎杖を見ると、また煙管から口を離して顔を近付けて来た。
また煙を吹き掛けられるかと目を閉じたが、やって来たのは煙ではなく唇にふにゅりとした感触。
――…あ。
何をされたのか、昨晩の行為ですぐに分かった虎杖が素直に唇を少しだけ開けると。その隙間に熱い舌がヌルリと入り込む。
「ん、ん……んぅ……」
昨晩はされるがままだったが、何とか宿儺の舌遣いを思い出しながら入り込んで来た舌と自分の舌を絡ませる。
――くち、くちゅ、、ぬちゅ
小さな、粘着質のある水音が頭の中で響いているかのように聞こえて煩い。
だけど、凄く、心地好くて気持ち好い。
ゆっくりと抜け出す舌が、離れていく唇が名残り惜しくて目を開くと。そんな虎杖をずっと見ていたらしい二対の眼と目が合った。
「どうだった」
ニタリ、と意地悪そうな。実際は意地悪どころではないが、そんな嗤い方をしていた。
「……苦い」
素直にそう返したが、目の前の宿儺が更に愉しげに嗤うのが見えて。子供だと馬鹿にされるのが嫌で布団を頭までスッポリと被った。
「ケヒッ、だろうなァ」
見えなくてもニヤニヤしているあの顔が想像出来る言い方に、虎杖は布団の中で口を尖らせる。
――…あ、今。
ふと、思い出して自分の唇に触れる。
たった今。無理矢理でもなんでもなく宿儺と口付けをした、自分の唇に。
グルグル、ぐるぐると。色んな感情が浮かんで、膨らんでは消えて。言葉に出来ない虎杖は布団の中で口を噤んだ。