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    8ji_20

    @8ji_20

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    8ji_20

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    RE4 クラレオ中編(?)小説 本編、ラクーン事件後、ハヴィエ、本編後の時間軸
    執筆中のお話、このままいくと化石になりそうなので尻叩き用にできたところからこっそりポイピクに投げておく…書いている途中で変わる可能性があるので、ベータ版にしている。全部書き終わってから整えてツイッターに投げる予定。

    ##KL

    [beta] Phantasma - 01鋼と鋼がぶつかり合う音がやまない。
    一撃の後に間髪入れず次の一撃が繰り出されるのを、すんでのところで受け止める。重く、素早いその攻撃を受け止めた刃との間に火花が散って、白煙が立ち上った。衝撃が刃先から手首に伝わり、じんじんとした痛みと共に右腕を波のように襲う。
    立て続けに繰り出されるクラウザーのナイフは、記憶の中のものより数段素早い。流れるように、滑らかに、レオンの急所を狙って的確な一撃が続けざまに襲ってくる。およそ二年ぶりに目にした彼のナイフ捌きは、以前にも増して鋭さに磨きがかかっていた。しかし、レオンだって黙ってやられるわけにはいかない。死んだと聞かされていた目の前の男――かつての師に教わった通り、レオンもひとつひとつの攻撃を受け流していく。頭で考えるより先に、レオンは瞬時に反応していた。彼相手にどう動けばいいかはこの身体がよく知っていた。そう教え込んだのは、クラウザーに他ならなかった。
    刃先と刃先が擦れる金属音と、互いの吐息だけが鼓膜を揺らす。クラウザーの攻撃はどれも信じられないほど強烈だ。おおよそ、人間に出せる力の限界を遥かに超えているように思われた。一定の引力を保ちながら回り続ける惑星のように、互いの腕が届く距離を保ちながら激しい攻防戦が繰り広げられる。ひとつ反応を間違えれば、自分がどうなるかは想像に難くない。かつての師とナイフを交えるたび、レオンは嫌な予感がじりじりと背後に忍び寄るのを感じた。
    クラウザーの連撃を受け流して、レオンは細く長く息を吐き出す。
    「ほう……よく受けた」
    クラウザーは唇の端を笑みの形に釣り上げた。そのペールブルーの瞳はひどく楽しげで、喜悦と獰猛さを隠そうともしない。彼のナイフと同じ鋭さでもって終始こちらを貫いている。
    上がっていた息を整えようと少し後退すると、乗り気でない新兵を見咎めたクラウザーは、一気に間合いを詰めてきた。こちらに休む暇を与えるつもりはないらしい。やはり、彼相手に持久戦に持ち込むのは無理そうだ、とレオンは舌打ちした。
    左から来た斬撃をナイフの背で防ぐと、それを予め知っていたかのような速さでもう一撃、連続して次の一撃が襲ってくる。どうにか、そこまでは受け流せた。しかし次の瞬間、うなじの後ろがヒヤリとする。レオンの視界の右側でクラウザーのナイフが煌めいたのだ。一体、いつの間にナイフを右手から左手へと持ち替えたのだろう。二年ぶりに目の当たりにした手品じみたナイフ捌きに感嘆する間もない。咄嗟に横へ身をかわそうとしたが、刀身の長いクラウザーのナイフはレオンを逃さず、二の腕を深く斬りつけた。
    「っ、」
    痛みよりも熱さが先に来て、肉が裂けて血が溢れる感覚がする。その血が滴り落ちるよりも速く、クラウザーがレオン目掛けて右足を蹴り上げる。今度は避けようとする間も与えられなかった。その蹴りをもろに食らい、衝撃とともに後方へと蹴り飛ばされる。無様に鉄の足場へ転がった元教え子を眺めて、クラウザーは鼻先で笑った。かつてと同じように。
    「訓練不足だ」
    レオンは内心毒づいた。相変わらず嫌味ったらしい男だ。それに手加減というものを知らない。蹴られた腹部はじくじくと内臓まで響くように痛むし、斬られた右の二の腕は傷自体が燃えているみたいだった。全身を苛む痛みと疲労感に奥歯を噛み締めて、レオンはすぐさま身を起こす。ぐずぐずしている暇はない。特にクラウザーの手にナイフがある時は。彼の元で過ごした訓練期間中にレオンはそれを嫌というほど学習していた。
    度重なる衝撃に震え始めた右手首を左手で支えて、レオンは次の攻撃に備えてナイフを構え直した。マービン警部補から譲り受けて以来、苦楽をともにしたM9バヨネットが、レオンに応えるかのように煌めく。その煌めきを目にして、クラウザーと再会してから己の中に湧き上がる不安と困惑が、少しだけ和らいだのを感じる。遠すぎず、近すぎない距離を保ちながら、ふう、と息を吐いてクラウザーを見据える。それを待っていたかのように、クラウザーが距離を詰め鋭い斬撃を繰り出してきた。両手で迫りくる刃を受け流していく。
    「俺の教えどおりだな」
    誇らしげな、それでいてどこか小馬鹿にしたニュアンスを含んだ言葉は、昔と変わらない。彼の几帳面さを表すように後ろへ撫で付けられた髪には一分の乱れもない。指揮官が身につけるマルーン色のベレー帽もそっくりそのまま、記憶の中の少佐そのものだった。
    二年の時を経て意図せず再会したかつての師は、言葉も面影も昔とそう変わらないように見える。けれど、レオンの知っている彼とは決定的に何かが異なっていた。言いようのない違和感が膨れ上がっていく。レオンの知るクラウザーは、あんな訳の分からない低俗なカルト集団の元に身を置くことを許すような人ではなかった。祖国のために忠誠を捧げる誇り高い軍人だった。己の技量と経験の価値を誰よりも正しく把握し、それに見合う高いプライドを持ち合わせていた人だったはずだ。思わず、疑問が唇から溢れる。
    「あんたほどの軍人がなぜ連中の言いなりになる?」
    「“なぜ”だと? 二年前に何が起きたか忘れたか」
    低く唸るようにクラウザーは答えた。同時に放たれた回し蹴りを間一髪のところで屈んで避ける。
    「オペレーション・ハヴィエか……!」
    「オペレーション・ハヴィエ……あの時俺は部隊を失った。我らがアメリカに見殺しにされてな」
    二年前のあの作戦は、一言では語れない。レオンの記憶にだって強く、深く刻まれている。なぜならレオンもまた、クラウザーの中隊とともにその作戦任務にあたっていたからだ。クラウザーと同じ経験をし、同じ痛みを共有している。あの作戦で辛くも生き残ったのは、クラウザーとレオンだけだった。
    「部隊は壊滅した。道義も誇りもない、ただ圧倒的な“力”で!」
    当時の喪失を、怒りを、無念を乗せたかのような斬撃はこれまでよりもはるかに速く、重い。肩で息をしながら、かろうじてクラウザーの攻撃を受け流していく。痺れがひどくなり、ナイフを握る両手の感覚が鈍くなっていく。
    「それと同じものを俺が目指して何の問題がある」
    その言葉を耳にした瞬間、レオンの中ではっきりとしたのは、クラウザーもまた、あの力――ロス・イルミナドス教団が流布している忌々しい寄生虫の力を得ているということだった。攻防戦を続ける中で膨れ上がった嫌な予感が実体を持って襲いかかってくる。その事実は、レオンを酷く動揺させた。
    二年前、あのハヴィエ作戦の後にクラウザーが語った内容が、今になってやっと恐ろしいものだったのだと理解できたからだった。しかし、それに気づくにはあまりにも遅すぎた。当時の自分は、クラウザーの言葉に含まれる潜在的な危険性を少しも懸念していなかった。なぜなら、心の底からクラウザーを信頼し、慕っていたから。彼を誰よりも強くてタフな男だと信じ切っていたから。
    いや、より正確に言うならば――人生で初めて得た尊敬できる師は、物語の中の人物のように常に強くあり続ける人だとレオン自身が信じていたかったからだ。
    実際のところ、クラウザー自身が己に言い聞かせるように、レオンにそう見えるように意図して行動していただけだったのにも関わらず。冷水を浴びせかけられた心地だった。
    あの時、どうしてもっとクラウザーの本心に注意を向けなかったのだろう。自分の信じたいものだけを見つめて、現実から目を逸らしてしまったのだろうか。
    後悔は、文字通りいつだって後からやってくるのだ。
    けれど、だとしても、だ。たとえどんなに同情すべき理由があったとしても。どれほど理不尽なことが己の身に起こったとしても。レオンは苦しげに唇を噛み締めた。
    「あの作戦は……決して許されることじゃなかった。だが人を傷つける理由にはならない!」
    二度の斬撃をまた受け止めて、レオンは吠えた。身体中が痛くてたまらない。自分の血のにおいが充満して少し吐き気がした。腕は痺れて震えが止まらない。心はもっと痛かった。
    必死に攻撃を防ぐレオンとは対照的に、クラウザーは少しも息を乱さず、かつての教え子の言葉を一蹴した。
    「その青臭い正義感はあの頃と少しも変わっていないな」
    一転、両足を掴まれて後ろへ押し倒される。圧倒的にレオンに不利な体勢から、クラウザーが全体重をかけてそのナイフを喉元へ突き刺そうとしてくるのを、痺れた両手で懸命に押し止める。
    昔の訓練と限りなく同じように見えるのに、今は本物の殺意がその刃に宿っている。少しでも力を緩めれば、常に最高の状態に研がれたカーボン鋼の刃先がこの身体を簡単に貫き通すだろう。レオンの死までは、たった数十センチしかない。互いの吐息すら感じ取れる距離なのに、クラウザーはひどく遠い存在になってしまったように感じた。血と汗のにおいに混じって、彼からタバコの残り香がしたのが、その実感により拍車をかける。レオンの知っているクラウザーは、タバコも酒も決してやらなかった。己の身体を、なによりも鋭くよく手入れされた武器として使いこなすストイックな軍人だったから。
    「くっ、……!」
    腹と背にありったけの力を込めて、なんとか上体を起こしつつナイフを押しのけることに成功した。すぐさま左足でクラウザーの腹を蹴り飛ばして起き上がる。腕の傷は深くはないが、集中力と体力が限界に近づいているのを感じた。まずいな、と唇を噛み締める。クラウザーのフェイントを交えた攻撃を掻い潜り、下段蹴りをバク転して避ける。が、上がりきった息が落ち着かない。顎先から汗が滴り落ちた。
    「悪くない動きだ」
    ここへきて、初めてクラウザーは少しだけ感心したように呟いた。少佐から率直な褒め言葉を貰ったのは昔も両手で数えるくらいしかなかったな、とレオンは汗を拭いながら数年前を振り返る。昔と今とでは、何が同じで、何が違う?
    滅多にない褒め言葉に胸の奥がくすぐられるのは、あの頃と同じ。繰り出される蹴りの角度も、レオンの反撃を弾く速度も、あの頃と同じ。常に嫌味ったらしい言動も、どこまでも教官らしく常に上から目線なのも、変わらず同じだ。
    けれど、今のクラウザーは、あの頃の彼とはやはり決定的に異なっていた。
    どんなに嫌なやつだったとしても、クラウザーから殺意を向けられたことなど一度としてなかった。しかし、今の彼から感じ取れるレオンへの殺意は紛れもなく本物だ。彼のペールブルーの瞳は、今やレオンの知らない淀みを湛えて濁っているように見えた。人間には到底成し得ない圧倒的な力を手にした愉悦、己の指揮する部隊を一番惨たらしい仕方で失ってしまった無念と怒り、そしてレオンへの憎しみ。そう、憎しみだ。それに初めて気づいた途端、自分の中の、一番柔らかいところがぐらぐらと音を立てて軋み始める。どうして、と問いたかった。一体、いつから自分は憎まれていたのだろう。二年前のハヴィエ作戦の時か。それよりもっと前、訓練兵として彼の部隊に入った時からか。つまり、最初から?
    頭を鈍器で思い切り殴られたような衝撃だった。
    「どうした、刃先が震えているぞ」
    構えたナイフの向こうでクラウザーが喉を鳴らした。自分より遥かに劣る弱い獲物を前に、その鋭い爪で遊び半分にいたぶる肉食獣のように。事実、元教え子がこの二年間でどれだけ成長したかをテストしてから、レオンを殺す算段なのだろう。彼が可及的速やかにレオンを排除することだけに意識を向けていたとしたら、出会い頭にすっぱりやられていたに違いない。今の彼にはそれを可能にするだけの強大な力がある。合衆国政府肝いりの訓練と装備を施したエージェント相手でさえ、だ。
    だからこそ、この場では一度のミスも許されない。一度でも致命的なミスを犯してしまったが最後、クラウザーの手によってレオンの命はあっけなく終わる。アシュリー救出は叶わなくなる。ゆえに、なんとしてでもここを切り抜けねばならなかった。
    だというのに、クラウザーの言動はあの頃のまま、あくまで教官としての立場を崩すつもりはないらしく、昔と同じようにレオンへの指摘を浴びせてくる。『その癖は修正しろ』だなんて、今更言ってどうなるというのだ。このあと殺そうとしている相手に言っても意味のあることとは思えなかった。
    彼の考えていることが、分からない。そうして、クラウザー相手に戸惑っている己も。
    思い悩むレオンをよそに、クラウザーが素早く踏み込んでくる。斬撃は時が経つにつれ鋭さと重さを増し、着実にレオンを追い詰めてゆく。震える両手で握りしめている自分のナイフも、度重なる攻撃を受けた影響で刀身がすっかり傷んでしまっていた。あと数回攻撃を受けたら、間違いなく刀身が折れてしまうだろう。
    「クソ……! どうしてもやるって言うんだな」
    今この瞬間、レオンに残されている選択肢は無いに等しい。アシュリー救出ミッションのためには、クラウザーを撃退する必要がある。単純明快だ。何を躊躇する必要がある? 冷静に己を見つめる声が、静かにレオンの中で反響し続けてやまない。だというのに、未だに防戦一方で攻勢に転じることができないでいた。この状況は、村でメンデスと、古城でサラザールと対峙した時と変わらない。目の前の存在はミッションの障害、斃すべき敵だ。だが、と奥歯を噛みしめる。
    「無駄話はここまでだ」
    決心をつけることができないまま、クラウザーが冷たく宣言する。少佐によるテスト終了の合図だ。
    「そろそろ終わらせるぞ」
    その一言と共に、二人を取り巻く空気が一変したのをレオンは感じ取った。すとんと感情が抜け落ちたかのようなクラウザーの表情は、レオンの背筋を恐怖で震わせる。短くも浅くもない付き合いの中で、レオンが初めて見る男の顔だった。
    横からの攻撃を身を逸らしてかわす。流れるような突きはその勢いを利用して受け流す。二度、三度と続け様に襲ってくる刃先を、構えたナイフで受け止めた。
    しかし、最後の一撃を受けた瞬間に体幹がぐらついてしまった。咄嗟にカバーする余力もなくその隙を突かれ、無防備な腹にひどく重い蹴りを叩き込まれてしまう。すさまじい衝撃を殺し切れずに、数メートル後ろへ吹っ飛ばされた。背中と後頭部を硬い鉄網の床に打ちつけたせいで、一瞬真っ暗になった視界に瞬きする。
    はっとして上半身を起こすと、ナイフを手にしたクラウザーが、レオンの知らない表情のまま、動けないでいる元教え子へと近づいていた。
    クラウザーの手の中でくるくると舞うナイフは、ライトに照らされてその輝きを一層増している。温度を感じさせない両眼でじっとレオンを見つめるだけの持ち主に代わって、ようやく目の前の獲物を切り裂けることに歓喜しているように見えた。
    この狭い場所で、クラウザー相手ではハンドガンは役に立たない。頼みのナイフも先ほどの攻撃を受けた後に折れてしまった。身体中は痛みと疲労で悲鳴を上げている。今、レオンは身を守るものも、師の攻撃をかわす手段も持ち合わせていなかった。
    本当は聞きたかった。この二年の間に何があったのか。何が少佐をここまで変えてしまったのか。あのカルト教団の元で何を目指そうとしているのか。本当にここで、自分を殺すつもりなのか。聞いたとして、今のクラウザーが教えてくれるとは思えなかったが。
    冷ややかに己を見下ろすクラウザーの瞳の中に、何かしらの答えがないかと、わずかな希望に縋るようにレオンは見上げた。心身ともに、すでに限界を超えている。硬く張り詰めさせていた虚勢ががらがらと崩れていく。
    かつて、レオンに最も安心できる場所を与えてくれた存在が、今度はレオンの命を奪いに来ているだなんて。これほど皮肉なことはない。サドラーがここまで考えて、レオンを最も効果的に害することができる最高の武器を誂えたのだとしたら、その手腕にスタンディングオベーションしたいくらいだった。
    艷やかに煌めく刃先を持つクラウザーのナイフが、持ち主の手に行儀良く収まった。空気さえ切り裂けそうな鋭い刃先が、無力な獲物へと狙いを定める。
    無慈悲にその刃が振り下ろされようとした瞬間――
    キン、と鋼の刃先を弾いたのは一発の弾丸だった。
    これにはクラウザーも予想外だったようで、眉をひそめてレオンの背後へと視線を投げかける。彼の視線を辿るように後ろを振り返ったレオンは、驚きに目を見開いた。ルイスだ。愛用のレッドナインを構えた腕は降ろさずに、息も絶え絶えにやっとの思いで隣の木箱に身を預けている。今すぐにでも駆け寄って手当してやりたいのを、重々しいクラウザーの声が押し留めた。びくり、とレオンの背筋が震える。
    「ここまでだ、新兵」
    レオンが目を離したわずかな間に、クラウザーは身を翻してレオンとルイスから距離を取っていた。ルイスに邪魔されて興が削がれたのか、もともとこの場ではレオンを殺すつもりはなかったのか。今のクラウザーから彼の真意を読み取ることはひどく難しいことのように思えた。
    「あの頃から少しも変わっていない。期待外れもいいところだ」
    嘲笑とともに、クラウザーは軽く五メートルはある距離を上空へと跳躍した。野生動物のような軽やかさで上階のフロアへと着地する。人外じみた跳躍力も、やはりあの寄生虫の影響だろう。レオンが何か言いたげに唇を開く前に、シースへとナイフを収めたクラウザーは鋭い一瞥だけ残して去ってしまった。この場に、レオンに、なんの未練もないかのように。
    去っていく後ろ姿を眺めながら、胸の内に渦巻く感情を言葉にすることはできずに、レオンは唇を噛み締める。
    だが幸いなことに、喫緊の脅威は消え去った。クラウザーの足音が聞こえなくなったのを待って、ふらつく身体を押してルイスの元へ駆け寄る。これ以上、己の惨めったらしい感傷に浸っている猶予はない。
    「俺はもう、ダメみたいだ……」
    そう言って座り込んでしまったルイスは、こんな時だというのに「世界中のレディが悲しむな」と震える声にも関わらず軽口を挟むのを忘れない。いや、こんな時だからこそなのだろう、とレオンは思った。こうして共に行動したのは短い間だったが、ルイスの人となりを理解できるくらいには、レオンの中でルイスの存在は確固としたものとなっていた。アンブレラの元研究員だと知った当初は、両足くらい折っておけばよかったと思っていたくらいだったのに。
    「ルイス、」
    「これを持っていけ。俺の研究室の鍵だ」
    レオンの言葉を遮って、ルイスは鍵を手渡してきた。彼の研究室へ行けば、体内の寄生虫を除去する術があるらしい。吐血しながらも、ルイスは震える手でタバコを咥えた。
    「助けろ……アシュリーを……」
    そうだ、アシュリー。身も心も疲れ果て今にもくずおれそうなレオンの背を支えるもの。こんなところで、過去に囚われたまま、うずくまってなんかいられない。
    ルイスが咳き込む。愛用のライターでタバコに火をつけようとするが、もう指先に感覚がないせいで、うまく火をつけられないでいる。取り落としてしまったライターをレオンが拾って、代わりに火を灯した。
    「ホント、クソみたいな人生だったが……」
    肺までは吸い込めずに、すぐ煙を吐き出したルイスを、レオンは静かに見つめる。
    「でもまあ……どう思う、アミーゴ?」
    ゆらゆらとおぼつかない瞳が、レオンのほうへと焦点を合わせた。
    「……人は変われるよな?」
    ルイスの言葉に、レオンはすぐに返事ができなかった。ここへ来る前、エレベーターの中で初めて正直に己の過去を語ってくれたルイスに、最後だからといって単に耳障りの良い言葉を返すことはできない。彼の示してくれた正直さに対して誠実でありたかった。
    何も言葉にできないまま、ルイスの瞳が陰っていく。視線が外れ、咥えたタバコがぽとりと落ちた。首がだらんと落ち、長い前髪がルイスの顔を隠す。
    ルイスが死んだ。クラウザーの手によって殺されたのだ。
    レオンは首を小さく振った。こうして人を看取るのは何度目だろうか。いつになったら自分は人を守れるようになれるのだろう。
    まだ熱を持っているライターを、弛緩したルイスの手のひらに握らせる。堪えようのない悲しみと無力感がずきずきとレオンを苛む。目尻に涙が湧き上がってくるのがわかった。
    ――人は変われるよな?
    過去の自分から変わりたいと願い、自らの命を犠牲にしたルイス。怯えて逃げ惑うしかなかった頃から、ちょっとのことではへこたれない強かさを備えるようになったアシュリー。良き教官、良き隊長であった過去がありつつも、今や合衆国に仇なす邪教の元に仕えるようになったクラウザー。
    皆が変わっていく。時間の流れとともに。
    はたして自分はどうだろうか、とレオンは自問した。ラクーン事件の時から、少佐の元で訓練に励んだ頃から、二年前のハヴィエ、そして今まで。彼らと同じように、自分も変わったのだろうか。
    ルイスの手のひらを握りながら、レオンは過去を思い返す。

    (Phantasma - 02へ続く)
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    執筆中のお話、このままいくと化石になりそうなので尻叩き用にできたところからこっそりポイピクに投げておく…書いている途中で変わる可能性があるので、ベータ版にしている。全部書き終わってから整えてツイッターに投げる予定。
    [beta] Phantasma - 01鋼と鋼がぶつかり合う音がやまない。
    一撃の後に間髪入れず次の一撃が繰り出されるのを、すんでのところで受け止める。重く、素早いその攻撃を受け止めた刃との間に火花が散って、白煙が立ち上った。衝撃が刃先から手首に伝わり、じんじんとした痛みと共に右腕を波のように襲う。
    立て続けに繰り出されるクラウザーのナイフは、記憶の中のものより数段素早い。流れるように、滑らかに、レオンの急所を狙って的確な一撃が続けざまに襲ってくる。およそ二年ぶりに目にした彼のナイフ捌きは、以前にも増して鋭さに磨きがかかっていた。しかし、レオンだって黙ってやられるわけにはいかない。死んだと聞かされていた目の前の男――かつての師に教わった通り、レオンもひとつひとつの攻撃を受け流していく。頭で考えるより先に、レオンは瞬時に反応していた。彼相手にどう動けばいいかはこの身体がよく知っていた。そう教え込んだのは、クラウザーに他ならなかった。
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