「わんわん!」
「わんわんいるね~。」
わんわん、わんわん、とすれ違いざまに親子がこちらを指差しながら歩いていく。
立ち止まって後ろを振り返れば、相変わらず感情の汲み取れない表情をした夜鷹純と目が合った。
過剰に反応しないように、ゆっくり顔を前に戻してまた歩き出す。
戸惑いが物凄い。散歩の始めからこれまで、度々無意味に振り返っては金色の目とかち合ってドギマギしてを繰り返していた。
俺、今、本当に夜鷹純と散歩してるんだ。
彼に拾われて早四日。意外にも、彼は柴犬の俺の事を、かなりしっかり世話してくれている。大量に届いていたケージやらトイレやらも彼がセットしてくれたし、ご飯も一日二食、七時、十九時と時間きっかりに与えてくれる。煙草の臭いも段々薄くなってきて、「こっち。」と言われた時に俺も近づきやすくなった。
それにこの散歩中も。
家を出たのは十三時頃だった。最初は彼の方が前を歩いていて、川沿いに来ると「好きにしていいよ。」と言って彼の足が止まった。俺に夜鷹純を連れ回せと!?とギョッとして……それでも結局、こうして俺が前を歩いている。歩いていると言っても、川沿いの道を真っ直ぐ来ただけだけど。というか、真っ直ぐ歩くことしかできなかった。そして今もできない。地面と距離が近い分、ちょっとでも逸れるとニョロニョロ系の何かに出くわしそうで。まさか夜鷹純に茂みを歩かせる訳にもいかないし。
そういう事情でちゃんと道のある場所を歩くようにしている分、親子やランナー、すれ違う人々に声を掛けられる機会は多かった。特に親子連れ。子供が俺を触ろうとわーっと駆けてきて、隣の全身真っ黒な飼い主を見て親が顔を真っ青にする、なんてやり取りが三回ほど。そのうち二回は子供が俺に触る前に、親が子供を抱えて謝りながら去っていった。そして一回は、子供が俺に触る前に親が止めて、「わんちゃん触っていいですか?」と夜鷹純に確認を。
あの時の彼は、多分ちょっと戸惑っていたんじゃないかと思う。たっぷり五秒。声聞こえてたかなってちょっと不安になるくらいの時間をおいて、「つかさがいいなら。」と短く答えた。特に嫌だという気持ちはなかったので俺もそのまま撫でられた。
散歩のルートも、他人が触れるのも、どうやら俺に関する行動は、なるべく俺の意思を汲み取ろうとしてくれているようだった。
たかが四日、されど四日。この四日感で、何となくだけど夜鷹純がどういう人間なのか分かってきた気がする。
多分、本当はちゃんと人を思いやる、思いやろうとしてる?人なんだと思う。ただ出力の仕方が怖かったり、色々と不足してたり、するだけで。総合評価としては、不器用な人。これに尽きる。
いのりさんについての発言はやっぱり許容できないし、性格ちょっとアレだよなって思うところはあったけど。悪い人ではないんだって、分かった。から、少し、安心した。やっぱり憧れの人には、憧れていたいと思うから。悪い人じゃなくて良かった。
「つかさ、こっち。」
リードを引きながら声をかけられて、道端のベンチに腰掛けた彼の前に座り込む。
歩き疲れたのかな。いや、現役を退いても尚あれだけ滑れる人だ。この程度で疲れるわけがないな。
彼はおもむろにコートのポケットから小さな袋を取り出すと、袋を持っているのとは反対の手を俺の前に差し出した。
「おて。」
…………?
おて……。
おて?
あっ、おて!?
おてはえっと、確か右手!
(はい!)
「ワン!」
慌てて右手、右前足?を差し出された手に置く。
「おかわり。」
今度は左前足。
「いいこ。」
差し出された手が離れていって、ガサガサと袋を振る音がした後、また目の前に降りてきた。その上には、たまごボーロみたいなコロコロしたお菓子が乗せられている。犬用のおやつ、かな。
「食べていいよ。」
えっ夜鷹純の手から直接!?って、それしかないよな、手で差し出されてるんだから。いい加減俺も、慣れるべきだ。べきか?本当に?べきってことにしろ。しとけ。俺は犬、犬、犬だから。犬が飼い主の手からおやつを貰うだけ、それだけだから。
(いただきます。)
「ワウン」
彼の手の、端っこの方に乗っている一粒をそっと食べる。
…………なにこれウッマ!?
え、うま、美味すぎてビックリした。犬だからこんなに美味く感じるのかな。食レポなんか微塵もできないけど、とにかく美味い。あと食感がザクザクしてて楽しい。食べやすい。うま。うますぎ。とか言ってたらもう粒がない。あ、でもちょっとカスが残ってる。カスですら美味い。最高。
「ねぇ、舐めすぎ。」
舐め……?
(はぅあ!)
「ハゥア!」