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    marukura39bn

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    marukura39bn

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    よだつか 花吐き病 ※追記書けました。

    花を吐いた。
    「えっ?はっ、なん、ごほっげほっ。」
    痰どころじゃないレベルで喉にものが引っかかる違和感がした。から、反射的に咳をしたら、花が出てきた。たくさん、何度も。
    「なに、これ。え?胃の中で花が咲いたとか?んな馬鹿なことある訳ないだろ。ちょっと、スマホ。」
    けほっけほっ、と花に噎せながら、スマホで検索をかける。
    『花 口から出てくる』
    検索結果でそれらしいのは……。
    「花吐き、病?」
    正式名称は、嘔吐中枢花被性疾患。通称花吐き病。名前の通り、花を吐き出すようになる奇病。
    誰かが吐いた花に触れると、触れた人も感染するらしい。
    「心当たり、あるかも。」
    昨日、道端で蹲っている女性が居て、その介抱をしようと近づいた時に、確かに触れた。鮮やかな、赤い花弁。
    あれがつまり花吐き病によって吐き出された花弁で、俺がそれに触れてしまったから感染したと。触れただけで感染するって怖いな。俺が今吐いた花は絶対誰にも触れさせないようにしないと。
    治す方法は……思いの成就?なんの?俺どこか読み飛ばしたかな。あ、発症条件。……は、片思いをしていること?
    「あー、あるある、すっごくある、心当たり。」
    凄くあるから最悪だ。
    「夜鷹純と、恋人になれって?」
    そんなの。
    「そんなの無理だろ!!」



    あ、今花を吐く。
    「っごめんいのりさん!俺ちょっと御手洗に行ってくるね!」
    「は、はい!」
    練習中なのに本当にすみません。心の中でいのりさんに土下座しながら、急いで利用者の少ない端の方にあるトイレに駆け込む。
    「ごほっ、ごほっ。」
    咳をすれば喉の奥から溢れ出る花をぐしゃりと掴んで、ポケットの中に常備している袋に片っ端から突っ込んでいく。
    「あ"ーもう、最悪だ……。」
    自分が花を吐くタイミングはもう分かっている。例えば、いのりさんの指導の為に氷の上に立った時。例えば、指導の参考に色々なスケーターの滑りを見ている時。例えば、頭の中に描いた軌跡を体に落とし込もうと練習している時。俺の中で夜鷹純を強くイメージする、そういう時に、決まって俺は花を吐く。
    けれど、条件がわかったからってどうしろと言うんだ。あの人の滑りは最上級だ。教えるにしても滑るにしても、フィギュアスケートやっていく上であの人の滑りを避けては通れない。つまり俺が花を吐くのも避けては通れない。コノヤロウ。
    一通り花を吐き出して、回収した袋の口を縛る。触れたら伝染るという性質上、この吐き出した花を簡単に放り去れないのも厄介だ。加護家やリンク場のゴミ箱に捨てると変に思われるかもしれないし、かと言って他所に捨てるのも俺が見ないうちに誰かが花に触れてしまうかもしれなくて怖い。今はとりあえず、俺の部屋のクローゼットの奥に、ダンボールに入れてしまっているけれど。面倒なことに、吐き出した花は普通の花と違って枯れてくれない。その分妙に嵩張って、ダンボールから溢れるのも正直時間の問題だ。
    花吐き病の根本的な治療法は見つかっていない。俺の場合、夜鷹純を強く意識した時に吐くのだから、彼について考えないようにすれば、治るとは行かないまでも症状は落ち着くのだろう。けれど、この花吐き病という病においては、それが一番難しい。だって片思いの証拠が吐き出されるのだ。いつかは窒息してしまうのではないかと思うほど、喉の奥に、つっかえて。
    それってなんて最低なんだろう。
    袋をポケットの中に突っ込んでトイレから出る。リンクに戻る前に、吐き出した花弁を鞄にしまいに行かないと。
    更衣室の方まで来ると、いのりさんが所在なさげに廊下に立っていた。
    「ごめんいのりさん!急に出て行っちゃって。」
    「司先生!あの、最近元気なさそうですけど、大丈夫ですか?」
    「大丈夫、元気元気!ちょっとお腹の調子崩しちゃって、それが長引いてるだけなんだ。指導中はなるべくトイレに行かなくて済むようにするから、心配かけてごめんね。」
    「元気なら、良かったです。」
    ホッとした表情をしたいのりさんにつられて、つい自分まで安堵しそうになるのを引き締める。バレなかったことに安堵している場合じゃない。事ある毎に花を吐くせいで、ゴリゴリと体力が削られているのがよく分かる。このままでは、いられない。何か対策を考えなくては。



    対策、考えました。
    夜鷹純の滑りの技術だけに集中すれば花を吐かなくて済むんじゃないか?とか、彼の動きを完璧に落とし込んで自分のものにすれば、滑る時彼のことを考えなくて済むんじゃないか?とか。色々、試しましたよ。
    ぜんっっっぜんダメだった。
    ゲロゲロ花を吐きました。
    なんならこれもダメだったかぁ、なんて夜中まで一人反省会してたせいで、さらに吐いて寝不足になりました。
    辛うじていのりさんのレッスン中だけは、いのりさんのために俺の滑りを見せるという意識を強く持てるからか、あまり花を吐かなくなったけれど。これが個人練習の時にも適応できたら良かったのに、いのりさんのために夜鷹純の動きを覚えるぞ!になっちゃってダメだった。儘ならないな、本当に。
    毎日花を吐くせいで、気になって花言葉なんか調べちゃって。まぁ~出る出る恋愛関係の花言葉の数々。随分ロマンチストな病気なことで。頻繁に吐き出す花はもう調べずとも花言葉がわかるようになってしまった。
    傾向と対策、今まで自分の不調はそれで乗り越えてきたのに、傾向がわかっても対策のしようがないというのはどうにも。
    周りの人達も、俺の体調が段々悪化していることにもう気づいているだろう。俺が自分の不調に気づいた上で隠そうとしているから、触れないでいてくれてるだけ。心配も迷惑も、かけたくないのに。
    この病においての最適解は、想い人に告白をすることなのだろう。
    夜鷹純に、告白を。
    「でも、そんなのできるわけない……。」
    項垂れながら机に突っ伏す。
    夜鷹純。俺には手の届かないほど遠く、雲の上に居る人。なのに天上から俺を真っ直ぐ見つめて、俺に滑ろと言ってくる人。煙草臭くて、威圧的で、言葉遣いは柔らかいくせに言うことが酷くて、いのりさんのことも馬鹿にして、嫌なところをいっぱい、いっぱい見てきたはずなのに。
    どうしてこんなに好きなんだろう。
    「げほ、げほっ。」
    どうして胸が痛くなるんだろう。
    「ごほっ、げほ、ぅぐ。」
    どうして花を吐いてしまうんだろう。
    「ぅえ、ぐ、ごほっ。」
    シロツメクサ。
    ジャノメギク。
    キランソウ。
    俺を思って。
    俺を見つめて。
    あなたを、待っている。
    「待つな、馬鹿。」
    待つな。
    けほっ、とまた、花を吐く。



    荷物を背負って、大須リンク場を後にする。
    つっっっかれた。風呂に入る気力もないくらい……いや、ちゃんと入るんだけど。
    「司先生~!」
    「あれ、いのりさん?」
    「今日レッスンお休みの日なのに、なんでリンク場に居るんですか?」
    「あぁ、ちょっと個人練を。」
    いのりさんの指導の為には俺も滑られなくてはいけないから、今日は夜鷹純の過去の映像を見ながら練習をしていた。おかげで今日も花吐きまくりだ。喉が痛い。
    「俺はもう帰るところだけど、いのりさんはこれから個人練習?もう夕方だから遅くならないようにね。」
    「あっいえっ、私は光ちゃんに会いに来たんです。」
    「狼嵜光選手?」
    「今日の夜、大須で貸し切り練習するからその前にちょっと話そうって連絡が。」
    夜の、貸し切り練習。ということはまさか。
    「あ!光ちゃん!あれ、後ろに居るのって。」
    いのりさんが声を張り上げた方に、おそるおそる目を向ける。
    夜に浮かぶ満月みたいな目が、そこに。
    「夜鷹純さんだ。」
    ゴキュ、と喉から嫌な音がする。
    「っ、じゃあいのりさん、俺はこの後用事があるからここら辺で。帰りは気をつけて帰るんだよ。」
    「えっあっはい!先生も気をつけてください!」
    夜鷹純と狼嵜光選手が来るのとは反対の方向へ歩く。努めて、普通に見えるように。
    逃げたと思われただろうか。事実逃げてはいるのだけれど。
    ギュルギュルと喉の奥から迫るものを堪えながら歩く。歩いて、角を曲がって、視線が切れた瞬間に走り出した。
    どこか、どこか人通りの少ない場所。人通りが少なくて、吐いても音を誤魔化せる場所。
    そうしてたどり着いたのは、近くの河川敷の高架下。
    「ぅぐっ、げほっ、ぁ、げほっ。」
    ヒューと喉から気味の悪い音がする。今のは吐き方が良くなかった。堪えられないものを無理に堪えようとしたからだ。わかってる。わかってて、堪えようと。
    「んぐぇ、ごほっ、はぁ、ダメだこれ、げほっ。」
    花、花、花。
    白、橙、紫。
    いろいろな色。
    いろいろな種類の花。
    いろいろな思い。
    いろいろな言葉。
    「さい、あくだっ、ふ、ぅ、こんなのっ。」
    ジリジリと痺れる手で吐き出した花を掻き集める。集めたくないのに。本当は踏み潰して蹴散らしてしまいたい。こんなの。こんなもの。
    「……何してるんですか?」
    知ってる声がした。
    振り返った先の、黒と金色にドキリと心臓が打つ。
    「か、狼嵜光選手、どうしてここに……!」
    「何これ、花?」
    彼女の指が、地面に落ちた花弁に伸びる。
    「触っちゃダメだ!!」
    「っ!」
    「げほ、大きな声、出してごめん。でも絶対に、花には触らないで。」
    あぁクソ、喉痛めてるのに声を張り上げたたせいで声がガスガスだ。
    「……どういうことか説明してください。」
    咎めるような視線が刺さる。
    わかってる。コーチの俺がこんなんじゃ、いのりさんの滑りに差し障るから。
    「する、けど、他の人には絶対に、言わないでほしい。言う時は、自分の口からちゃんと言うから。」
    「わかりました。」
    狼嵜選手が頷いたのを見て、自分の心の中に意識を集中させる。
    説明するにはまず、見てもらった方が早い。
    「ぐっ、ごほ、ごほっ。」
    口からまろび出た花を手のひらにすくい取って、狼嵜選手に見せる。
    「……口から、花?」
    「は、んぐ、花吐き病って、言うんだって。」
    「花吐き病?」
    鋭くなった視線に、「からかってる訳じゃないよ。」とスマホで花吐き病について書かれたページを見せる。
    「嘔吐中枢花被性疾患……。主に罹患者の花に触れることで感染し、片思いを拗らせることで、発症する。」
    「そう。情けないところを見せてごめんね。ただの恋煩いなんだ。」
    自分で言ってて凄く恥ずかしい。結局はただの恋煩いなのに、折り合いもつけられずにこんなに拗らせて。
    「たかが恋煩いで、」
    「たかがじゃないから、そんな腑抜けになってるんじゃないんですか。」
    「それは、」
    そう、だけど。
    「リンク場であなたを見かけた時、明らかに変だってわかりました。最初は無駄な筋肉を落としたのかと思ったけど、違う。あなたはやつれてる。私が気づいたくらいだから、いのりちゃんも絶対、それに気づいてる。わかってますよね。」
    「わかってるよ。ちゃんと。」
    それはもう、悔しいほどに。だからもう、今後の身の振り方も考えてある。
    「俺は次の大会が終わったあと、いのりさんのコーチを降りるよ。」
    「……は?」
    「いのりさんは今や日本を代表する選手だ。俺なんかより優秀なコーチはいくらでも捕まえられる。」
    「ふっ、ざけるな!!」
    「っ!」
    殴り飛ばすような勢いで、背中から壁に押し付けられた。衝撃で一瞬呼吸が詰まる。
    「ちょっと、もし花に触ったら、」
    「うるさい!どうして犠牲を否定したその口で、お前はそうやっていの一番に自分を犠牲にする!」
    「俺のは献身で、」
    「そんなの犠牲を体のいい言葉で括ったに過ぎない!気に食わないけど、今ならわかる。いのりちゃんがおかしくいられるのは、おかしいいのりちゃんが笑っていられるのは、あなたが自分を正しい方向に導いてくれるって信じてるからだ。自分の選択をあなたが信じてくれるって、信じてるから。その信頼を裏切るのは、許さない。」
    「っ、」
    わかって、いる。俺が退くことが、決していのりさんにとっていい結果に繋がる訳ではないということは。けれどこんな状態の俺がコーチを続けたところで、それだっていのりさんの為にはならない。どうせ駄目なら、マシな方を選ぶのが道理だ。だから、俺は。
    「誰ですか。」
    「え?」
    「恋煩いの相手。」
    「そっ、こまで教えるのはちょっと。」
    子供相手に聞かせる話じゃない。絶対に。
    「いいのかなぁ。私が納得しないと誰かに話しちゃうかも……まさかいのりちゃん、」
    「違うからね!それだけは!」
    恐ろしい方向に話が飛びそうになった。恋煩いの相手がいのりさんでした、なんてことになったら俺は速攻でコーチをやめて川に飛び込む。
    「じゃあ、誰なんですか。」
    「それは、その……。」
    「まさか高峰、」
    「夜鷹純!夜鷹純さんです!」
    「……コーチ?」
    毒気を抜かれたのか、押しつけられていた肩への圧力が弱まる。
    言ってしまった。誰にも言うつもりはなかったのに。よりによって夜鷹純の教え子に、言ってしまった。
    「いつからですか?」
    「えっ?あ、花を吐き始めたのは一か月前……。」
    「そっちじゃなくて、コーチのこと好きになったのは。」
    「すっ、い、いつ、いつかな……あの人はずっと特別だったから。」
    テレビ越しにあの人を見た時からずっと。その特別は、いつ恋に変わったんだろう。ずっと前から恋だったような気もするし、花を吐いたことで明確な形を得たような気もする。ただ、今確かに言えることは、今の俺があの人に恋をしているということだ。
    「どうして思いを伝えたくないんですか。」
    「俺の事で煩わせたくないから。」
    「あの人は、どうせ気にしません。」
    「そうだね。」
    わかってる。俺が告白をしたところで、あの人は普通に断って、普通に忘れるだろう。それでも。
    「それでも俺が告白をするその一瞬、俺のエゴであの人の時間を奪うのは嫌なんだ。」
    「……いのりちゃんのためでも?」
    「それを言われると弱いなぁ。」
    そうか。俺のために、俺が思いを伝えるために告白をするんじゃなくて、いのりさんのために告白をするのなら。
    「それなら、俺のエゴでも許せるかもしれない。」
    「行きますよ。」
    「えっ。」
    「決心が鈍らないうちに。そもそも、あなたがあの人に会える機会なんて、そうないでしょう。」
    強引だ。強引だけど、今はそれが凄くありがたい。
    「そうだね。うん、行こう。」



    「純くん、もうリンクに入っていいそうだよ。」
    「そう。」
    「明浦路先生は、今日は来られないみたいだ。」
    「そう。」
    今日も、だ。
    僕と慎一郎くんの二人で滑る時、慎一郎くんは毎回彼を誘う。理凰が彼のところでスランプを解消したから、その恩返しに。慎一郎くんの恩返しは際限がない。二人で滑る時は毎回彼を誘っていいか聞かれて、どうでもいいって言うと、慎一郎くんは彼を誘った。
    彼は彼で、あの子供のために慎一郎くんの提案に飛びついて、僕と慎一郎くんの技を盗みに来る。
    来ていた。
    数にして十回。彼は慎一郎くんの誘いを断り続けている。
    逃げたんだろう。彼はずっと僕に怯えていた。憧れに潰されそうになっている目をしていた。だから僕の前から逃げた。
    僕の周りから人が居なくなるのなんか今更だ。どうだっていい。どうだっていいのに、慎一郎くんの口から断りの連絡を聞かされる度に妙に気が立つ。
    どうして逃げた。怯えながらも食ってかかってきた癖に。あの子供に横流しするために盗みに来てた癖に。ずっと目を逸らさなかった癖に。
    どうして僕の目から隠れようとする。

    大須リンクの前で、こちらを見とめた瞬間逃げていった彼の背中を睨みつけた。
    僕の方から会いに来てやったのに、何故。

    「好き、けほ、なんです。」
    理由は、あっさりと。
    「んぐ、ぁ、あなたが、あなたの事が、こほっ、好きで、」
    妙な痩せ方をした体で花を吐きながら。時に嗚咽を抑えて、彼は告げる。
    僕のことが好きなのだと。
    「君、僕のことが嫌いなんじゃなかったの。」
    「はぁ?」
    何言ってるんだって顔をされた。彼の表情はわかりやすい。わかりやすいから、僕の考えは違ったんだってわかる。
    だって君が僕に、会いに来ないから。
    怯えても噛み付いてきた君が、僕から逃げるから。
    なら、嫌われたんだろうと。
    「……君の、好きは、なに。」
    「なに、というのは。」
    「かたち。」
    彼は、自分が今吐いたばかりの花に視線を落とした。花を吐く病。なんだっけ、昔聞いたことがある。誰かが吐いた花に触れると感染して、発症条件は、
    「恋、です。」
    そう、恋だ。
    「君、僕に恋してるのか。」
    「そう、です。けほ。」
    彼の口から零れ落ちていく恋の花。
    恋。彼が、僕に。
    恋情を向けられることは今までにもあった。数えるのもうざったくなるほど。時には薬を盛られかけるような、アブノーマルなものまで。それはどれも熱を以て、僕を氷から剥がそうとするようなもので、だから僕は、それらを見ないようにして。
    見ないように、したのか。彼も。したかったのか。だから、逃げて。
    「君の恋は、逃げることなの。」
    「え?」
    彼の手を引き寄せて、そのひらに乗った花弁を食む。
    「ちょっ、何して!?ぅぐ、げほっ!」
    「答えて。」
    慌てて離れようとする彼の手を更に引いて、零れ落ちてきた花弁に食らいつく。
    「ち、ちがい、違いますっ。」
    「なら、君の恋はなに。」
    君の恋のかたちは何だ。僕から逃げたらそれで満足か。僕を見ないようにすればそれでいいのか。そんなはずはないだろ。逃げられなかったから、目を背けられなかったから、君は今花を吐いてるんじゃないのか。
    「ん、こほ。」
    喉から迫り上がる異物感に咳をした。
    花。食べたやつを吐き戻したんじゃない。綺麗な形を保ったままの、小さな、ヒマワリみたいな。
    「ジャノメギク……ぅ、けほ。」
    そして彼も同じ花を吐く。
    今、そこに同じものがある。
    「君の恋はなに。」
    「でも、」
    「言って。君は知ってるんだろ。」
    僕と君の中にある同じものを。
    迷う彼の手を強く握る。
    彼は瞳を揺らめかせながら目を瞑った。
    わななく唇を引き結んで。
    噛み締めながら震える息を吐いて。
    浅く、息を吸って。
    涙が溢れる目で、僕を見た。
    「お、れを、みて。」
    「うん。」
    「おれを、おもって。」
    「うん。」
    「おれのところに、きて、くださ、」
    ぽろぽろと頬を伝って落ちる涙をすくい取るように拭う。
    見て、思って、来て。
    君の恋は、僕と同じかたちをしてる。
    「いいよ。だから君も、僕を見ていて。」
    「は、ぁ、はい……はい、はい……っ!」
    縋るように頷く彼の体を引いて、唇を繋ぎ合わせる。
    そうして最後に、二人で揃って同じ花を吐いた。
    「ははっ、白百合だ。」
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