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    marukura39bn

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    marukura39bn

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    よだつか 好きについて

    アベリア人は普通、三歳くらいまでの記憶は忘れてしまうものらしい。それ以降の記憶も、幼いうちのものは大抵朧気にしか残らない。だから僕のする思い出話にスケート以外の話が出てこないのは当然で。
    それが、当然だとして。
    明浦路司。彼の話す思い出話にも、スケートに出会うより前の彼が居ないのは何故なのだろう。

    例えば劇を見に行ったとする。
    主演はドラマで引っ張りだこになっている新進気鋭の女性俳優で、助演は子役出身で今は舞台を中心に活躍しているベテラン男性俳優。中世ヨーロッパを舞台に戦争の時代を生き抜いた、二人の恋人の物語。
    物語の幕が閉じた後、彼が話す。
    「夜鷹さんって、こういう恋愛をテーマにした曲って一回しか滑りませんでしたよね。俺、あの曲の最後の振り付け凄い好きなんですよ。パッと花が開いて、あ!やっと恋に気づいた!って。」

    例えばショッピングモールに行ったとする。
    やたらギラギラと明るい蛍光灯。目まぐるしく入れ替わりながら立ち並ぶ店々。子供がはしゃぎまわる声。ベビーカーを引くカラカラとした音。コスメショップを前にきゃらきゃら笑う女性達。ゲームセンターを前に雄叫びを上げる男性達。
    なだれ込んでくる不要な情報に辟易している僕を知らずに、とある服屋に目を向けて彼が話す。
    「夜鷹さんって、現役時代の衣装も黒ばっかりでしたよね。黒以外も着れば良いのに。かっこいいから沢山似合う服があると思うんです。具体的に何が似合いそうかっていうのは、ちょっと思いつかないですけど。」

    例えば月を眺めていたとする。
    リンク場の外。夜が深まって冷たい風が吹く頃合いに、空の遠く高いところに満月が昇っている。雲は一つとなくて、兎に似た模様がはっきりと見て取れた。
    氷を出た息苦しさに僕は煙草を取り出して、くゆらせた煙越しに月を眺めていた。
    その隣で、やりきった顔で伸びをする彼が話す。
    「夜鷹さんって現役時代はよく月に例えられてましたよね。その流れで金メダルも満月とか星とか表現されて……んふ、夜の帝王って呼ばれてたの思い出しちゃったな。」

    彼のする思い出話に、かつての彼の姿はない。
    何をしてもどこへ行っても、彼の口から出てくるのは、彼の人生のうちの半分以降だけ。それも映像の中で見た僕の話ばかり。
    それだけ僕のことが好きなのはわかる。けれどそんなのは今更だ。彼が僕のことを好きなのなんて、言葉にされなくとも彼の滑りを見た瞬間からとうにわかりきっていた。
    僕が知りたいのはそこではなくて、かつての彼が息をしていた日常というもの。
    僕を見て、憧れて、追いかけて、覚えて、模倣して、そして挫折した、彼の。
    別に、氷の外の世界にそれほど興味がある訳ではない。
    彼にとっては氷の上で生きるために捨てることを選んだ世界だろうが、僕にとってはただただ息苦しいだけの、招かれざる世界だった。
    ただ、彼の言葉が、妙に残るから。
    恋の気づきに花を咲かせた振り付けが好きなこと。
    彼にとってかっこいいらしい僕に、黒以外の服も着てみてほしいと思っていること。
    僕につけられた二つ名が彼には面白いものだったこと。
    どうでもいいと思って聞き流していたはずの一つ一つが、彼の声で一言一句違わず思い起こせてしまうから。彼の思い出話を聞けば、多少は氷の外でも息がしやすくなるんじゃないかと思っただけだった。

    だから。

    「今日君を呼んだ理由なんてそれだけだよ。……なんで顔赤くしてるの?」
    「あなた自分が結構恥ずかしいこと言ってる自覚ないんですか!?」
    「君なんか事ある毎に僕のこと好き好き言ってるのに。」
    「そういうこと言わないでくださいよ、自分の言動が恥ずかしくなってくるじゃないですか……!」
    「恥ずかしがる必要ないよ。」
    必要あるとかじゃなくて、と言おうとした言葉は、自分でも判別できないようなもごもごとした音になった。突然呼びつけられて何かと思えば、俺の言葉を全部覚えてるとか、俺の話が聞きたいとか言うから。あつ、あっつい。顔が。恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。うへぇ、へへへ。きもい笑い声が出そう。
    「ねぇ、何言ってるかわからないんだけど。」
    「ぎゃっ!」
    ベリッと両手を剥がされた目の前に、間近に迫る恐ろしく美しい夜鷹純の顔があった。思わず後ろに仰け反って、掴まれた腕の長さ分だけ彼から距離を取る。腕が長くて良かった……!
    「あなた顔が良いんだから適切な距離を保ってくださいよ!」
    「好きなんだからいいでしょ。」
    「良くないですよ!あなた俺の告白断ったのわかってます!?」
    わかってます?なんて聞くまでもない。この人は絶対絶対絶対わかってない。だって現にそれのどこに問題が?って顔してる。問題しかないってわかってるのか。だからわかってないんだって。
    俺は先日夜鷹純に告白して、そしてあっさりと振られた。
    まず自分の中に芽生えた感情を恋とするのに一ヶ月、夜鷹純とそれからどう付き合っていくかに悩んで一ヶ月、発展させようと決意するも告白の文言に悩んで一ヶ月、いざ告白しようとして勇気が出なくて一ヶ月、そうしてるうちに大会準備で忙しくなって一ヶ月。
    長々と時間をかけてようやく踏み切った俺の告白を、彼は「無理」の一言で断った。幸い、幸い?好きでいてもいいですかにはイエスを貰ったので、これくらいなら迷惑にはならないだろう、と思う範囲で好きなままでいさせてもらってるけど。
    「断ったって言うけど、君、自分がなんて言って告白したか覚えてる?」
    「好きです。家事でもお世話でも何でもやります。それ以上は求めません。付き合ってください。」
    「無理だよね。」
    「改めて振る為に今の言わせたんですか?」
    「違う。どうして君がそんなに愚かなのか探ってる。」
    「えぇ、ひっどい言われよう……。」
    愚かって言われた、愚かって。いや、似たようなことは今までにも散々言われてきたな。今更ショックを受けるような言葉ではないかも。
    夜鷹さんは思案顔で煙草に火をつけた。そしてゆっくり、ゆうくり息を吸う。煙草って呼吸の秒数が丸わかりだ。吸ってる間は煙草の先が赤く光るから。
    光が収まると、夜鷹さんはしばらく肺に留めた煙を、溜め息に乗せて吐き出した。
    「君の言うそれじゃ、体のいい小間使いになるだけだよ。そして僕は小間使いは求めてない。」
    「好きですキスしてくださいって言ったらしてくれたんですか?」
    「しないよ。でもしたいなら好きにすればいい。」
    「……は?」
    一瞬、この人が俺に理解のできない言葉を喋ったのかと思った。したいなら好きにすればいいって言ったかこの人?俺から夜鷹さんにキスする分には構わないってこと?いやそんなまさか。
    「キ、キスってマウストゥーマウスのやつですよ?おでことか手にするやつじゃなくて。」
    「うん。」
    うんて。
    「嫌悪感とかないんですか?男にキスされるんですよ。」
    「するのは君でしょ。」
    「俺男ですよ。」
    「何当たり前のこと言ってるの?」
    あなたが意味のわからないことを言うからでしょう!?
    好きでいていいどころかキスしてもいいなんて、そんなの、そんなの?
    「あの、確認しますけど、俺のことが恋愛的な意味で好きな訳ではないんですよね?」
    「うん。君とセックスしたいとは思わないな。」
    「セッ!?げほっ、げほっ!俺だってまだそこまでは思ってないですよ!!」
    「そうなの?」
    「そうですよ!いや、まだと言うだけで今後も絶対にないのかと言われるとそれは保証できかねますけど、って何言ってるんだ俺、と、とにかく俺もそこまでしたいとは思ってないので!」
    「僕のことが好きなのに?」
    「好きの形はそれぞれですから!」
    そりゃ愛情表現の一つとしては、恋人になるなら、キスとかせめて一回くらいはしたいかもな~って気持ちはあるけども。でもセックスまでは求めてない。求めてないというか想像できないというか解釈違いというか、とにかくセックスしたいと思ったことは一度もない。
    この人も大概考え方が極端なんだよな。今どきプラトニックな付き合いをしているカップルも普通に居るだろうに。
    「じゃあ君は僕と恋人になって何がしたかったの?」
    「え"っ、い、言わなきゃ、駄目ですか。」
    「その程度のことも言えないで僕に告白してきたの。」
    「あなたが振ったから言いづらいんでしょ!?」
    傍若無人が過ぎるよこの人!呆れたような顔をしないでほしい。呆れたいのはこっちだよこんにゃろう。どんな羞恥プレイだ。公開処刑かな。
    「俺はただ、あなたの隣に立って、あなたに触れることを許してもらえたらって。でも、あなたを好きなままでいいって言ってくれたから、それだけで十分です。」
    「そう。……やっぱり無理だな。」
    「え、なにが、や、やっぱり好きでいるのは迷惑ですか?」
    「違う。君がそんなに愚かだと僕が面倒だから直して。」
    「はぁ、すみません?」
    なんで俺怒られてるんだろう。また愚かって言われた。ついでに面倒とも。
    「僕は……。」
    夜鷹さんは何かを言おうとして、口を閉じて黙った。五秒、十秒、十五秒。
    「え、なに、なんですか?」
    「言いたくない。」
    「俺には散々言わせといて!?」
    「言ったら意味ないから言いたくない。」
    なんだそれ。なんなんだこの人。すね、拗ねてる?口先がちょっと尖ってる気がする。この人でも拗ねるとかあるのか。ちょっと子供っぽいというか、意外と可愛いリアクションするんだなぁ、この人も。
    「君が愚かじゃなければ言わなくて済むのに……。」
    また愚かって言った!
    「僕は君に全てを差し出してほしいと思ってる。」
    「すっ。」
    「違うな。全てを差し出したいと思ってほしいと思ってる。」
    能動と受動の話。
    「だから君の好きも許すし、君の話も覚えていて、君の過去を聞きたいと思う。キスもセックスも僕からする気はないけど、君から差し出されるなら気分がいい。これが僕なりの好きってやつなのかもね。」
    お、
    「俺の知ってる夜鷹純は好きとか言わない……!」
    「馬鹿なの。君の知ってる僕は君に出会う前の僕なんだから言うわけないでしょ。」
    「…………そう、ですね?」
    そうかな。納得できるような納得できないような。
    「それはそれとして、君の昔話を聞けば生きやすいかもしれないと思ってるのも本当だよ。だから、君の話を僕に聞かせて。僕のために。」
    夜鷹さんのために。そういう言い方をされると喜んで差し出したくなってしまう。けど、求められて自分の話をするのって、正直めちゃくちゃ恥ずかしい。
    「あの、これから思い出を一緒に作っていきましょうとかじゃ、駄目ですか。」
    「……。」
    あ、拗ねた顔した。これはあれだ、否定したいけど否定したら受動になるからできなくてモヤモヤしてる顔だ。さっきと同じ。
    「駄目ですよね。」
    「……。」
    睨まれた。今度は多分、わかりきってることを聞くなって顔。
    「あの、夜鷹さん。」
    「なに。」
    「昔の話といっても急には思いつかないので、今日のところは帰ってもいいですか?次に会う時までには考えておきますので。」
    「……いいよ。」
    あ、許してもらえた。ちょっと不服そうだけど。
    「ええと、じゃあ、そういうことで。」
    「次に会う時は、僕に触れることを許してあげる。」
    「はぇ、」
    夜鷹さんに触れるっていうのは、俺が恋人になれるならそうしたいと思ってたことで、それが許されるっていうのは、つまり、そういうこと?
    「む、」
    「?」
    「無理です……。」
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