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    plntanightlunch

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    POIPOI 21

    plntanightlunch

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    歌舞伎町で働くバーテンダーのリョというご都合AU。チンピラの沢を拾い、三井サンとバスケットし、深さんにコーヒーせがまれ、ヤスとパピコ食べてます。
    リョとモブの性行為を匂わせる描写あり。流血あり。かけざんはリョと三ですが、左右はなし。

    前編>>https://poipiku.com/8143004/9304802.html

    5.展開「嘘でしょ」
     リョータの口から思わず滑り出た声に、三井がなんだと振り向いた。見慣れた顔が、実は人好きのするいい男の部類だということを他人事にしていた自分を呪いたい。この人もよくない。自分が人にどう見られているかということに対して無頓着すぎるのだ。
    「なにが?」
    「いや、だってさ……」
     だが、その続きは口にはできない。リョータの頭の中でヤスの声がする。――ほら、言ったじゃん。リョータはさ、人から向けられる好……いや、ヤス、それ以上は言うな。頭の中、邪気のない笑みを見せるヤスの口を塞いだ。
     これってデートなんですか、なんて口が裂けても言えない、言いたくない。

    『それ、デートってこと?』
     ヤスから思ってもみない言葉が返ってきて、リョータは思わず頬張ったおにぎりを吐き出しそうになった。一週間前のことだ。
    『なんで、そうなる?』
     なんでそうなるもなにも、二人はすごく仲がいいからね。当たり前みたいにそう言ったヤスにリョータは首を振ったのだ。リョータと三井が「仲良し」だというのは解せない。仲良しなら俺とお前じゃん。だが、ヤスはじゃがいもの皮をむきながら、そんなリョータにいつもみたいに人のいい笑みを見せた。
    『仲良し、の意味が違うよ。わかるでしょ。三井サン、誕生日を祝うためにわざわざリョータを誘ったんだよ。その意味を考えてあげなよ。リョータも三井サンといるとき楽しそうだし。いっつも思うけど、リョータは人から向けられる好意に鈍感なとこあるよね、それとも鈍感になりたいのかなあ?』
     ヤスは大切な友達だが、だからこそ言われたくない言葉がある。ヤスの言葉は的を射ている。誰も俺のことを好きにならないで。俺も誰のことも好きにならないから。たくさんの思いを、リョータは箱に詰め、自分自身で蓋をして、海の底に沈めてしまった。そのくせ、リョータはたまに海を眺め、その箱がいつか戻ってくるのを待っている自分に気が付くことがある。面倒なことこの上ない。
    『うっせーよ。そんなんじゃねー』
     そうしてヤスはやっぱりヤスだった。リョータが引いた線を絶対に飛び越えてくるようなことはない。誰のことも好きにならないリョータがヤスだけは例外なのはたぶん彼の距離の取り方が絶妙なせいだ。
    『まあ、楽しんでおいでよ。一か月の間に二回もうまい肉が食べられるなんてこと、あんまりないでしょ? だけどさ、デートなら服選ばないと』
     んなことあるかい、ただの焼肉だっつーの。リョータは言ったし、その言葉のとおり、服もいつもどおりだった。タンクトップにアロハにハーフパンツ。焼肉なら絶対に服に匂いがつくから、すぐに洗えないような服は着ないほうがいい。セオリーどおり。それでもヤスのアドバイスが頭に残っていたせいでアロハはヴィンテージにした。
     待ち合わせ場所で待っていた三井はシャツにチノっていう私服で、店にやってくるときの頭にタオルを巻いた三井しか知らないリョータにとっては新鮮だった。それがヤスの言う「デート用の勝負服」なのかどうかはわからずじまいだったが。ついでに服装は違っていても、中身はいつもの三井だ。今日黄色いタオル巻いてたんだけどさ、帰ってきたら、なんとてんとう虫が二匹も止まっててよ、虫にも好かれる男って呼び名が加わったわ。相変わらずバカなことを言っていた。だから油断していたのかもしれない。
     おかしいぞ、と思ったのは店の看板を見たときだ。「焼肉」ではなく「鉄板焼き」。あれ焼肉じゃないんすか、とリョータは口に出し、え? どっちも肉を焼くだろ同じだろ、と返された。ああそうか。三井はうまい肉と言って誘ったのだ。三井の後ろについて、細い階段を上った先、ドアが妙に重そうなのが気になった。ドアを開けると、肉のいい匂いがしたし、そこは確かに「肉を焼く店」に間違いはなさそうだった。だが、それより、床の大理石を模した高級そうなタイルと、蝶ネクタイを締めた店員を見て、リョータは認めないわけにはいかなかった。俺は、絶対に間違ったぞ。ヤスの予言が当たったのか? まさかだろ?

    「騙された」
    「なにがだよ?」
    カウンター席に案内されて、さらに場違い感は強まる。三井サン、あのときなんといって俺を誘ったんだったか。リョータは必死に思い出す。
    ――取引先の従業員が独立して新しく西新宿に店出したんだよ。そこもうちから酒仕入れてくれてるし、一回食べに行こうと思ってたんだ。ちょうどいい、誕生日祝いに行くぞ。店はいい感じだし、うまい肉を出すのは間違いない。
    だいたいこんな話だったはずだ。それをリョータは「西新宿の焼き肉屋」と考えた。実際は「西新宿の高級鉄板焼きレストラン」だった。
    「だー。場違い感が半端ねーよ」
    「なにがだよ」
    「普通こんなところに連れてこないだろ、俺みたいなやつを」
    「別に誰と一緒に来たって構わないだろうが。だいたいお前みたいなやつってどんなやつ?」
    「それはさ……」
     そこでリョータは言葉に詰まった。ちらりと頭に浮かんだものは、あまりに自意識過剰に思えたからだ。こっちからわざわざ口にするのはどう考えても恥ずかしい。ヤス、お前のせいだ。しょうがなく、ここにはいないヤスを逆恨みした。お前がデートなんて言うからだ。リョータは頭の中のヤスの脛に蹴りを入れた。
     そのうちにビールが運ばれてくる。ビールは注ぎたての一口目が命だ。早速グラスを持ち上げて、乾杯を促す三井に、リョータもとりあえずすべてを棚に上げてグラスを合わせ、喉を潤すことにした。うまい。ピルスナーグラスもしっかりと冷やされていた。隣で三井も、ぷはあ、と息を吐く。
    「真夏のビールは最高だよな」
    「っすね」
     どうやらシェフとは仕事上の付き合い以上に仲がいいらしい。カウンターにやってきたシェフと三井の話を聞きながら、そっと周囲の客を窺った。接待だろうスーツ姿の人たちが多い。ばちばちにメイクを決めたプロっぽい美人を連れたおじさん。観光客っぽい人も見える。言えるのは少なくともアロハで来る店じゃなかったな、ということだった。
    「あー、そうそう、こいつもバスケしてたんだよ」
     三井がシェフに突然そんなことを言い出し、話に巻き込まれた。聞けば、仲間を集めてバスケをやろうって話だった。
    「チームができたらお前も参加な」
     三井が相変わらず有無を言わせぬ口調で言った。
    「いや、まず誘ったらどうっすかね? 一緒にやろうぜとか、そっから……」
    「いや、やらないって選択肢はないだろ?」
     それを聞いたシェフが笑っている。三井サンらしいや。やれやれだと苦笑いしながら、リョータはこういう強引さを心地よく思っている自分にも気が付いている。
     そういえば遊びならなんでも強引にリョータを頭数に入れたソーちゃんは、最後の日だけはリョータが入るのをかたくなに拒否していたっけ。

     出てくるものはすべてうまかった。目の前で繰り広げられるシェフの華麗なヘラさばきは初めて見たが最高で、思わず二人で声をあげた。肉はもちろん、野菜も色や形は普段見ているものと変わらないのに、味は驚くほど違っていた。この店に来て頼まない人はいないっていうふれこみのガーリックライスもうなるうまさだった。三井が肉に合うと選んだワインも、ワインの味も銘柄もひとつもわからないリョータには評価なんかできそうにはなかったが、おいしいのはわかった。三井が「蘊蓄はいらねえ、うまいものはうまいって食べりゃいいんだよ」を地で行く人で助かった。
    「この一か月で今まで食ったことのない高級肉を二回ですよ……どうしよう、明日とんでもないことが起こったら」
    存分に腹を満たした後、リョータは膨らんだ腹を抱えながらそんなことを言い、三井に呆れられた。
    「とんでもないことってなんだよ?」
    「わかんない。ビルがガス爆発するとか? 火事とか? ゴジラ襲撃?」
     ちょうど二週間ほど前、近くのビルで火事騒ぎがあった。幸いボヤ程度で済んだが、消防署が消防指導に近隣の店を回っていて、「7」にもやってきたのだ。なんとなくそれを思い出していたら、隣の男は更に呆れた声を出す。
    「なんでここが幸福の絶頂になるんだよ。たかが肉だろうが」
    「うーん……そだね」
    へらり、と笑って見せながら、どう転んでも三井には理解されることはないだろうと思った。幸福というのはシャボン玉みたいなものだ。虹色をして、美しく、ふわふわと漂うが、ひどく脆い。リョータはもうそれを知っている。
    「三井サン、ごちそーさまでした。いちおう確認しますが、後日体で払えとか言われないっすよね?」
    「つまりそれって、「とんでもないこと」だよなあ?」
     三井が大げさに天を仰いだ。
    「まあ、そうっすね。だけど、高い肉だし、のこのこついていくお前が悪いんだってアンタが悪徳代官様みたいに言ったら、俺はもう泣きながらパンツ脱ぐしかないっていうか……」
    「いやあ、どんなに俺が盛ってたとしても、今のその一言で萎えるわ」
    「それを狙ってました」
    「はっ。どこまでも口が減らねーな。誕生日祝いだって言ったろ?」
     支払いを頼んでいた三井のカードが戻ってくる。それを財布に仕舞うのを待って、二人は立ち上がる。一歩踏み出したリョータの腰を驚くほど自然な動作で三井が支える。その手はさりげなくやってきて、またさりげなく去っていく。じっとりとした熱を感じさせることはなく、だが、決して無視はできない温かさを残して。なんだよ、今のは。と言う間もなく去った手は再び戻っては来ず、じゃあ、それで放っておけばいいのに、なんとなく無視できない。
    「――あっちいなあ」
     外に出た三井が呟く。熱帯夜特有のぬるりとした風が頬を撫でた。
    「海で泳ぎたいっすね」
     ビルの間を歩いているのは海に浮いているのとは全然違うのに、なぜか沖縄を思い出した。ああ、海から上がった後に肌に当たる風に似ているのかもしれない。
    「沖縄で夜ね、海でにーちゃんと花火をするんですよ。そしたらなんかいっつも海に入りたくなるの。夜の海って怖いけど、どうにも抗えない魅力があるっていうか」
    「わっかんねーなあ、怖えじゃん、夜の海はよ」
     今日気が付いたこの人のいいところは、絶対に人の話に迎合しないところだ。わからないところはわからない、違うと思うものは違う、と言う。
    「ですよね。遠くで夜釣りの船の灯が見えたりするんだけど、夜の海にいるとね、なんだあそこまで泳いですぐじゃん、って思っちゃう」
    「こえーな。人ならざる者の力とかそういう?」
    「だとしたら、それに選ばれた人が――」
     海に召されるのだろうか? 幾度となく考えた問いが、リョータの頭に浮かぶ。リョータではなくソーちゃんじゃなくちゃいけなかったのか? なぜリョータではいけなかったのか? ソーちゃんが行くことを誰も望んじゃいなかったのに。ソーちゃんが代わりに生きていれば、素晴らしい未来が開けていたかもしれないのに。
     落ちた沈黙を気まずいと思う間もなく、駅まではすぐだった。そのまま電車に乗るという三井を見送る。改めて礼を言ったリョータに、三井は答えた。
    「夜の海に行くことがあったら、俺も連れてって」

     たぶん、彼にそんな意図はなかったはずだ。だが、その晩の夢、いつもソーちゃんを追いかける海に、リョータはなぜか三井と一緒に座っていた。
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    plntanightlunch

    DONE残響スピンオフ。もういくつめかわからない。三井酒店で働くモブの久保さんが、「7」に行く話です。
    おいしいお酒が飲みたいだけなのに 店に入る少し前に約束をしていた友人から遅れると連絡をもらった久保は急がずにきてと返信し、そのまま店に入るか本屋に行って時間を潰すか数秒迷った後で、やはりそのまま歩を進めるほうを選んだ。かばんには読みかけの本が入っていたし、今日行く予定の店は一人で飲むことに躊躇するような店の雰囲気でもない。なにより喉が渇いていた。

     歌舞伎町はそれほど行きたい街というわけではない。ごちゃごちゃしているし、道には人も多ければゴミも多い。そのくせ隠れた名店みたいなのが多いのが、ついつい好きでもない街に足を向けたくなってしまう理由でもあるのだが。「7」だってそのひとつかもしれない。ホテルほど敷居も値段も高くなく、だからといってカジュアルに振りすぎていることもない。外の喧騒とは逆に静かに飲むことだけを目的としている客が集まっているし、酒はうまい。カウンターに座るとわかるが、バーテンダーの後ろの棚に並ぶ酒は結構なコレクションで、これはまあ、うちの社長の営業の成果だろう。口はうまいからあの人は……考えるともなしに考えて、そこまで思考が到ったところで、久保は息を吐き出した。仕事が終わってまで会社のことを考えるなんてよくない。オフィスを一歩出たら仕事のことは忘れる。これが日々を穏やかに過ごす大原則だというのに。
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