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    plntanightlunch

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    POIPOI 21

    plntanightlunch

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    歌舞伎町で働くバーテンダーのリョというご都合AU。チンピラの沢を拾い、三井サンとバスケットし、深さんにコーヒーせがまれ、ヤスとパピコ食べてます。
    リョとモブの性行為を匂わせる描写あり。流血あり。かけざんはリョと三ですが、左右はなし。

    前編>>https://poipiku.com/8143004/9288036.html

    4.伏線 お前、それじゃ、風邪ひくぜ。リョータの近くで誰かが言った。風に乗って漂ってくるような声だった。うっせ、わかってるけど面倒なんだよ。あー、腹冷てえ。そう返すリョータはまだ夢の中だ。いつの間にかずり上がっていたTシャツの裾を無意識に引っ張りながら、タオルケットどこ行ったんだよ、と考えたところで、意識がだんだんと浮上する。覚醒の一歩手前、全く手のかかる、という声が聞こえた気がした。それを確かめたいのに、今度はモバイルの震えが、リョータを否応なしに「こちら側」へ引きずり、振り向くことを許さない。
     動かした右手にやっとタオルケットがあたる。手繰り寄せて腹にかけた。夜中にかけたエアコンが強すぎたのかもしれない。起きても腹は冷えていた。
     カーテンの隙間から光が差し込んでいる。差し込む細い光だけで、太陽はすでに高く、そして今日も強く照っているのがわかる。時間を確かめる。午前十時。メッセージ通知が一件。開くと妹のアンナからだった。
    〈おかあさんとあたしからお誕生日おめでとう〉
     ろうそくが揺れるバースデーケーキの画像がくっついていて、頬が緩んだ。そうか、今日は誕生日か。そして、死んだソーちゃんの誕生日でもある。
    〈リョーちゃん、いつ帰ってくる?〉
    〈おかーさんも口には出さないけど、会いたがってるよ。たまには帰っておいでよ〉
    〈あとでケーキ買いに行くんだ。リョーちゃんがいないから、あたしとおかーさんで全部食べちゃうね〉
     短くいくつも並んだメッセージはいかにも思いつくままに文字を打ち込んだといった感じだ。いつも飛び跳ねてじっとしていなかった小さなころの妹は、心の中がそのまま言葉になるみたいにおしゃべりが止まらない。文字がそのままそんな妹の姿に重なり、リョータはふと笑いを漏らした。そうか、今日は誕生日か、だからソーちゃんが、来たんか。珍しくしゃべったし。
    〈ありがとう〉
     一言メッセージを返す。それから少し悩んでから、もう一言。
    〈そっちは元気にしてる?〉
     元気だよ。笑っているアンナと、突然カメラを向けられて驚いたような顔をしている母親の写真が送られてくる。自分の年を数え、それから年を取らなくなってしまった兄のことを考えた。兄の年をとうに追い越して、もう何年になるだろう。だけど、いつだって兄の先には行けないし、兄には追い付けない。そしてリョータは道を失ったままでいる。


    「お世話になってます。三井酒店です~」
     ここには不釣り合いなくらいのでかい声とともにがちゃがちゃと台車の重い音がして、リョータは掃除機のスイッチを切った。
    「どうも、お疲れさまっす」
    振り向くとタオルを頭に巻いた三井がよう、と片手をあげた。一週間ぶり。暑そうだ。そのまま声を掛け合うこともなく、彼は勝手知ったるといった様子でカウンターに入り込み、リョータはリョータで掃除機のスイッチを入れ直す。それほど広くないフロアの掃除を終えたころ、三井もバックヤードにビールの樽と酒の補充を終えて戻ってきた。
    「コーラでいいっすか?」
    おう、頼むわ。カウンターに歩いてきた三井はタオルの端でこめかみに流れた汗をぬぐった。外の湿気と暑さをそのまま持ち込んだみたいな様子だ。新宿のこのあたりは大通りを外れると道もかなり狭く、店先に軽トラを停めておくスペースがないところも多い。夏ともなれば、重い酒類を車から降ろし、店まで運ぶ、という作業が大変なのは容易に想像できる。
     三井はリョータの出したコーラを、まるでビールか何かの広告みたいに、立ったまま腰に手を当てて一気飲みした。喉仏が何度か上下するのを見守ると、ぷはあ、とこれもまたビールを飲んだ後みたいに息を吐き、悪い、もう一杯くれ、とコップを戻してくる。
    「しかし、この炎天下、若社長自ら配達しなくちゃいけないなんて、そんな人手不足なんです?」
    「7」への週に一度の配達はこのところ決まって三井自らが行っている。
    「おうよ、まあ、俺もちったあ運動しないとな。体って動かさないとすぐ鈍っちまうだろ?」
     鈍るっていう筋肉じゃないだろーよ。Tシャツの袖を肩までまくり上げているせいで、たくましい上腕筋が目の前にある。
    「そんなもんっすかねえ」
    「それより、宮城、なんかすっごいこと、あったか?」
    これが近頃のこの人のお約束。俺に語りたくなるような出来事は起こらないのか、と顔を合わせるたびに聞いてくる。悪いがなにも起こらない。俺に事件を求めないでほしい、と言ってみたが、別に事件じゃなくてもいいんだぜ? と言われた。結局話せるようなことはないです、とかたくななリョータの代わりに、三井がどうでもいいことを話して帰ることになるから、本末転倒だ。先週は中学時代、部活の試合は毎度緊張しすぎて、駅のトイレにこもったせいでみんなが予定の電車に乗れなかったことがあった、という本気でどうでもいい話だった。
    「いや、別にないっすね」
     今日もリョータはそう返した。三井は見るからに残念そうだったが、気を取り直したみたいに、俺はすごいのがあるぜ、と言う。
    「これ見て」
    そして、目の前に雑誌の開いたページを突き出してきた。
    「男前じゃねえ?」
    開かれたページに載っていたのは三井だった。「老舗酒屋三代目の挑戦」というタイトルの下、スーツに身を包んだ男は見慣れない姿ではあったが確かに目の前の男に違いない。
    「おお……」
    「よく撮れてるよな?」
    頷くと、自慢げな笑顔が深まった。
    「うん、これ見るとちゃんと社長って感じするわ」
     ちゃんとってなんだよ、と言いつつも、三井はまんざらでもなさそうだ。業界紙かなんかか? 記事にちらりと目を走らせると、それっぽいことが書いてある。昔からのお客を大事にしながら、いろいろな挑戦をしていきたい。具体的には日本酒の良さを海外に知らせるとか、まだ日本にあまり流通していない酒をさらりと飲める店を作りたいとかいろいろあります。祖父の代には店の横に一杯飲めるスペースがあったらしくて、それを再開してもおもしろいかなとか。野心のある若社長、ビジュアルと相まって受けそうだと思った。
    「どーするよ、宮城、若社長の配達、結構競争率高いかもよ」
    「でしょうね、シャチョーかっこいいし」
    ちらりと三井を見やった。持てるものは全部持ってますって感じだもんなあ。周りから狙われないほうがおかしいだろ。わかってるね、宮城。そうのんびり答えながら、やっとカウンターの席に座る気になった三井の額にはまた汗が浮いている。
    「あ、納品書ここ置いとくよ。この暑さだとやっぱりビールよく出てるな?」
     あい。二杯目のコーラをカウンターに置く。納品書を取ろうとすると、その上にちんすこうが載っていた。
    「なんすか?」
    「え、宮城にお土産」
    「なんで?」
    「あー、経理の人が沖縄行ってきたんだって。沖縄って聞いて宮城思い出してさ」
     どーもありがとうございます。それでも手を出さないリョータに三井は小さな包みを掴み、ほれ、と差し出してくる。掌に乗せられたそれは、いかにも空港とか土産物屋に積んであるような沖縄土産だ。
     あーあ、本当に人たらしだわ。この人のこういうところ。だって意識しないでやってんでしょ? アンタ今日何の日か知らないはずだし。リョータは雪塩ちんすこう、と書かれた文字を眺めながら思う。沖縄って聞いて宮城思い出してさ? 嘘だろ、沖縄出身だって言ったことも忘れてた。それで偶然思い出して、今日持ってくるんだ……。こういう引きの強さもまた魅力のひとつなんだろうなあ。開かれたままの雑誌には「三井酒店 三井寿さん」と書かれている。名前まで祝福されてるんじゃん。思う存分愛情注がれて、苦労とかを知らずに育ったんだろう。知らんけど。幸せな人の鷹揚さって、ある意味傲慢にも思えるものだが、無自覚だから許せるのか、それともそれを含めての魅力ってことか。
    「なんか、三井サンって、女も男もめちゃくちゃ泣かせてそう」
     いろんな思考が頭をぐるぐるし、結局声に出たのは、その一言。
    「なんだそれ? どの流れでそんな話になるんだよ? そんなことねーよ、おしゃれなバーテンダーには負けますよって言わせたいのか?」
     あきれたような声をあげた三井にリョータは珍しく自分のことを言う気になった。
    「いや、俺、今日、誕生日なんっすよ」
     はあ? 三井はやっぱり大きすぎるリアクションを見せた。
    「誕生日? 仕事してる場合かよ? いや、まずはおめでとうだな。おめでとう、宮城」
    「ありがとうございます。誕生日プレゼントもらえると思ってなかったんでうれしいっす」
     いや、こんなんじゃプレゼントになんねーだろ。三井は不満げだったが、続いた一言にさすがにリョータは笑ってしまった。
    「知ってたら、ケーキ持ってきたのに」
     なんで? 取引先のスタッフ一人一人の誕生日にケーキ買ってたら、ほとんど毎日誰かの誕生日じゃん。首にタオルをかけ、酒屋の前掛けをつけたガタイのいい男がデパ地下でケーキを選ぶ姿って想像しただけで場違い感が半端ないんだけど……そこまで考えたところで、リョータは思い出した。昨日、まさに今三井が座っているところに座り、紙袋を出してきた男のことを。
    「そうだ、三井サン。時間あるなら肉ちょっと食べていかない?」

     しばらく後、カウンターの上にはステーキの載った皿が置かれた。こんな店だっけ? と驚く三井に、飛騨牛です、とヤスが答える。俺たち昨日食べたんだけど、わさび醤油か粗塩ちょっとつけて食べるのがおすすめです。ヤスに勧められるがまま箸をとった三井に、リョータは昨日の出来事をかいつまんで話した。簡単にいえば、つるの恩返しみたいなもんですかね、と。
    「全く意味わかんないでしょ? ほんと、変わったやつもいたもんだよね。俺はドラッグかなんかやってハイになってるか、女のとこを蹴り出されて行き場なくしておかしくなっちゃったかのどっちかだと思ったんだけど、どっちでもなくてさ。ただ単に、本気で、雨の中散歩したらどんな感じかなって思ったって言うんだよね」
     それを聞いた三井はなんだかちょっと不満げに口を尖らせた。
    「なんだ、お前話すことあったじゃん」
    「言われてみればそうだね。変な人、見慣れてるけどさ、エージはマジでぶっ飛んでた。それで、この肉じゃん。お礼の品でググったって言うんだけどさ。高級和牛とかなんなの? 意味わかんねえよね。ま、こんなうまい肉、そうそう食べられないから、結果オーライなんだけどさ」
    三井は確かにうめーな、と相槌を打ちながらしばらくリョータの話を聞いていたが、話が終わると、箸の先をこちらに向けて、お前大丈夫か、と言う。
    「全然結果オーライじゃないと思うぜ?」
    「なんで?」
     なんで? よく言うな? 三井は後ろにいたヤスを振り返る。安田君はわかるよな? 問うような視線にヤスが困ったように目尻を下げる。
    「だってお前、そりゃあ、たぶん好かれたぜ?」
     わかんないのか? 普通わかるだろ? 雨に濡れたとか口実かもしれないぜ? そうでもなきゃ、お前が働いているところまでわざわざ訪ねてくるとか意味わからんだろうが?
     だが、そんな三井のお節介にリョータは聞く耳を持たない。
    「新宿のバーテンダーって、酒つくるのうまいだけじゃダメなんっすよ、三井サン」
     知らないわけじゃないでしょ? リョータはにやりと笑う。三井の眉間の皺は更に深くなった。
    「そうじゃなくてよ。気をつけろよって言ってんだよ」
     いや、大人の男に気をつけろもなにもあったもんじゃないだろうが。だいたい相手はエージだ。どっちかっていうとかわいい弟とか犬とかくらいのポジション。だが、三井の言葉がなんというか、あまりに弟の愚行に苦言を呈する兄みたいな様相だったので、リョータは思わずうなずいてしまう。
    「あい」
     だってなんか、お前面倒を呼び込みそうな男に惚れられる顔してんだもんよ。そうして三井はといえば、自分がその「面倒」の元凶になるとは露ほども思っていない。だから彼は提案する。
    「おい、宮城、いいこと思いついた。お前の誕生日祝いだけどな……」
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    plntanightlunch

    DONE残響スピンオフ。もういくつめかわからない。三井酒店で働くモブの久保さんが、「7」に行く話です。
    おいしいお酒が飲みたいだけなのに 店に入る少し前に約束をしていた友人から遅れると連絡をもらった久保は急がずにきてと返信し、そのまま店に入るか本屋に行って時間を潰すか数秒迷った後で、やはりそのまま歩を進めるほうを選んだ。かばんには読みかけの本が入っていたし、今日行く予定の店は一人で飲むことに躊躇するような店の雰囲気でもない。なにより喉が渇いていた。

     歌舞伎町はそれほど行きたい街というわけではない。ごちゃごちゃしているし、道には人も多ければゴミも多い。そのくせ隠れた名店みたいなのが多いのが、ついつい好きでもない街に足を向けたくなってしまう理由でもあるのだが。「7」だってそのひとつかもしれない。ホテルほど敷居も値段も高くなく、だからといってカジュアルに振りすぎていることもない。外の喧騒とは逆に静かに飲むことだけを目的としている客が集まっているし、酒はうまい。カウンターに座るとわかるが、バーテンダーの後ろの棚に並ぶ酒は結構なコレクションで、これはまあ、うちの社長の営業の成果だろう。口はうまいからあの人は……考えるともなしに考えて、そこまで思考が到ったところで、久保は息を吐き出した。仕事が終わってまで会社のことを考えるなんてよくない。オフィスを一歩出たら仕事のことは忘れる。これが日々を穏やかに過ごす大原則だというのに。
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