ホワイトバレンタイン 外は白く染まり、吹く風は頬を刺すような寒さの二月。沢北とリョータは、ストーブを焚いた部屋で、のんべんくらりと過ごしていた。
「リョータ」
沢北の両の足を、ジェットコースターの安全バーのように抱え込み、スマホゲームに勤しむリョータに声をかける。
「うん?」
家で時間を過ごす際は、ここが2人の定位置だ。モール糸が気持ちいいアイボリーのソファーに沢北が座ると、何処からともなくクッションを引き摺りながらリョータが現れる。初めこそ、そんな甘えたな態度にドギマギしていたものだが、こんなことで心拍数を上げていては心臓が何個あっても足りない。心臓も所詮筋肉。鍛えれば応えてくれるのである。
「今日なんの日か知ってる?」
こてんと頭をソファーに凭れさせ、こちらを見上げるくせ毛に手を差し込む。
雪が降って、寒くて、二人ともオフで、そして、今日は世間も浮かれるバレンタインデーだ。イベント事や記念日に敏感な恋人は、きっと把握しているはずなのだ。もちろんチョコレートが貰えるとは思ってない。自分が用意しようかとも思ったが、一方的に本気で選ぶのもなんだかなぁと思い結局、まあいいかと今日この日を迎えた。
「ハッピーバレンタイン」
「それそれ」
もしかして用意していてくれたり…とこちらを見つめる瞳と視線を合わせると、なんだよと言わんばかりにきゅっと目を細められた。ごめんて、なんでもないよ。
柔髪に差し込んだ手をそのままわしゃわしゃと撫ぜると、気持ちよさそうに掌に擦り寄り、睫毛が伏せられる。男性の恋人に向けて言う言葉では無いかもしれないけれど、どうしても綺麗で、可愛くて、その姿を見ているだけで胸がきゅうと締め付けられる気持ちがするのだ。
「あー、エージ、飲みモン取って来て」
「使いぱしるじゃん…行くけどさぁ」
「冷蔵庫」
「はいはい」
やけに甘えた仕草、溶けた声でのおねだりにもちろん反抗する気も起きず、足元に絡むリョータを解きキッチンへ向かう。
沢北は同棲してからしばらくして、思ったよりもリョータが家事ができて、思ったよりも甘え上手で、思ったよりも甘やかすのが上手いことに驚かされた。落ち込んでる時は無言で寄り添って、苛立っている時は一人の時間を作ってくれて、申し訳なくなるくらいに助けられることが多かった。そんな彼を見て、俺はこの人じゃなきゃダメだけど、この人は俺じゃなくても大丈夫なんだろうなとかくだらないことを考えてしまったりもする。まあそんな状況にはさせないように、頭から爪先まで綿で包んでじっくりととろとろに溶かしている最中なのだけれど。
両開きの冷蔵庫を開くと、目の前に見慣れない箱が置いてあった。いつもの遠征のお土産かな、と箱に貼り付けてある紙をじっくりと見ると、お世辞にも丁寧とは言い難い文字で『愛してるぜ、ダーリン!』とーーー
「リョータ!!リョータ!!コレ!!」
「はは!慌てすぎ」
「いやこれ、え、ほんとに?!!!」
「なにィ?いらない?」
「だめ!うそ、絶対欲しい!!もう俺のだから!!」
「うまそーなやつ選んだから俺にも食わして」
「っもちろん!!!!」
優しく口付けを交わす窓の向こうでは、風に煽られた柔らかい雪が変わらずに世界を白く染めていた。