樺太先遣隊SS カプなし「キエエエエエエエエ!!」
「うっるせえな! んだよボンボン!」
「月島がたもられた! ロシアんおとことかたいごったち見おったらつきしまぁんたもられとぉ〜ッ」
杉元は鯉登の早口の薩摩弁から辛うじて「月島」だけは聞き取った。鯉登の視線の先に目を向けたが、月島軍曹はいつも通り平然としている。ロシア人と話しているようだったが、鯉登の猿叫と鳴り止まぬ月島コールを受けて、二人のもとに訝しげにやってきた。
「月島ぁ、無事か!?」
月島は鯉登に顔を無遠慮に掴まれ、グギリと顔を左に向けられた。ちょうどそこにいた杉元と視線が合う。
「何なんだよ。月島軍曹、なんかあったの?」
鯉登が自分の右頬あたりを触って確認しているので、月島はおおよそを察した。首を不自然に曲げられたまま、諭すような静かな声を出す。
「鯉登少尉殿……アレはロシア人の挨拶のひとつですよ。彼等は親しみを伝える際に、頬に接吻をすることがあります」
「ハァ!? 接吻って……私が投げてたやつか?」
「少尉殿が投げてたやつです」
「キエエ……私はてっきり月島が喰われてると思って……」
杉元はくだらないと思う気持ちを隠しもせずに、鯉登を嘲笑った。
「戦場でもいたなぁ、捕虜のロシア人に頬を齧られそうになったって言って投げ飛ばしちゃった奴」
鯉登はニヤニヤしている杉元を殴りたい気持ちと、もっと話を聞きたい気持ちで揺れ動いているようだった。潔癖ゆえに、自分の頬が吸われたことを案じていたのだ。
「や、奴等はよくやってくることなのか」
「いや、私もされたのは初めてでしたが……」
「俺もねえな〜〜〜なぁ月島軍曹、どうだったよ〝はじめて〟は……ハハ……」
「…………」
月島の目配せを鯉登は瞬時に理解した。二人がかりで杉元を抑えつけると、月島は軍人であれば皆が背筋を伸ばす、厳格な号令を発した。
「谷垣源次郎一等卒!!」
「なぁんでえ〜!! やめてぇ!!」
駆け足でやってきた谷垣は、鯉登に後ろから羽交い締めにされ、月島に上から組み伏せられて、必死にもがいている杉元を見て困惑した。
「これは何事ですか」
「谷垣、杉元の頬を吸え」
「ヤダ〜〜〜!!」
「俺も嫌です、鯉登少尉殿……」
「暴れるな、杉元。歯があたってしまうだろ。谷垣、やれ」
「月島軍曹殿……どうして……」
谷垣が「信じ難い」という視線で縋れど、月島の堅牢な表情はピクリともしなかった。淡々とした口調で言う。
「優しくだぞ、〝はじめて〟らしいから」
「軍曹ごめんって〜! もう調子のりません、許してくださいッ」
帝国陸軍の絶対的な上下関係が、そしてなにより場の流れが、谷垣に断ることを許さなかった。
「ッ、フゥー……」
「オイッ、言うなよ!? 絶対に言うなよ!!」
「勃起!!」
「クソがよぉ〜!!」
ズンズンと突進ともいえる勢いで谷垣が杉元に迫る。月島がすぐさま違和感を察知した。
「お、おい待て谷垣」
月島としては脇からソッと杉元の頬に寄ってくれれば良かったのだが……谷垣はバルンバルンと胸を揺らしながら、明らかに三人ごと覆いかぶさる勢いだった。止まる様子のない谷垣に、もう一度呼びかけようと口を開いた時にはもう月島は谷垣のその豊満な胸の中にいた。
「ウォォォォォォォォォォ!!」
「ワァァァァァァァァァァ!!」
「んむゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
「おっっっっっっっもいッ!!」
谷垣のはちきれんばかりの肉体の下で三人の男がそれぞれ暴れた。四人の屈強な肉体が縺れに縺れ、熱気をまといながら激しく弾む。絡み合った脚が男達の身体を密着させ、その熱はさらに高まる。男達の肉と肉がバチバチとぶつかり、荒ぶる呼吸で湿る空気の中を、雄々しい呻きが響いた。
ようやく四人が身を離した頃には、皆一様に汗だくで、髪も服も乱れていた。
「は……激しかった……」
杉元佐一、〝はじめて〟の感想であった。