新刊あとがき 便宜上、あとがきではありますが、前置きです。鶴月って正史なんですよ。娘を喪った鶴見と父親から虐待されていた月島が、良き指導者と良き生徒という擬似親子をなぞり、二人とも愛する者と結ばれなかった傷を抱えながら戦場で夫婦以上の親愛関係を結ぶ。そこに鶴見は手間隙かけた嘘で月島に鎖を幾重にも巻いている。恋愛と分類するのがかえって躊躇われる重たさですが、特筆すべきはその執着です。
そもそもで言えば、鶴見が死刑囚の月島を救うために行った偽装工作も大掛かりすぎやしませんか。駆逐艦を持つ将校の子でも第七師団長の妾の子でもない、優秀とはいえただの下士官相手に。月島の有能ぶりに目をつけるのが異様に早いように感じます。死刑囚を釈放させるのも相当な手間だったと思いますし、そのために死体(どこにあった誰のものだったんだろう)を用意して、月島の家の下に埋め、島民の前で掘り起こしている。それを八年越しに明かすために佐渡の人間を用意する。余談ですが、鶴見にここまでされて自己肯定感が下向きに行く月島もある意味才能かなと思います。
最終決戦の函館でも、鶴見が自分よりも重い月島を列車の屋根からあの体勢で引き上げようとしてたのは、すごい執念だと思っています。腕も折れてどう見てもよじ登ったりできそうもない、当然もう戦えないボロボロの月島を片手で一本釣りしようとしていました。あの状況はとても、そんなことしている場合ではなかったように思います。どうしてそんなことをしたか。隣にいさせたかった、という理由しか浮かびません。
鶴月の存在とその執着は確信しているのですが「月島は鶴見に全てを捧げていたし執着もしていた」って事実に関しては丁寧に絶望的に説明があるのに対して「鶴見が月島を見出して手間隙かけて側においたし愛されたくて愛を試した」という事実が『何故』なのかいまいち語られておらず、不透明なところに常に頭を悩ませています。
これだけ鶴月に思いを馳せながら、奉天での試し行動がどうして行われたのかについて、自分で腑に落ちる答えを見つけていません。今回は鶴見が戦場で正常な判断ができないほどに神経を弱らせていたという考察にしています。二人は奉天の時点でざっくり八年もの年月を共に過ごしています。それでも鶴見が月島の愛を試すのが、私にはあまりに不可解です。「私のためになって働いてくれるか」なんて改めて訊くには、もう長いこと一緒にいすぎたのでしょうか。熟年夫婦か? それならそれで「ここまで尽くさせといて何を今更……」「だよなあ」のやりとりで済んだことを。何故、そこまで執着しといて信頼はできなかったか。月島の働きに何か不足を感じていたとも考えがたい。手放しで全てを捧げてくれる部下なら宇佐美がいるのに(右腕には向かないだろうけど……)端から生きる理由が鶴見くらいしかない月島を試したのは、鶴見からの執着でしかないと言えます。鶴見が月島ゼッタイ束縛マンだったという風にしか思えないわけです。
鶴見の人心掌握術は基本的に「与える」ものです。慈愛や希望、理解や共感、生きる目的などを与えて自分に忠誠を誓わせています。当初は月島に対してもそうでしたが、あの試し行動では「奪う」ことをしています。なんなら「壊す」ことすらしています。しかも、月島に対してはそもそも嘘を吐いておらず、「月島の父親がいご草ちゃんを殺した」という試し行動の方が嘘、と状況を非常に複雑にしています。鶴見だって愛する者の死がいかにやり切れないか重々知ってるはずです。自分で「あの子が生きているという希望」と「髪の毛」を与えておいて、それを捨てさせるのは、ただひたすらに残酷です。月島の言葉を借りるならば「枯れ果てたところに愛を注ぐ」ですが、果たして鶴見の意図は何だったのでしょうか? 月島の理解している通りだったとすれば、より深くまで支配するために傷付けたということになりますが、それはちょっとエッチがすぎるかなと思います。
私の考える一つの仮説ですが、鶴見は自分と同様に月島が日露戦後も髪の毛を持ち続けると思ったのではないでしょうか。本当にあの場だけの嘘で、その後の撤回でなかったことにできると思った。嘘吐きの鶴見を月島が愛するのか瞬間的に試したいだけだった。嘘を吐きすぎた鶴見の感覚は麻痺していて、死神で在り続けるのに自分の気持ちを殺す必要もなかったから、愛(指の骨)を抱え続けることができた。月島もそうだと勝手に思っていた。けれども、月島は死神の右腕で在るために自分の心を放棄してしまった。
つまり、何が起きたのかというと、鶴見はいご草ちゃんの幸せありきで発生していた月島の鶴見に対する愛を利用して〝試し〟てしまったから、月島は鶴見を自発的に愛していたのに、状況がそもそも愛さざるをえないものになってまって真っ直ぐと愛せなくなってしまった。というのも、月島にとって、鶴見を忠義を尽くせない自分には〝先〟がないどころか全てを捧げた〝これまで〟すら虚無になる。仮にあの子は父親に殺されていた場合、月島を利用するために作り話をした鶴見すらを愛すことを求められ、それは即ち自分の大切なものを捨てることだった。本当に生きていたとしても鶴見を信じていた月島の気持ちが踏みにじられたのは変わらない。あの子に関する真偽はつかめない。わざわざ鶴見がそんなことをしたのは自分を丸っと利用したいからとしか自己肯定感ゴミ島は思えない。一方で鶴見は月島にまずは生きてほしかった。クソ親に人生を潰されてほしくなかった。優秀な戦友に背中を預けたかった。喪った子も、妻も、重ねてしまったのかもしれない。本音はもう一度、嘘吐きでも無条件に愛されたかった。けれども自分の本心を伝えるリスクに足がすくんだのか、信頼ができる右腕が欲しいという建前で、〝試し〟てしまった。愛されたかった自分と右腕を必要としていた自分、そのどちらも嘘ではないし、月島を駒だと思ったことはなく、ただ鶴見自身も疑いを消して無条件に月島を愛したかった。(疑うなや)
結果として試し行為の前後で月島の信念や方向性は変わっていません。奉天で月島は鶴見に激怒できるぐらいには打ち解けていたし、結局体張って鶴見を庇ってたから、あの試し行動は結果論では不要だったとしか言いようがありません。前述の通り、これは月島の鶴見を信頼、敬愛する気持ちを踏みにじる試し方でした。そのために、月島の鶴見に対する忠義は「不健康」なものに歪んでしまいました。
この時の最適解が鯉登の言っていた、ただ「力になって助けてくれ」と伝えることだったのでしょう。あの時、あんな手のこんだ嘘を混ぜ込んで自分を試すのではなく真っ直ぐと自分を求めてもらえていたら? 三十巻の加筆描写では、そんな考えが月島の脳内を巡ったのだろうと考えられます。ただ実際はそうはならなかった。月島は鶴見に自身の存在意義ごと委ねることになった。今更真意(本音)を伝えたくてもそれは最早〝戦友〟と〝国〟いう大義(建前)に尽くしている月島の望むことではない。どちらも、嘘ではない。鶴月って、苦しい……。
原作のバックグラウンドで過ごした月日が長く、潜り抜けた苦境もたくさんあるという〝事実〟があることは分かりますし、これだけの執着が推察できるのに、その割には本編での二人の会話は少ないように思ってしまいます(二人の絡みはなんぼでも欲しいという欲目も多いにありますが……)。確かにそこに鶴月はあるのに、二人きりの時の雰囲気だったり、互いの接し方だったりの部分が分かりません。十年も上官と補佐の関係で、実家の墓参りにも連れて連れていくような部下と二人きりの時に特別な慣れ親しみがないわけ、なくないですか? 私たちにはみせられないってコトですか 日清戦争時はどのような関係だったの? ウラジオストクでの日々の様子は? 新潟への墓参りの道中どんな会話したの? なにも分かりません。鶴見の怪物的な知からなる完璧なロジックを紐解いてみると「つきしまはかわいいなぁ」程度なんじゃないかと、分からなすぎてそう思ってすらいます。でも手練なので「鶴見のみが知る月島」を鶴見が独占しているようでちょっと興奮します。
鶴月には事実ベースでこれだけの激重執着があります。確かに、最後は離ればなれになりますが、完全な和解なきまま離別してしまったということは「永遠」ということなんです。月島が作中生き残ったのは鯉登が手を差し伸べたからですが、鯉登が月島を救えるまでに成長したのは月島の功績が大きいし、先遣隊やモブらの影響もあったろうし、そもそも月島を初めに救って育てたのは鶴見ですし。鶴月に深い因果がある。本編後は二人とも互いに健康的な未練を抱えてその後を生きたと解釈しています。
ここまで大真面目にそれらしいことを書き連ねていますが、登場も早くそこにいた月島がずっと裏で鶴見に抱かれてたと思うと超エロいなっていう本です。お楽しみいただけましたでしょうか。本当はもっと書いていたかったし、もっと二人の関係性について考察を練りたかった。(言うてイチャコラとセックスばかりしてる本ですが)けれども、鶴月オンリーに少しでも貢献したい想いと、スピンオフで解釈が変わることを考えると、いま本にしようと意思を固めた次第です。正直私は紙にあまり魅力を感じず、どちらかといえば作品も電子で保有したいタイプです。これもしばらくしたらpixivなどにアップロードしますが、その時は加筆修正や解釈の変化による改変を施すと思います。ですので、このバージョンでは今手にされているこの本だけ、電子派ながらこの一期一会はとても素敵だなと思います。
最後に、嘘でもとは言いませんが、よかった、好きです、だけでも感想をいただけますと助かります。いつでも、何回でも、お待ちしております……。
ここまで、長らくお付き合いいただきありがとうございます!
棚ca