鯉月SS 戸を閉めてもザアザアと雨粒が地面を殴る音が聞こえる。鯉登が顔に張り付いた前髪を剥がして、その先端から雫が落ちるのを眺める間に、月島はテキパキと動いた。真っ先に上がっていったと思う頃にはもう戻って来ていて、必要な物を全て持っていた。
「脱いで、濡れた服はコチラに。コレを羽織ってください。一旦髪だけ拭って、いま湯を用意します」
まるで鍛錬の一環のような厳格な面持ちで、母のようにアレコレと鯉登を気遣い、様子を確認してくる。乾いた着流しを来た鯉登を脱衣場に押し込む月島はいまだ帰ったときのまま濡れた服を着ていた。
「お前こそ風邪引くぞ。一緒に入ろう」
「お気遣いなく、私は平気です」
「強がるな……と言いたいが、お前は本当に平気なものだから面白くない。クシャミの一つでもしてくれれば可愛げがあるものを」
「生憎、私のクシャミは可愛くないですよ。さぁ、お一人で気兼ねなくごゆっくり入られてください」
「私は別に……」
鯉登は月島の手をとろうとしたが、難なく避けられてしまった。そのクセ、器用に鯉登の服を剥き浴場に追いやろうとする。
「私が、ゆっくり入りたいんです」
「二人でもゆっくり入れる……」
月島のうなじを掴もうした腕はまたひらりとかわされた。振り返った月島が細めた目で鯉登を見据える。
「それこそゆっくりできないでしょう。ねえ」
ねえ、の二文字に含まれたあま味に、掠れた語尾に、冷え切ったはずの鯉登の身体がカァと熱くなった。