鶴月SS「ゆっくり浸かりなさい。その方が体も休まる」
「ゆっくり……ですか」
「そうだ、月島。体の芯から温まるまで、だ」
月島は鶴見中尉に伝えられた通り、湯船に浸かって体が芯から温まるのを待った。体の芯とはどこだ? そこが温まった時、そうと分かるのだろうか?
「珍しいな、お前が長風呂しているのは」
同僚に声を掛けられて月島は曖昧に頷く。ソイツはペラペラと好きにお喋りしてから「ああ、あつい。お前ものぼせるなよ」と言い残して上がっていった。月島は自分の体調を観察した。あついが、のぼせてはいない。それから何をするとでもなく入浴を続けた。この時間に何の意味があるのだろう? 長風呂を勧めてきた上官の意図を考えたが、そもそもいつだって何を考えているか分からない人だった。素直に健康のためと思って良さそうだ。周りの人間が何人か入れ替わる。「お前はあつくないのか」と訊かれるなどもしたが、当然あつい。ただ、まだ芯が温まったのか分からなかった。それに、のぼせるような感覚もない。
そんな風にしていたら、ふと何も考えずに過ごす自分に気が付いた。それはきっと浴場において何の意外性もない存在だが、月島には驚きがあった。何にも構えず、ただ体を温める自分というのは、とても新鮮に感じられた。何故なら──
「無防備でいるのは生涯恐ろしいことだったのです」
月島は特に理由を述べなかったが、鶴見はただ頷いた。
「昨夜、自分が無防備に寛いでいることに気づいた時、のぼせたかのような感覚が訪れました。少し慌てましたが、実際はのぼせたというほどではなく、ただ……体が芯から温まっていました。とても心地良い感覚でした」
「これからも可能な限り、長風呂を楽しめ、月島。お前にとって大事な時間だ」
鶴見がそう告げると、月島は生真面目に「はい」と返事した。鶴見としては、この男にもっと安らぎがあっても良いのにと思ったが、修羅の道を先導している身としては、あまりにささやかかもしれないとしても、これが精一杯だった。しかし、月島は僅かに笑みを浮かべた。
「きっと世間一般では当然のことなんでしょうね。貴方はいつも私を引き上げようとしてくださる、ありがとうございます」
鶴見は哀しくもあり、腹立たしくもあり、愛おしくもあった。人より低い位置にある肩に手を置く。伝えたい想いの百分の一でも伝わってくれと願いながら。